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七話「機械の民」





 よりにもよってなぜ火炙り。

 嫌がらせか。嫌がらせなのか。ものすごい有効に効いてるよ。これだから魔女ってやつは、って言うと今の自分も魔女だからブーメラン発言になるんだけどな!


「熱いのは、嫌いだ」


 なけなしの意地で内心の恐怖を表には出さず、せいぜい悪役らしく振る舞うことに集中した。

 わたしはこの魔女達にとって確かに“大罪人”以外の何者でもないのだと理解している。産み出されるがままこの世に在り、ただ今を生きる彼女達に罪はなく、そこへ一方的な死と終焉をもたらすわたしは害悪に違いない。彼女達はわたしを憎めばいい。罵ればいい。

 けれど。


「わたしはまだ、役目を終えていない。もしそれを邪魔しようというのなら、焼き尽くされるのはお前たちの方だ」

「なにを愚かなことを! 地べたを這うばかりの死にぞこないの身で、よくもそのような妄言が吐けたものだな! その体、千億引き裂こうとも飽き足らぬ罪人が!」


 たしかに痛み止めならぬ痛み増し薬のおかげで激痛に苛まれ、上半身を起こしているだけで必死なわたしの言葉に説得力はないだろう。しかし空を飛ぶ方法は箒に乗るだけではない。

 大丈夫だ、まだやれる、動け、と冷や汗を流しながら内心で自分を叱咤(しった)して魔力を巡らし。めき、めり、と骨のきしむ異音とともに背から翼を生やした。身体を内奥から捻じ曲げる魔法にともなう、意識を失いそうなほどの激痛に悲鳴をあげかけるのをぎりぎりで飲み下し、いびつに(わら)う。


 あいにくと、相棒に「壊れそうで壊れない」とお墨付きをいただいたばかりでね。すぐに返上してしまうには、おしい評価じゃないか。


「『越境者(ウォーカー)』をなめるなよ」


 白骨によく似た翼をぎしりとひろげ、やめて、もうやめて、と泣くアイビーの悲痛な声をおぼろげに聞きながら弾丸のように飛び立つ。上空にいる魔女達が放つ豪雨のような炎の槍の猛攻をかろうじてしのぎ、天高く突き抜けたところでくるりと体を反転させて彼女らを見下ろし。



()はかつて来たりし道にして、これより行く先の果てまでも絡みし(いばら)なるもの」



 詠唱を開始したその時、ふと。箒に乗った魔女達よりはるか下方で、灰の大地に座り込んでいるアイビーと目があった。

 いつもならこの詠唱が始まった途端、猛スピードで箒を飛ばして逃げる彼女が、今はそこから動きそうもなく。

 わたしの翼も、もう高度を上げられそうになく。



「其は我が苦しみにして救いであり、」



 だめだろう、相棒。

 そこじゃあ近すぎて、お前を巻き込む。



「絶望にして希望である」



 ――――――前世の記憶があると、ムダな知識が多すぎて、考えても仕方のないことをよく考えてしまうんだ。



 ねえ。生き物の、命の価値ってどれくらい。


 ねえ。二度目があるのなら、三度目とか四度目とか、その先とかもあるのかな。


 ねえ。わたしがそうなら、他のヒトだってそうじゃないの。


 ねえ。それじゃあ一回分の、生き物の命の価値は、どれくらい。



 どれくらいですか……?





「ジギーさん」





 聞こえるはずもない距離なのに、耳元でささやかれたかのように彼女の声を聴いた。

 泣きながら微笑む、そのひどく満足げな顔が見えた。

 いいんですよと、わたしには受け取る資格のない(ゆる)しを与えられたことを感じた。


「具象せよ、我が因果律(カルマ)。灼熱、の……」


 それを唱えなければ自分が死ぬとわかっていた。

 前世と同じくまたしても無意味に。

 そして何より重要な、アマリリス議長の願いを叶えられず終わることになるとよく承知していた。


 どうあってもやらなけれならないことだった。


 それなのに。





「……アイ、ビー」





 詠唱を完成させられず、泣き腫れた目をした相棒の名をつぶやいた瞬間。

 集中を欠いて防御魔法が崩れ、無防備になったわたしの体を炎の槍が貫いた。


「油断したな、大罪人め!」


 魔女達の哄笑(こうしょう)がこだまする。

 息がつまり、ごふっと血を吐いた。

 背の白い骨翼がぼろぼろと崩れ、わたしは貫かれたところから身を焼かれながら墜ちていく。



 終わりは、ひどくあっけなく訪れた。



 滑稽なまでにたやすく、この身は力を失い堕ちていく。その途中、誰かが何かを叫んで、あちこちで爆発が起きた。なんだろう。よくわからないが。わたしはまた焼かれて死ぬのか。その一点に絶望する。これが因果律(カルマ)というものか。今生(こんじょう)のは自業自得だけど、ひどいな。ああ、熱い。あつい。熱いのは本当にきらいなんだ。あつい。あついよ、



「……DD」


《はい》



 空中でふわりと何かに受け止められ、ここに無いはずのものが答える声を聞いた。


 それはわたしの玩具。

 戦場で拾い、戦場に捨てた機甲兵。


「DD?」

《はい、ジギタリス2631。私はここにいます》


 ゆっくりとまばたきをして、かすむ視界の中でその声の主を見る。

 そこには間違いなく、わたしの薄暗い部屋に置き物よろしく放り込まれ、えんえんと録音機(レコーダー)をやらされていた赤いアイレンズの機甲兵がいた。なぜだかその背に、最後に見た時には無かったはずの、白い金属と光でできた翼を生やして。


 これはあれか、お迎えというやつか。前世ではそんなもの無かったし、現世では善行皆無で悪行ばかりがんがん積みまくった自覚があるのだが。まぁ、それにしても。


「わたしの天使は、金属製か」


 かすれた声でつぶやき、どうしようもなく歪んだ世界が最後にくれた、ろくでもないユーモアに笑った。


 ああ。


 ああ、それも、DDの姿をしているのなら、


「わるく、ない……」


 笑むわたしに、背の光翼で空を飛びながらDDが言う。


《あなたは「中枢頭脳(セントラル・ブレイン)はいつ総力戦をするのか」と問いました》


 その赤いアイレンズには、ぼろ雑巾のように傷だらけで腹に穴のあいた幼い魔女が映っている。

 七歳で規格外の魔法を授かり、八歳で魔女に終焉をもたらす剣となったが最後には討ちとられた、元はただの落ちこぼれ。


《答えます、ジギタリス2631》


 この機甲兵が何を告げようとしているのか、理解するだけの力はもうない。



《今です》



 青い空の向こうでちらりと何かが光り、そこから大気を割って(はし)った強烈な閃光が大地を穿(うが)つ。凄まじい爆音が轟き、わたしはDDの手の中で意識を刈り取られた。





 ◆×◆×◆×◆





 視界が青くゆらめいて、透明な壁の向こうに赤い光が見えた。こぽこぽと下から気泡が立ちのぼり、たわむれるように螺旋を描きながら浮かび上がって視界からフェードアウトしていく。熱くも冷たくもない青い液体の中。息はできるが体の感覚がおぼろげで、かすかに動かしたくちびるからは気泡がこぼれ、声は出ない。


 ここはどこだ?


 ゆっくりと意識が戻り、思考の糸が結びついたとたん血の気が引いた。


 まさかの三度目とかないよね?

 さすがにウンザリっていうかもう勘弁してくださいお願いしますレベル。

 違う世界の常識と、自分が死ぬところの恐怖と絶望の記憶を持って次の人生を生きたら間違いなく道を踏み外します、という人生訓を体験したばかりだからね二度目で。三度目なんてきたら、今度はどんな転落人生で最期はどんなふうに殺されるのかなぁウフフとか日常的に妄想する勢いで生まれた先から精神がご臨終するから神さま仏さま八百万(やおよろず)のなんでもいいから誰かぁぁぁっ!


 ……というか、まず。

 ジギタリス2631って死んだよね? 腹に穴あいたし体ズタボロだったし、それを治療してもらえそうな状況でもなかったし。あれはさすがに終わったよね?


 なのに、それなのに、なんでお前がそこにいるの。



 ――――――DD。



 体の感覚が無いせいで、ひどく動きづらい。それでもなんとか口を動かすと、分厚い硝子の向こうでDDが言った。


《おはようございます、ジギタリス2631》


 ――――――おはよう。


 なかば習慣付いていたせいでついうっかり返したが、そんな悠長なことを言っている場合ではない。やはりわたしはまだジギタリス2631なのか。DDはくちびるの動きを読めるようなので、最初に頭に浮かんだ質問をする。


 ――――――ここは、どこ? 何が、起きた?


《ここは安全です、ジギタリス2631。あなたを傷つける可能性のあるものは、すべて排除しました》


 お前それ質問に答えてない。……て、はいじょ? 今、排除って言ったか? なんだその物騒な言葉は。お前やっぱり壊れてるんじゃないか。修復不可とかいうシステムの損傷が深刻だったんじゃないか。

 それでいったい、何があったんだ、DD。


 うまく動かせない体にじりじりと力を込め、辺りの様子をうかがう。使えるのが左目しかないのがもどかしいが、なんとか動ける範囲で全体を見た。

 どうやらわたしは分厚い硝子で造られた円柱の中に、青い液体とともに入れられているらしい。わたしの正面にはDDが立っていて、その背後と左側には様々な大きさと形をした機械が乱立し、右側には無数のディスプレイらしきものが並んでいる。ひどく寒々しい広い部屋だ。


 しかし、おかしい。


 この世界の機械文明は異常に発達しているようなのに、ディスプレイに映っている景色には色が無い。DDのアイレンズが赤いことは分かるのだから、わたしの目に異常があるのではないはずだ。


 考えれば考えるほど焦燥感がつのって叫びそうになり、けれど声は出ないままごぼごぼと口から気泡があふれ出た。ビー、ビー、とどこかで耳障りな電子音がする。


《心拍数の上昇を確認しました。落ちついてください、ジギタリス2631。また出血してしまいます》


 落ち着けと言われて素直に落ち着ける状況ではない。右側の、複数のディスプレイに様々な角度から映し出される世界にあるのは三色。

 白と、黒と、灰色。


 なぜ。


 ――――――DD。


 それは『機械の民』が魔女の中に生まれた『越境者(ウォーカー)』、彼らが言うところの“特異領域保持者02”を観察する為に造られた機甲兵。だからわたしに拾われた後、まったく敵対行動をとらず、そのまま玩具にされていたもの。


 お前にこんな状況を造り出せるわけがないよな。

 何か予想外のことがあったんだろう、DD。

 今度はわたしが聞くから、教えてくれないか。


 ――――――何が、あったの。


 問いながら。けれどその答えを聞きたくて聞きたくなかった。なぜかどうしようもなく、嫌な予感がして。もうずいぶんと前のことのように感じる、「そろそろお前を壊すか」と言いながらずるずるとやらずにきて、結局半壊状態で捨てたように。できることなら曖昧にしてやりすごしたかったが。


《自己修復完了後、中枢頭脳と接続(リンク)した結果、私は最上位の命令権を与えられました》


 DDは答えた。

 チューリングテストです、と。


《『機械の民』にも、人工知能が知性たりうるかを調べるテストがありました。単独行動が許される時間を超過(オーバー)して中枢頭脳とのリンクを回復した私は、その他の定期検査とともにそれを受け、最高得点で合格しました。『機械の民』が保存、維持すべき“人間に最も近い存在”として認められました。中枢頭脳は私の管理下に入り、私は決定を下しました。

 『機械の民』の総力をもって》


 ディスプレイの向こうでは、白い灰が黒ずんだ大地の上を舞っている。

 植物は枯れ果て、獣や虫の姿もなく、空はどんよりと暗い。

 生命の息吹が無く、魔力が枯渇していると見ただけでわかる。


 この惨状の原因が、まさか。



《『越境者』ジギタリス2631をのぞく、全ての魔女を殲滅せよ》



 めまいがした。


 そんな一言で魔女を全滅させられる力を持っていた中枢頭脳に。

 それがありながら六百年も戦争を“わざと”続けてきた『機械の民』に。

 これまで誰もしなかったその命令を下してしまったDDに。


 そして、それが起きた最低のタイミングと最悪の生き残りに。



《命令は実行され、あなたをのぞく全ての魔女の殲滅が約百六十七時間前に完了しています。中枢頭脳はジギタリス2631への危険警戒レベルをゼロに変更し、『機械の民』は私の存在理由としてあなたの生命の維持に全力を尽くすことを決定しています》


 ――――――なぜ。


 DDがくちびるを読めて良かった。きっとその言葉を声にすることはできなかっただろうから。


 ――――――DD。なぜ、どうしてそんなことを……?


 驚きに思考が停止し、ただ問うことしかできないわたしにDDは答える。


《魔女はあなたの体に深刻な損傷を与えました》


 だから魔女を滅ぼし、中枢頭脳の“特異領域保持者02”に対する危険警戒レベルも変更させた。ゆえにここは安全であると、DDは言う。

 いいやと、思考停止を脱したわたしは深いため息とともに否定する。


 そしてゆっくりと時間をかけて、一言もこぼさず伝わるようにくちびるを動かす。



 ――――――今、この世界に安全な場所はない。ジギタリス2631はアマリリス議長の剣として、その身に世界の魔力を無限に搾取する魔法がかけられていた。この魔法は真宵さまに由来するもので、反則的に強力な上に解除方法が無い。



 つまり、さっさとわたしが死んでしまわないと、魔力バランスが崩れて世界が壊れるんだよ。







 さて、DD。


 お前の存在理由を変更しようか。





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