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「それで俺に何の用だ?」
装飾のなされた小さい窓から春の日差しが薄暗い部屋に射し込んでいる。
椅子に座り大きな机に肘を立てて妖艶な笑みを浮かべる少女ーーいやアベンチェリン学院長ベルギア=バーデンは答える。
「貴様もわかっているだろう? 第二世代最強と謳われた《黒騎士》をわざわざ呼んだんだぞ?」
「......いや、わかんないんだが」
「......」
「......」
密閉された一室に流れる暫しの静寂。
ベルギアとその隣にいる女性も呆れた顔をしている。隣の女性の先程まで強張っていた表情はなんだったのだ。
「はぁ、何故貴様はいつも世間に疎いんだ? ......闇ギルドだ。闇ギルドの配員が学院内に紛れ込んでいると、上から報告があった」
学院長は一度深い溜め息をつくと、真剣な顔つきになり話を続ける。
「上......教会か」
トリアルタ教会。現在連合国となっている四ヵ国全ての信仰するトリアルタ教の共同体で、各国に大きな影響力を持っている。現在の闇ギルドの殆んどは革命軍の残党で構成されていると言うこともあり教会は敵視するのもわかる。《革命軍》はトリアルタ教を否定し、新世界の創造を掲げた人々の集まりだったからな。
「だが、そんなのは王国軍にでも頼めばいいだろ? 俺なんかお呼びじゃないはずだが」
「その配員、《神格者》だ」
思わず目を見開き驚いてしまう。《神格者》ーー《神になり得る力を持ちし者》。この世界に十数人居ると言われる強力な魔導士たちのことを言い、体の一部に十字の聖痕が刻まれていると言われている。そういう自分も《神格者》な訳だが。
そう思いつつ聖痕の刻まれた左手を一瞬見る。
「わざわざ神格者を敵地に送り込んできたのか?」
「ああ、この国にいる神格者は私ぐらいしかいないからな。だが身分上色々と小回りがきかん。だから《神格者》で最も暇な貴様を呼んだのだ」
暇って......。どうやって俺の居所を突き止めたんだか。
「面倒臭いんだが......」
「放っておけば何千人もの人々が死ぬこともあり得る。彼奴らなにをするか分かったものではないからな」
いつの間にか席を立ち俺の前に立ったベルギアは、自分よりもかなり身長の高い俺を見上げるようにして話した。ベルギアは先程まで言ったように少女だ。しかも見た目だけなら中学生ほどの。しかし実年齢は二十代後半と言うのだから驚きを隠せない。紫がかった黒髪をボフカットにし、白を基調としたこの学院の制服に近い服装をしている。
「ということで頼んだヤガミ!」
肩を叩きながらそう言い放つ。手が少し届き難かったのか背伸びしているところが可愛い。
「いや、俺一言も了承してな」
「頼んだ」
「......ああ、分かったよ、分かったからそんなに詰め寄らないでくれ」
「分かればいいんだよ、分かれば」
そう言いながら俺から離れつつ言葉を続ける。
「それでだが......貴様にはこの学院に勇者候補生徒として入学してもらう」
「んなことだと思ってたよ」
「何だ、驚かないのか? ......余り面白くないな」
ベルギアは半ばがっかりとした表情を浮かべた。
「つまり生徒たちに紛れて生徒の中に闇ギルドの配員を探せってことか」
「話が早くて助かる。今から学院内を隣のレベッカが紹介するから付いていけ。今は昼休みだからな、明けにお前が入るクラスに連れて行く」
隣の女性は一礼すると「こちらです」と美しい装飾がなされた扉を引き俺に緊張した面持ちの表情を向ける。 さっき俺の正体がバレたからな。第二世代は大体の奴から嫌悪や恐怖の対象として見られているからしょうがない。
改めて自分の立ち位置を再認識した俺は部屋から出てレベッカさんに付いていった。
******
ノイトラス王国において首都に次ぐ大きさを誇る都市であるアベンチェリン。その風貌は中世のヨーロッパに瓜二つで、中央には白塗りの城を思わせる建物が建っている。それがここ勇者候補生徒育成機関王立アベンチェリン学院だった。あの戦争の終結から一年後創立されたらしく、現在の勇者候補生徒通称 《勇生》は《第三世代》と言われている。魔王の討伐を目的とした《第一世代》や、人と人との戦いに使われた《第二世代》と違い、《第三世代》はこの大陸の治安維持を目的として作られた。この世界の警察と言ったところか。逮捕権は勇生でも持っているらしい。
あの戦争の後、《革命軍》の残党からなる闇ギルドが多く生まれた。もう四年も経っているのに闇ギルドは力を拡大させつつある。そのため大陸の北半分は無法地帯と化し、連合国も手を出せない状態だ。その為か《第三世代》もお飾り、他国への抑止力に使われているような気がする。因みに勇者候補生徒育成機関は他三ヵ国にも1つづつ存在している。
「あれ何ですか?」
学院内を案内してもらっている途中でレベッカさんに質問する。
「あ、あれですか? 何でしょうかね......?」
ベルギアの秘書らしいレベッカさんは未だ緊張しているらしく、今まで何も口を開かなかった俺が突然質問したことに動揺している。だが動揺しているのは、俺ではなく俺の指差したものかもしれない。指差した方向には人だかりが出来ていて、取り巻きは生徒のようだ
「少し見てきますね、気になるので」と、レベッカさんの制しを無視して人だかりに入る。自分でもこの行動には驚いた。普段は何事も面倒臭いで片付ける俺が、このときは自然と脚が動いてしまっていた。
進んでいくとどうやら男と女が二人で揉めているらしい。男の罵声が聞こえてくる。
「お前が相手とかありねぇんだよ! なんでお前なんかと試合しても俺の力を見せつけることなんてできたもんじゃねぇぜ」
「......」
どうやら男の方が女を一方的に責めているらしい。声を聞いていると男の側には複数の生徒がついている。段々と男の側の取り巻きの言葉が過熱し始める。
「第一伝説の勇者様の娘のくせに魔力ないなんて勇者様の面汚しよね」
「なんでこの学院に入れたのかもわからないしな」
「......っ!」
先程から女の方は一向に反論しようとしない。これでは殆んどイジメの状態だ。いやイジメなのかもしれないが。それよりも正直言って勇者の娘という方が気になる。それに魔力がない人間などこの世界では聞いたことも見たこともない。
「なぁ? なんでなんも言わねぇんだよ? 俺の試合を潰しておいて何無視してんだよ!?」
「......私はまだ負けてない」
小さい、本当に小さい声だった。
「はぁ? お前パートナーもいないじゃねぇか。パートナーも無しで魔法も使えない奴なんかが勝てるわけねぇだろ! まずはパートナーを見つけてから言えよそんなこと、まず誰もパートナーになんかならないと思うけどなぁっ!」
そう言い男は笑い始める。見ていて胸糞悪いが男の言っていることは事実だ。まず勇者は二人から三人で行動すると決まってる。時々一人で行動する勇者もいるが、それは一人で行動出来るだけの実力を兼ね備えいているため。男の言う魔力が使えないということが本当ならば女は一人で行動出来るだけの実力はないということになる。
どうやらレベッカさんは人だかりに入ってしまった俺を見失ったらしい。付いてくる気配がない。
男は更に声をあらげる。
「とっとと、辞退して貰いたいもんだなぁ、どうせ父親の面汚しするだけだろ? お前みたいなのはここにいるべきじゃあないんだーー」
「それぐらいにしとけ」
突然の声に男は言葉を止める。それが自分の声だと認識するのに数秒かかる。気付いたときには時すでに遅し、人混みがモーゼのなんちゃらのように割れて見えなかった女と男らの姿が見えた。
「あ? お前何様のつもりだよ? このライド様に文句があんのかよ? まず、お前のその格好なんだ? ここの生徒か?」
そう言えば俺はまだ制服を着ていなかった。足の先から手まで全身黒ずくめの俺はこの学院では不審に思われるかもしれない。
「俺は今日からここに入る転入生だ」
「転入生か、なら俺のことを知らなくてもおかしくねぇな」
金髪のその男、ライドはどうやら三年生のようだ。制服のネクタイの色が青色だった。さっきレベッカさんの説明で男はネクタイ、女はリボンの色で学年が決まるらしい。一年が緑色、二年が黄色、三年が青色だそうだ。
「じゃあお前がそいつのパートナーになれよ、なぁ?」
先程から言いたい放題されている女の方を見る。そこには一人の少女が立っていた。つぶらな蒼い瞳に、鼻筋の通った鼻。瞳と同じ色の長い髪をツーサイドアップで結っていた。まるで天使のように美しい少女だった。思わず見とれた俺だが正気を取り戻す。
「いやそれは......」
そう言いながらもう一度少女を見た。その目は何かを訴えている。
助けてくださいってことか......。俺押しには弱いんだよな......。
「おいおい、俺の言うことが聞けないってか? 笑えるね、ハハッ」
「......」
何が笑えるのか理解できない。
「分かったよ、パートナーになればいいんだろ」
「話がわかる奴じゃねぇか、まさか了承するとは思わなかったぜ」
「じゃあ、もういいだろ、ある程度勝負になるだろこれで」
「じゃあせいぜい頑張れよ。お前も災難だな。そんなゴミとパートナーになってよ」
「ゴミかどうか決めるのはお前じゃないだろ」
この言葉はレイドの感に触ったらしい。
「あぁ? ふざけんなよ、転入生だから多目にみてやったけどよ調子に乗るなよ?」
「もうやめなさい、レイド君」
そこで言葉を遮ったのはレベッカさん。どうやらやっと人だかりを抜けたらしい。
「先生!? 何でこんなところに?」
この人教師だったのか。どうやらレイドはレベッカさんが苦手らしい。レベッカさんにかなりたじろいでいる。
「ヤガミさんも余り目立たないようにしてください。学院長からそう言われてますので......」
そう控えめに俺に言うと、レイドに振り返り注意する。
「話しを聞いていた限りではレイド君らがルーティアさんを詰めよっていたとしか思えません。これ以上すると言うならば試合には出しません。選出し直します」
試合に出れないというのはかなりきいたらしい。みるみるうちに顔が狼狽していく。
「くそっ! 分かったよ、もう行くから」
そう言うとレイドはそこを付人らしき数人と立ち去っていく。それを見て、周りの取り巻きも立ち去っていった。「すいません、時間になったので私は行きます」とレベッカさんも離れていった。
「あの、ありがとう」
蒼髪の少女が申し訳なさそうに俯きながら言う。
「いや、いいんだよ。流石にあれはびどいからな」
「そう? そう言ってくれると気が楽だよ!」
突然態度が明るくなる。本当に突然。
「それであの......私のパートナーになってくれるってホント?」
「え? いや......あの、その......」
こちらに向ける目は明らかになってくれることを確信している目だ。これでは断れるわけない。
「ああ、俺でいいなら試合とやらまでパートナーになってやるよ」
「あ、ありがとうっ! これで試合には勝ったも同然だねっ!」
まるでもう試合に勝ったかのように目を輝かせ、両手を上下に振る少女。
「いや、俺のこと買いかぶりすぎなんじゃな」
「私ルーティア=クレイド! よろしくね!」
「......あ、ああ、俺は八神湫矢。よろし」
「それでどのクラスに転入するの?」
凄まじいテンションの高さに付いていけない。言葉のキャッチボールは成り立つのだろうか。いや、すでに成り立ってなかったな。
「......Bって聞いてる」
「ああ、同じクラスだね、そろそろ昼休み終わるし行こう!」
キャッチボールが成り立った感動を他所にテンションが未だに高めなルーティアはスキップで先に言ってしまった。
「あれ? 来ないの?」
俺が付いていけずに呆然としている俺に気付き満面の笑みで振り返る。
「......いくけど」
「じゃあ、行こー!」
ここですでに後悔している俺がいたのは確かだった。
******
「聞きたいことあるんだけどいいか?」
「なにー?」
日が射し込む廊下を先にスキップしながら歩くルーティアに質問する。色々と知りたいことがある
「お前本当に魔力がないのか?それと勇者の娘ってのも本当か?」
「......うん、そだよ」
ルーティアは突然立ち止まり俯きながら小さくそう言った。
デリカシーが無さすぎたか。どうやら魔力が無いことを気にしてるみたいだしな。
「......悪かったな、気にさわるようなこと言って」
「んうん、い良いんだよ。事実だし」
一瞬振り返り微笑むと、また前を向き歩き始めた。
「私、勇者の娘のくせに魔力が無いから皆にバカにされてきたんだ。両親が死んだときに母方の家族に引き取られたんだけど魔力が無いからってすごく、馬鹿にされて避けられて......」
「......」
魔力が無い人間なんてそうそう居ないからな。それに伝説の勇者の妻は連合国の一つであるリスハルト王国の王女だった気がする。尚更王族の中でも魔力が使えないとなると、他の王族が煙たがるのも分かる。
「だから私この国に逃げて来たんだ。違う国の学院に入ればあの人たちから逃げられるって......。それにお父さんみたくなれるかも知れないって。でも結局変わらなかった。いくら逃げたって魔力が無いっていう事実からは逃げられなかったんだ......。」
歩きながらも話しを続けるルーティアの声はどこか悲しそうで孤独過ぎる声だった。
「だから、君がパートナーになってくれるて言ってくれて本当に嬉しかったんだよ」
「いや、でもその場の勢いとかあったし......」
「それでも嬉しかったんだよ、私は。それにこれを今聞いてもパートナーをやめるなんて一言も言わないしねっ!」
そう言うとこちらを振り向かずに嬉しそうにまたスキップを始めるルーティア。
いや、言えるわけないじゃんと思う俺。だが、断る気もないけどな。
コイツも孤独だったのかーー俺と案外似ているのかもな。
そう思いつつ上機嫌なルーティアに付いていく俺だった。