第十五話 ほのぼの異世界ライフはまだ遠い
夜が明け、日が登るも、ギンが起きる様子はない。
日に当たり、花びらを落とした花々を見ていると、昨晩の幻想的な光景が夢のようで、もういっそのこと昨日のことも全て夢だったらよかったのにと肩を落とす。
左腕と首の切り傷は治らない。
そして昨日から気のせいだとごまかしていたが、日の下ではっきりとわかってしまったことがある。
(俺、なんか薄くなってる……)
今までもある程度は透けて見えていたが、昨日少女に切られて以降更に薄くなっている。
「やっぱあの女の子の剣だよな……」
鋭く光る刀身を思い出し、切られた左腕と首をさする。
暖かな日差しに照らされているはずなのに寒気は消えない。
……クロちゃんが一緒にさすってくれているからだろうか。
足元のギンはよほど疲れているのか、目を覚ます気配が全く無い。
「はぁ……」溜息と共に空を見上げた。
俺の視線を遮るように茂る木には見たことのない実がぽつぽつとついている。
橙色に熟れた実はとてもおいしそうだ。
非日常的な出来事が苦手な俺はギンの上で仰向けに寝転がり、疲れ切っている精神を休めていた。
「何も起こらないって最高だな」と右手のクロちゃんに話しかけながら、木漏れ日に目を細めていると、枝の上で動くものを見つけた。鮮やかな瑠璃色の小鳥だった。橙色の実をついばむ姿がとても愛らしい。
ちょこちょこと動く姿に癒されていると、あることに気が付いた。小鳥の美しい羽に何か書かれている。
気になって近寄ってみると、背中に金のインクで落書きされているようだった。
「おい、これ動物愛護団体がおこるんじゃねぇの?可哀そうに……」
触れはしないが、つい小鳥に向かって両手を伸ばす。俺に気づかない小鳥はおとなしく俺の左手と右手のクロちゃんに包まれる。その瞬間左手にびりっと静電気が走るような感覚があり、慌てて手を引っ込めた。
「うわっ、な、何だ!?」
左手を見ると少し赤くなり、じんじんしている。
「クロちゃんは大丈夫?」
クロちゃんのこぢんまりとした親指が堂々と立っている。本当に頼もしいな。
「にしても、前にもこんなことが……魔法か?」
小鳥を見ると背中の落書きが消えてなくなっていた。
小鳥も何か気づいたらしく、あたりをきょろきょろ見渡している。
そして急に動きを止めるとその場でふるふると震え始めた。
「え、俺なんかまずいことやったかな!?」
慌てる俺の耳にどこからか笑い声が聞こえてきた。
「ぎゃはははぁ~!なんか術が解けてらぁ!」
目の前にいた小鳥の体がみるみる膨らみ、鷹ほどのサイズになった。
「俺様をこき使いやがってぇ、あの糞忌々しいナルシスト野郎ぉ! この手でブッ殺してやる!」
愛らしい小鳥の姿は見る影もなく、巨大化した鳥は曲がったくちばしから鋭い歯と舌をのぞかせ、なにやら物騒なことを口走り空高く飛んで行った。
あまりの劇的ビフォーアフターに呆然とする俺の下で、ギンがさっきの声で目を覚ましていた。
辺りを確認して再び眠りにつくギンを見て、気が抜けた俺はギンの横にしゃがみこみ、日向ぼっこを続行することにした。
丸三日が経った。
とても穏やかな時間だった。穏やかすぎて暇になってしまったので、失われた右手の再生を試みていると、制服だけは直すことに成功した。
「制服直ったー! でも体は治らねー!」
相変わらず右手にはクロちゃんが居座り、左腕と首の切り傷はそのままである。
「どっかに回復ポイントとかないのかよ」
俺がうなだれて視線を落とすと、右手のクロちゃんも一緒になってへんにょりしてくれていた。
「すまんな、クロちゃん」
どうにもならないことを嘆いてクロちゃんに気を使わせるのも悪いし、このままでも正直支障は出ないので、右手のことでくよくよするのはやめよう。
(どうせもう鉛筆持ったり箸使ったりすることなんてないし)
「よーし! ギンの体の乗っ取り方でも研究するかな!」
俺が気合を入れて、直った制服の袖を捲っているとギンがもぞもぞと動き始める。
「お、やっと起きたのか」
ギンはゆっくり立ち上がると足元に鼻先を突っ込んだ。
落ちている橙色の実を拾い食いし、歩き始める。
鼻をひくひく、耳をぴくぴく動かしているので、餌を探しているのだろう。
何かを察知したようで、ギンは前方を見据え走り出した。
風のように軽やかに駆けるギンにいつか見た記憶を思い出す。
(こんだけ走れたら気持ちいいんだろうな。……速すぎてちょっと怖いけど)
ギンの背中にへばりつくこと約10分、木々の間を縫うように走っていたギンが開けたところに躍り出た。
ギンの大きく振りかぶった1撃に血しぶきが舞う。
高く飛んだ首を見るとそれは
人であった。
今日はもう一話更新します。




