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蒼天に帰す  作者: 森戸玲有
第五章
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第五章 ⑤


 …………冗談ではない。


 綾女はアランの言うことに耳を貸さないし、空が赤いと思って、注視すれば、今日に限って夜戦が始まっているし……。


 何でこんなにも、自分はついていないのだろうか。


 元々、自分は短気で激高しやすい性格をしていたはずだ。

 故郷に置いてきたはずの感情がアランの中に蘇り、嫌気がさしていた。


 それでも、このまま綾女を見捨てようと思えないのだから、最後まで付き合うしかない。


 焦燥感と苛立たしさがアランに神速の速さを与えてくれた。

 最大限に馬を使って駆けて、目覚めてしまった志乃を宥めながら、白磁の壁を赤く染めている豪奢な建造物に急ぐ。


 ――早於(さお)城。


 何度も、身元を確認され、志乃が証を立てて、初めて入城が許可された。

 そして、城の上層階で景色を望んでから、アランは気付いた。

 夜戦は、早於城と安能が陣を敷いている山の丁度真ん中で、繰り広げられているらしい。

 戦況は聞かずとも、察することが出来た。

 こんなにも、城内が騒がしいのは、劣勢の証拠だろう。

 アランと志乃は、小さな部屋に通された。

 人払いは徹底されていたが、下手したら取り残されてしまうような空間だった。


 これは、待たされるのか?


 待っている暇はないと、アランは強攻策を考え始めたところに、漆黒の甲冑姿の青玄が人払いをしたうえで、やって来た。


「すまないな。どうも、ここの者は柔軟な姿勢を主張している斎条のことを快く思っていないようで、知らせを受けたのが遅くなった」

「青玄……さま?」

「何だ? アラン殿。久しく会ってないせいで、私の顔を忘れてしまったのか?」


 そうではない。

 一瞬、誰かとアランが疑ったほどだった。

 青玄は、やつれきっていた。

 予想はしていたが、広い領土を取り仕切る激務は、そんなにアランと年端の変わらない青玄には辛いのかもしれない。


「私が長々と留守をしたせいで、滝王城は、大変なことになっているようだな。申し訳ない」

「謝っている場合ではありません。青玄様」

「ちょっ、アラン殿」


 志乃の制止を振り切って、アランは身を乗り出した。


「例の使者に、綾女様が行ってしまったのです」

「何……?」


 青玄は、目を丸くした。膝を浮かしかけて、再び胡坐に戻る。アランは苛々をそのまま青玄にぶつけた。


「しかも、たった一人で行ってしまったんですよ。もはや、貴方でなければ、あの人を止めることはできないでしょう。どうにかして、あの人を止めてくれませんか? このままじゃ……」

「安能は勝ち取った領地の姫君を側室にするのが好きらしいな。綾女も」

「淡々と話さないでくださいよ!」

「……しかし、アラン殿。私は、斎条に行ってもらうつもりだったのだが?」

「宗近様は、有路様を抑えるのに精一杯で……」


 志乃が目を伏せる。


「九鬼城も落ちたからな……」


 青玄は溜息混じりに、小さく呟いた。

 彼の頭の中では、こんなことになるなんて思っていなかったのかもしれない。

 最初から、青玄は和平交渉を粘り強く説いていこうとしていたのだ。


「しかし、武人の家に生まれたからには、女であっても戦いに参じるのは当然のこと。すべてはお家のため。綾女もまた義を通そうとしてくれたのだろう。そういう教えは、和国の常識だ。なあ、志乃?」

「くっだらない常識ですね」

「仕方ないだろう。そう教えられて、私たちは生きてきたのだから……」


 アランは、驚きと怒りで目を剥いたが、すぐ隣の志乃は冷静だった。

 ぽつりぽつり噛み締めるように、語り出した。


「それは、……はい。青玄さまの仰るとおりです。小さい頃から教えられてきましたから、私も綾女さまと同じことをするでしょう。…………でも、私は綾女様が大人しく側室になるような生き方をなさるのは嫌なんです。あの方が何かに縛られて生きていくなんて、絶対に似合わないと思うんです」

「…………なるほど」


 この非常事態に呑気な応酬を続けている二人が、アランには信じられなかった。


「青玄さま。もういいでしょう? 私も志乃さんも、あの人を助けたいんです」


 懇願するように、急かせば、青玄はくすりと笑った。

 この意味深な笑顔は、アランの気持ち嘲笑っているのだろうか。

 一体、誰が綾女を守るように仕向けたのだ?

 お前ではないか?

 心の底から、腹が立った。


「貴方は……、何でそんなに冷静なんですか? 綾女さまの命はどうでも良いということですか?」

「そんなに、貴殿があの娘のことを気にかけてくれると思っていなかったからな。私は密かに嬉しいのだ。アラン」

「大々的に喜んでいるようですが? 私がどんなに尽くしたところで、貴方に敵わないことが嬉しいのですか?」

「そうではない。アラン殿にはまだ分からんのか?」


 青玄は淡々と腕を組む。

 本当に分からないアランは黙り込むしかなかった。

 青玄は無言になったアランから、志乃に視線を移した。  



「志乃。そなたの意見に私も同意だ」

「えっ?」


 志乃が聞き返せば、青玄は重たそうな兜を自分で脱いで、ふうっと重たく一息をついた。


「戦いは間もなく終わる。天下が定まれば、考え方も変わるはずだ。そんな考え方は、くだらないと私は思う。何度も……。いろんな人間に……、布由にすら言われたことがあった。綾女を側室にしたらどうかと……」

「どうして……。そんな話?」


 何故か、気持ちが重くなっていくアランに、青玄は首を振って、頷いた。


「聞きたくないか?」

「はい。まったく」

「そう妬くな。大丈夫だ。私にそんなつもりはないし、綾女は、複数の妻の中の一人という立ち位置に甘んじている女ではないだろう。檻に入れられた窮屈な生き方も、綾女には似合わない。私自身、あの娘にそういう生き方をしてほしくないのだ。……だから、やはり、安能にやるわけにはいかない。そういうことだ」


 青玄は自分の気持ちを整理するように、話してから、ゆるゆると立ち上がった。


「残念ながら、綾女を止めることが出来るのは、私でもないのだ。アラン。……あれは、じゃじゃ馬姫だからな」

「………………あっ」


 アランは、ずり落ちてきた眼鏡をかけ直した。

 ここまできてようやく、青玄の気持ちを読み取ったのだった。

 遅すぎたのかもしれない……。


「…………青玄様。方法を幾つか挙げて下さいませんか? その中から、一緒に考えるという手もあります」

「時間がないと申したのは、そなたではないか? この段階で、私が考えられるてっとり早い方法は一つしかない」


 青玄と目が合った。


 ――分かっていた。


 青玄の考えと、アランの考えは、方向こそ同じだが、最終的な部分では、通じ合っていない。


「あの……。青玄様もアラン殿も、一体何を、お考えなのですか?」


 二人を見比べながら、おろおろしている志乃に、青玄は穏やかだが、きっぱりとした口調で告げた。


「…………私は、ここで死ぬ」

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