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没落兄弟  作者: クロシロ
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伯爵にて

 夜行性の鳥達が活発に動き出し、満月によって淡くその輪郭を照らされながら深い藍色の空を悠々と飛び交っていく。

 はばたきの際にふわりと翼から舞い散った柔らかな黄色い羽が、不規則な動きを見せて屋敷の庭園へと落ちていき、冷たく湿った土を飾り立てた。

 その一場面だけを見れば画家の心を湧き出たせる幻想的な光景なのだが、見た目に騙されてはいけない醜さがこのウライア伯爵家の屋敷の内部に蠢いていた。

 現当主の愛人の子として産み落とされたレシェイヌも、そのウライア家の人間だ。子供とは思えない精神年齢の高さを持った、黒髪金目の美しい少年である。彼には腹違いの兄が多くおり共通して父親は同じなのだが、いかせん母親が異なっていた。

 上等な身なりやふくよかな体型をした子供とは明らかに一線を引いた、貧弱で色白い身体のレシェイヌがウライア家の現実を物語っている。

 これで兄弟仲がよかったらなら、少しはまだましだったのだろうか。思案したところで何も変わりはしない。

 次期当主の座を巡り交差する欲望に呑まれて、命を落とす者がいるこの屋敷で、今日も生きていかねばならないのだ。

 離れの奥。側室達の住まい部屋から除け者にされた、裏とも言い受けられる最北端の場所。ろくに太陽の光も届かない仄暗い四角形の箱の中にレシェイヌは詰められていた。

 多くの愛人とその子供が生き残りをかけて当主に媚びへつらう中、今やその輪から外れて自室に籠もりがちな生活をする彼は、傍からすれば競争に負けた脱落者だ。都合のいいことこの上ない。

 だから誰も見向きもしない。故に、その見窄らしい体の内に潜む獣が、鈍く光る牙を懸命に磨いていることにも、理性を失った輩は気づかないのだ。



 レシェイヌは今、珍しく自室から出たと思えばすぐ隣の部屋に足を踏み入れていた。

 つい最近、年若い女性と共に新しい家族となったレイガという少年は、レシェイヌよりもひと回り小さな黒髪金眼の子供で、まさに敵意と警戒心の塊だった。。

 出された食事には一切手を付けず、ずっと部屋に閉じこもりっぱなし。その食事も、はずれモノに与えるのは勿体ないと言わんばかりの量。夜になれば、塗装の剥がれた壁を超えて啜り泣く声が聞こえてくる。

 正直、どうすればいいのか分からなかった。末子の自分に初めて出来た、未知なる生命体。おとうと。戸惑いもあるがそれ以上に凄く嬉しい。

 朧気にたゆたう記憶の中で、見覚えのある大きな背中が垣間見え、そう言えば昔、唯一レシェイヌのことを可愛がってくれた兄がいたことを思い出す。

 口数の多い人ではなかったが、頭を撫でてくれたり、優しく抱き上げてくれたような気がする。

 ただ、いつの日だったか、忽然と姿を消してしまったけれど。

 しかしレシェイヌにとってはよき兄であったことに変わりない。今のレイガよりも酷い有り様だった自分を立ち直らせてくれたのは彼である。見捨てずに面倒を見てくれたことには感謝しかない。だから、今度は自分の番だ。なにをどうすればいいのかなんて分からないが、とりあえず兄がしてくれたことを真似してみよう。


「おいレイガ、お前、また食ってないのか」

「うるさいな。あんたにはカンケーないだろ。あっちいけよ」

「はいはい。お前が飯を食ったらな。安心しろ。毒なんかはいってねえよ」

「……は、たべたの?」

「俺のスープと間違えたの。言わせんなよ恥ずかしい」

「………」

「ただでさえ不味いのに、冷めたらもっと不味くなるぞ」


 ん、と突き出したレシェイヌの手は、勢いよく叩き落とされた。

 床に飛び散るスープ。鈍い痛みを訴える赤味を帯びた手の甲。

 それよりも先にレシェイヌはさっとレイガに視線を走らせた。火傷はしていない。よかった。


「いてえっつの。阿呆」

「あんたなんかだいきらいだ! きやすくぼくにはなしかけるな!」

「仕方ないだろ、心配なんだから」

「はあ?!」


 どうしたものかと溜め息を一つ。

 大嫌いはまあ、仕方ない。そこは割り切ろう。レイガにとって、伯爵家に関わるもの全てが嫌悪の対象なのかもしれない。しかし何も口にしないのは駄目だ。死ぬぞ。


「俺の分、半分置いていくから。ちゃんと食いなよ」


 呆れを優しさで包み込んで言葉を宙に浮かせる。その行き先を見届ける間もなく、レシェイヌはレイガの部屋の扉を閉めた。



***



 レイガが己の父の存在を知ったのは、つい最近の出来事だった。

 ようやくお前達を迎えいれる準備が整ったからとのたまい、大して仲良くもない母親に伯爵家へ連れてこられてから、隔離されるようにして離れの奥に部屋を授けられた。

 レイガも共にというのが条件だったらしいが、こんな扱いをするくせに、なぜそれを母に負わすのかと疑心に晒される。

 なにか、なにかあるんじゃないか。

 ごみのように放置されながら過ぎ去る日々に比例し、伯爵家への嫌悪感も募っていく。

 不安に蝕まれ嗚咽を漏らしてしまったこともある。

 そんな折、兄と名乗る人間が会いに来た。

 八つ当たりだ。

 レイガがレシェイヌにしていることは、溜まり積もって鋭利となった鬱憤の矛を突き刺しているにすぎない。

 それを逃げることもせずに受け止めてくれるレシェイヌの包容力はまるで大人。小綺麗な顔に呆れを浮かばせはしても、怒りを滲ませはしないのだ。

 それに安堵している自分が憎たらしい。そう感じさせるレシェイヌが腹立たしい。

 くたびれた絨毯の上。顔を苦くしかめたレイガを静かに見つめる半分だけのスープ。

 それを手に取り、律儀にも飲み干しているのだから、全くもって滑稽だ。

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