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蒼天に帰す  作者: 森戸玲有
序章
1/36

地味な話ですが、こういうのもありますって感じです。

お暇な時にでも、覗いてやってくださるとありがたいです

 澄みきった空気が、空を蒼く染めている。

 海のように、深い空の向こう側。

 男は、目深にかぶっていた編み笠を、少しだけ上げた。

 峻厳と佇む山の稜線を、空色の瞳でなぞる。

 久々に晴れた。

 連日の雨は、深い霧を呼び、山頂まで見えなかったのだ。

 思う存分、早春の景色を堪能しようと思い、男は子供のように背伸びをする。

 ……しかし。


「そこのお坊……」


 不意をつくように、男は呼び止められた。

 耳触りの良い女の声だった。

 男は無言で振り返る。

 笠の隙間から、声の主を窺った。

 正面にはいない。


「……ここだ!」


 男が見下ろす位置に、相手はいた。

 ……少女だった。

 まだ少しあどけなさの残る、大きな丸い瞳を一杯に開けて、男を睨んでいる。

 藤色の衣に、漆黒の袴。

 艶やかな黒髪を高く一つに結っている姿は、毅然としていて美しい。

 初めて、目にする勇敢な少女に、男は好奇心を燃やすが、その可憐な容姿とは裏腹に、少女の手には物騒な長剣がしっかりと握られていた。

 少女は、構えてはいない。

 ……が、殺気は漲っている。

 男の対応次第では、すぐにでも、抜刀できる姿勢だった。


「人ではあらぬのに、僧服姿とはな」


 少女は、じりじりと男との間合いを詰めていた。

 男は黙然と考えた。

 どうしたら、良いものか?


「何とか言ったら、どうだ!」


 叫ぶや否や、少女は剣を抜き放ち、男は数歩後退した。

 鮮やかな手並みだった。

 男は穏やかだが、驚嘆していた。

 おそらく、この少女と対峙して、自分が剣で勝つことは不可能だろう。

 少女の後ろに、息を詰めて見守っている人間を、人質にとれば話は別だろうが……。


「お前が、この山を騒がしている(てん)(ろう)であろう!?」

「…………テン……ロー?」


 意味不明な単語に、男は首をひねる。

 少女は、痺れをきらして……。


「お前のことだ!」


 剣の切っ先を、真っ直ぐ男の鼻先に押し付けた。

 男は、咄嗟に両手を挙げた。


「まいりました」

「はっ?」


 少女は、怯んでいる。

 その隙に、男は、ゆったりとした所作で、少女を警戒させないように、編み笠を取った。


「はじめまして」

「お前……は?」


 少女の声は、かすかに震えた。

 驚かすつもりはなかったが、仕方ない。


「一応、人間ですよ」


 男は、柔らかく微笑する。

 金色の髪が、陽光の中にはらりと落ちた。


「この国の人間では、ないですけどね」

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