魔物との出会い
王城の北西、下層区画とは真反対に位置する扉へとたどり着く。この国の玄関口に当たる場所だ。行商人や、観光客はすべてこの関所を通る必要がある。とは言っても厳しい入国審査が行われるのではなく、形式的なものだ。俺の話は、既に行き渡っているようで問題なく関所を通過できた。
ヴァレニウス王国周辺には、農村、漁村、港街といった国の保護化にある集落が多く存在し、簡易的ではあるが国へと繋がる整備された道が存在する。馬車などが通れるようにと配慮されているようだ。
整備された道から少し外れ、しばらく足を進めると見通しの良い草原が見えてくる。この一帯は、草原地帯と呼ばれる場所で冒険者であれば誰もが一度は訪れる場所でもある。俺がここに足を運んだのは、自分に何が出来るのかを知るためだ。
俺がこの世界に来て初めて見る魔物がそこら中に居る。一匹の魔物に視線を向けると、頭上あたりに種族名とレベルらしき数字が表示されているのが確認できた。どうやらコボルトと呼ばれる魔物のようだ。人間の胴体に犬頭のような容姿をしている。レベルは1で手には刃毀れした槍のようなモノを持っている。
試しに、群れから離れ孤立している一体のコボルトに近づき様子を伺う。3メートルぐらいの距離だろうか。コボルトは、こちらに気付く様子もなく徘徊を続ける。少しずつ距離を詰め、2メートル地点に到達したあたりでこちらに気付き襲いかかってきた。魔物の動作自体は単純なものだ手に持つ槍を前に突き出すなんてことはせず、体当たりでもするような形でこちらに向かって駆け寄ってくる。迎え撃つべく右足を振りかざし、コボルトの横っ腹目掛けて一撃を喰らわせる。
「ギィヤアア」
魔物特有の呻き声のような音を上げ、魔物はその場に倒れる。何発か打ち込む覚悟はあったが、その必要はなかったようだ。死骸となったコボルトに近づくと、メッセージウィンドウが表示された。
取得経験値+30
取得アイテム:「コボルトの布」
メッセージウィンドウを閉じると、取得アイテムは自動でインベントリに収納され、死骸も消滅した。
しばらく同じ動作でコボルトを討伐する。20匹は倒しただろうか。俺自身に変化が訪れる。レベル1からレベル4へと上がり、スキルポイントと呼ばれるものが+40増えたようだ。その他、細かいステータスの向上も見られた。
あらかた、俺の周辺に居たコボルトは討伐し終えた。
「そろそろ、本命の確認と行くか……」
コボルトが群れで居る場所へと足を運ぶ。俺がここに来た一番の目的、召喚の際に与えられたユニークスキル「ドレイン」の使用だ。王との面会後、ステータス画面のスキル説明欄で効果自体の確認はできていた。
・ユニークスキル:ドレイン
-対象の体力、魔力、経験値の一つを任意で吸収する。
-このユニークスキル保有者が受けたスキルは、自動で吸収される
-吸収したスキルは、スキルLv1として使用が可能
説明だけでは分からないことも多い。例えば、体力、魔力、経験値の部分だ。どのぐらいの数値を吸収できるのかが明記されていないのだ。スキルに関してもそうだ、自動で吸収される。この文言だけを見れば、ダメージを受けずにその攻撃自体を吸収できると思えなくもない。
だが、実態は異なる。先の王とのやり取りを思い出してほしい。一度攻撃を受ける必要があるのだ。おそらくダメージを受けると共に解析が行なわれ吸収されるのであろう。受けたスキルをそっくりそのままのレベルで使用できないのは少し残念だが、それほど悲観する必要も無さそうだ。
便利なスキルで必要性を感じるのであれば先ほどレベルアップと同時に取得したスキルポイントを、そのスキルに割り振ればいいのだ。試しに王に(無理やり)与えられたスキルにポイントを割り振ってみる。ステータス画面から習得済みスキル一覧を表示させる。
・炎系スキル
炎弾Lv1
このスキルの上限レベルは10です
余剰スキルポイント:40
この際だ、上限まで上げてしまうか。
炎弾Lv1→Lv10
このスキルは、単体魔法である。コボルトの群れの中から適当に一体をターゲットに定める。
「スキル、炎弾!」
詠唱を終えると、俺の頭上に複数の火の塊が出現する。複数現れ限界値に達したところで、コボルトに向かって炎の塊が順に放たれる。以前俺が発動させた時よりもはるかに威力が増していることは確認できた。魔法を使うのは今回で二度目になるが恐ろしく便利だ。コボルト程度なら問題なく倒せる。
その後もコボルトの群れを片っ端から魔法で倒していく。途中何回か魔力切れを起こしたが、そこはユニークスキルドレインでなんとでもなる。対象さえいれば魔力を吸収できるのだ。もしかして、このユニークスキル最強なのでは? 最も他国の異世界人のユニークスキルを知らないので判断も難しいのだが。
色々と試しているうちに、俺のレベルは4から10に到達していた。
「今日はこの辺りで終わりにしとくか」
インベントリがドロップ品で溢れていたので、関所へ向かう途中に見かけた道具屋へと足を運ぶことにする。
草原地帯を後にし、再び関所を通り目当ての道具屋へと辿り着く。
「すまん、これ全部買い取ってほしいんだが」
「物凄い量ですね、単価自体は安いので全部まとめてこのぐらいですね」
店主が俺の手のひらに差し出したのは、銀貨8枚だった。これが多いのか少ないのかは俺には判断できない。駄目元で店主に訪ねてみたが快く教えてくれた。金貨1枚は銀貨100枚相当らしい。また、一般的な食事は一食当たり銀貨1,2枚、宿泊は銀貨2~6枚程度が相場とのこと。今後の参考になった。店主に礼を告げ、王城へ戻ることにする。
部屋に着く頃には日が暮れていた。モアの事も心配だったので早々に引き上げる予定だったが魔法を使うのが楽しいのがいけない。自室の扉を開けモアの眠る場所に視線を向けたが居るはずのモアの姿はそこには無かった。代わりに手紙らしきものが置かれていた。
「ありがとう、あなたは二度とあんなところに来ちゃいけない。自分の人生を大切にして」
……。
怒りではない、だがそれに近い感情を亮一は覚えた。確かに傷が癒えるまでとは言ったがそれでも無言で出ていくとは思っていなかった。モアが育ったあの場所へ戻るのはモア自身にとっても当たり前のことだろう。
俺はどうだ。モアをあの場所へ帰していいと思えたのか? いや、こんな感情を抱くということはそれを認めていないに等しい。俺がモアに出来ることは限られているだろう。モアからしたら余計なお世話かもしれないが、少なくともあの場所よりましだと思える生活をさせてやれる自身はある。
思考がまとまると、俺は下層区画へ向け走り出していた。