幕間~家族サービス~後編
「ぐうう……頭が割れる……」
メリッサは亡者のような声に思わず飛び起きた。
となりのベッドだ、恐る恐る見るとデイジィが頭を抱えて唸っている。
「二日酔いよ、せっかく今日は私が起こそうと思ったのに」
枕元にはアンジェが立っている、不満げに頬を膨らませる姿は見た目相応で愛らしい。
昨日のデイジィとは違い、既に髪を下ろして外に出る準備を済ませている。
白いトップスに青と白のストライプのスカート、いつもの戦闘服と似た組み合わせではあるがイメージはまったく異なる。
「おはよう、メリィ。今日は私の日よ、なるべく早く準備してね」
「ああ、おはよう。すぐ支度するからロビーで待ってて欲しい」
分かったわ、といってアンジェは部屋を出て行った。
余所行きの服は無いので昨日と同じ組み合わせの服を着こむ。
相変わらず唸り声を上げているデイジィが気になって水差しを片手に傍によった。
「水飲むとなんか吐きそうだからいい、それよりも気をつけていってきてね」
「ああ、デイジィもお大事に」
布団をかぶりなおして再び唸り声をあげるデイジィ。
こちらの心配をする余裕があるなら大丈夫だろう、そう判断して唸り声を背に部屋を出た。
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「予定はあるのか?」
軽く朝食を取って街へと出た二人は他愛も無い話をしながら歩いている。
「とにかく色んなお店で買い物して夜は夕食までに宿に戻るつもりよ。最初に冒険者関係のお店を巡ってから服屋と雑貨屋は最低限寄るとして…後は目についたお店とか露店を冷やかす予定」
成る程。アンジェらしい健康的なデートプランだなとメリッサは思った。
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まずは魔道具屋。
「新しい杖欲しいんだけど…今のまだ使えるし良いのはやっぱ高いのよね」
メリッサは近くにあった杖を1本手に取るとその金額に驚いた。
「この棒1本で金貨50枚か……」
魔法の媒体となるものは良い物程劇的に高くなる、王都の店で店頭に並ぶようなのは基本的に最高品質のものばかりだ。
金貨50枚もあれば王都に小さな家が建つだろう。
王都にいる冒険者というのは基本的によく稼ぐ、その冒険者相手に商売をするのだから武具の値段は高くなるのは当然である。
冒険者側も命を金で買うつもりで装備を揃えるので可能な限り金をつぎ込むのに不満はない。
王都の経済は主にそうやって冒険者とそれを支える商売をメインに回っているのだ。
「次行きましょ、今は大きい買い物できないわ」
だが今はお金を貯めている期間である、それぞれに渡されている小遣い以上の買い物は出来ない。
次に服屋。
「これと、これと…これもかわいいわね。メリィ、こっちはどう?似合うかしら?」
次々に服を手に取り、合わせながらどうかと問うて来る。白と青ばかりの洋服だ、気に入っている色なのだろう。
「ああ、似合うとも。アンジェは綺麗だからな、何を着ても似合う」
「ふふ、ありがと。後でメリィのも見繕ってあげるわね」
余所行きの服を持っていないのでアンジェのセンスに任せていくつか選んでもらう、大衆用の服屋なのでどれも手ごろな値段のものばかりだ。
自分の体格に合う物が無かったので気に入ったデザインで新しく注文し、アンジェの分の調節も頼んで一旦外に出た。
一週間後くらいには出来ているそうだ、楽しみである。
次は目に付いた小物屋に入る。
「がっちりした男の人って結構アクセサリー似合うのよね、何かいいのないかしら」
「自分はこの首飾りだけで十分だ、アンジェの分を選ぼう」
五本の動物の牙に穴を開けて紐を通しただけの簡単な首飾りを撫でる、レフナークの子供達は元気だろうか。手紙を出すのもいいかもしれない、師匠に森まで走ってもらおう。
「私もアクセサリーは困ってないしいいわよ」
「なら用は無いな、出よう」
店主の冷ややかな視線を背に店を出た。カップルの冷やかし程腹が立つ物はない。
昼食を済まし、次に来たのは雑貨屋だ。
「エディ!来てあげたわよ!」
入るなりアンジェが大声をあげた、初めて効く名前だ。
「ああーアンジェリカさん…とお友達さん?、とりあえずいらっしゃいませ」
ご注文の品、出来てますよ。と階段を降りて来たのは中肉中背の穏やかなそうな青年だ。
「アンジェ、知り合いか?」
「そ。名前はエディ。昔魔法学院に居た時の同期でね、今は魔法に関わる道具作って商売してるわ。エディ、こっちがメリッサ。今のパーティメンバーで私の婚約者」
「うへ、アンジェリカさんって独身貫くと思ってましたよ。あ、僕エディです。どうぞよろしくお願いします」
「メリッサだ、よろしく頼む」
エディはちょっと待ってくださいね、と言ってカウンターの下から綺麗な箱を取り出した。
「こちらが注文の品です」
ぱかり、とエディが箱を開けると綺麗な編み紐が四本揃えて並べてある。
「ご注文通りに回復魔法に特化させた魔力媒体になります、サイズは見ての通りなのでメインとして使うには少し物足りないですが予備としては十分に性能を発揮してくれる筈ですよ」
「私は回復魔法使えないから…メリィ、ちょっと試してみてくれる?」
編み紐を1本受け取り、それを媒体として<初級回復>を唱えて驚いた。今までより遥かに魔力効率がいい。
「その顔を見るに良い物のようね、今の媒体は間に合わせの物だったからデイジィと相談して専用の媒体を注文しておいたの。これは貯金から出すから安心して頂戴」
「専用の媒体なんて物があるのだな、また帰ったら詳しく教えて欲しい。」
紐を箱に戻すとエディは既に商売人の笑みを浮かべていた。
「お値段ですが昔馴染みという事で大銀貨1枚(銀貨50枚)でどうでしょう」
「あら、もっと吹っかけてくるかと思ったのに。」
「ほら、そちらのメリッサさんにもまたご利用して欲しいですからね。初回サービスという事で」
「感謝する」
「まぁ安いに越した事はないわ、これ大銀貨1枚ね。また何かあったら寄らせて貰うわ」
「はい、毎度ありがとうございます」
編み紐の入った箱を受け取って店を出た。これがあればダンジョンの効率が更に上がる。
「アンジェ、ありがとう」
「いいのよ。パーティーの為、みんなの為ってね。しっかり体で返して頂戴」
「ああ、勿論だとも」
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「こんなデートで良かったのか?」
色々巡った後、少し疲れたので露店でクレープを買って座りながら尋ねた。
アンジェは小動物のようにクレープを頬張っている。
「いいのよ、好きな人と街を歩いて買い物する。昔からこういうのに憧れてたのよね、実際に自分が男の人と付き合うだなんて思いもしなかったけど」
「そうか、ならいい」
二人で人の流れを眺めながらのんびりと過ごす。時間がゆっくり過ぎているようだ。
確かにこれも一つの幸せな時間の使い方かもしれない。
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二人でのんびり座っていると突然大きな叫び声が響いた。
「誰かそいつを捕まえてください!」
咄嗟に声のした方を向くとローブを被った不審者が子供を脇に抱えて此方に背を向け逃げだそうとしている所だった。
白昼堂々、こんな人通りの多い所で誘拐?いや、そんな事を考えている場合ではない。助けなければ。
既に賊は裏路地に姿を消している。
「アンジェ、足場を!」
「分かったわ。地よ <隆起せよ>!」
アンジェの作った土壁を足場に家の屋根に飛び乗った。
幸いここら一般居住区の屋根は平屋根が多い、足場にできるだろう。
屋根から屋根へ飛び移る、体重のせいでたまに踏み抜いてしまうが気にしない、人命優先だ。
賊の逃げた方向に移動しながら懸命に探す。
いた、もう逃げ切ったと判断したのか。気絶して、ぐったりした子供を麻袋に入れようとしている。
そうはさせない、逃げ場を塞ぐように屋根の上から躊躇無く飛び降りる。
ズン、と地面が揺れた。
「白昼同道子供を攫うとは賊め、許さんぞ」
賊は一瞬驚いた風だったが無言で子供から手を離し即座にローブの中から武器を抜く、ナイフと短弓だ。
メリッサは判断する。ただの賊ではない、冒険者だ。レフナークのサヴァン殿と同じ<シャドウアロウ>系列の!
対して此方は武器が無い上に防具もつけていない、失敗した。昨日同様剣くらいは持っておくべきだった。
離れてはいけない、弓を使わせては駄目だ。
先手を取る為に地面を蹴る、予想していたとばかりに後ろに下がりながら1本目の矢が放たれた。
肩口に刺さる、しかし止まらない。この程度の痛みは慣れている――。
狭い路地裏だったのが幸いした、矢を一本放った所で手が届く距離に追い詰めた。
賊は弓を捨てナイフを握りなおし、こちらが殴りつけるよりも早く斬撃を放ってくる。
咄嗟に急所を庇う、一息の間に腕や腹を三度切りつけられた。血が流れる。
鍛えこまれた肉の壁のおかげで致命傷には至らない、しかし連撃は続く。
何度切りつけても倒れない。焦れた賊は一歩下がって心臓に向けて突きを放ってくる、それを待っていた――!
左腕にナイフが突き刺さるのを確認して筋肉で固める、ナイフを引き抜こうとして硬直した一瞬を見逃さない。足を払い、こけた所で素早くマウントポジションを取り、宣告する。
「好き勝手斬りつけてくれたな。本来ならその頭、カチ割ってやる所だが番所に突き出さねばならん、命は取らんから安心しろ。だが痛みを思い知れ――!」
拳を振り上げ一撃を顔面に見舞う。手加減した一撃だが、拳は賊の前歯を纏めてへし折り気絶させた。
ふう、と左腕のナイフを引き抜いて息を吐く。毒が塗られて無くてよかったものの体中血塗れだ、<初級回復>で癒しながら子供を探す。
いた、目が覚めたらしいが手足をロープで括られた上に布で口を縛られている。しかしよく見ると子供ではない、身長が低いからそう見えただけで顔つきは立派な青年だ。
ナイフを拾い、賊を引き摺りながら青年の下へと向かい、解放してやる。
「大丈夫か」
「こちらの台詞だ!そんな血塗れになってまで…我を助ける理由はあるまいに」
「救える命はなるべく救うと決めているのだ。それに痛みには慣れている、ここまで血を流したのは初めてだが」
「何にせよ感謝する、このまま攫われておったら大変な事になっていただろう」
「む……?そうだな、まぁ戻るぞ。連れの方の所にも行かねばならんし、こいつを番所に突き出さねばならん」
逃げ出さない様、ロープで手足を縛った賊を示しながら立ち上がる。
「……立てん、腰が抜けたようだ……」
メリッサは珍しく声をあげて笑い、自分の血で青年の服を汚さぬように麻袋ごと片腕で抱き上げた。
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「メリィ!」
先程の場所に戻るとアンジェが大声をあげた。それはそうだ、傷は癒したとはいえ服には血が滲んでいる。その状態で青年を片手に抱き上げ、賊を引き摺っているのだ、ここに来るまでにも随分と注目を浴びた。
「無事だ、手酷くやられたがもう傷は癒してある」
「無茶しちゃって…心臓が飛び出るかと思ったわ」
「仕方あるまい、賊が武器を持っていたのだ。それよりこの人の連れはどこにいった?」
「番所に兵士を呼びに行ったわ。今も兵士が探してる筈よ」
「ならば直接番所に行った方が早いな、こいつも突き出さねばならん」
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「ご無事でしたか!」
番所に着くと彼の連れが椅子をひっくり返しながら立ち上がり青年にしがみ付いた。
感動の再会をしているあちらはまぁいい。まずは賊を引き渡さねば。兵士に話しかける。
「宜しいか、こやつが彼を誘拐しようとした賊です。」
「おお、助かりました!あのお方がご無事でなければ我らの首が飛んでいた所です」
「む……?」
身なりのよさからてっきり商家の跡継ぎとでも思っていたがあの青年は想像以上に偉い人だったようだ。
未だに気絶している賊を兵士が引き摺って牢に入れに行くと入れ替わりに青年達が話しかけてきた。
「どうお礼を申していいのやら……真に有難う御座いました!」
「我からも改めて礼を言わせてもらう。……名乗るべきだな、我はラインハルト。この国の第一王子である」
メリッサとアンジェは慌てて椅子から飛び降り、片膝を付いて頭を垂れた。
社交界に出てこないが故にあまり特徴等を聞いた事が無かったのだ。
気品があるとは思っていたがまさか王族だったとは……。
「無礼な言動の数々、申し訳ありませんでした」
「よい、そなたは我の命の恩人なのだ。立ってくれ」
「そういう訳にはいきませぬ、御身はこの国にとって…」
「そういうのはよい…まぁいい。そのままでいいから話をするぞ。
…今回我を攫おうとしたのは恐らく帝国の手の物だろう、外交上の手札とする気だったのか、戦争を起こしたかったのかは分からんがそこは置いておく。とにかくそなたのおかげで助かった。礼を言うぞ」
「もったいなきお言葉です」
「ふむ…名前を聞いていなかったな、教えてくれるか」
「は、自分はメリッサと申します。こちらがアンジェリカ、共に冒険者をしております」
「ほう…冒険者か、刺客とやりあえたのにも納得がいったわ、何か礼をしたいが…欲しい物はあるか?」
「礼欲しさに御身をお助けしたわけではありません、強いて言うなら御身を助ける際にいくつかの家の屋根を踏み抜きました、それをなんとかしていただきたいのですが……」
「そういえば言っていたな、救える命はできるだけ救う。だったか、冒険者というのは欲深なものだと思っていたが認識を改める必要がありそうだ。
まぁいい、屋根の事は手配しておこう、案ずるな。
……しかし、これで我が姉上だったら物語のような話になったのだが、現実は微妙に上手くいかんものだな」
「王子様、迎えが参りましたのでそろそろ……」
「分かった…メリッサ、此度の事はあまり大きな声では言えん、お忍びだったからな。
だが我は命をかけて守ってくれたお前の事を忘れない、また何かあったら頼むかもしれん。覚えておいてくれ」
「は、承知致しました」
ではな、と王子は言って番所の前に留めてあった馬車へと乗り込んだ。
連れ…おそらく侍女だろう、彼女もこちらに深く頭を下げて馬車へと消えていった。
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「平和なデートの筈がとんでもない事になったわね」
宿に戻って血塗れ穴だらけの服を処分して風呂を浴びた後、夕食の席でアンジェは口を開いた。
「すまんな」
「謝る事じゃないわよ。現実的な話、王子に恩を売れたのは大きいわ」
話についていけないデイジィはキョトンとしている。
「え、何かあったの?王子とか聞こえたんだけど」
「ああ……デイジィは起こされるまで寝てたもんね。まぁ色々あったのよ、色々」
なんか置いてけぼりなんですけど、と頬を膨らませるデイジィを無視してアンジェは続けた。
「ところで今日のデートで聞くつもりだったんだけど……最近一緒にお風呂入ってくれないのは何でなの?」
「……後でデイジィに聞いてくれ」
同じ質問をするとは、やはり似てないようでどこか似ている二人だ。
メリッサは照れ隠しに顔を擦りながら思った。




