表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
没落兄弟  作者: クロシロ
5/12

全くもって

 人生、何が起こるか分からないとは、よく言ったものだ。

 命の危機に気付き、逃走を画策した二日後に、伯爵家に正義の槍が突き刺さろうとは、予想だにしなかった。

 ばらばらに切り刻まれた人喰植物。拘束されている当主と正妻。その隣に側室と子供達。一部を除き、身を寄せ合いながらも未だに腰を抜かしている使用人。

 彼等をぐるりと取り囲み、場を支配する赤い団服集団。

 目まぐるしい展開に湯気をふきそうになる。

 すっかり怯えきってしまったレイガなんかは、レシェイヌに珍しいほどぴっとりとくっついて離れない。

 しかしまあ、それはいい。それはいいんだ。

 ぎゅむっと俺の足が踏まれていなければな。

 不健康な骨に、弟という重りがのっかる。

 おい、ぎゅむぎゅむ、痛いぞ。足踏みはやめろ。踏み外して、捻挫でもしたらどうするんだ。危ないだろ。

 かく言うレシェイヌも、混乱の渦から抜け出せずにいた。これ以上レイガを不安にさせないよう表情事態は澄ましているが、零れ出るものが目元をピクピクと震わせる。

 そんな二人に、部下を引き連れて近寄ってくる金髪碧眼の巨漢な女。

 なんだこの威圧感。動く岩か。

 レシェイヌがほんの僅か、驚きと戸惑いに負けて後退りした。

 すると、そっと安心させるように、背中に当たる大きな掌。だがそれは逆効果と言うもので、緊張が加わったレシェイヌの体は、益々強張りをみせた。


──レゼン・ウライア。


 レシェイヌとレイガをこの大広間まで連れてきた、彫り深い顔立ちの美男。

 紛れもない、レシェイヌの兄である。それも、唯一優しくしてくれたあの恩ある兄だ。

 何年振りだろうか。レシェイヌが成長したように、彼もまた大人へと変貌を遂げていた。

 しかし、レシェイヌの記憶に残る兄は、こんな、虎のような力強い体格などしていなかった。

 眼孔だってもっと柔らかくて、声も少し高めで、ふわりと優しく笑う穏やかな人だったのに。

 誰だこの人は。

 どうしたんだこの変わり様は。

 全くの別人だ。

 なんでそんな無表情なの。むしろどうやってるの。無理だから。普通はなにしたって動くでしょ。おっそろしいんだけどこれ。

 レシェイヌが勝手に美化していた兄の面影は、木っ端みじんに粉砕された。

 その衝撃が大きすぎて受け止めることができない。身構える体は、ぎこちない動きで彼を無意識に避けようとしている。

 多種多様な衝撃に襲われては、大人びたレシェイヌとて所詮子供。甘受する器はまだ底が浅く、定量が過ぎれば直ぐに溢れかえってしまう。

 歩み寄ってきた岩女は、じっとレシェイヌとレイガを観察した後、レゼンへと的を移した。


「あなたせっかちなのよ。すっかり怯えちゃってるじゃない、この子達」

「あんたの見た目のせいだろ」

「そんなことないわよね?」


 ここで同意を求めるのか!

 レシェイヌは焦った。結果、沈黙を貫いた。

 そして再びはっとする。沈黙は肯定も同義じゃないか。

 二度目の焦りは、ぐるりと一回りしてレシェイヌを開き直らせた。

 殴られてもいい。凄く嫌だけど、もう捕まったっていい。こうなればヤケクソだ。けれどレイガの安全だけは確保しなければ。彼はまだ、この伯爵家にきて三カ月足らずだというのに。


「ねえ、俺達、どうなるの」


 ぴたり。女の視線がレシェイヌで止まる。二歩距離が縮まった。レシェイヌは後退さらない。


「一つ、わたしたちは国家騎士団の遠征部隊」


 立たされる人差し指。


「二つ、わたしたちはただ捕まえにきただけ」


 ぴとり。額に指先がくっつけられた。


「あなた自身は、どうなると思っているの?」


 山をも破壊しかねない獣が、頬肉を吊り上げて、得意気に牙を覗かせる。

 レシェイヌを弄び、その様子を目に収めようと、小憎たらしくクラリが笑うのだ。

 挑発しているようで、違うなにか。

 レゼンが喉を唸らせるその眼下。レイガが命綱として握っている、細い腕の持ち主は、頭にある引き出しをひっくり返して、クラリが言わんとする事を掴み取ろうとしていた。

 それなりの量の本を読んできたため、知識だけはそこそこだ。


 自称だけど。


 まず国家騎士団。そのままだ。国の騎士だ。何のひねりもない。

 しかしその遠征部隊。王族を守護する皆の憧れ近衛部隊ではなく、危険たっぷり荒仕事専門部隊。死神と手を繋いでいつでもあの世にいけるよ部隊。四肢が千切れたら、口で敵の心臓を食い潰せばいいだろう部隊。


 はい待った。ちょっと待った。


 序盤で既に遠い目になる。

 なんでこう、物騒なのばかりこの家に集合するんだ。

 レイガにきゅっと服の裾を引っ張られる。大丈夫、俺の気は確かだ。返事の変わりに頭を撫でておく。

 通説なら、レシェイヌとレイガも身柄を拘束される筈だが、今、自分達には縄の一本も巻かれていない。向こうでかためられている一部の使用人や、側室などにも同様の者が見受けられる。

 クラリは捕まえにきただけだと言った。にも関わらず、身動きが自由なのは、端っから対象と非対象に分けられていたということだろうか。

 前者にしろ後者にしろ、王の元に連行され裁かれる時を待つ。これはまず間違いない。それ以降の処分についてはどうなるか。レシェイヌが、仮説を立てながら辿り着こうとしている終地点。クラリが誘導するように言の葉を厚い唇から零し、レシェイヌの足元を仄かに照らしていく。

 それを消すのか、大きくするのかはレシェイヌ次第。


「多分、牢屋には入らないと思うけど」


 希望的観測でもあるが、捕らえられていないということは、つまり、そういうことだろう。

 加えて、彼等はただ、任務を通したに過ぎないとも言っていた。捕まえるだけ。後の始末なんて、そっぽを向いて知らん顔だとも聞き受けられる物言い。なら、レシェイヌは愚問を投げかけたようなものだ。


「すみません。さっきの質問は忘れてください」


 緊張を解き、打って変わって苦笑を浮かべたレシェイヌを見て、明らかにクラリの目つきが変わった。


「なに。どういうこと? どうなったの」

「答えを知らない人に聞いても意味がないってことだよ。俺が馬鹿だった」

「ちゃんとおしえてよ」

「…推測だけど」


 急かすレイガをなだめながら嘆息する。


「彼等…。彼女達、はここにいる全員を連行するために来たんだ。俺達みたいな、ある意味被害者側の人間も含めて全員。縛られている奴らは当事者扱いで、罰せられることがもう確実とかだろ」

「……」

「牢屋行きとそうじゃないのに分けられていて、後者は貴族会を通った後国王に判断を下される。俺達は後者だ。だから、今、どうなるかなんて誰も分からないってこと」

「…よそうは? あるでしょ、それくらい」

「仮にも一国の王が、やすやすと腹の内を言い当てられちゃ駄目だろ。だから、俺達の国王様は優れた方なんだよ。きっとね」


 しかし悩ましいことになった。現状、レイガはおろかレシェイヌとて処遇が宙ぶらりんなのだ。最悪がないだけ儲けと思うべきか。

 レシェイヌは、ここでようやく、背後に佇む男をまともに見やった。

 この人がなんとかしてくれる、とは特段思っちゃいない。淡い期待と甘えるような信頼を預けるには、あまりも時が流れすぎた。

 レシェイヌの記憶に埋もれ、進むことを忘れていた時計の針は、よくやく役目を思い出し、小さな丸を描き始めていた。

 穏やかに笑っていた少年の頃の兄は、過去となり去っていく。

 今のレゼンは、兄であって兄じゃない。

 レシェイヌの中で、はっきりと境界線が引かれていた。それでも、一度感じた恩の気持ちは、迷子になることなく彼へと向かう。

 レゼンが、確かにレシェイヌの兄であるのだという証拠だった。

 感情というのはややこしい。新たに突きつけられた気分である。

 そんなレシェイヌを見下ろすレゼンの目元は、満足そうに緩んでいる。一見、レシェイヌを快く思っているような態度だが、そこにレイガも含まれていなければ意味がない。

 守られる側から守る側へと、立場が逆転したレシェイヌの深慮深さは、一層磨きがかったものになっていた。

 無意識のうちに、レイガの命運を背負う覚悟までもしていたのだ。

 レゼンには、出来なかったというのに。


「小憎たらしい程可愛げがない子ね」

「っうぐ」

「おい。乱暴しないでよ」


 不意打ちでレシェイヌの顎をクラリが鷲掴み、強制的に彼女達と視線を合わせる羽目になった。さも気にくわなそうに顔をしかめるレゼンが、苦言を呈す。


「な、にっ」

「腐らせるにはもったいないわ。弟子にしましょう」

「ん?!」


…運命とは、突拍子のないものである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ