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蒼天に帰す  作者: 森戸玲有
第五章
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第五章 ①


 金箔をふんだんに使い、華やかに装飾された屋内をぐるりと見渡す。

何度も、出入りしているが、ジョアンには慣れない場所だった。

大体、自分のようなどう見ても、怪しい異人が、一国の主と妻の空間に出入りできるとは思ってもいなかった。

 それだけでも、ジョアンにとって(たき)()城に来たのは、収穫だった。

 だが……。

 無くした物も、大きかった。


 ……アランが消えた。


 兄弟の縁を結んで、こんな辺境の島国まで二人助け合いながらやって来たのだ。

 それなのに、こうもあっさりと彼が自分のもとを去って行くとは思っていなかった。


 『…………私はどうしてか、あの人がとても心配なのです』


 そう言っていた。

 出会った時の復讐と憎しみにかられた目をしていたアランを知っているジョアンにとって、彼のその言葉は別人になったかのような大きな変化と成長だった。

 出来れば、ジョアンが彼にその道を気づかせてやりたかった。

 綾女という娘の存在がジョアンには、不可解で、不気味で……、余りにも想定外だった。

 

 しかし、まだ手遅れになったわけではない。

 時間は十分にある。

 今は感情に揺さぶられている時でもない。

 ジョアンには神から授かった使命があったはずだ。

 


「お会い頂き、ありがとうございます」


 個人的には、辛い正座を修行と耐えながら、ジョアンは頭を低くした。

 合図があってから、顔を上げる。

 小さな姫が中央の高く積まれた畳の上に鎮座していた。


「奥方様」


 この小さな少女を既婚者として扱うことに、抵抗はあったが、この国の決まりなのだから仕方ない。

 少女は小さく首をかしげていた。

 故郷にいた猫を彷彿とさせる大きな目をしていた。


「何だ? また、父上が何か言っておるのか?」

「いいえ」


 ジョアンは言下に否定した。


「斎条さまの指示に従って、下層では、一部の皆様が降伏の準備を始めているようですが……、奥方様。貴方の決意は変わらないのですか?」

「私は、皆が無事に避難するまで、一歩もここを動かぬ」


 殊勝なことを口にしている割には、漆黒の瞳は、涙ぐんでいた。

 仕方の無いことだ。

 まだ、たったの十三歳。気持ちは大人でも、まだまだ子供だ。


「それは、決意なのでしょうか。それとも、奥方様の我儘(わがまま)なのでしょうか?」

「何を申すのだ?」


 気色ばんだのは、布由の侍女だった。布由自身は、ぽかんとしている。

 ジョアンの言葉の意味も、分かっていないようだった。


「…………貴方ですね。有路殿に綾女様のことを告げたのは?」

「な……?」


 さすがに核心に触れられると、布由は、蒼白の顔で、薄い唇を震わせた。


「何故、そんなことを言うのだ?」

「それ以外、考えられないから……です」

「…………私は」


 ちらりと布由が年長の侍女に視線を這わせる。

 侍女が首を振ったので、布由は黙り込んだ。


「貴方は、ここを出たくはない。青玄(はるしず)様の妻として、ここにいらっしゃるつもりなのでしょう。それは立派なお覚悟だとは思います。ですが……」


 所々、言葉に詰まりながら、ジョアンは責めた。


「貴方は何も分かっていない。降伏をすれば青玄様の妻ではいられないと思っているようですが、ここにいても、お命を危険に晒すだけなのですよ」

「……言われるまでもない。そのくらい、分かっておる」


 体には大きい、緋色の打ち掛けをずるずると引き摺りながら、布由はジョアンに迫る。

 ジョアンは冷静だった。

 たとえ、少女の小さな嘘であっても、沢山の人間を振り回すものならば、暴かなければならない。きちんと罰を与えなければいけない。

 多分、そういうところが、アランとジョアンの違いなのかもしれない。


「それに、貴方は綾女様を快く思っていないようです」

「違う……。私は」


 弱々しい声で、否定するが涙が溢れ始めていた。


「苦しかったのでしょう? 奥方様。貴方と青玄様は、お年が随分と離れている」

「私は……」


 嗚咽が漏れる。布由は本格的に泣き始めてしまった。

 年配の侍女が金切り声で叫んだ。


「異国の者よ! いかに、お前が殿の使者であったとしても、もう許さぬぞ」

「…………よせ。良いのだ。私が悪いのだから」

「……姫様」


 侍女は咄嗟に振り上げていた短剣を、ゆっくりとおろした。

 布由は、涙を袖で拭いていたが、やがて、別の侍女が持ってきた布で、顔全体を覆って泣きじゃくりった。しゃくりあげながら、ぽつりぽつりと言う。


「私が嫁ぐ前から、綾女殿と青玄様は親しかった。私は二人の間に入った邪魔者なのだ。いっそ、綾女殿を、もう一人の妻にしてしまえば良いと何度も思っていた。その方がよっぽど楽だった」

「大変でしたね」


 ジョアンが優しく微笑すると、更に泣き声が激しくなった。


「安能の使者に立つと、綾女殿が言いに来た時、また青玄様の感心が綾女殿に行くと思った。私はいらぬ存在なのだと……。だから」

「有路殿に話して、綾女様を足止めさせ、あわよくば、お命を奪ってしまおうと……」

「そこまで、本気だったわけではない。ただ、懲らしめてやりたかっただけで」

「それでも、綾女様は今まさに、命の危険に晒されているのですよ。これが青玄様の耳に入ればそれこそ、奥方様は……」

「だから、命令は撤回した」

「有路殿は、認めないでしょう。間に合わなかったことにされているかもしれません」

「…………私は、どうすれば?」

「すべて、私の胸に収めます。神に誓って」


 ジョアンは胸元に手を置いた。十字架を掴んでいるつもりだった。


「ですから、松原様の所にお戻りください。戻ったからといって、青玄様に二度と会えないというわけではないでしょう?」

「でも……」

「私が責任を持って、青玄様に会わせて差し上げます。松原様の所に戻って下さるのなら」

「本当に?」


 布由は、涙をごしごし拭いて、ぎこちない笑顔を作った。

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