本日はチョコの出番がございませんでした。でもミントはあるよ!
カン、カンと木剣のぶつかり合う音が小気味よく響く王城の一角。
準備運動をしっかりし、素振りをこなし身体を充分に温めた後に私と先生、ギルと先生と交互に軽く一戦ずつ行い一人ずつに先に行われた一戦に対しての反省会。その後のメニューはその時々によって様々だが、最近は主にギルの特訓がメインなので私は専ら自主練となり、ひとり黙々と素振りと型の練習を行うことが多い。
今日もギルと先生が打ち込み合う様子を横目に風を切る音を感じながら素振り、素振りだ。ブオン、ブオンと切り裂く音が気持ちいい。
貴族の子息は、騎士を目指すか否かに限らず剣を一通り習うのが慣習だ。
それは王族も例外ではなく、ギルは5歳から剣を前任の騎士団長より手解きを受けている。
まあギルの場合は第二王子という立場だから、第一王子が成人し王太子として立太子された2年前に、将来的に臣下となることが正式に決まったので(この国では基本的には生まれ順に王太子が決まるのだが、あくまで「基本的に」なので第一王子が成人される18歳になるまでは正式とは言えなかったのだ)王となる兄を武の道で補佐出来るようにと、前騎士団長は毎度毎度熱の入った指導をしながら熱く息巻いている。
しかし当のギル(と第一王子であるお兄さん)は、有事の際に備えるために自らの剣を磨くことは怠らないが、ギルの才能的に向いているのは騎士団長という立場より宰相のほうだから武の道ではなく政治的な面で補佐していきたいと考えているようだ。
私も本当にそう思う。なぜなら、ギルの剣の練習をたまたま見学しにいった7歳の当時、私も剣を持ちたいやってみたいと駄々をこね令嬢が剣を持つなど有り得ないなど散々止められ紆余曲折あったが最終的にギルの鶴の一声で剣を持った私(当然剣の心得などない、ド素人だ)にギルは負けたのだ。
もう一度分かりやすく言おう。その当時すでに2年剣を習っている男の子に、その時剣を初めて持った女の子が勝ってしまったのだ。
自分は自他共に認めるじゃじゃ馬娘で、そこいらの令嬢の数倍は体力も運動神経もある自覚があるけれど、うぬぼれるほど天賦の才能に恵まれているとは思っていない。今でこそ毎週稽古をつけてもらっているのでその分動きも良くなり、運が良ければ新人騎士の2、3人なら打ち取れるほどの腕になったが、当時は何も分からずとりあえず剣をぶんぶん振り回すのが精一杯だった。しかしそれでもギルに勝ててしまった。
これが自分の立場だったら、めちゃめちゃに泣いて拗ねてもし自分が我がまま王子だったら不敬だぞ貴様!くらいは言ってしまったかもしれない。それくらいには衝撃的だった。
はっきり言ってギルには剣の才能がなかったのだ。しかし、そんなことを補って余りあるくらいにはギルの人格は出来ていた。「これからは俺と一緒に剣を習おう。きっと今よりもっと上達する。リズなら近衛も夢ではない」と。……今冷静になって考えると、これって自分が前騎士団長から、才能もないのに全く上達する見込みのない剣をしんどい思いをしながら仕込まれるくらいなら私にすり替えちゃえっていう策なのでは? でも一応まだ身体が出来上がってないんだからってギルを騎士にすることを前騎士団長が諦めてないからそうじゃないのかしら…。あれ、よく考えたらこの間王太子殿下とお城の回廊ですれ違ったときに「ギルの代わりに武の面では頼むよ」って肩を叩かれたんだけど…あれどう考えても令嬢にする態度じゃないよね? あれれ?
「リズ嬢、そろそろ休憩だ」
考えごとをしながら素振りをするのはよくなかった。型が段々乱れていってしまうからだ。
我に返って反省をしつつ、休憩のためメイドに駆け寄る。
「そうだ。先生とギルに飲んでもらうために飲み物を用意してもらったのよ」
「え? 水じゃなくてか?」
「そう、お水にミントとレモンを入れてみたの。ちょっと飲んでみてくれる?」
今日の練習前に王城のメイドへ言付けて作ってもらったものを二人に手渡す。
冷蔵庫や冷凍庫がないので氷は入れられないのが残念だが、ミントとレモンを入れるだけで大分いつものお水よりすっきりして美味しいはずだ。
これが本当なら炭酸水やお酒でぐいっといきたいものだが、いかんせん知識が…ないんです……。ぐぐって必要なものをぽちって簡単にゲット出来ていたあの頃ってとっても恵まれていたんだなあ、と心底思う。
前騎士団長は水に葉が浮かんでいる、と鼻に皺を寄せて飲むのをためらっていたがギルが躊躇無くぐいっと飲んだため慌てて口にしていた。うーん、いつもながら前騎士団長の態度って分かりやすいよなあ…そこが憎めないところだと思っているのだけど。
「おお、意外とこれは…」
おっ、前騎士団長の反応がいいぞ! やったね!
「これも美味いな! チョコミントだけでなく、今度はミントとレモンか…!」
ギルの評判もいいようで、鼻高々だ。
自分の知識が足りなくて再現出来ないもどかしさはまだ感じるけれど、こうして今の自分に披露出来る部分だけでもギルはちゃんと反応をしてくれる。
それが嬉しいから、もっともっと驚かせて喜ばせたいなと思う。
この感情が何かは、よく分からないけれど。