第二十四回 新たな旅立ち
豊かな森の風景が左右をゆっくりと流れる。
人の手が全く加わっていない、原生林のようだ。
苔むした地面に人間の小さな足跡が一列続いている。
その足跡を作っている真っ白な少女の背中を見ながら俺はギンに話しかけた。
「この子……え~と、シロちゃんにしよう。シロちゃんってどこに向かってるんだろうな?」
ギンの方から返事はない。幽霊になって独り言には慣れてしまったので、そのまま話を続ける。
「……なぁ、ギン。そういえばお前成仏やめたのか? おとなしくついてくるなんてらしくないけど」
かなり間が開いた後、ギンの腹の底から低く唸るような声が聞こえてきた。
「……好きでいるわけなかろう。この娘から離れられぬのだ」
「やっぱ体食われると取り憑いちゃうのかな」
ギンの返答にギンが食われた時の事を思い出す。
イーサンや勇者たちと戦ったあの場でギンは死んだ。
その後、幽霊になってしまったギンと俺が茶番を繰り広げている間にシロちゃんはギンの死体を平らげてしまっていた。
ギンの体から離れられない俺はシロちゃんがギンを食べてくれたことにかなり感謝している。
もう誰も何もないところに一人たたずむのは御免である。暇すぎて死んでしまうからな。
俺が一日ほど前の出来事を振り返っているとギンの声が遮ってきた。
「なぜ、不浄だと嫌悪する我らを……くそっ、屈辱だ。人間め、我を地の母にすら還さんと言うのか……」
ギンが足跡のつかない自分の前足を見ながら呟いた。
「……まぁ、元気出せよ。幽霊生活も悪くないぜ? 気楽だし」
「……」
話しかけても答えが返ってこなくなったので、俺は昨日のことに思考を戻した。
シロちゃんやギン、勇者たちの戦闘が終わった時の事を考えると疑問が浮かんでくる。
幽霊フジさんは自分の死体を離れ、勇者たちと転移していった。
(なぜフジさんは俺やギンと違って自由に動けるんだろ? 正直、すごくうらやましい)
隣でなんか欝々としているギンを見る。
(俺も自由に動けたらこんな物騒な奴とはおさらばして気ままな異世界物見遊山するのに)
ほのぼの異世界ライフを想像していると、ギンの目がこちらを向いた。
「おい、お前は平気なのか? 何も聞こえぬのか?」
ギンがよくわからない質問をしてくる。
「何のことだよ。別に、鳥のさえずりくらいしか聞こえないけど? ギンの方が耳いいだろ?」
俺の返答にギンは小さく「そうか」と答えて顔を背けた。
ギンから視線を外し、目の前をふらふらと歩くシロちゃんを見つめる。
ギンを食べてから1日ほどしか経っていないのに「お腹すいた」とよだれを垂らしながら森をさまよっている。
シロちゃんに関して俺は何も知らない。
食いしん坊であることは言動から読み取れるのだが、それ以外シロちゃんについて全く分からない。
真っ白な肌や髪に、全身から剣を生やす女の子が普通の人間だとは考えづらい。
今思えばフジさんがシロちゃんについてなにやら意味深なことを呟いていたような気がする。
(フジさんはシロちゃんのことを知ってそうだったよな)
それにフジさんは生きているときから幽霊である俺のことが見えていた。
(一体フジさんは何者なんだ?)
俺はシロちゃんの薄い背中に右腕を伸ばす。
シロちゃんの体に触れた右手首からひんやりとした感覚が微かに伝わってくる。
クロちゃんの体温にすごく近かった。
クロちゃんが俺を離れた後、俺はクロちゃんの姿を見ていない。
(なんか寂しいな……元気に過ごしてるといいけど)
隣でギンが何やってんだこいつ、と言いそうな目でこちらを見ているが、決してやましいことではない。
今はシロちゃんに意識を向ける。
お腹がすく。ほしい、欲しい。空っぽ――
「――あぁ、君なら大食い選手権で優勝できそうだ」
少女の声が鼓膜を振動させた。
俺は体を見下ろす。
視界に真っ白な長い髪が垂れ、血に汚れ原型を留めていないほどぼろぼろの質素なドレスが映る。
後ろを振り返るとギンがこちらをまじまじと見つめていた。
「よし、ギン。ちょっとフジさんに会いに、街へ行こうぜ!」
俺はシロちゃんの小さな口をにやりと歪ませると、透き通った声でギンに話しかけた。




