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再び訪れる暗闇

 この世界に召喚されてから丸二日。亮一は満足な睡眠を取れずにいた。


 普段の生活ではありえない出来事の数々が眠気を感じさせる暇を与えなかったのだ。


 亮一はそのように捉えていたが、事実は異なる。


 召喚の際に付与された睡眠耐性というパッシブスキルが常時発動していたのだ。アンデットのように睡眠不要とまではいかないが、このスキルの所持者は一週間は寝ずに行動をすることが可能である。もちろん、睡眠を取れば疲労も回復するので睡眠耐性保有者であっても一日の終りには眠る者が多いのだが。


 この時の亮一はそんな事を知る術は持たず、只々ひたすらにモアの居る下層区画へと足を進めることだけに専念していた。


 道順は覚えていたので迷いなく足を進めることができたのだが、下層区画に到着する頃には日は完全に沈んでいた。亮一の目の前には、以前訪れた時と同様の闇が待ち受けていた。


 亮一は下層区画の広さを知らない。それも無理はない。前回は入口付近で立て続けに襲われ引き返したのだから。


 モアを探しに来たとはいえ、何処に住居を構えているのかそんな当たり前なことさえ失念していた。だがその問題はすぐに解決することになる。


 入り口に立っていた亮一の耳元に、少女の叫び声が届いたのだ。行く当てのなかった亮一は迷わず音の発信源である場所へと足を進める。


 街灯などは存在しないため、断続的な叫び声だけを頼りに鉄錆のような臭いで充満した路地を駆け抜ける。


 亮一の目の前には、叫び声を上げていた少女の姿と昨夜襲いかかってきた男の姿があった。おそらく、押し倒されたのだろう。仰向けのモアの上に馬乗りになった男がモアの衣服へと手をかける寸前だった。


「はな……せ!!」


「お前を連れって行った男はどうした、お前の仲間だろ? 居場所を吐け!」


「しらな……い!!」


「子供に興味はねーが、お前も女だろ? 素直に吐かないとどうなるかわかってるよなぁ?!」


 モアよりもふた回りは大きいであろう体格の男が、モアの着る衣服を強引に破りはじめる。


「結構立派なものをもってるじゃねえか! その手を退けろ!!」


 男は、自身の胸を守るように押さえつけていたモアの腕を剥がそうと、必死に掴みかかる。


「ッッッ、いやぁああ、や……やめて!!」


「ガキの癖に、えらい力があるなぁ? お前まさか、吸血鬼のガキか?」


「うっ……うぅ……何のこと……」


 下層区画には、様々な人種が身を置いている。その中でも吸血鬼の話は有名だった。このガキではないが、以前甚大な被害をこの場所に齎した吸血鬼が居た。


 見た目はこの場所に不釣り合いで誰もが理想郷の貴族だと思えるような容姿をした女が暗闇の路地に一人佇んでいた。この場所にそんな恰好の餌食が居れば我先にと手を出す者が居てもなんらおかしくはない。


 誰にも取られたくない。自分が一番だと信じて疑わない住民の一人が我先にと女に向かって飛び出していった。結果ーー襲いかかった男はその女に屠られる事になる。それもただの死ではない。身体中の血液を完全に抜かれ、元の原型を留めていなかったのだ。


 しばらくすると、こんな噂が流れ始めていた。あの女には手を出してはいけない。それはこの場所に長年住まう者の常識でもあった。あれは人の枠を超えた悪魔だとーー。


 そんな吸血鬼の女は、一人のガキを連れ回していた。それがこのガキだ。


 ある日を境に、このガキを残して吸血鬼の女は姿を消した。しばらくは様子を見るものも多かったが、先走った奴がこのガキに襲い掛かり返り討ちにあうこともあった。


 だが、オレは違う。


「……」


「何が言いたいか分かるか? あんな雑魚共と俺は比べ物にならねえほど強えってことだ。 お前がいくら抵抗しようと、無駄なんだよ! さっさと諦めろ!」


 己の腕力を見せつけるその姿は、それ自体を楽しむかのように、再びモアの細い腕を引き剥がそうと掴みかかる。同時に、空いた手でまだ身体に残る衣服を破きとっていく。


 亮一の住んで居た日本には法律がある。人を殺せば、理由の如何を問わず罪に問われる。最悪、死刑もあり得る。だがそれは表の話だ。実際には人を殺しても捕まらずに暮らしてる者も居る。


 亮一の出生は少しばかり特殊だ。殺そうと思えば間違いなく確実に殺れる自信が亮一にはあった。男との距離を考えれば、覚えたての魔法で十分に届く範囲内であるが亮一はそれを選択しなかった。自身の一番信頼できる武器で鉄槌を下さなければ納得できなかったのだ。


 男は亮一の接近に気付く事は無かった。それもそのはずだ。気付いたその時には、自身の身体は空中へと投げ出されていたのだから。亮一は羽織っていた服をモアに投げつけ、再び男の元へと駆け寄る。


 先ほど、この男がモアにしていたように今度は俺が男の上に馬乗りになった。はじめに男の顔面へと一発食らわせる。ボゴっと鈍い音を立てる共に鼻からは大量の血が流れ落ちる。おそらく鼻の骨が折れたのだろう。


 男は痛みを抑えるべく、両手で鼻を覆うようにして身を守る態勢に移った。


「 ……終わりだな」


 たしかにこの男は大柄な上にそこそこ鍛えてはいるようだが俺からしたら赤子同然だ。鼻を覆っている片方の手を掴み取りあらぬ方向へと曲げるべく手に取る。身体に染み付いた動作を行うと大柄な男の腕はあらぬ方向へと簡単に曲がった。同じ要領でもう片方の腕も曲げてやる。


「ぐぁ"ぁぁ"ぁ"、ぁ"ぁ"」


男の醜い悲鳴は鳴り止まない。大の男がぎゃんぎゃん叫んでいる。こいつは、見た目だけか?


 男の悲鳴が、俺の奥底へ眠るモノを刺激する。懐かしい感覚だ。その悲鳴は逆効果なのをこいつは知らない。


 男の両腕は既にあらぬ方向に曲がっているため、抵抗をしようにもできない状態だ。


 だが、ここで許せるほど俺の心は広くない。既に使いものにならなくなった両腕の先、指先をまとめてあらぬ方向へと曲げてやる。


 恋人繋ぎとでも言うのか。男とするのは正直気が進まないが手を組み合いそのままへし折る。


 いい加減、男の悲鳴も耳に毒だ。意識を削ぐために、顎に一撃を喰らわせる。


 最後に、こめかみに向けて打ち込めば、おそらくこの男は死に至るだろう。


 躊躇いは無かった。覚悟は既にできている。


 後は振り下ろすだけ。


 まて、覚悟ってなんだ? 今俺がそう思ったのか? 人を殺めるのに覚悟が必要な事は教わっていない。誰の感情だ?


 時間にして数十秒の出来事である。亮一が躊躇ったその僅かな時間。


 振りかざそうとする俺の腕にしゃがみ込んでいたはずのモアがしがみついていた。


「もういい……やめて……。これ以上やったらあなたは人殺しになっちゃう。あなたはそんな事をしてはいけない人」


 涙を浮かべながら俺を制止するモアの姿に、ここで初めて冷静さを取り戻した。


「いいのか? こいつは、許されないことをしたんだぞ?」


「ここで襲われたのはわたしが弱いせい。力が無かったわたしのせい。貴方が背負うことじゃない!!」


 モアの身体から発声されたとは思えない程、力強い言葉に、俺は男から身を引くことを決める。


「……なんで……ここに居るの。手紙置いてきたのに……」


「お前こそ、一日は安静にしてろと伝えたはずだが?」


「あなたは十分良くしてくれた。あれ以上は甘えられない。それに今後のあなた邪魔をしたくなかった」


「邪魔も何も、吸血してくれてもいいと伝えなかったか?」


「それは、わたしを同情してのことでしょう……。自分の血を差し出したところであなたに見返りなんてなにもない」


「人との付き合いは打算的じゃないといけないのか? 俺は今ここに居る。それが理由じゃだめなのか」


「それは……」


「お前が、何か理由が欲しいって言うなら与えてやる。俺はこれから世界を回る。その手伝いをしてくれ」


「……」


「りょういちは私が会った人の中で、いちばん変な人だよ……」


「ああ、変な人でも何でもいいからとにかくここを離れるぞ」


「……うん」


 気を失っている男を横目に、二度目の下層区画を後にする。もう来ることがなければいいんだがな。下層区画と王都を繋ぐ扉を潜り抜け、王城を目指す。


「こうやって、モアを抱えて歩くのは2回目だな」


「1回目は記憶無かったけどね」


「その節はごめんなさい」


 冗談まで言えるようになったんだ。あんな事があった直後で心配だったが、モアは強い子だな。


 与えられた部屋へ着くと、今までの疲労が一気に襲いかかってきた。こっちに来てから一睡もしてないからな。せめて風呂に入ってから寝たいが。そもそも、この世界にあるのか? わからん。


「積もる話は後回しにして、今日はもう寝させてくれ。俺はそこのソファで寝るからモアはそのベッドを使ってくれ」


「逆でいい。私がそっちで眠る。りょういちはこっち」


「ああうるさいうるさい! はい、おやすみ!」


 余程疲れていたんだろう。亮一はにその場ですぐに眠りについた。


 モアは、亮一の眠るソファへと静かに歩み寄る。


「本当に……変な人」


 その日、モアは数年ぶりに満足のいく眠りにつくことができた。



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