第三十話 解放の前日
「俺の詫びと足を返せ!」
座った状態で喚く俺に背を向けるギン。
「お前まで騒ぐな、うるさい。この体なら足が動かなくても移動できるだろう」
ギンの指摘にあっと気が付く。
「あ、そうか、浮けるんだった……」
足が動かなくても、ちょっと意識するだけで体は軽く宙に浮かぶ。
「うっかりしてたぜ、よかったよかった……じゃねぇよ、この野郎!」
「我の残りの目とお前の足で相子、ではないか」と鋭い反論が入る。
「ぐっ、そう言われると……そうかもしれない」
身を焦がしていた激情が急速に静まっていく。
(あいつ、両目が使えなくなったんだよな)
空中でだらしなく垂れ下がる俺の足が目に入る。
(……あぁ、いつもと変りなく見える。まぁ、今まで大して足に気合入れて過ごすことなんて無かったしな)
落ち着いて考えると、幽霊の俺に下半身が動かなくなっても大きな支障はないのである。
(ギンは目が見えなくなってるのにチャラにしてくれるって言ってるし、まぁいっか)
ショックから立ち直った俺はギンに話しかける。
「そういえばお前、今はうるさくないのか? 正気を保ててるようだけど」
「ふむ、お前と話しているとなぜだか全てがどうでもよくなってな……今はあまり気にならない」
ギン自身、不思議そうに小首をかしげていた。
「けなされてるのか、褒められているのかよくわかんねぇよ、それ。まぁ、いいや。今後噛みついてきたりすんなよ! 絶対だからな」
俺が念を押すとギンが鼻を鳴らして答えた。
「ふん、お前に言われずとも。もう、亡者に飲まれたりせぬわ」それだけ言うと手足を折りたたみ、丸くなるギン。俺も空中に寝転がり目を閉じた。
「今日は疲れた」
気が付けば傍らにフジさんがたたずんでいた。
「イーサンが来るわ。娘に入る準備をして」
「あ、はい」
案の定、治らないぐらぐら首に注意を払いゆっくりと体を起こす。
そんな俺を見てフジさんがはっと息をのむ。
「その首、まさか独眼に!?」
フジさんはギンに目を走らせた。
「飲まれて、ないの? そんなことが……」
フジさんが再び俺を見る。
「君、本当に何者なの? 魔王の妄執に心を支配されることもなく、更には、ほぼ飲まれかけていた独眼を連れ戻すなんて」
何だかよくわからないが褒めてくれているらしい。慣れないことなのでどんな表情をすればいいかわからない。
「こいつはお前が勘ぐっているような大した奴ではない。見ての通り、ただの阿呆だ」
ギンの不躾な物言いに顔が引きつる。
「うん……何かすごい力を秘めているようにはみえないわね」
ギンの言葉に納得したようなフジさん。余計な口出しをしたギンを睨む。
相変わらずのふてぶてしい横顔に鋭い眼光がこちらを射抜く。
「……あれ、ギンお前、目治ってね?」
「見ればわかるだろう」と事も無げに答えるギン。
「え、なんで!? お前、もしかしてもともと目潰れて無かったんじゃ……」
空中を漂いギンに詰め寄ると、ギンが大きくため息を吐いた。
「なぜお前を偽る必要があろうに。起きたら治っていたのだ」
「じゃあなんで俺は治らないんだよ!」
みっともなく声を上げているとフジさんが寄ってくる。
「君ってつくづく変わってるのね。死後、世界にしがみつく未練はあるのに、ケガは治せないなんて。それに首をやられて下半身が動かなくなる幽霊って初めて見たわ」
素で不思議そうに話しかけてくる。
「えっと、ちょっと待って。幽霊ってケガ治るものなの?」
「えぇ。私が話したこと、覚えてる? この世界は意思が大きな力を持ってるってやつ。私たちの今の状態、つまり幽霊、これ要は意思の塊でしょ? だから強い意志があればケガを治すだけでなく、腕を増やしたりだって不可能ではないはずよ」
目から鱗が落ちるとはこのことだろうか。
早速俺は気合を入れて「治れぇぇぇええ!」と念じ始める。
(あ、ちょっと体が熱くなり始めている気がする! なんかいけそうな気がする!)
イーサンが牢にたどり着くまで叫び続けたが、徒労に終わった、とだけ伝えておこう。
「いやぁ、今日もありがとう! 君のおかげで今後の目途がついてきたよ。はは、運動不足かい?」
イーサンがフルフェイスの鎧越しでくぐもった声をかけてくる。
「はは、そうですね。こんなところに入れられてるとね……」
右手と左腕に加え下半身も自由に操れなくなり、通訳中歩き回ったり寝転がったりと自由奔放なシロちゃんであった。
「あぁ、済まなかった。君のおかげでほしい情報は揃った。明日には約束通り、解放しよう」
「やった、これで世川君たちの後を追えるわ」
(やった、これで俺も通訳とはおさらばだ)
面倒くさかった仕事から解放される喜びを噛みしめているとイーサンに声をかけられる。
「シロちゃん君はこれからセガワ君たちを追うんだよね」
「ん、はい。そうらしいですが?」
「私も一緒について行っていいだろうか」
「……だそうですけど? フジさん」
嬉々としたイーサンに対面して、額に手を添え悩めるポーズをとるフジさんが見えた。
主人公の体は欠損したまま話は進みます。




