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没落兄弟  作者: クロシロ
11/12

謎解きはここから

 ぎしりと骨が鳴る。

 緩まない締め付けにもがきをも封じ込められ、動かすことすら許されない。

 首筋の裏に触れる鱗がなお恐怖を促そうとするが、魔術を知り興奮に染まったレシェイヌには無意味であった。

 その瞳たるや、不気味に光華し、金色の満月が一等美しさを増していた。

 大蛇の巣窟に放り投げられ、その巨体と直面する。

 長い胴を振り回して、逃げるレシェイヌを狙ってくる。浴びた衝撃の重さに潰れた声が漏れた。

 痛みつけておきながら、手加減されたそれに、レシェイヌを仕留めようという兆しは見えない。

 足ばかりを狙われ、これは逃走を防ぐための攻撃だと悟る。

 それこそ、骨を砕く勢いだ。

 転げ回って息が切れる。

 擦りむけた膝から垂れる血が、まるで蛇の舌のように踝へと這い落ちていく。

 ルスターのように拳を握っても何も起こらない。

 ぐつぐつと煮えたぎっていた血が冷め始め、立つ鳥肌に夢見心地が奪われる。

 舞い戻ってきた現実に思わず舌を打った。

 ルスターのように魔術を使うことができれば、こんな奴に手こずったりしないのに。

 レシェイヌは相手の意表を突くことが得意だ。

 大蜘蛛を谷底へ落とすために誘導した時もそうだが、猛攻突進するほどの実力はなくとも、相手を嵌めるための策を練る頭脳が備わっている。

 それはクラリが一目置くほどで、レシェイヌ最大の武器であるのだが、極端に秀でているせいで、レシェイヌの戦闘様式に難点を生んでしまっていた。


「いっ!」


 大腿を走る痛感に膝が崩れる。大蛇の牙から滴下する赤いそれに、噛まれたのだと知見し、琴線がピンと張り詰めた。

 開ききった瞳孔が定める先には、再度迫り来る敵の影。

 生と死をのせてせめぎ合っていた天秤が、レシェイヌが諦めを抱いた瞬間、片側に大きく傾いた。

 しかしその諦念を噛み砕き、歯肉を見せながら唸る獣が、レシェイヌの心臓に爪をたてる。


「っざけんな!!」


 ヤケクソという名の根性魂が爆誕した。


 恐怖を脱ぎ去り孵化した剥き出しの情。

 それを額へ一点集中に凝縮させる。

 睨め付ける先はそのままに、衝撃を覚悟してぐっと奥歯を噛み締めた。

 よって、大蛇の鼻先に、渾身の頭突きが炸裂したのである。

 振動でレシェイヌの世界がぐわんと揺れ、沈む意識の最中、どこかで水の音が聞こえた気がした。




 目覚めは存外早いものであった。

 大蛇の姿は消え、何故か足場悪く水浸しになっている空内に眉根が寄る。

 一体、何がどうなったというのだろう。

 しかし、堅苦しく引き結ばれていたレシェイヌの口元が、その人影を視界に留めたとき、緩みをみせた。 

 緊張感が切れたところを飛びかかられ、支えきれずに後方へ倒れる。怪我を負う膝が悲鳴を発したが、何食わぬ顔を装ってごまかした。


「あれ。迎えにきてくれたの? レイガ」


 バシャバシャと近付いてくる足音はさしずめルスターか。


「…にいさんっ!」


 か細く震えながらも、はっとするような悲哀が込められた言霊が、レシェイヌを貫いた。

 頼りない腕を腰に回し、感情のままに歪む顔をレシェイヌの胸に押し当て、むんぎゅうとレイガがしがみついてくる。

 素っ気ない態度が多いレイガの思わぬ行動に虚を突かれる。それ程心配をかけてしまったのか。申しわけなさがこみ上げた。


──いや、それよりも。


 今、兄さんと呼ばれたような。


「レイガ、」

「にいさんケガ! ケガしてる!」

「う、ん。ちょっとな」

「うそだ! いっぱいケガしてる!」

「大丈夫だよ。大丈夫」


 青ざめながら嘆くレイガ。宥めるように何度も頭を撫でながら、レシェイヌは困惑していた。

 その顔を、ようやっと追いついてきたルスターへ回す。

 が、彼も彼なりに思うところがあるのか、開口一番に謝罪をしてきたりと、何故だかとても腰が低い。

 肩を貸してもらいながら洞窟を抜ける。引きずる足にレイガが辛そうに唇を噛んでいるのが目にうつった。


「なにレイガ。お前も血がでるぞ」

「っあ、ごめんなさい。つい。」


 素直すぎてお前誰? と思わないと言えば嘘になる。

 ルスターに目線をやれば、ツンデレがただのデレになったとのこと。また聞き慣れない単語だ。両脇とも意味が分からない。

 とりあえず、おとなしくしておこうと結論付けたレシェイヌは、頷くだけに留めておいた。



***


 時は少し遡り。

 三人の背中が茂みへ溶け込むと、ライドは溜め息を一つ吐き出した。如何にもあきれた、といった風でとある大樹を面倒そうに睨む。


「お前、いつまでついて来るつもりなんだよ。いい加減帰れ。視線が鬱陶しいったらありゃしねえ」

「……弟達しか見てないけど。自意識過剰なの? 変なおっさん」

「クラリから聞いちゃいたが、ホント阿呆になったな」


 レゼン、と青年の名を呼んでも、無の鉄仮面を付けた彼からの反応はない。


「あんな餓鬼と仲良くして、レシェイヌに馬鹿がうつったらどうしてくれんの」

「…それルスターのことか」

「名前なんて知らないよ。聞き流したから」


 こいつ、以前にも増して頭のネジが緩くなってやがる。

 ライドの溜め息が止まらない。今度は天を仰いだ。


「過保護にもほどがある。今は俺が預かってんだ。てめえは帰れ。任務もあるんだろ」


 黙るレゼン。図星か。


「二人とも、俺の大事な家族なんだよね」

「おう」

「レシェイヌには特に、ずっと罪悪感があるんだ」

「へえ」

「だから、今度こそ最後まで責任を持とうと思ってる」

「そうかそうか。それが歪んじまった愛情ってやつな」

「は? 普通でしょ」


 あのちっこい奴らの背後には、こんな野郎が目を光らせているなのか。

 彼等の事情をライドは知らない。だが、なかなか根深いモノではあるようだ。

 慈悲とか愛とか優しさとか、落っことしてきちゃったのかと認識していた青年が、こうも変わった姿を晒すとは。

 影が落ちた銀髪。瞬く紅眼から読みとれる心内。


「俺への繋ぎとして、ちゃんとあの子達を守ってね。あんたの実力だけは信用できるから」

「わかったっつの」

「弟子より優先してよ。人材的にもそうだし」

「ボロクソだな。あいつはこれから化けるぞ。おそらく」


 興味ない、と、レゼンらしい台詞を残し、彼は残像も残さずその場から消えた。


「あー。厄介なもん引き受けちまったなあ」


 ぼやいて暫く。戻ってきた三人組に、片眉が跳ね上がったのは致し方ないだろう。


「なんだ、ズイブン派手になったな。レシェイヌだけ」

「すんません師匠。オレの落ち度です。大蛇に襲われて。油断してました」

「…かち合わなくて良かったなー」

「え?」

「なんでもない。ほら、怪我みせてみ」


 力無く投げ出されたレシェイヌの足には、くっきりと二つの穴があいている。

 歩く度に血が溢れ、零れ落ちたのか靴の中生地まで赤に染まっていた。赤銅色に変色している所もある。そこから負傷したであろう時刻を読み取り、毒の有無を確かめた。


「…」

「ライド? 何かあるの?」


 言葉なく手を止めたライドに、不安と疲労からか敬語が抜けて余裕が失われていくレシェイヌ。


「問題はない。ひとまず大丈夫だろ。安心しろ」


 レイガと共にほっと肩を撫で下ろしているところへ、持参している薬草を古ぼけた布切れの鞄から取り出し、包帯と一緒に巻き付ける。

 そこでレイガが何かを言おうとしたが、さっとレシェイヌが目で押さえた。

 二人の魔力の粒子を見れば、まあ、言いたいことは分かる。出会ってまだ間もないが、この短時間で成長してくるとは存外骨がある。クラリが弟子にしたと語っていたが、なるほど納得だ。

 種明かしはまだまだ先だと思っていたが、これは考えを改める必要があるな。

 処置が終わり、ライドはレシェイヌの額をぺちりと叩いた。


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