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「んで、試合っていつやんの?」
隣に座り何処から持ってきたのか、膝の上に袋を置いて中身を真剣な顔でまさぐっているルーティアに質問する。
そして、何やら目当ての物があったのか茶色の《それ》を取り出した。そしてかぶりつくルーティア。
......あんパン?
そう、それは紛れもなくあんパンだった。
この世界にもあんのかよあんパン。
「んん、んひたふん!」
ルーティアがそのあんパンらしきものを頬張り、幸せそうにニヤつきながら答える。
「何言ってるかわかんねぇよ」
俺がそう言うとあんパンらしきものを飲み込み再度答える。
「ああ、明日だよ!」
「はぁ!? おまっ!? ええっ!?」
つい驚き大声を出してしまい、教室内の生徒の視線が俺に刺さる。
担任のレベッカさんに関しては言うまでもなく怯えている。
「あ、いえ、すいません......続けて下さい」
そう小さな声でいい席につき、授業中にあんパンらしきものを食ってる隣のバカに小声で話しかける。
「......本当に明日か?」
「ひゅん、ひょんほはよ」
「だから食うか喋るかどっちかに......」
「ごめんごめん、本当だよ。うん本当」
コイツ、さっきあれだけ俺が注目受けたのに顔色一つ変えずにあんパンらしきもの食ってやがる。
「お前何で辞退しなかったんだよ、一人は流石に無謀過ぎだろ......」
魔法も使えない、いや魔力もない状態では武器すらまともに機能しないだろう。魔法武器は魔力の媒体となる人間がいて初めて能力が現れる。魔力がないのではただの武器だ。
「いや、なんとかなるかなーって思ったからさー」
「バカか。バカなのか。いや、一周回って天才かも......」
「むー、バカにしないでよー、シュウヤくん」
因みに話題になっている試合と言うのは毎年行われる国王や貴族に学院の生徒の実力を見せる行事、要するに自国の戦力確認のための試合のことらしい。レベッカさんに説明された。
そして一番聞きたいことを聞く。
「でさ、そのあんパンみたいなやつなんなの?」
そうあんパンらしきものの正体。この世界で日本文化を見れるとは、忍もどきには会ったことあるが
「あんぱん? なにそれ? ......これのこと?」
そう言い、ルーティアはあんパンらしきものを見る
「そうそれ」
「これは、クルンテープマハーナコーンアモーンラッタナコーシンマヒンタラーユッタヤーマハーディロックポップノッパラットラーチャターニーブリーロムウドムラーチャニウェートマハーサターンアモーンピマーンアワターンサティットサッカタッティヤウィッサヌカムプラシットっていうパン屋が作ってる、オリジナルのクルンテープマハーナコーンアモーンラッタナコーシンマヒンタラーユッタヤーマハーディロックポップノッパラットラーチャターニーブリーロムウドムラーチャニウェートマハーサターンアモーンピマーンアワターンサティットサッカタッティヤウィッサヌカムプラシットパンだよ!」
「......」
誰だよ店名に香港の正式名称つけたの。
「そうか、そのパンは、クルン......なんとかパンっていうだな......」
「うん、そだよ! やっぱりパン屋はクルンテープマハーナコー」
「分かったから、ありがとう」
そう言うと何処か不安げな顔をするルーティア。クルン......あんパンの魅力でも説明したかったのだろうか。あんパンの魅力は知っているあれは神の産み出した最高の食物だ。とりあえず隣の奴は無視して机に寝そべる。
ルーティアに付いていき教室に到着した後、俺は転入生として、担任の教師だったレベッカさんに紹介された。俺の噂は広まっていたらしく、「あの人がルーティアさんと......」とか、「アイツとパートナーなんて、なかなか度胸があるよな」とか、「顔、ぱっとしないな」とか言われた。最後の奴覚えてろよ。そんな感じで紹介が終わり、今授業を受けるに至る。教室は大学の講義場のようになっていて、自由席と言われたので、ルーティアの隣に座ったが間違えだったようだ。レベッカさんもこのクラスは初めてだったようで生徒に自己紹介を短くする。
「紹介も終えたところで復習を始めましょう。皆さんが知っている魔法、つまりは普段使っている魔法は通常魔法と呼ばれています。この通常魔法の仕組みは自分の体内にある魔力と呼ばれる力を空気中の魔粒子に流し込み、魔粒子から放出される魔力を自分の発した魔力より大きくさせ現象を発生させるというものです。通常魔法は基本的に少ない魔力でも使うことが出来るので一般の方々でも使えます。通常魔法は五つの属性に分けられるのですが......質問しましょうか。そこの男の子、お願いします」
そこの男の子は指されると思ってなかったらしく驚いて勢いよく立ち上がる。
「は、はい! 主に土、炎、風、闇、聖で、闇と聖が使える人は極稀であまり居ないと言われてます」
「捕捉、有り難う御座います。そうですね、闇魔法は使い手が居なくてもそこまで困ることはないのですが、聖魔法には治癒魔法が含まれていますから使い手が少ないのは問題ですね。しかしそれにも対処法はあります。そこの男の子、続けてお願いします」
この生徒は名前、そこの男の子決定だな。
「はい、大体は魔法の属性は一人一つしか使えないので、他の属性を扱うために霊符と言うのがありますね。霊符というのは魔粒子の結晶体で魔法術式、魔術の組み込まれたもののことです。治癒魔法はこの霊符を使えばいいかと」
「そうですね、ですが魔法が例え一つの属性しか使えないとしても魔法武器を使えば様々な属性の魔法の魔法を使うことが出来るようになります。反動が大きく扱いは難しいですが、慣れれば殆んどの人が使いますね。付け加えて、最も得意とする属性は本人の性格や血筋が大きく関わっているとされています」
そして、一呼吸してまた続ける。
「属性の種類は魔粒子から放出される魔力の方向によって変わってきます。土属性は魔粒子の中心に向かって、風魔法は魔粒子の回りに円を描くように、そして炎属性は魔粒子自体を動かしてその時生まれる力を現象として表せます。他の二つは特殊で魔粒子から発せられる魔力の流れが分かりません。ただ言えるのは闇魔法が《侵食》、聖魔法が《中和》の力を示しているところでしょうか。これは今後の研究で明かされるでしょう 」
レベッカさんの目のおくが光った気がする。あの人は研究人タイプなのか。
「そしてもう一つ、特有魔法と言う魔法があります。この魔法は魔粒子に干渉せずに自らの魔力だけで発動するもので、相当の魔力の持ち主でなければ使うことが出来ません。また、使う人によって様々で転移術式無しに空間を移動したり、相手の精神に影響を及ぼしたりする魔法などがあります。そしてーー」
ああ、流石に眠くなるな。この体勢のせいかもしれないけど。
元の世界で学校に通ってたらこんな感じなんだろうなーー
そんなことを思いながらルーティアの方を見ると。
「ふが、ふが、食べた瞬間に口に広がる香ばしい香りと優しい甘味、更にこのつぶつぶがたまらないなぁふがふが」
まだ食ってんのかよ、しかも食べる早すぎだろ。分速10個ペースだぞ。
「しかも、つぶあん派かよ......理解に苦しむな」
「つぶあんってこのつぶつぶのこと!? 美味しいじゃんつぶつぶぅ!」
突然熱くなるルーティア。なんだそのつぶつぶ愛は。しかし、つぶあんの方がいいとは、信じられないな。俺の愛するあんパンにつぶあんを使うとは。ついつい熱が入る
「いやいや、こしあんの方が美味しいにきまってるだろ!」
「それだけは譲れないよっ! シュウヤくんだからって容赦しないからねっ!」
「はっ! 第一、なんだあのつぶつぶは? 歯に詰まってうっとおしいだけだろ!」
「あのつぶつぶがあるからこそ、中の具に豆の風味が生まれるんだよ! つぶつぶが無いなんて食感が平坦になっちゃうじゃんっ!」
「なにをぉっ!」
「あ、あのー?」
「誰だよっ! 俺たちは今あんパンのあんこについて壮大論議をしてんだっ! 邪魔す......んな?」
目の前にいたのは見覚えのある方。そうその人レベッカさんだった。
「......」
「......」
「......」
俺たち二人とクラスの全員の沈黙。
熱くなり過ぎた......。
* * * * * *
「貴様は何をやっているんだ? 初日で目立ち過ぎだ! どうしたら学院一の問題児とパートナーを組み、そのパートナーと食い物一つで授業中に論争出来るんだ! しかも大声で!」
再びの学院長室。ベルギアに怒鳴られている。
「い、いや、全部その、成り行きで......」
「成り行きでー、だと! 貴様の正体がばれたらどうするんだ! 大問題だぞ! 貴様は特に嫌われているからな、明日の試合だけは目立つことをするなよ!」
「いや、俺、昔ほど魔法使えないしな。大したことは出来ないから大丈夫だろ」
「貴様の大丈夫は信用出来ん!」
鋭い眼光詰め寄るベルギア。相変わらず可愛い。......決してやましい意味ではない。ロリコンではない。
「まぁ、良いだろう。ここで貴様を叱っても大して意味はないか。明日は頼むぞ。」
そう言うと俺から離れて窓際の椅子にもたれ掛かり、深いため息をつく。用も済んだので俺は出入口の扉を開け外に出る。廊下の空気はひんやりとしていて窓口から月の光が零れている。
「もう夜か......。説教長かったな」
「シュウヤくん、終わった?」
突然の声に驚き声のした方向をむく。そこには月明かりに照らされた一人の少女が立っていた。蒼い髪が月明かりによって幻想的に輝いていた。
「待ってたのか」
「うん、待ってたよ。初めてのパートナーだからさ、大事にしたいし......半分私のセイだしさ......」
「気にすんなよ。あんパンの良さは其処らの奴に分からないからな。それと......ありがとな、待っててくれて。初めてお前がパートナーで良かったって思ったよ」
笑いながらそう言うと、少し頬を膨らませるルーティア。
「なかなか言うねシュウヤくん」
「まあな」
自然と笑みがこぼれた。何でだろうな、ルーティアの前だと嘘がつけない、つく必要がないような気がする。俺が笑うとルーティアも諦めたように微笑む。
「食堂まだ開いてるかな? あのパン食べたいんだけどなぁー」
「......食事とれよ、ちゃんとした」
「えっ! シュウヤくんここに来てあんパン?同盟脱退!?」
「そんな同盟入ってねぇよ! いや、あんパンが嫌いな訳じゃないぞ」
そんな他愛もない会話を交わしながら食堂まで歩いていった。
******
「学院長入ります」
「ああ、レベッカか。入れ」
扉をやや急いで開け閉めする。しっかり扉を閉めるところにレベッカの性格が表れている。それでもベルギアから見れば焦っていることは明らかだった。
「どうしたレベッカ?」
レベッカは少し青くなった唇を躊躇うように開く
「う、上から報告が......」
「上が? 定期連絡はまだのはず......緊急連絡してとはどういうことだ」
「学院内に......また、別の闇ギルドの配員の存在を感知したそうです」