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二人目の探偵、樺川象平

 一人目の犠牲者が出た。


 ボイスチェンジャーの機械的な声が、その非情な事実を告げる。

 ……とは言うものの、どこで人が殺されたのか、そもそも本当にこの建物内で殺人が起こっているのかもわからない。『殺人ゲーム』というあまりにも非現実的な状況に私の認識がまだ追いついていないのかもしれないけれど、ここで『まあ、なんてこと!』と悲嘆に暮れてもわざとらしいだけではないか?

 例えば、ニュースで凄惨な殺人事件が報じられたとして、どれだけの人間がそれを真剣に受け止めているだろうか。殺人事件以外にも、世界に目を向ければ、今もどこかで戦争や紛争が繰り広げられ、無辜の人々の命が奪われている。飛躍的な経済成長を遂げた戦後の平和な日本で生まれ育った私たちには想像もつかないような現実が、そこには確かにあるのだ。何不自由なく暮らす日常の中で、私たちはどれだけそうした悲惨な現実に向き合っているだろう。

 全ての悲劇を真摯に悲しむには、この世界は悲しみに満ちすぎている。


 あれ、話が随分飛躍してしまった。

 つまり、私が言いたかったことを要約すると、『突然そんなこと言われましてもわけがわかりません』だ。


 しかし、ゲームマスターによると、もうすぐここに二人目の探偵が到着するという。私一人では建物内の探索すら手に負えない状況だから、人手が増えるのは願ってもないこと。早く合流して、今後の行動について話し合いたいところだ。

 まあ、こんなところにまんまとおびき出されてしまう程度の探偵に、あまり大きな期待を寄せるのも酷かもしれないけれど(ブーメラン)。

 とにかく私は、今来た廊下を引き返し、エントランスへと急いだ。


 大音量の音楽が流れる中エントランスに辿り着くと、玄関の前には相変わらず二人の屈強な大男が屹立していた。あんなにじっと立っていて、トイレに行きたくなったりはしないのだろうか。いや、そのために二人いるのかもしれない。

 そういえば、この建物ってトイレはどうなっているんだろう。水道はちょっと絶望的な感じがする。水の流れない水洗トイレよりは汲み取り式のほうがまだマシかもしれないけれど、まあ五十歩百歩な話だ。


 ……などと下らないことを考えていると、玄関の向こうに一台の車が停まり、中から一人の男性が降りてきた。車はパトカーではない。ごくありふれた、黒いセダンタイプの車だった。

 男の年齢は三十代前半ぐらいだろうか。黒いデニムパンツに黒いジャケットという出で立ちはごくありふれたものだけれど、とりわけ目を引くのは、ジャケットの中に着ているTシャツのダサさ。他人が好きで着ているファッションに文句をつけるのは良くないとは思うけど、流石にちょっと。あれは……何? 象? とにかく、コミカルにデフォルメされた何らかの動物がデザインされている。子供服ならまあアリかと思うけど、大人が着るにはちょっと、どうだろう。

 黒縁眼鏡に無精ひげ、中途半端に伸びた髪はボサボサで、その表情には覇気が感じられない。この人物が二人目の探偵なのだろうか? 第一印象では、休日の、しかも寝起きの伊達刑事という感じだ。浮気調査などには、確かに向いていそうな気はするけど……。

 男は言った。


樺川「どうも、樺川と言います。あれ、ビルの爆破解体現場を見学しに来たんだけど……」

西野園「え、ビルの?」


 今からこのビルが爆破解体されるとしたら、殺人ゲームどころじゃない。まさか殺人ゲームより最悪な状況が存在したとは!


樺川「そう、山奥だから、遠慮なく派手にやるんじゃないかって楽しみにしてたんだけどね……君は?」

西野園「え、えーと、私は、西野園真紀といいます。青梛大の経済学部に所属していて……」

樺川「へぇ、青梛大ね。何年?」

西野園「三年です」

樺川「なるほど。しかし、経済学部の学生がビルの爆破の見学とは、変わってるなあ。西野園君、といったね、君、建築に興味は?」

西野園「ええ、その、人並み程度になら……」


 まさか特に興味がないとは言えず。というか、この人まだ本当にここでビルの爆破が行われるって思ってるのだろうか。これもしかして、殺人ゲーム(?)の説明は私がやらなきゃいけない雰囲気?

 しかし、不安で眩暈を起こしかけたその刹那。音楽の音量が少し絞られて、


「我が殺人ゲームへようこそ。二人目の探偵、樺川象平くん」


 と、ゲームマスターが樺川にゲームの趣旨を説明した。こんな複雑な設定を説明する羽目にならなくてよかったと、私は密かに胸を撫で下ろす。

 ボイスチェンジャーの説明が終わると、樺川は顎を擦りながら足元へ視線を落とした。


樺川「……つまり、この建物の中で起こる殺人を止めなければ、僕と西野園君はここから出られないというわけか」

西野園「そういうことのようです」

樺川「しかも、制限時間は十五分。あまり、のんびりしてはいられないね。歩きながら話そうか、西野園君」


 樺川はそう言うと、エントランスから伸びる廊下へのんびりした歩調で歩き出した。その後姿に不安を覚えながら、私もその後を追う。


樺川「自己紹介がまだだったね。僕は樺川象平。那古屋にあるN大工学部建築学科の准教授です。よろしく、西野園君」

西野園「まあ、大学の先生でいらっしゃるんですね。どうりで、あまり探偵らしい雰囲気ではないと思っていたんです」


 樺川は、はにかみながら穏やかな口調で言った。


樺川「そうだろうね。偶然事件に巻き込まれて、何度か警察の捜査に助言したことがあるぐらいだから、探偵と呼ばれるのは心外なんだけどね。捜査に助言、というのも、たまたま警察に伝手があったから聞いてもらえたというだけで、別に積極的に関与したわけじゃないし」

西野園「私もそんな感じです。でも、推理小説に登場する探偵も、大概そんな感じですよね」

樺川「西野園君は、ミステリ小説が好きなの?」

西野園「ええ、そこそこに……」


 厳密に言えば、私自身が推理小説、いわゆる本格ミステリを好んで読むわけではないのだが、もう一人の私がミステリ愛好家であるため、部屋の書架には大量のミステリ小説が並んでいる。彼氏の瞬も最近ミステリにハマり始めたようだし、私も気が向いたときには手に取って読んだりする。その程度である。


樺川「ミステリか。まあ、暇つぶしや気分転換に読むには丁度いいと思うけどね。ただ、のめり込みすぎて探偵ごっこをして危険なことに首を突っ込むのは、あまり感心しないね。ああいうのは、詰将棋みたいに、あの世界で完結しているから美しいのだと思うよ。現実にはあんな事件も犯人も、探偵だって存在しない。舞台となるミステリアスな館は大抵建築基準法に違反しているし、トリックだって実現不可能なものが多い。それに、地震大国の日本で大仕掛けや抜け道ばかりの屋敷なんか建てたら、ちょっとした地震ですぐに倒壊してしまうよ」

西野園「はぁ……そうでしょうね」


 たしかに、仕掛けや抜け道まで行かずとも、部屋の壁や柱をいくらくり抜いてもいいんだったら、私だって壁の大半を収納スペースにしたり、部屋をもっと広くしているかもしれない。

 そんなどうでもいいことを話しながら、私と樺川は、エントランスから診察室の反対方面へと進んだ。見たところ、会計や薬局として使われていたと思しきスペースが広がっている。


西野園「ゲームマスターはさっき『一人目の生贄が殺された』と言っていましたけれど、次はどこで殺人が行われるのでしょうか。いえ、そもそも、一人目の犠牲者も、私はまだ確認すらできていないのですが」

樺川「境界条件が不足している。そもそも、この建物が広すぎるんだ。もう少し建物の構造を理解してからでないと、これから殺される人間と出会うことすら難しいだろうね」

西野園「そう……ですよね……」

樺川「ただ、運が良ければ、どこかでばったり生贄と遭遇して殺人を防ぐことができるかもしれない。確率の問題だね」

西野園「か、確率、ですか……」


 それって、言い方を変えれば運任せということなのでは……?

 まあ、とにかく歩いてみないことにはどうにもならない、ということで、私と樺川准教授は薬局と思しき部屋を探索してみることにした。

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