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没落兄弟  作者: クロシロ
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末路

 ハバス・ウライアは、王都から遠く離れた辺境の地に腰を構える、しがない伯爵の一人であった。

 華やかな貴族社会の中においても、位置付けはうんと下だ。だから、いつも見上げていた。指を咥えて羨んでいた。

 本物の煌びやかな世界が、眩しくて、憎たらしかった。

 あの舞台へ上がるには、歴史の片隅でもいい、後世に残るような偉業を成し遂げなければならない。

 のらりくらりとしていては、爵位など上がる筈もないのだ。

 誰も踏み入れたことのない領域で、新しい発見をするには、該当する分野を深く研究しなければならない。そのための資材に、多くの金が必要となる。ハバスの懐は、そこまであたたかくなかった。彼の願いを叶えるためには、何十年もかけて、ようやく集まるであろうという程の、莫大な大金が必要であったのだ。

 そんなもの、常識的に無理である。

 だから、ハバスは非道の手段を選んだ。

 闇市場に手を伸ばしたのだ。

 喰人植物は、夢のような値段で闇商人に買われることが多い、最もたる例だ。

 ハバスにとって、一番の近道といっても差し支えない。

 しかし、誰にも知られず育てるのには無理がある。

 なにせ、人を喰うのだ。厳密に言えば、喰った人間の魔力を糧に成長するのである。

 つまり、魔力がない人間では意味がない。

 ハバスも魔術師の端くれだ。扉の取っ手に水を纏わせただけで、びっしょりと汗をかいて息切れを起こす、最弱と思しき力しかないが、それでも、魔術師は魔術師だ。

 最弱だろうと、普通の人間と比べれば鼠と虎。

 力量の差は一目瞭然。辺境という閉鎖的な場所は、むしろ、口がむず痒くなるほど好都合であった。

 

──いないのなら、つくればいい。


 単純解明ながら、人知を外れた悪魔の囁きが、彼の理性をなぶり燃やした。

 魔力は魔術師にしか視認できない。

 術者本人が、意図して隠す術を施せば話は別だが、レシェイヌのように、自覚がないまま体から迸らせている者の方が多い。光の粒子が漂っていれば、まさにそれが魔力。

 加えて、体の周囲を時計回りに巡っていなければ、魔術の『ま』の字も知らない、無知な赤子同然。

 そういった者を、ハバスは金で釣り、屋敷へと迎え入れていた。理由は無論、餌にするためだ。

 しかし、未覚醒とは言え、魔力を持つ人間は圧倒的に数が少なく、見つけるには困難を有する。第一に、魔力は遺伝ではなく、本人が過ごした環境に左右されやすい、と学者達の中で囁かれている。

 両親が魔術師でも、生まれる子が魔力持ちとは限らないのだ。

 そもそも、一般人は、魔術を精霊の仕業と認識している。不可思議な現象が起こった時、その人物には、精霊の加護があると信じられているのだ。

 魔力と同様、魔術を視認させることは不可能ではない。その類の方法は確かに存在する。たが、精霊という存在は、あまりにも根深く人々の中に息づいてしまっていた。

 そしてそれは宗教として、神として、文化として、世に表面化されるようになったのだ。

 結果、魔術師の間で、魔術を一般人に教えてはならないという、暗黙の掟ができあがってしまった。

 この境界線が、はからずとも、一般人と術者、二つの世界をつくる礎になったのだ。

 あちら側の人間とは相それないと、術者達は孤独の道を選んだ。そんな彼等が造り上げた、社会的居場所が、ギルトである。それは今も強く引き継がれていた。

 そういった経緯も含め、魔術師は特別な存在なのである。


 探すのに苦労しないわけがない。


 餌を集める為の金が必要となってしまってはくたびれ損だ。

 頭を悩ませていたハバス。そんな折り、生まれてきた赤ん坊がレゼンであった。

 類い希なる魔力の持ち主。ハバスは閃いた。こいつを餌にすればいいじゃないか、と。

 だが結果として、それは失敗に終わった。レゼンの潜在能力は、ハバスの予想を上回っていたのだ。

 魔力の質が高まるとされる、不遇な環境を整えている間に、まんまと逃げられたのである。

 それでもハバスは慌てなかった。レシェイヌがいたからだ。もう二度と同じ失敗は犯さない。レゼンには与えていた自由を奪い、離れへと隔離り、完成された箱庭を与えた時、ふと、ハバスの頭に声が落ちてきた。

 学者達ですら証明出来ていない、環境と魔力の不思議な関係。それを、自分で研究してみることも、ありなんじゃないか、と。

 まさに一石二鳥。一つの無駄もない。

 レイガを足したハバスの研究は、順調であったと言っていい。

 十分に成果をみた上で呼び出した。あちこちにハバスの魔力を撒き散らし、冷たかったかと問い詰めたが、レシェイヌは首を横に振った。それは、まだ魔力が覚醒しきっていないことを意味する。確かに、彼の周りを漂う粒子の動きは不安定で、覚束ない。

 落胆したのは否めないが、その粒子の輝きを見ればわかる。レシェイヌの魔力は、明らかに増量し、かつ、質もぐんと上がっていたのだ。

 ハバスは、偉業の一歩手前にまで、たどり着いていたのである。


***


 縄に身を縛られ、死の足音が近づいてくるのを感じながらも、ハバスは満たされていた。

 自分は、成し遂げてみせたのだ。本来目指した分野とは違ったが、偉業には変わりない。この状況になって、レシェイヌが覚醒しきっていないことが、逆に、嬉しくて仕方なかった。

 日の出にならない、自分だけの秘密の研究。その作品は、一生未完成のまま、時の移ろいに流れていく。ハバスにしか、完成させることが出来ないというこの上ない優越感が、男の顔に笑みを作った。

 やはり、己は偉大だったのだ。その器たる人間であったのだ。


「あんなの、馬鹿正直に答えるわけないじゃん」


 レシェイヌ本人によって幻想を砕かれるまで、本気でそう思っていた。


 国王に裁かれる時も、処刑台へと登り、いよいよ首を跳ねられようという今この瞬間も、打ち砕かれた優越を求めて、ハバスは呆然と虚空を見つめるのであった。

次話から修行編になります。

ちょっと、暫く、間が空きます。

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