呪われた身体
王との謁見を終え、部屋で待つモアの元へと向かう。
流石に起きていたか。
「おはよう、よく眠れたか?」
どうやら、俺が戻るほんの少し前に目が覚めたらしい。
「りょういち……おはよう」
「とりあえず顔でも洗ってこい、部屋にシャワー室が備え付けられてるからついでに汗も流してこい」
「うん、そうする……」
足取りがおぼつかないまま、シャワー室へと向かっていった。
今見せたモアの姿からは、とてもあの危険地帯下層区画で生活していたという事実が微塵も感じ取れない。
昨夜の事もある。少しだけ俺に対して気を許し始めてくれたのかもな。
勢いとは言え俺の旅を手伝えと言ってしまったが、無理やり連れて行くつもりは毛頭ない。
もし断るようであれば、王に与えられた金を渡して自由にさせればいい。金額からして、今後の生活には困る事はないだろう。
あの金がなくても、俺の方は一人でなんとでもなる。
旅に連れ立つ、連れ立たないにしても、一つ解決しないといけない事がある。モアの吸血衝動に関してだ。
表情にこそ出さないが吸血衝動は、モアにとって一番の悩みのはずだ。
吸血衝動が現れた場合、俺の近くにいれば血を吸わせる事に関して何も心配いらない。だが、当の本人は血を吸うことに抵抗を覚えているようだ。ならそれを尊重してやりたい。
俺には、モアの吸血衝動を抑える方法が浮かんでいた。
成功すれば尚良し、失敗すれば――そうだな。その時考えればいいか。
思考を巡らせていると、モアがシャワー室から出てきた。
メイドに子供服を用意させていたので、あらかじめ、脱衣所に置いていたのだ。見た感じ、サイズも問題無さそうだ。この国のちっちゃなお姫様に見えないこともない。
モアはまだ幼いが美少女の類に該当するだろう。将来はきっと美人さん間違いなしだ。
「出たか。スッキリ出来たか?」
「うん。いつも湖で水浴びしてたからお湯で身体を洗ったのも久しぶりで気持ちよかったよ」
俺の当たり前がモアに取っては当たり前じゃない。湯浴み一つとっても、大きな事なんだろう。
そんな事がこれから一つでも多くモアに良い意味で訪れると良いんだがな。
「んーなら、昨日の続きだ。飯食いながらで良いからそこに座ってくれ」
俺に用意されていた分は先ほど平らげた。モアの分を差し出し、机に置いてやる。
「りょういち、食べながらお話するのは行儀が悪いよ」
怒られてしまった。
「そ、そうだな……俺が悪かった。そしたら、食べ終わってから話をしよう」
「ううん、後で大丈夫。先にりょういちの話聞く」
ならばと、真正面から向き合い話を始める。
「昨日、俺がモアに言ったことは覚えているか?」
「旅を手伝えって話?」
「ああ、そうだ。あの時は、理由付けでもしないとモアも納得しなかったからな。本当のところは、危険な旅になるのは間違いないし、着いてきて欲しくない。だが俺もああいった手前、撤回するつもりはない。モアの人生だ。モアがこれからどうしたいかそれを聞かせてくれないか」
モアは真剣な眼差しで俺を見つめる。
「わたしはりょういちと出会わなければ遅かれ早かれあの場所で死を迎えていたと思う。毎日絶望の中で生きてきた。わたしを吸血鬼にした女は、わたしを救ってくれた女神様だって思った時もあった。けど、そんな女神様もわたしの前から姿を消した。また、ひとりぼっちなった。それからの日々は、目立たないように、ひっそりと生きてきた。食事はしなくても大丈夫な身体だけど、血液を取り込まない日が続くと、体中に痛みが走った。わたしの生きる目的は血を吸うことになっていたの」
モアは一度深く呼吸をし、話を再開させた。
「こんなわたしにりょういちは生きる目的を与えてくれた。それが、りょういちの同情だっていうのは幼いわたしにもわかる。それでもわたしに出来ることがあればりょういちの手伝いをしたい」
モアがそう言うなら何も悩む必要はないな。モアが俺の旅に同行すると言ったんだ。なら俺に出来ることを全力でするだけだ。
それでも、モアにとって言い訳ができる最後の機会を与えてやろうと思った。
「そうか。辛い旅になる事は火を見るより明らかだ。最悪、早々に死ぬ可能性もある。それはモアの言う遅かれ早かれの話と同じ事だ。それでも、モアは俺に着いてくるのか?」
「わたしの意思は変わらない。りょういちに着いていく」
モアの意思は固いようだ。であれば、俺はモアを守りながら目的を遂行するだけだ。
「ああ、分かった。改めてこれからよろしくな」
この世界でも手を握り合う挨拶があるのかは知らんが、俺の差し出した右手を両手で包み込むようにして握ってきた。
そうじゃないんだがな。
だが、この世界に来て初めて人の温もりを感じた瞬間でもあった。
よし、もう一つの方を解決するか。
「モア、吸血衝動ってのは急に来るものなのか?」
「うーん。夜が多いかな? 月の明かりが関係してるって吸血鬼は言ってた」
「なるほどな……。モアちょっとこっちに来てくれ」
「ん、わかった」
モアを椅子に座らせ背中を俺に向かせる。俺は自身の首にぶら下がる装飾品を外し、モアの首に付けてやる。
「なにこれ? りょういちの首飾りをわたしに付けてどうするの?」
「モア、その首飾りを外してみてくれ」
「……うん? わかった。あれ? はずれない……」
「なるほど、こうなるのか」
だがこれは、然程重要なことではない。
問題はこの先だ。
「吸血鬼になって変わった事ってのは、食事を必要としない身体と急激に襲い掛かる衝動の他に何かあるのか?」
「うーん? おなかすいたなーって思ったら血を吸いたいってなるよ」
「なら、今はお腹減ってないか? まださっきのサンドウィッチ食べてないだろう」
「あれ? お腹はすいてると思うけど血を吸いたい気持ちはないかな?」
モア自身も変化に気づけていない様子だ。俺は確かな感触を得る。だが、断定はできない。確証を得るために次の行動を取る。
「モア、俺の首筋に噛み付いてみろ」
「えっ……。でもりょういちの血を……それに衝動は今ないよ?」
「大丈夫だ。俺を信じてカプッと行っちゃってくれ」
「りょういちがそこまで言うなら……わかった。少し痛いと思うけど、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だぞ。気にせずカプッとイッちゃおう」
「……?? 変なりょういち……」
モアは俺の首筋に優しく噛み付く。モアの唾液が俺の首筋を濡らす。直後、ツーっと赤い鮮血が首筋を流れ落ちる。
「モア、どうだ? 生きてる人間の血だが、美味いか? いや、鉄の味がしないか?」
「うそ……どうして?」
モアの反応で、確証を得た。どうやら俺の読みは間違っていなかったようだ。
血液が鉄みたいな味をするのは、わたしも知ってる。でもそれは、わたしが吸血鬼になる前の話。吸血鬼になったわたしにとっての血液は鉄のような味ではなく液体のような何か。普通の人間の水と変わらない。味を感じる事は少なくとも無かったし、美味しいと呼べるものでも無かった。生きるために必要な液体そんな認識だ。
「おかしい。鉄の味がするし、いつもなら、ちょっと舐めただけでたくさん欲しくなるのに」
モアが生きてる人間の血を摂取するのは、この日が始めてだった。
「もしかして、りょういちの血って美味しくないの……?」
ちげーー!! そうじゃねえ!! まぁ無理もないか。
「いや俺もそこまでは知らんが……。他の人間や動物の血を吸っても同じ反応をすると思うぞ」
「急に何で? 私吸血鬼なのに」
亮一はモアに付けた首飾りについて説明する。
「来訪者の召喚の際に与えられる魔具と呼ばれる物でな、その首飾りの装着者は、あらゆる呪術の効果を無効にする力があるそうだ」
そもそも、モアの吸血鬼化が呪いの類いなのか調べる術は俺に無かった。だが、そこに少しでも可能性があるならと今回賭けてみたのだ。
「この首飾りって凄く大切な物だよね? 私が着けるわけにはいかないよ」
そう言って、モアは再び首飾りに手をかける。
外そうと試みるが、先ほど同様外すことは叶わない。
「りょういち、これ外せないよ?」
話には聞いていた。来訪者以外が着けると外せなくなると。外すには、ロアール大森林へ訪れる必要があると。だがその話をモアにする必要はない。
「外せないならしょうがないな! モアちゃんにはその首飾りを預けて置きます! 大切なものだからな。壊すなよ?」
俺がそう言うと、モアは泣き崩れた。
「うっ……くすん。りょういち……。こんな大切な物まで渡しちゃうなんて……うぅぅ」
何はともあれ、これでモアの吸血衝動に関しては解決した。
その後、泣きながらサンドウィッチを頬張る姿に少し、ほんのりしたのは内緒の話だ。
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ロアールの首飾り
〈基本情報〉
‐火属性魔法威力上昇
‐水属性魔法威力上昇
‐風属性魔法威力上昇
‐地属性魔法威力上昇
‐闇属性魔法威力上昇
‐光属性魔法威力上昇
‐無属性魔法威力上昇
‐呪術攻撃無効
‐リフレクト
‐ユニークアイテムドロップ率上昇
〈説明〉
ロアール大森林の加護を受けた首飾り。装着者には呪術無効の効果を与える
来訪者以外が装備をした場合、外すことができない。ロアール大森林の神殿の間にて外すことができる
リフレクト:装着者に呪術を詠唱した者に同様の効果を与える
この首飾りで、呪術を無効した場合 永続耐性を得る
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モアに言われて気付いたのだが呪術を無効化する他に様々な恩恵があったようだ。
気づかなかった。呪術無効としか認識していなかった。
だが、モアのステータスアップに繋がったのなら良しとしよう。べ、別に、返してほしいとかそういうのはないからな?
ちょっぴり、後悔した亮一であった。