出会いは必然
グロ注意です。
生きる化石と、潜む未知。
二種の生物達が自然社会を織り成す雄大な秘境は、おいそれと簡単に踏み入れていい土地ではない。
保護区域とは違い、そこでは全ての危険に、自己責任という重い枷が後を付いて回る。
奈落の化身が赤い舌をちらつかせ、生者の霊魂にむしゃぶりつきたいと恋い焦がれながら、じっとりと待ち構えているのだ。
密猟者が涎を垂らして飛び込んだが最後、白骨化となって発見されたこともある。
自由の代償は、命の保険を手放すことであった。
そんな場所で野生となって生きる子供が二人。おまけで後を追いかけ回す心配症が一人。
後者はともかく、前者の彼らの生活は、僅かながらも徐々にゆとりを孕むようになり、いい方こうへと向かいつつあった。
川沿いに移動し、秘境からの脱出を試みる。ここに来てから、更に図太さに磨きがかかったと思えるほど、逞しく野生化していた。
食料を狩ったり、狩られる側になった瞬間全力で逃げおおせることの繰り返し。
切実な命のやり取りであった。
だからこそ、こんな所で、自分達以外の人間と遭遇することになろうとは、思いもよらなかった。
見窄らしい格好をしながらも、生気に溢れた、野生児のような若い男。吸い込まれそうな魅力に富んだ彼の隣には、レシェイヌと同年代ほどの、素朴で無害そうな少年が、妙に悟りを開いたような顔をして口元を動かしている。
微かに聞き取れたのは、イケメン滅びろという、謎の言葉に続く物騒な物言い。
暗い洞窟を押し込めた瞳に負を落とし、同色の髪がしなだれるように揺れて、少年の輪郭を柔く撫でる。
なんだろう、この、外見年齢にそぐわない、老衰した子供は。
もしやこいつ、苦労人ってやつか。
レシェイヌの背から、相手方を伺うレイガの警戒心が普通じゃない。
険しい表情の兄弟とはうって変わり、男からは好奇心が光っている。快活な笑顔ではじけ飛んだ星が踊り落ち、触れた草花が楽しげに風に揺れた。
なんというか、将来、英雄にでもなりそうな人だとレシェイヌは思った。
「先民族ってわけじゃあなさそうだな、チビ共」
「…あんたらは誰?」
「国のつかいっぱしりさ。人使い荒れえんだよ、あいつ」
あいつ、という言い方が妙な尾鰭をひいて、レシェイヌの顔付きが探るものへと変化する。
そんな彼を面白そうに見下ろす、ライドと名乗った黒髪の男。同行する少年、ルスターが不思議そうに首を傾げるのを目に入れ、レイガの中でも彼らの評価が変動しつつあった。
少なくとも、ルスターは、兄のように頭がキレる分類ではない、レシェイヌの方が、凄いに決まっている、と。
「せっかくだ。お前らも手伝え」
「ちょっ、いきなり何言ってるんですか師匠! 駄目ですって! 後で怒られますよ?! オレにもとばっちりがくるんてすから!」
「うるせえ知らん」
「うわ出た我が儘大王! 指差して言ってやるこのクソ自己中っ」
「差せよ、その骨折ってやるから」
「すみませんでしたお師匠様!」
……警戒した自分が馬鹿に思えてきたレイガは、気まずそうにレシェイヌを伺う。
思案顔から呆れに染まった兄と、綺麗に腰を曲げるルスターを見比べ、あの人が兄弟じゃなくてよかったと、小さな風を口から吹かせた。
そんなレイガの頭を一つ撫でたレシェイヌの、「囮以外なら手伝う」との一言で、喚き声は瞬く間に彼方へ飛んでいくこととなった。
数奇な流れを経て同行することになり、改めて事情を聞けば、ライド達は騎士団の一員で、今回秘境に訪れたのも仕事の一環だそう。
だが、その仕事、内容がきな臭い。
「変死体の原因?」
「おー」
肩を竦めるライドの歩みは、依然として止まらない。
「ルスター、説明」
「えぇ?! オレに丸投げすんの?!」
ぎょっと目をむき、少々大袈裟な反応をとるルスターは、自分と対して年齢の変わらない、大きな瞳を黄金の叡智に煌めかせるレシェイヌへ、ちらりと遠慮気味に顔を向けた。反則的な経験値を持って生を受けた自分より、よっぽど賢そうに見える。その目の中に図書館でも建設されているのかと、変な感想を抱いてしまうほどに。
「えーと、簡単に言うとだな…」
依頼を受けたキルド冒険者が秘境を訪れ、魔物の変死体を発見。あまりの悲惨さに慌てて上層部へ報告。秘境が貴重な自然財産であることを踏まえたギルド長は、深刻な問題になりかねないと早々に国へ申告。原因の判明と、解決任務のために国から派遣されたのがライドである。
「 …で、一応弟子のオレもついてきたってわけ」
「ギルドって国の支配下なの? 独立した権力とか持ってないんだ?」
「は? あ、うん。多分」
「なら面子の問題か。お偉いさんって大変なんだね」
「いやいや意味が分かんねえんだけど」
細目でレシェイヌをねめつけると、ひょっこり現れた彼の弟に鼻で笑われた。
愛くるしい顔で馬鹿にされても、先走るのは怒りよりも柔らかい感情。
「レイガは分かったのか? 凄いな」
見た目はレシェイヌとそうかわらない自分だが、中で形成されている人格の年齢差は著しい。どうしても微笑ましくうつってしまい、近所の子と接するようにしてみれば。
「はなしかけんなブス」
心に飛び膝蹴りをくらった。
無防備なところへ抉り込まれた暴力は、見事にルスターの横っ面を殴り飛ばした。
「ごめん、気にしないで。俺の弟、人見知りなんだ。慣れれば凄くいい子だから」
「お、う」
ぽすぽすとレシェイヌがレイガの頭を柔く叩く。
素直にされるがままの彼は愛くるしい。むすっとしながらも嬉しさが滲み出ている。
ツンデレか。ツンデレなのか。
ルスターも下級とはいえ、貴族の端くれ。だから分かる。貴族間で、兄弟や姉妹の仲が良好なのは珍しい。上級に至っては、どこの武家だと目頭を抑えてしまうくらい、険悪な火花を散らしている始末。
王族なんて、想像したくもない。
「なんかオレ、君達とは気が合いそうだわ。価値観的に」
「…よく知らないけど、頭叩かないでよ」
「ちげえって。撫でてんの。仲良くしようねみたいな」
「……そ、うなのか?」
こてり。
レシェイヌが首を傾げる。
「うん。お前絶対年上キラーになるよ。お姉様方にキャーキャー言われること間違いなしだな。畜生この野郎爆発しろ」
「あんた面倒くさい」
二人のやり取りを、レイガはじっと見つめていた。