第四章 ⑤
去って行くアランの姿を目に焼き付けながら、宗近は呼吸を整えた。
心にたぎる思いを封じて、向かい合うと、有路も冷静になったらしい。
先ほどとは違い、口元に穏やかな笑みを蓄えていた。
「あの金髪の言うことも、一理あるとは思う」
あれほど、激しく罵っておきながら、すぐさま、そんなことを口にする。
宗近は、有路を面白い人間だと、昔から思っていた。
「何が楽しくて戦をしているのか。斎条殿。儂にも、分からぬときがある。総部は戦国の世にあって、他国を侵略することなどなかった。その総部がなぜ和国全体から攻められなければならない。家名すら滅ばなければならないのだ?」
「宿命だろう。仕方があるまい」
「あっさり言うな」
有路は、長年護ってきた九鬼城を落城させられている。
死んだ家臣も多いのだろう。
大柄な体躯を階段の手摺りに預けると、ぎしりと嫌な音が鳴った。
「残念ながら、貴殿の娘御には追っ手を放ってしまったのは本当だ。儂は降参するつもりがないし、相談もなしに、そなたに出し抜かれたのには怒りを覚えている」
「女子に追っ手をかけるとは、落ちたものだな。有路殿」
宗近は淡白に言った。
「心配ではないのか? 貴殿も追いかけたら良い」
「何故?」
「降伏をするついでではないか?」
「あいにく儂の娘は、そんなに柔ではない。じゃじゃ馬姫だからな」
「安能に娘を人身御供として差し出したわりには、偉そうだな。そこまでして貴殿は、助かりたいのか?」
「貴殿はもう少し、頭の働く男だと思っていた」
「何だと?」
先ほどとは違い、静かに凄む有路に、宗近は鼻をならした。挑発したつもりではないが、有路は腰に手を這わせていた。
「儂は武人で、総部家の重臣だ。一人だけ逃れられるなどとは思ってはおらぬ」
「では、一体何を考えておるのか、申したらどうだ?」
「松原殿に関係のない人間を引き取ってもらった上で、正々堂々と勝負する」
「本気なのか?」
「本気も何も、それしか道はない。松原殿はそうしなければ、村人や、女子供を引き取ってくれないだろう」
有路は剣の柄にかけていた手を放した。
「何故、交渉していないうちからそんなことが分かる?」
「松原殿は、儂らを滅ぼさなければならないのだ。安能から目をつけられている。ただでさえ、総部とは親戚関係。ここで儂たちにまで手心を加えれば、安能の部下まで監視役として付けられている松原殿の立場はないだろう」
「どうせ、松原は後々安能と一戦交えるつもりなんだろう?」
「しかし、それは、今ではない」
宗近は嘆息をついた。
「未来のことなど、どうでも良いことだ」
「戦うつもりか?」
「精々、激戦にして、安能を怯えさせるくらいしか、儂に出来ることはないと思っている」
「…………すまなかったな。娘御のこと」
有路は、軽く頭を下げた。
「どうやら、一時の感情に支配されてしまったようだ。怪我をしていなければ良いのだが……」
「平気だろう」
宗近は微笑んだ。
「あの異国人……、アラン殿は、体こそ華奢だが、秘めた力を持っているようだからな」
「何だ。それは?」
「さあ、儂にも分からぬ。ただ、アラン殿は娘に気があるようだ。本人もまだ自覚していないようだが、それもまた面白い」
「娘の将来が見られなくて、寂しいか?」
問われて、宗近はゆっくりと首を縦に下した。
「…………まあ。少しだけ、な」