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鈍色のパラディン  作者: チノフ
二章~王都立身編~
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10話

予選は日に何度も行わなければならない、闘技場の四角いリングを四つに区切って試合は行われる。狭く思うかもしれないが闘技場のリングは十分に広いので四分の一でもそれなりの大きさはある。


闘技場の入り口で装備のチェックを受けた後、83番の番号札を渡されてメリッサは待合室で待つ。

対戦相手の事は名前しか知らない。極力調べてはいけないという決まりを素直に守った結果だ。


待合室の椅子にどかりと座った、重みで木製の椅子が軋む。

今装備しているのは斧槍と盾、鎧のみである。他の武器の代わりは用意出来なかった。

少し腰周りが寂しく感じる。静かだ、時折番号を呼びに来る職員の声以外は周りの冒険者達が身を揺らす音しかしない。

彼らも、そして自身も緊張している。オークとは何度も戦ったがオークは知能が低く、学ぶ事を知らない。その経験をアテにしてはいけないだろう。


目を瞑ってじっとしていると待合室の扉が開いて職員が入ってくる。


「81番、83番、85番の方、次の試合の準備が整いましたので移動をお願いします」


来た、ゆっくりと立ち上がる、偶数番は反対側の控え室で待っている、向こうも今頃呼ばれただろう。


斧槍の柄を握る右手に力を込め、職員の後を追った。




          ~~~



長い通路を抜けると光が降って来る、暗い所に目が慣れたせいで一瞬視界が奪われた。

視界が晴れると会場が見渡せる、外で見るより広く見えた。

予選から一般開放されているので全体の観客席の三分の一程度の席は埋まっている。

舞台に眼を向けると真ん中を十の字で区切ってあるのだろう。こちら側からは石壁と四つに分けられた舞台の内二つ見えるだけだ。


「81番の方は左奥、83番の方は左手前、85番の方は右手前に向かってください、担当の者がご案内します」



             ~~~



舞台に近づいた所で職員が案内してくれた、彼らは副審として勝負を見守るそうだ。舞台に乗った所で主審が口を開く。


「準備が宜しければ予選第一回戦を始めます。場外に出てから5カウントで失格となりますのでご注意ください。83番、84番、互いに挨拶した後、白線まで下がって合図を待ってください。」


舞台は大よそ50m四方、四分の一のリングに区切られている為25m四方だ。戦うには十分な広さだろう。


内心の緊張を押し殺しながらリングの中央に向かう。

相手は自分より一回り歳が上だろうか。中肉中背、武器は片手剣に丸盾。恐らく<ソードマン>系列だ。

ヘルムを外して頭を下げ、挨拶をする。


「よろしくお願いします」


「ああ、よろしく。その鎧が見掛け倒しじゃねえ事を祈るぜ」


安い挑発だ、気にはしない。ヘルムを被りなおし、白線で合図を待つ。


「お互い準備は宜しいですね?……では試合開始!」


カチリ、と頭の中で戦闘体勢のスイッチが入る。


先に地を蹴ったのは剣士の男だ。一息で距離を詰めるとすれ違いざまに一閃放ってきた、右のガントレットで受け止める。僅かに腕がしびれた。


「チッ、硬ぇな。これだから全身鎧は嫌いなんだ」


男は舌打ちすると再度地面を蹴る、二度も同じ事はさせない。すぐさま屈み込んで男の足を払った。


男は冷静に斬撃を止め、回避する。メリッサは確信した、この男は人と戦い慣れている。


男は速度重視で攻撃を放ってくる。盾で受け、鎧で受け、斧槍で受ける。

メリッサは待つ、攻撃のチャンスを。



三十は攻撃をいなされた、男は苛立っている。このまま時間切れを狙えば自分の勝ちは間違いないが一回戦でそんな無様は晒せない。これでも去年は予選のベスト4まで行ったのだ。今年こそ本戦に出場したい。


そんな思いが一撃で相手を倒す体勢を作らせた、作らせてしまった。



男から燐光が上る、武技の予兆だ。刺突の体勢を取っている。

メリッサは地面に盾を突きたてる、あえて右半身を晒した。


男が地面を蹴る。


「食らいやがれ!<ピアッシング>!」


盾を突いても意味が無い、男は神速の突きは自然と右半身に吸い込まれる。


ガキリ、と一際大きい金属音が鳴った。

メリッサが突きを見切って斧槍で絡め取った音だ。そのまま剣ごと相手を持ち上げ、投げ飛ばす。


リングぎりぎりまで投げ飛ばされた男は咄嗟に起き上がろうとするが遅い、鈍重な筈の全身鎧とは思えぬ速度で駆けてきたメリッサの盾で強打されて気絶した。鼻の骨が折れたのか、鼻から血を流している。


「勝者、83番メリッサ!」


ふう、と息をつく。最初は緊張も相まって相手の速度に着いていけなかったが後半はなんとかなった。よくよく考えれば師匠達の速度に比べれば遥かに遅い、冷静に対処すればもっと楽にいけただろう。反省点は多い。


「ありがとうございました」


気絶して担架で運ばれていく相手に頭を下げてリングを降りる。


何はともあれまずは一勝だ。




            ~~~




「メリィの1回戦突破に乾杯」


「かんぱーい」


「おめでとう、乾杯」


「ありがとう、乾杯」


夕食の席にて宿の主人も交えて1回戦突破の祝杯を挙げている。

明日に備えて酒こそ控えてるものの、食事は豪華だ。


「今日は奢りだかんな、しっかり食ってくれ」


「ありがとうございます、ご主人」


「店番があるから応援にはいけなかったが予選決勝までいったら俺も応援に行くよ。おっかさんが許してくれるからな」


「そこまでいけるかは分かりませんが…全力を尽くします」


狼の見た目の割りにこの人は表情が豊かだ。


「それよりメリィ、今日はぎこちなかったように感じたけれど…大丈夫?」


「そうだよ。マスターと戦った時はもっとこう、豪快だった気がする」


「む…初めての対人戦と思い込んで緊張していた。途中で師匠達との稽古を思い出してからは楽になった。明日からはもう少しマシな戦いを見せれると思う」


「そう、ならいいわ。明日からもがんばってね」


「めりーくんならきっと本戦までいけるよ」


二人の励ましが何より力になる。恥ずかしくて言えないがメリッサは二人に感謝した。


「あまり無様な姿を晒すと師匠達に叱られてしまうからな…」


宿屋の主人が耳をピクリとさせて反応する。


「そういやさっきも師匠達って言ってたけどよ、複数お師匠様がいるのか。やっぱ高名な冒険者様なのかね?俺ぁこれでも冒険者マニアでね、大体の名前は知ってるぜ」


「<ベティラード>出身故、世間をよく知らぬので高名かどうかは存じませぬが…一人はレフナークのサヴァン殿」


主人の目が見開かれた、高名どころでは無い。王都なら誰でも知っているビッグネームだったからだ。


「おいおい、マジかよ!<影に潜む者>、サヴァン・レフナークか!闇夜に潜む無慈悲な暗殺者。引退後、まるで足取りが掴めないと言われてたが<ベティラード>にいたのか……」


「<影に潜む者>…?短期間ですが弓と悪環境化での戦闘、薬草等の知識について師事していました」


「二つ名だよ、しかし豪華だな。本職の冒険者が金貨100枚積んでも教えを乞いたい相手だぜ」


「温和で紳士的な師匠でしたが……もう一人の師匠に比べて」


「人柄までは知らんかったけどな。しかしそうなるともう一人の師匠ってのも凄そうだな」


「師匠は…む…そういえば名前聞いた事無いな。アンジェ、知っているか?」


「あー…有名な筈なんだけど飲んだくれのイメージが強すぎて思い出せない、デイジィは?」


「アンジェと同じく、飲んだくれのイメージが強すぎて…」


「随分期待させるじゃねえか。特徴、特徴を教えてくれ。それで大体分かる」


むう、と三人は腕を組んで記憶を掘り返す。


「まず大きい、身長2mは超えてる筈です」


「酒が好きね」


「女も大好き」


「大体の冒険者は酒も女も好きだよ、もっと分かりやすい特徴を教えてくれ」


「…クラスは<バーサーカー>で元AAAランク、と聞いた記憶があります」


先程より更に主人は驚いた、<バーサーカー>でAAAランクなんて一人しかいない。


「最初からそれを教えてくれ!その人はカルロス・ゼファー、王国の生ける伝説。ダンジョンにおける孤高の王、<空を割る者>!」


「師匠の名前を初めて知りました」


「そんな名前だったわね、いっつもギルドマスターとしか呼んでなかったから忘れてたわ」


「魔法使いと畑が違うからあんまり調べたりしてなかったもんね」


「いやいや、そんな冷静でいないでくれ。俺ぁびっくりしすぎて顎がハズレそうだよ…しかし凄いな、近年でもトップクラス冒険者の二人の弟子か…」


「世間の評価等より自分にとって偉大な師匠、というだけで十分ですので」


「俺は今でも思い出すぜ、単身で王都付近に巣を構えた高位の竜を討伐して凱旋した時の事を!街道に人が集まって拍手喝采、片手で竜を引き摺りながら片手で大斧を空に突き上げたあの勇姿!」


もはや話を聞かず、主人は少年の様に語る。


メリッサは誇らしくなった。自分が褒められるより嬉しい、彼にとって師匠とは人生の師であり、偉大な父親、目指すべき男の背中なのだ。


「しかし、王都でそこまで有名だったとは…ますます無様を晒せなくなったな」


不思議と緊張は感じない、むしろ自分の背を二人の師匠が押してくれているような頼もしさすら感じる。



喋ってばかりで食事にあまり手をつけていなかったのを思い出した主人が慌てて料理を食べるように言うまでもう少し。



主人が語る師匠の武勇伝を聞きながらメリッサは笑みを浮かべた。



 

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