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没落兄弟  作者: クロシロ
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星を拾う

 塵の中に眠る宝を見つけた時の快感は、癖になるほど愉快なものだ。

 クラリにとって、それは遊戯。だからこそ、予想以上の秘宝に巡り会えた時は胸が躍る。

 実際にクラリの脈打つ鼓動を強くさせた二つの原石は、一見すれば、なだらかな曲線だって満足に形取れない、歪な泥団子だ。外見に先入観を持ってしまえば、容易く見逃してしまうほど、何の変哲もない単なる土塊。

 しかし、その中身は全くの別物。泥を洗い流し丁寧に磨き込めば、星の輝きを秘める原石が現れる。

 さも愉しげにクラリの口角が上がった。

 レシェイヌの、子供らしからぬ落ち着いた物腰もそうだが、なにより頭の回転が早い。クラリから、自己紹介文紛いのような説明を聞き、限られた情報で糸口を探ろうとする姿勢は、それなりに評価できる。

 国家騎士団遠征部隊隊長であるクラリを相手に、腹の探り合いをしようと言うのだから、見た目にそぐわない図太い子だ。先に挑発したのは此方だが、冷静に切り返された時には驚いた。

 もし、レシェイヌから、伯爵はどうなるのかと訊ねられていたら、処刑という返答の用意があった。予め、国王より幾人ばかりかの結末を通告されている。その名簿に入っている者を、決して逃さないようにと縛り上げた結果だけを見て、レシェイヌは洞察したのだ。

 だから、彼の言うことは的を得ている。

 過酷な環境で生き残る術は学んでも、法律分野は専門外。クラリ達には最低限の認識しかなく、それを超えてどうなるのと聞かれても、口を割って教えられることなど限られていた。

 レシェイヌはそこを見抜いてみせた。見る目のない奴によっては、だからどうしたと言い募るだろうが、これは間違いなく賞賛に値することだ。

 順序よく段階を踏んでいけば、その頭脳は良い武器になるかもしれない。

 そしてレイガ。兄の背に隠れる臆病者かと思えば、レシェイヌがクラリに意識を向けている間、死角を補うかのように、ずっと後ろにいる男を警戒していた。

 縄張りを守ろうとする狼の目つきでもって、レゼンの動作に注意を払っていたのだ。自分が二人の間に入ることで、最低限の距離をとり、盾の役割を果たしている。兄が図太いとなれば、その弟は強かな性格のようだ。分かりづらいが、どうやら彼なりにレシェイヌのことを心配しているらしい。

 それが無意識かどうかはさて置いて。

 更に印象深いのが、柔軟な思考能力。レシェイヌのように秀でたキレはないが、言われたことを吟味し、取り乱すことなく受け止めるそれは、四歳程度の童子が成せる技ではない。宰相たる者に不可欠な素質を、たかが辺境に住む伯爵家の子供が持って生まれるとはなんという奇遇。

 なにより、二人から僅かに立ちこめている魔力の粒子。基準を超えた輝きを放つ、美しい白銀の光。これが、クラリの中で決定的となった。

 魔力というのは、生命力にも等しい諸刃の剣である。尽きれば死ぬ。単純でありながら未知数な力。本来は何年もの訓練を要し開花させるのだが、稀に、先天的に持って産まれる者もいる。

 本人達はまるで気付いていないようだが、そうとくれば好都合。二人が知るにはまだ早い。過ぎる力は破滅を呼び寄せる。じっくりゆっくり鍛えていこう。

 簡単に朽ちるには惜しい人材だ。


「…久し振り、兄上」


 兄弟の感動の再会。クラリは聞き耳を立てる。


「その呼名はやめた方がいいよ。お前も俺も、もう貴族じゃないんだ。いらない誤解を招くかもしれない。兄貴とか、一般的なものにしろ」

「ごっ、ごめん。兄貴」


 なんで脅してんだ、あいつ。

 レシェイヌを心配しての物言いだろうが、もっと他に言い方というものがあるだろうに。


「で、隣の子は?」

「レイガ。俺の弟」

「へえ。なら俺の弟でもあるのか。ちゃんと面倒みれたの? こんな家で」


 そこでクラリは耳を畳んだ。妙なすれ違いが生まれそうな予感がする。伯爵家を調査した手前、ある程度両者の事情を知っているクラリにしてみれば、レゼンがどれほど弟のことを心配していたか呆れるほど目にしている。しかし自分が首を突っ込むようなものでもない。むしろ放置だ。放置。

 拳を一つ、握りしめる。

 気を取り直したクラリは、拘束されている伯爵の前にしゃがみ込んだ。


「ここから王都まで、あなた達は歩きなさい」

「見せしめ、かい?」


 手招く奈落からは逃れられない。

 微かな漏れ息でもって伯爵が笑う。諦めからくるものではない。しかし足掻きを起こすほどの覇気もない。

 彼は、満足しているのか。

 そもそも、食人植物の無断栽培は、多くの国で違法とされており、それは自然豊かなグランジェ国でも同様だ。

 人の血肉を糧に成長する悪魔のような植物。

 領民に手を出せば早々にばれるとでも思ったのか、彼が選んだのは実子とその側室であった。女性同士の揉め事で命を落としたと見せかけ、淡々と餌に利用していたのが現実だ。

 お陰で此方も気づくのが遅くなった。

 粗方の証拠を掴んだとはいえ、どうも、こう、引っかかるものがクラリにはあった。伯爵は何事においても選別していた。餌にしろ、味方にしろ、共通しているのはそこだ。そして、それの扱いをあからさまに受けたのがレシェイヌ達だ。

 妙だと思う。

 幽閉しているようで自由を与えているし、ガラクタとされた物を、大量に離れの奥へ運んでいるのも。

 その中でとりわけ量が多いのが本だ。まるで知識を埋め込ませるかのように、医療分野の本まで含まれていた。

 良質な餌にするつもりだったのか。それなら、他の子供の方が新鮮な肉になるだろうに。

 やはり伯爵は、まだ何かを隠している。

 甘いな、青二才。

 クラリから忍び笑いがもれる。どの道、悪知恵の働く狸の命運もここまで。ウライア家は没落するのだ。


「あの子達はわたしが貰う。錆から生まれた宝には目がなくてね」


 膝を伯爵の顎下に割り込ませ、無理矢理ぐいっと顔を上向かせる。


「…二人は母親似かしら」


 クラリは見た目も若干重視する傾向にあった。


「レシェイヌ、おいで。レイガも」


 呼び寄せられた二人のうち一人は素直にきたが、もう一人は露骨な表情を繕うこともしない。違う意味で素直だ。そしてレゼン。お前は呼んでいない。


「見納めよ。かける言葉は?」

「くたばれ」


 と、吐き捨てたレイガ。生意気に拍車がかかっている。こいつは将来、絶対、嫌な奴になる。


「レシェイヌは?」


 沈黙を積もらせる彼の心中は如何なものなのか。


「『ところで、冷たくはなかったかい?』」


 紡がれたのは、真意の分からないあやふやな抽象。

 訝しげに一同が反応を示す。

 しかし、伯爵だけは違った。見開く瞳。欠陥品の硝子玉よりも濁った碧。


「あんなの、馬鹿正直に答えるわけないじゃん」


 それを粉々に打ち砕いてみせたレシェイヌは、思いっきり、そりゃあもう男らしく、天に拳を振り上げた。





 畏まって挑んだ国王との対面は、鰻登りの緊張に反して、実に呆気ないものとして終わった。

 レシェイヌとレイガは被害者に位置付けられ、裁きを受けるどころか、慰めの言葉をもらったくらいだ。

 驚きは一押しである。

 当主と正妻を含めた一部の者達は、王都の広場にて公開処刑されたらしい。他はどうなったのか分からない。

 しかし、これで、ウライア家は文字通り没落したのであった。

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