7話
武道大会を一ヵ月後に控えた今日。
やっとメリッサの魔素が溜まりきり、転職できるようになったのだ。
「私達の時は慎重にやってた上に5人パーティだったから、それに比べるとやっぱり早いわね」
「オークのダンジョンさまさまだね」
「明日は工房を休みにしてもらって神殿に行ってこようと思う」
「勿論私も付き合うわよ」
「私もー」
なら早く休もう、と言って布団に入り込む。
目を瞑ると急に不安になった、いや、不安と言うよりは嫌な予感、と言った方がいいだろうか。それを振り払うように眠りに落ちる。
こういう時の予感は当たるものなのだ。
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軽く朝食を取り、平服を着込んだ三人は揃って神殿へと向かった。
「めりーくんってやけに魔素が溜まるの早い気がするんだけど」
「そうなのか?」
「そうよ、こないだ気になって調べたのだけれど…先祖返りっていうのはそういう人が多いみたいね」
「あー、昔の人のほうが魔に近しくて魔素との親和性が高い。だったっけ、どこかで聞いた事があるかも」
「普通の人も個人差があるんだけどね、まぁ運がよかった程度に思っておけばいいんじゃないかしら」
「そういうものか、まぁいい。着いたぞ」
<ベティラード>の神殿とは大きさが段違いだ。圧し掛かってくるような重圧を感じる。
重厚な扉を力を込めて開けると受付には二人、座っていた。
「ようこそ、神殿へ。転職でいらっしゃいますか?」
「ああ、後ろの二人は付き添いだ」
「畏まりましたではまずギルドカードの提出を」
無言でギルドカードを首から外し、受付のテーブルに置く。
「確認させて頂きました。メリッサ様、Bランクの<クレリック>ですね、失礼ですが手に触れさせて頂きます」
職員はメリッサの手を取り、目を瞑る。
薄く燐光を放つ姿はもう見慣れた魔素量確認の儀式だ。
「はい、確かに十分な魔素が貯まっていますね。こちらへどうぞ」
こちらに背を向けて先導する男性職員について行くと見慣れた祭壇があった。
<ベティラード>の時の様に一つではない、合計三つの祭壇だ。
案内されるままに中央の祭壇に横になる。
「ではご準備は宜しいですか?」
「ああ、宜しく頼む」
短い問答の後、メリッサは目を瞑り男性は謳い上げる。
メリッサの体から魔素が吹き上がり、色を変えながら体に吸い込まれていく。
何度見ても幻想的な光景だ、この世の物とは思えぬほど美しい。
だがそんな時間もすぐ終わる。魔素を全て吸収した後、光を放っていた祭壇もその活動を止めた。
「終わりました、<クルセイダー>への転職。おめでとうございます」
「「おめでとう!」」
と、立ち上がったメリッサの様子がおかしい。呆、としている。
ゆっくりと祭壇を降りてくる姿は亡者のようだ。
階段を降りきったメリッサは唐突に膝から崩れ落ちた。
慌てて近くに寄る三人だったがそれはメリッサの声によって遮られた。
「ウウウ……オオ……グ、アアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
メリッサは顔を両手で覆い、猛獣の断末魔の様な大絶叫をした。
何度も石畳に頭を打ちつけ悶絶している。
石畳は割れ、メリッサの額からも血が噴出す。
どう考えても異常だ、デイジィは慌ててメリッサの元へ、アンジェは職員に詰め寄った。
「メリィに何をした!」
「ち、誓って何もしてません!普段通り転職の儀をしただけです!」
「じゃあ何なのよ、これは。メリィに何があったのよ!」
そこでメリッサの絶叫を聞いたもう一人の職人が駆けて来た。
「何があったんですか!?」
「分からない、分からないが神官様を呼んでくれ。何かがおかしい!」
「分かりました、すぐ行って来ます!」
デイジィは懸命にメリッサを止めようとするが彼女の力ではそれも叶わない。振り払われてどうすればいいか分からない、悲しげに顔を歪めるだけだ。
5分程経っただろうか。段々声は小さくなり、蹲りながら唸り声をあげていたがそれも止んだ。
神官が神官見習いを連れて駆けて来たのはメリッサが完全に気を失い、動かなくなった所だった。
素早く脈と呼吸を確認した神官は頭を極力動かさないように担架に乗せて運び始める。職員と神官達、4人がかりの作業だ。
アンジェとデイジィは力が足りない為付き添うだけだ。額が割れ、血涙が流れた跡を残したまま気絶するメリッサは見るからに痛々しい。
――何がどうしてこうなった。ここにいる全員の気持ちだが答えてくれる人は居ない。
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「何が起きたのですか」
とりあえずの応急処置をしたメリッサの隣で立ち会った方の職員とアンジェ、デイジィが神官に質問された。
「分かりません、何時も通りに転職の儀をしただけなのです。そしたら急に叫んで頭を打ち付け出して……。」
「血涙を流した跡がありますが、何か心当たりはありますか」
アンジェとデイジィは肩を跳ねさせた、何故気付かなかった!そうだ。メリッサが普通の人と違う所はそこしかない。
職員に席を外すように言うと、職員は立ち上がった。
「分かりました。自分は神殿の方に居ます、何かあったらお呼びください」
パタリ、と職員が出たのを確認してアンジェが口を開いた。
「彼はその…先祖返りなんです」
「先祖返り…身体的特徴は見えませんが何の先祖返りなのでしょうか」
「巨人族……サイクロプスで間違いないと言われました」
神官は目を瞑り考え込んだ。
「巨人族の先祖返り……初めて聞きますが、成る程。そうですね、過去の事例と合わせて予想は付きました」
神官は語り始めた。
転職をは人間としての位階を上げる行為、そして位階を上げるという行為はその人の「はじまり」に向かうという事なのだ。
先祖返りが転職する事によって痛みを伴って耳や尻尾が生えたりした、というのは珍しい話だが過去に例があるらしい。
今回の場合、メリッサは巨人族…一つ目巨人の先祖返りだ。
本来なら一つ目の筈、それが不完全な形で血が発現し、目が二つあるという事で体が拒絶反応を起こしたのではないだろうか。と言って神官は気を失っているメリッサの目蓋をそっと開いた。
アンジェとデイジィは息を呑んだ、さっきまでは確かに両方とも黄金色だったのに左目の色素が明らかに薄くなっている。
「<皇国>にならば資料があるかもしれません、資料をこちらに送れるように私の名前で手紙を出しますが宜しいですか?」
「え、ええ。お願いします」
「分かりました。これで私は一旦失礼しますが、彼が目覚めるまでここは使ってもらって構いません。そして出来るだけ一人は傍についてあげてください」
「ありがとうございます」
「お手数おかけしました」
アンジェとデイジィは深く頭を下げた。
二人は気を失っているメリッサの頬をそっとなでた。
怪我をしても無言で我慢するメリッサがあれだけの声を上げて苦しんでいたのだ。想像するだけで涙が出た、痛かっただろう、苦しかっただろう。
何もしてあげられない自分達がどうしようもなく無力で、悔しかった。
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メリッサが目を覚ますまで丸三日の時間を要した。
宿に数日戻らない事を伝え、二人は教会で生活する事にした。
昼はアンジェ、夜はデイジィ。二人は懸命に世話をした、怪我の手当て、体を拭き、下の世話まで。
そして三日目の夜、やっとメリッサの目蓋が開いた。
「…?ここは……」
「めりーくん!大丈夫?頭痛くない?」
「…デイジィか、僕は確か転職しに来て…痛ッ」
「無理して起き上がらないで、そのままでいいから聞いて」
デイジィはあれからの事を話した。
転職が終わってすぐ倒れた事や神官の憶測、もう倒れて三日以上経っている事。
「先祖返りもいい事ばかりではないな…デイジィ、アンジェを起こしてくれないか」
「分かった」
デイジィがアンジェを起こしている間に辺りを見回して確認する。
寝起きのいいアンジェはすぐにメリッサの元まで駆けて来た。
「メリィ!心配したんだから!」
「すまない、アンジェ。デイジィもすまない」
「そんな事より自分の体を心配してよ……」
「めりーくんがこうやって無事に目を覚ましてくれたんだからいいよ」
メリッサは一息ついて自分の見えてるものについて口を開いた。
「…これは一時的な物なのか…いや、話を聞くに恐らく永続的な物だろう…右目が異様によく見える、今は夜の筈なのに部屋の隅々まで見えるんだ」
今は夜で部屋には明かりがない、月明かりがメリッサを照らしているだけだ。アンジェとデイジィが見回してみても部屋の隅どころか月明かりの届いていない所はロクに見えない。
「そのかわり…左目はほとんど見えない、なのに右目は左側まで見える…僕の顔はどうなっている?御伽噺の巨人のようになってしまっているのか」
「そんな事ないよ、ちょっと待って <灯りよ>」
「左目の色が変わっているだけで、顔は元のままよ」
「ああ、そうか。安心した…見た目まで怪物になってしまったらどうしようかと思ってしまった」
「大丈夫よ、そうなっても私達は貴方の傍に居るわ」
「そうだよ、目が一個だろうが十個だろうがめりーくんはめりーくんだもん」
僕は幸せ者だな、もう少し休ませてもらう。
そう言ってメリッサは目蓋を閉じた。
アンジェとデイジィもソファで休む事にした、この三日間気を張ってばかりだったのだ。
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翌日、神官に礼を言って三人は宿へと戻った。
主人は心配してくれたが大丈夫だと言って部屋に戻る。
メリッサは左目を閉じたままだ、両目を開けていると気持ち悪くてしょうがない。頭の傷はもう自分で癒してある。
「メリィの事もあるし、少しの間休みましょ」
「賛成、というか忘れてたけどめりーくんの転職って実際成功したの?」
デイジィの言葉にハッとして拳を握る。立ち上がって虚空を殴りつけると空気が悲鳴をあげるような音がした。
「劇的な変化は無いが確かに前より地力が上がっている……と思う」
「そんなメリィに確認手段、ちゃんと買っといてあげたわよ。<自然治癒>に<解毒>、<聖なる盾>の魔道書、休んでる間に読んで頂戴ね」
「ぐ……むう、分かった…読む、読ませてもらう…」
そこまで嫌な顔しなくてもいいのに、アンジェとデイジィは四日ぶりに笑顔を見せた。




