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三話「金属の指」





「そういえば、名前聞いてなかった。何かそういう、呼び名とかってある?」

《個体識別番号、は、DD03/XRGF734125、です》

「あー、そういうのか。長いね。でも、いつもそれで呼ばれてたの? 『機械の民』ってどういう思考回路してんの」

《ジギタリス2631。その質問、の、答え、は、存在、しません。『機械の民』、は、滅び、ました》

「……へぇ」


 ベッドの上に寝ころがったまま、とくに驚くこともなくただ目を細める。

 わたしを観測する為に造られたという機甲兵と過ごす時間は、そんな会話から始まった。


「そうか。『機械の民』はもう滅びたのか。魔女側(こちら)もわたしを含めてみんな模造品の亡霊ばかりだし、似たようなものだけど。じゃあ今、お前達に命令を下してるのは何? マザーコンピュータ的なもの?」

《二百九十七年三ヶ月二日、前、最後の、『機械の民』、が、中枢頭脳(セントラル・ブレイン)、へ、命令、を、入力、しました》


 いわく、約三百年前に最後の『機械の民』が下した命令は二つ。



 ――――――可能な限り長期間、魔女との戦争状態を維持せよ。

 ――――――それが不可能と判断した時は、総力をもってすべての魔女を殲滅(せんめつ)せよ。



「ふぅん。最後の一人は消耗戦の末の滅亡を望んだか。うちの議長と似てる。対立して六百年戦争をしていても、元をたどれば同じ人間。最終的に達した結論が似たものになっても不思議はないんだろうけど……。まあ、模造品の亡霊でしかない分際で、本物の人間達の悲哀を批評するのはやめておこうか。

 それで? 中枢頭脳とやらは、いつその総力戦に出る予定なの」


《その情報、は、インプット、されて、いま、せん》


 最初から答えが返ることなど期待していなかった質問だ。そう、と頷いて話を戻す。


「とりあえず名前。ええと、個体識別番号? もう一回言って」

《個体識別番号、は、DD03/XRGF734125、です》

「……うん。やっぱり長いな。略称でいこう。わたしはお前をDD(ディーディー)と呼ぶ。さて、DD。お前は魔女と『機械の民』が六百年に渡る長い戦争を始めた、その原因を知ってる?」

《その情報、は、インプット、されて、いま、せん》


 勿論そうだろう。魔女達の中もごく一部しか知らないことだ。秘密というわけでもないけれど、知っていたとしても今さらどうしようもないことだから、風化して忘れ去られた遥か過去。

 けれどわたしのことを語る時、最終的に関わってくる話になるだろうから。


「それならこれからわたしがインプットしよう。といっても、そう詳しく知っているわけでもないから、簡単に。

 六百年戦争の原因は、そもそもこの世界の魔法というものが、女にしか使えなかったことにある。

 女なら誰でも、生まれた時から感覚的に使える魔法を、けれど男は使えなかった。そこで男達は魔法に代わる力として科学を発展させた。結果、魔法という力を持った魔女と、科学という力を持った男達は決裂。世界の東西に別れて、どちらが主導権を握るか互いに武力でもって示そうとした。

 きっと、最初にそれを始めた者達は、事態がここまで泥沼化するとは思わなかったんだろう。けれど坂道を転がるように状況は悪化し、深刻な男女の対立によって当然のごとく子どもが生まれなくなった。

 『機械の民』と呼ばれる男達が最後の一人になるまでどうしのいだのかは知らないが、その時、魔女は“娘の樹”を植えた。

 その樹には、苗となった娘とまったく同じ姿、魔力、性質をそなえた魔女が実る。わたしが『ジギタリス』の樹に実った2631番目の魔女であるように、今いる魔女はただ一人をのぞいてすべてその“樹”の果実だ。

 けれどわたしには、それまでの2630人とは違う所があった。

 何が違ったか、わかる? DD」


《情報、が、不足、して、います。ジギタリス2631》

「そんなの知ってる。でもちょっとは考えて喋って、DD。わたしばかり話し続けるのは顎が疲れるというか、そう、不公平だ」

《公平、と、不公平、の、判断基準、を、提示、して、ください》


 思わずため息がこぼれた。

 それを何と解釈したか、DDが発言を繰り返そうとする。


《公平、と、不公平、の》

「いや、いい。繰り返さなくていい。聴こえなかったわけじゃない。ただ面倒くさい玩具拾ったなとようやく自覚しただけ。続きを話すから黙って」

《はい、ジギタリス2631》


 素直に応じてDDは沈黙した。

 人に似た形をしているものだから、同じ言葉を話すものだから、別物だと分かっていてもついうっかり人と話しているような気になってしまうけれど。あらためて薄闇に沈む機甲兵を見つめ、コレは違う、と再認識する。わたしは人と話してるんじゃない。いずれ壊す機甲兵の形をした玩具に、音声記録を残しているだけ。


「……やっぱり今日は、ここで終わる」


 最初から分かっていたはずのことなのに、考えてみたら急にやる気が失せた。きっと疲れているんだろう。戦場までの行き帰りはアイビーに任せきりで、箒の後ろに乗っていただけだが、因果律(カルマ)の魔法はかなりの魔力と体力を消耗する。


「わたしが寝てる間は立方体(キューブ)にしておくから、へんなことしようと思わないでね」


 ベッドの隅でくしゃくしゃになっている毛布をつかんでそれに包まり、素足のまま床に降りてぺたぺたと歩いていく。わたしが移動すると、DDの頭部がその姿を追うように動いた。そのバイザーに、揺れる蝋燭(ろうそく)の火影と一緒におぼろげな人の輪郭が映る。

 ふと、そういえばバイザーの下はどうなっているんだろうと思って、けれど見ないままだったと気がついた。でも疲れてるし、今はもういいや。


《はい、ジギタリス2631》


 そして観測用らしき機甲兵は、目の前に魔女がきても動かず、従順な使い魔みたいに応じた。わたしは使い魔を持っていないが、大人の魔女達が連れ歩いているものの中にはこんなようなのがいる。


 機甲兵は魔女を狩るものなのに。へんなの。


 心の中で小さくつぶやき、狭い部屋で窮屈そうに座っているDDへ手をのばして、そっと触れる。金属の塊はつややかで冷たい。機甲兵は敵だけど、DDはわたしの玩具だ。そしてわたしは冷たいものが好きだ。

 ほんのかすかに撫でるように指先を動かしながら、持ち帰った時と同じ魔法をかけた。大人の魔女よりもずっと大きい機甲兵が部屋から消え、代わりに白いキューブが床に落ちてころりと転がる。人差し指と親指でそれをはさんでつまみあげ、蝋燭の明かりにかざした。


 角度を変えると虹色の光沢がさざ波立つ、白い金属塊は意外と美しい。


「おやすみ、DD」


 アマリリス議長から贈られた宝石箱、きれいなネックレスやイヤリングやブレスレットがあふれるその中へ無造作にキューブを放り込み、ベッドに戻ってまぶたを閉じた。





 ◆×◆×◆×◆





「おはよう、DD。といっても今は夜だけど」

《はい、ジギタリス2631》

「はい、じゃない。おはよう、と言われたら、おはようございます、と返すの。挨拶の基本だよ」

《登録、しました。おはようございます、ジギタリス2631》

「……言ってみただけだったんだけど。順応性高いね、DD。まぁいいや。それで、昨日はどこまで話したんだっけ?」

《過去2630人、の、ジギタリス、と、現在、の、ジギタリス2631、との、相違点について、です》

「ああ、そうだった。何が違うと思う、と聞いたら、情報が足りないって返されたんだったか」

《はい、ジギタリス2631。情報、が、不足、しています。情報、提供、を、求めます》


 昨夜と同じように毛布をかぶってベッドでごろごろしながら、ん、と頷く。


「それでは情報提供を再開しよう。……が、その前にDDの顔が見たい」


 バイザーをどかせ、とジェスチャーで示すと、DDの頭部でヴィン、と小さな音を立ててそれが動いた。スライド式に上へ動いて、頭部の全面をあらわにする。そしてわたしはそこにあるものを見て、半眼になった。


「予想通りで、意味不明。目が二つに、鼻と口。なんで魔女を狩る道具が、機甲兵が、人間に似せて造られてるの?」


 とばっちりで睨まれたDDが答える。


《中枢頭脳、は、人間、の、記録を、保存、または、維持、する、ことを、望んで、います》

「望む? 機械が? むかし命令されたことを守っているだけじゃなく?」

《はい、ジギタリス2631。我々、は、命令、に、従い、思考、し、実行、します》


 よくわからない。半壊したDDが治癒魔法で再生された時も思ったけれど、この世界のロボットやコンピュータ達は、わたしがいた世界のものとは根本的に違うものだと思った方がいいのだろうか。

 うーん、と考えてみたけれどそれで答えが出るはずもなく、面倒くさくなったので気分転換をすることにした。もそもそと毛布の下から這い出してベッドから降り、ぺたぺた歩いていって無抵抗なDDによじのぼる。


《あなた、の、行動、の、目的、を、教えて、ください。ジギタリス2631》

「たいした目的は無い。ただお前の顔に触ってみたいだけ。見た目は本当に人間そっくりだけど、ほっぺたも人間みたいにやわらかい?」


 自分の体によじのぼってくるわたしを見下ろし、DDは困惑したように数秒沈黙してから答えた。


《比較対象、の、情報、が、不足して、います》

「んー……? ああ、つまり、人間のほっぺたに触ったことないからわかりません、てことか。そういえば『機械の民』滅びてるんだっけ。じゃあいいや、わたしがお前のほっぺた触るかわりに、お前もわたしのほっぺた触ってみればいい。あ、でも、DDの感覚ってどうなってるの? 今わたしが乗ってるとことか、触覚とか痛覚ある?」


 DDの自己申告によると、機甲兵に痛覚はなく、戦闘用には感度の低いセンサーしか搭載されていないらしいが、自分は観測用なので手と顔の部分に高感度の触覚に似たセンサーがあるという。それ以外の部分は戦闘用と同じく感度の低いものしかなく、痛覚については同じく最初から無い、とのこと。


「ふぅん。機甲兵は最初から痛みを感じないように造られてるのか。不公平だね。同じ戦場に立つ魔女の方は、模造品の亡霊とはいえめちゃくちゃ痛い思いして死んでくのに。

 ……む。DDのほっぺた、かたい」


 いまだ八歳の体でがんばって大きな機甲兵の肩までよじのぼったのに、到達した先にあったのはがっかりな結果だった。目鼻の配置場所はバランス良く、人間だったら整った顔立ちと言っていいだろう造りをしているのに、一歩足りない残念クオリティーだ。


《比較対象、の、提供を、求め、ます。ジギタリス2631》


 人間の瞳によく似た形の赤いアイレンズに、自分の頬をつついているわたしを映し、珍しくDDから発言した。いいよ、と許可するとなめらかな動作で右腕を持ち上げ、わたしの3cm手前くらいで停止する。何か迷ったように。どこか困ったように。


「どうした? 触っていいよ、DD」

《はい、ジギタリス2631》


 DDは答えるが、動かない。

 それがなぜ停止しているのか知らないが、わたしは間近に来た手を見て大きいなと思う。その指が五本なのも、彼らを統べる中枢頭脳が人間の記録を維持したいと望んだ結果なのだろうか。

 もしそうなら、もう滅びたものを後生大事に抱えて模造品の亡霊を生産しているというのなら、『機械の民』も魔女と同じくらい愚かで歪んでいる。


 そんなことを考えていたら、ようやくDDが動いた。

 大きな手がごくゆっくりと近づいてきて、人差し指の先端が、わたしの頬にほんのすこしだけ触れる。冷たい。DDはどこもかしこもすべて冷たくてかたい。そしてその金属的なすべらかさと冷たさが、わたしにはこの上なく心地良い。


《あなた、は、やわらかい、です。ジギタリス2631》

「人間だからね」

《あなた、は、あたたかい、です。ジギタリス2631》

「生きてるからね」


 DDはどこか不思議そうに言う。

 わたしは答えながらまぶたを閉じた。

 もうずっと遠い時間になってしまった一年前、まだこの世界の歪みを本当の意味で理解していなかった頃に、ベラが頬を撫でてくれたことを思い出し。笑えるくらい慎重に触れてくる、ベラとは違う指へとほんのわずか、身を寄せる。


 数秒。


 見えない部分の空白が満たされていくような沈黙は、ドンドン! と激しく部屋の扉を叩いた相棒の声であっけなく終わった。


「ジギーさん、緊急です! 議長が襲われました!」


 わたしは弾かれたようにDDの肩から飛び降り、魔女の部屋にあってはならない機甲兵を白いキューブに変えて宝石箱へ放り込んだ。すでに思考は切り替わっている。



 ――――――アマリリス議長を死なせてはならない。



 扉を蹴破るように部屋を飛び出し、それを察してどいていたアイビーに訊く。


「状況は?」

「議長は天球儀館の地下に避難され、護衛が応戦しているようですが、襲撃犯の中に星玉位の魔女が二名。並みの魔女では太刀打ちできません!」


 それを聞きながら塔を出て、彼女の箒の後ろへ乗った。

 魔女達の殺し合いなどありきたりな日常茶飯事だが、星玉位を授かるほど高位の魔女が『満月議会』の議長を襲うとは珍しい。魔女の滅亡に向けてゆるやかに慎重に、けれど確実に駒を進める黒幕が議長その人だと気がついたのか。あるいは魔女の中ではごくありきたりなただの下剋上なのか。


 いずれにせよアマリリス議長は死なせない。


 この世界で最後の、唯一本物の人間を、こんなところで死なせてはならない。



 滑稽な惨劇。

 模造品の亡霊たちが血みどろに踊る六百年戦争。



 壊れて狂ったこの世界を終わらせていいのはもう、あの人だけだから。





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