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さよならを知らなかった



【ある子供の話】









幼い頃から身体は弱かった。力を持ちすぎた魂に、器がついていかなかったのだ。


“おかしなモノ”が見えても、学校に行くのは楽しかった。体育はろくに参加できなかったけれど、大好きな友達と、ほんの少しの“特別”がそこには在ったから。



中学二年の冬だ。

何の変哲もない風邪を拗らせた。入院することになった日も、まさか自分が死ぬことになるなんて考えもしなかった。

けれど身体は限界だったらしい。ウイルスの攻撃に耐えきれなかった器はあっさりと職務を放棄して、魂だけが投げ出された。



  その子供は死んだのだ。



春はすぐそこだった。誕生日までは、あと数日。子供の時間は十三のまま止まり、永遠となって。

余りにも早い終わりだった。覚悟などなかったから、誰にもさよならさえ告げていないのに。


母親は唯一血を分けた我が子を喪って、二人で暮らしていた家を引き払い実家へと戻っていった。

その子供が肉体を離れて帰ってきた時、そこにあったのはただの空き家だ。


自分がおかれた状況は理解していた。それでも、何処にも行けなかった。


――どこに、いけばいいの?
















子供がおかしな魂を捕まえたのは、それから八年も経ってからのことである。

身体から抜け出てしまったことにも気付かない間抜けな男の、正体を子供は知っていた。


“特別”の彼は一人の男になっていた。

時を止めたままの自分とは、違って。




共同生活は時間稼ぎだ。

生前から子供は“そういうモノ”に触れることが出来ていたが、霊体同士ならばもっと楽になる。魂の力はまだ枯渇していなかったので、男に分け与えてやることもできた。

そうして一緒に暮らして、彼をこちらに引き込んでしまうのだ。



一緒に死んでほしかった。



独りきりだったこの長い年月は、彼を待つためにあったと思えたから。



(ひとりは、さみしい)



でも彼が、一緒に逝ってくれるなら。















けれど結末は違った。

身体から魂が離脱し、日に日に生気を失っていく彼を見るのに耐え切れなくなったのもある。

でも何よりも子供は、満足してしまったのだ。

男と一緒に過ごせた、僅かな時間が幸せだった。

永遠に感じた八年間が満たされて、それ以上のものが溢れてくる。


はじめて、願った。


生きていてほしいと思えた大切な人。彼は世界に帰り、その眩しさと暖かさを実感するのだ。

生きて、生き続けて、様々なものに触れて、笑って泣いて、そうした時間の中でほんの少しでも構わない。

自分のことを、覚えていてくれたなら。




「……そうだったら、良いな」




子供はそっと目を閉じた。

たった今目の前から消えて、在るべき場所へと帰っていった男の事を考える。

暖かい記憶に満たされて、何だか自分まで眠たくなってしまった。



「もう、良いかな……」















ねぇ、ほら。



今度は、さよならを言えるから。



本当は生きているうちに、伝えたい言葉があったけれど。



寂しいけど、悲しくないよ。












  「 さよなら、ポチ 」




























さよならを知らなかった(終)

トキの正体に序盤から気が付いた方、いらっしゃるのでしょうか(ドキドキ)。最後までお付き合いありがとうございました!

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