第三十二回 道中にて
「え、魔王城行くの!?」
俺の問いにフジさんが答える。
「そうよ。世川君たちが3日前に出発してるわ。彼らより早く魔王の元に到着しなきゃ」
強い意志を抱いた瞳はまっすぐ森の向こうに向けられていた。俺は弱音が零れそうになる口を閉じると、右腕を頭の下に敷き、日向ぼっこを始めた。
魔王城への近道らしい深い森を突っ切ること半日。魔物を見かけるたびにシロちゃんは捕食しに道を逸れ、イーサンも「素材!」と魔物を狩っている。
「早く行かなきゃ駄目なのに! どうしてこいつらは! ちょっと、イーサンに先を急ぐよう促して!」
フジさんが俺に向かって怒鳴ってくる。
(くそぉ、俺に休息はないのか? 助けてクロちゃん……)
最近、この世界に来たばかりのクロちゃんと過ごした穏やかな日々をよく思い出す。
(俺のオアシスはいずこへ。会いたいなぁクロちゃん)
全くもって重たくはないが、気持ち的に重たい体を浮かせて、シロちゃんに近寄る。
「うっ、お邪魔したくないな……」
シロちゃんはお食事中のようで、顎に血を滴らせつつもぐもぐ口を動かしていた。
「と、ところで、フジさんは浮遊霊だよな。そんなに急いでるんだったら、フジさんだけ先に行けばいいんじゃないか?」
せめてシロちゃんの口の中のものが無くなるまでの時間を稼ぐ。
「私一人で行っても何もできないのよ。幽霊だと魔法も使えないし」
「え、そうなの?」
「そうよ。魔法は魔力と呪文で発動するって言ったでしょ? 幽霊は呪文を唱えられても、魔力がないから」
「お、おう。そうか」
俺の反応を見てフジさんが補足をしてくれた。
「魔力は生命力と言い換えてもいいわ。生き物は多かれ少なかれ持っているけど、死ぬと霧散してしまうわ。だから魔力を持ってない幽霊は魔法を使えないのよ」
「へぇ、そうなんだ」
ギンやシロちゃんとしか接してこなかったので、フジさんからこの世界のことをいろいろと聞けるのは楽しい。ただ、俺の『魔法を使う』という夢は今後叶うことがないとわかってしまい、若干の切なさが心に残った。
使ってみたい魔法リストにさよならを告げていると、フジさんが「いいから早く」と視線で訴えてくる。
食事が終了し、新たな獲物を探して旅立ちそうなシロちゃんに慌てて憑依する。
「イーサンさん、前魔王が急げって言ってます」
10mほど離れたところで、地に描いた大きな魔法陣の上に殺した魔物の死体を集めているイーサンに話しかける。
「あぁ、わかった。すぐ済む。圧縮をかける時間を少しだけくれ」
イーサンは魔法陣から目を離さず答えると、呪文を唱え始めた。
呪文に呼応するように魔法陣が光りだし、米俵5俵くらいあった死体の山が徐々に圧縮されていく。
(あぁ、いいな魔法。使いてぇ……)
眩い魔法の光を見ていると、足が勝手に動き出す。
「あっ、足を制御できねぇんだった! やべっ」
シロちゃんがふらふらと森の奥へ足を運び始める。振り向くとイーサンの背中が小さくなってゆく。
「ちょっ、待って! どこいくの!」
フジさんが追いかけてくる。
「どうしよう、その娘には入れない……でも、魔王城に行かないと、ユヅキが……」フジさんが唇を白くなるまで噛みしめている。なんとかしてあげたいとは思うが、こればっかりは俺にはどうしようもない。
(また放浪の旅が始まってしまうのか……)どうしたものかな、とシロちゃんの中で頭をひねっていると、ギンが隣に寄って来た。
「おい、お前。我のことをどう思っている?」
久しぶりに話しかけてきたと思ったら、この状況下で予想もしなかった質問が飛んで来る。
「え、何で今? そりゃ、お前なんて嫌いだけど」
「ふ、我もだ」と俺の答えに満足したような顔をすると俺(シロちゃん)に向かって突進してきた。
「うわっ、すまんかった!」咄嗟に謝りながら目を瞑ってしまう。
しかし、待てども衝撃は襲ってこない。ゆっくりと目を開け、あたりを見渡した。
「あれ? ギンがいない……」
(ここにおるぞ)とギンの声が頭に響いた。
いつの間にかシロちゃんの足は止まっており、俺が意識的に動かすことのできない左腕がシロちゃんの心臓辺りを叩く。
(ここだ。どうやら成功したようだ。ふはは、お前の思考が単純でよかった。楽に入り込めたぞ)
ギンの声が頭で響くと、シロちゃんはイーサンの方へ確かな足取りで戻り始めた。
「我は早く地の母の元へ還りたいのだ。幽霊娘、手伝ってやる。その代わりにこの小娘から抜け出す方法を教えろ」
シロちゃんの口が勝手に動く。
フジさんは驚いたように目を見開き、ゆっくりと頷いた。
「え、もしかしてギンも今シロちゃんを乗っ取ってる……?」
今度は俺がシロちゃんの口を借りて言葉を洩らした。




