6話
鶏の鳴く声がする。
ああ、早く起きなければ朝飯にあり付けない。
起き上がろうともがくが地面が柔らかくて起き上がれない。
ガツン、と硬い物に頭をぶつけてようやっと目が覚めた。
ぶつけたのは剣の柄、自分はメリッサ、昨日名づけてもらったのだ。
ここは宿屋で柔らかいのはベッド、朝飯の心配はいらない、用意してくれると昨日言っていた。
6人泊まれる大部屋だが自分以外は誰も泊まっていない。
ここは所謂中堅の宿屋でここに泊まる様な冒険者は大体個室を取るそうだ。
昨日もらった平服に着替えて部屋から出ると薪の束を持った宿屋の娘と鉢合わせた、これから割りに行くらしい。
ふと考える、昨日アンジェから教わった「一宿一飯の恩義」を少しでも返すいい機会ではないだろうか。
幸いにして薪割りはスラム生活時代に経験があるし、昨日生まれて初めて満腹になるまで食べたので力は漲っている。
その旨を伝えると娘は慌てながら
「冒険者様にそんな雑用をさせる訳にはいきません!」
なんて言う物だから、昨日まで自分はスラムの住人だった事。
「一宿一飯の恩義」を返したい、と少ない語彙から言葉を引き出してなんとか説き伏せる事が出来た。
娘と共に宿の裏の薪割り場に行くとまだ割ってない薪が山ほど詰んである。
少女が持ってきた薪割り用の斧が余りに軽すぎたので、亡くなった父親が使っていたという大斧を借りてきた、少女がひっぱってもぴくりともしなかった大斧を片手で持ち上げると少女は歓声を上げた。
スコン、スコン。
汗で汚すといけないので平服の上着を娘に預けて、テンポ良く薪を割っていると顔を赤くしたおっかなびっくり少女が話しかけてきた。
「あ、あの私マリーって言います!冒険者さんのお名前はなんですか?」
昨日まで名無しだったメリッサはしかし、堂々と。
「メリッサだ、昨日アンジェに名付けて貰った」
スコン、スコン
それからしばらく薪を割りつつ雑談を楽しんだ、マリーはアンジェリカに憧れている事や、年齢の話、同年代の男の子がやんちゃで困ってる等。(メリッサが同年代と知るとマリーは驚いていたが。)
もっぱらマリーが話を振ってメリッサが言葉少なく返すだけだったが、メリッサにとっては十分な進歩だった、また話相手をしてほしいと伝えるとマリーは喜んで!と顔を赤らめて大きく返事をしてくれた、ころころと表情を変える彼女と会話するのは楽しい、そう思えるだけでまた一歩人間らしくなれたのではないだろうか。
そうこうしていると女将がマリーを大きな声で呼んだ、厨房で使う薪を持って来いとの事だ。ここまで付き合ったのだから、と平服を返してもらい薪の束を纏めて持つとマリーと共に厨房へと向かった。
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「いやぁ助かったよ、なんせこの子非力だから薪割るのもとろっちくてね」
アンジェと一緒の席で昨日に続きうまい朝食を味わって食べていると女将が礼を言いにきた。
傍にはマリーもいてぺこぺこと頭を下げている。
「僕の薪割りがこの旨い食事の一助となれるなら光栄です。」
それに「一宿一飯の恩義」ですと得意げに胸を張るとテーブルの下から鋭い蹴りが飛んできた、痛くはないが驚いてスプーンを取り落とす所だった。
「昨日まで無知無学だった乞食が賢しげにしちゃって!」
アンジェの凶行を女将はどう受け取ったのか、邪魔してごめんよ。と言い笑いながら厨房へ引っ込んでいった。
しばらく無言でむっすりと朝食をぱくついていたアンジェだったがメリッサが先に食べ終わったのを見て。
「今日は防具採寸してから武器訓練所へ行くわよ」
武器訓練所とは自分に合った武器を合わしたり、習得したスキルの反復を行えるギルドが運営する施設らしい、確かに今の自分の武器は試験を受けるために冒険者から適当に剥いだ片手剣と丸盾である。自分に合った武器を選んでおけば金が溜まった時にすぐ買えるだろう、武器の相場は大体銀貨8枚から15枚程度という話だが、駆け出しの冒険者でも手堅く稼げばすぐにそれくらいは手に入るらしい。
銀貨1枚が銅貨100枚であるから銀貨8枚は一日働いて銅貨5枚(食費で3枚消費)のスラム時代の160日分、食費込みで計算すると実に400日分の稼ぎである。
経済格差に眩暈がしたがこれからは稼げると考え直して心の均衡を保った。
一方防具であるがこちらは驚くほど安い、勿論良い物は高いのは常であるが、駆け出しが付けるレザーアーマーは低級モンスターのレッサーボアと呼ばれる猪の皮を切り取って鋲で打っただけの物であるので銀貨1枚もあれば足りる。
何故武器と防具にこんな開きがあるかというと、防具は最低限身を守るだけあればいいが武器がナマクラだとモンスターの皮を貫けなくてまったく倒せなくなる、という簡単な理由なのだ。
武器に投資すればする程狩りのペースが上がり金銭的な効率も良くなる、とはアンジェの弁である。
そんな話をしているうちにアンジェが食べ終わったので出発する事にした。
先程の会話にまだ腹を立てているのか、数度足を蹴っ飛ばされながらだが。




