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メールNo.8237

作者: グリモア


どうしても消せないメールがある。

こんな風に書いてしまうと、女々しい男のように思われるだろうか。いやでも実際のところそうなのだから仕方がない。

それでも僕は、8年前に受け取ったほんの3行のメールを今でも携帯のメールアプリの保護までかけて、厳重に仕舞いこんでいる。


8年前、僕は浮かれていた。初めての携帯電話をこの手にし、日夜友達と連絡を取り合う典型的な依存症に陥っていた。

アドレスを交換すれば誰とでも連絡を取り合える便利すぎる時代。まだまだネットリテラシーなんて言葉も浸透していなかった。誰かから送られてくる一斉送信で様々な人の連絡先がすぐに確認出来たのだ。

その当時クラスの誰かのアドレスの入手することは、今の時代にソシャゲでSSRを引くよりも簡単だった。


8年前の夏、通っていた塾が終わって帰宅する頃、携帯を開くと見覚えのないアドレスからメールが来ていた。送り主はあまり喋ったことがないクラスの女の子。正直気分はかなり高揚した。

その後も何てことないメールが彼女から来るたびに僕は年相応に興奮していたと思う。だがしばらくすると、僕は彼女の“目的”に気づくことになってしまった。

彼女は僕の親友に惚れていた。僕の親友はこういうと癪だがかなり良い顔をその当時からしていた。親友はあまり他人と喋ることはなく、会話の相手は近所に住んでいた僕や彼と同じ部活に所属していた数人とかなり限られていた。

お察しの通り、僕は彼女にダシにされていたのだ。何というか自分のことながら滑稽だった。けれども何となく親友とその彼女は相性がいいだろうなとも思っている自分がいた。


そこから僕は2人のキューピットに徹した。当時はまだまだガラケー全盛期。メールを遣えない親友とメールを使いこなす彼女をくっつけようと僕は必死になっていた。今思うとなぜそんなに必死になっていたかなんてわからない。だが僕はドラマのような展開が自分の身に起きているというエモーションだけで行動していた。

そして、2人はめでたくカップルとなり、その僅か数か月後別々の高校に進学した事によるすれ違いという陳腐な理由で破局した。

『ホントに今までありがとう。

ここまで楽しくできたのは全部○○のおかげだった!

                  それじゃあ』

───何とも淡々とした文章だな。と昼休みに久しぶりに彼女から送られてきたメールを開きつつ、同時に僕は何故だか自分まで失恋した気分になった。返信は出来なかった。

その前日に親友から破局したことは聞いていたとはいえ、恋が終わったのは紛れもなくメールの送り主である彼女であるはずなのに、高校という新天地で慌ただしく日々を送っている間に、人の関係とはかなり簡単に変わっていくんだなと思った。打ち込むだけなら10秒とかからないそのメールを、僕は8年経った今もなお消せなくなった。


今年の夏、何年かぶりに地元のスーパーに親の運転手として行くと、偶然にも彼女がいた。

胸のスリングにはベイビー、薬指にはリング。とある歌の歌詞と丸っきし同じで、僕はそれじゃあねと言って逃げ出したくなった。

彼女は僕も親友も知らない誰かと恋に落ち、そして今はシングルマザーになっていた。それ以上は何も聞けなかった。正直何を話せばいいかも分からなかった。

大学に入って色んな人と喋ることで、それなりに話術は上達したと思い込んでいたが、そんなものは何の役にも立たず、昔のメル友がただただ遠すぎる存在のように感じた。

言葉に詰まりつつ、雰囲気が帰宅ムードに包まれる中、僕らはLINEのIDを交換した。

車を運転し、家に着いて携帯を確認すると彼女からLINEが来ていた。

『久しぶりに会えて嬉しかった!

お互い色々あると思うけど頑張っていこうね!

それじゃあね!』

LINEになっても文章のスタイルの変わらない奴だと思いつつ、僕は今回ちゃんと返信が出来た。最近では就活の愚痴や育児の愚痴をお互いに言いあうようになっている。


僕は友達や恋人と電話したくて家に電話したら親が出て気まずくなった・・・といった名作映画にちょこちょこあるようなシチュエーションを経験したことはない。

幸いにも思いを伝える為のメインデバイスが、携帯などの電子機器に移り変わり、パーソナルな情報が自分の意思で譲渡が可能になったからだ。

それでも誰かから連絡が来ると、一喜一憂するのは今も昔も変わらない。

3行のメッセージと締めの言葉に懐かしさを覚えつつ、今日も僕は誰かと連絡を取る。

いつも使う端末のメールボックスの一番下には、8年前の思い出がそっくりそのまま残っている。


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