俺が異世界に飛ばされるまでのお話し act.2
俺は静かに屋上への一歩を踏み出した。
大したことじゃないはずなのに、心にグッと来るものがある。
前人未踏の地に降り立ったのだ! 大げさだが。
そして、次に来るものは凍てつく風だった。間抜けなことに、上着を忘れちまったのだぜ。
こりゃたまらんと思いつつも今から取りに戻るのは億劫だから、このままやり過ごすことにしよう。
幸いなことに雪は降っていない。飛び降りようとしている人もいない。平和だ。
何気なく顔を上げてみると、灰色の雲が切れ目なく空を覆い尽くす。
雪になるのも時間の問題か? 「早いとこ終わらしちまいてー」ってのが本音だったりする。
……そんな時に限って龍二のヤローは遅れてくるんだよなぁ。
不満を抱きしめながら寒さに凍えて待つ。
両手を自分の吐息で温めながら、ふと耳を澄ます。
それにしても静かすぎる様な。この、自分の名前をローマ字で書ければ入学出来る程度の底辺高校で、昼休みにどいつもこいつも騒ぎ立てるのはお決まりってなもんで。
みんな何処かへ飛ばされちゃったりしたのかな? なーんて、頭に浮かんでくるのは寒さのせいだ。きっと。
「わりぃ! 遅れたわっっ!!」
龍二が息を切らせて駆け込んでくる。やっとおでましか!
「おせえよ!」
俺は怒りつつもうっすら笑みを浮かべた。このくらいでムキになるつもりはない。
それが伝わったのか、龍二も笑い返してくる。こういう仲なのだ。
「それでさ、ケーキ買えなかったわぁ」
「うぉい!」
ああ! 最悪の事態だ! 今日の購買部ケーキ争奪戦は熾烈を極め、組んず解れつの阿鼻叫喚で地獄絵図と化すのだった。時には血を見るとの噂も……。
龍二が敗退してしまうのも頷ける。
「しょうがないね」
俺はそう言ったが、悔しかった。龍二はもっと悔しかったろう。
「そこでなんだけどぉ、代わりっつーか、腹いせにこんなもの持ってきちまったぜぃ!」
「そ……それは!」
龍二は「ぶっとい筒状の過激な奴」を握りしめていた……!
なんてもん持ってくるんだ、こいつは! 見直したぜ!!
俺はあれだけ感じていた寒さなんか、すっかり忘れてしまっていた。
「こいつをなぁ、尻に刺してから導火線に火を付けると、空を飛べるらしいぞぉ!」
「なるほど! それぞまさしく汚ねえ花火ってやつ……って、んなわけねえだろ!」
俺と龍二は笑い転げた。何も考えずにバカやっていられる、こんな時間が永遠に続けばいいのに……。そう思っていた。
ぶっとい筒状の物を足下に置いて、龍二が懐から取り出したライターで導火線にひを付ける。
期待と不安で胸躍がる。この後、みんなからはどういう目線で見られるか楽しみだった。真面目な行為よりも不真面目な行為の方が「もてはやされる」からな。
当然、後で怒られるんだろうなという不安もある。屋上に出入りした罪の何倍も重い犯罪行為を成し遂げようとしているわけなのだから。退学にはならんでしょ。
導火線の残り時間が俺たちのタイムリミット。
凝視する先の火花はゆっくりと、確実にタイムゼロへと近付いていく。