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鈍色のパラディン  作者: チノフ
二章~王都立身編~
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幕間~家族サービス~前編

「「家族サービスすべきだと思います」」


ある日、工房から帰ってきてからの夕食の席でアンジェとデイジィが目を合わせた後同時に口を開いた、心なしか怒っている…いや、不満げに見える。


「その心は?」


「せっかく婚約したのにダンジョンと工房に通ってるだけじゃない、もっと婚約者らしい事しましょうよ」


「最近一緒にお風呂も入ってないし……」


確かに思い返してみれば王都にきてから二人とは一緒にダンジョンには潜っても遊んだりはしていない。工房の人には申し訳ないが休ませてもらおう。


「分かった、何をすればいいか分からないがしたい事があるなら付き合おう」


「「やった」」


「実は計画練ってあるんだ」


「今度の連休、一人一日ずつもらってデートしようと思ってるのよ」


「私達って休日の過ごし方全然違うしね、たまにはめりーくんの事一日独占していい日があっていいんじゃないかなって」


「どっちが最初にするか随分揉めたけれど、結局コイントスで私が負けたわ」


「という事はデイジィが最初か、お手柔らかに頼む」


「へへ、楽しみだな」


「明日もダンジョン潜るんだし、早く食べて休みましょ。デイジィ、楽しみなのは分かるけどダンジョンでヘマしないでよね」


しないよ、というデイジィの顔は緩みきっている。


翌日工房に寄り、休みが欲しい旨を伝えてダンジョンに潜った。

デイジィが張り切りすぎて早々に魔力が枯渇したので戻ったが稼ぎ自体はいつもと大差無かった。




          ~~~




「めりーくん、起きて」


ゆさゆさ、と体を揺らされる。前もこんな事があったな、メリッサは呆とした頭でそう思った。

目蓋をゆっくりあけると目の前にデイジィの黒い髪が広がっている、前よりずっと近い、これが今の二人の距離だ。


「おはよう、デイジィ」


「おはよ、めりーくん」


お互い挨拶を交わす、メリッサがデイジィの服装を見るとまだ部屋着のままだ、今日は遊びに行く予定だったのでは。急に眠気が飛んだ。


「デイジィ、今日はデートすると言っていなかったか?」


「ああ、出発は夕方だから大丈夫だよ。お昼はめりーくんとだらだらするの、アンジェは明日の下見に行くって外行っちゃってけど、気を使わせちゃったかな」


「その分明日は楽しませるように努力する、だが今日はデイジィの時間だ。して欲しい事があったら言って欲しい」


だらだらするの、といってデイジィはメリッサの胸板に飛び乗った。


それから二人は横になりながら談笑した。普段はあまり自分から話題を振らないデイジィだが今日はよく喋る。


「所でめりーくん、ひとつ聞きたい事があるんだけど」


「なんだ」


「最近一緒にお風呂入ってくれないのはなんで?」


「む……」


それはメリッサの最近の唯一といっていい悩みだった。

答えていいものか、自分の長くなった髪を撫で付けながら考える。

恥ずかしいが言ってしまおう。これも誠意だ。


「自分を……」


「自分を?」


「…自分を抑える自信が無くなって来たからだ」


一瞬キョトン、としたデイジィであるが理解したのか、耳まで真っ赤にした。


「僕だって年頃の男なんだ、性欲くらいある。最近強まってきて困っているくらいだ」


「う、うん…なんか、ごめん。そうだよね、忘れがちだけどまだめりーくん16なんだもんね」


「宿の主人に相談したら娼館に行けと言われたが、それは二人を裏切るような気がして行く気にならなかった」


「……いままで言わなかったけどAランクになったらさ、家名を与えられて準貴族みたいな扱いになるんだよね。これは有力な冒険者を他国に流れないようにする政策なんだけど、そうなったらちゃんとした形で結婚出来るし…それまで我慢して、私も我慢する」


「何故それを……いや、言ってしまったら僕が急いでしまうからか」


「うん…」


「ダンジョンで気を抜く事の危なさはもう十分に理解した、今更無茶はしないと約束するが、しかしAランク、Aランクか…また目指す理由が増えたな」


「急ぐ必要はないけどがんばろ、私達ならきっとすぐになれるよ」


「ああ、がんばろう」


二人は一旦談笑を止め、目を閉じた。外の喧騒が遠くに感じる、成る程。デイジィが普段宿で休んでいるのも分かる気がした、心地が良い。




           ~~~



日が暮れ掛けはじめたので二人は準備する、デイジィは色こそいつもと同じだが余所行きの赤い刺繍のついた黒いワンピースに、メリッサはぴっちりとしたシャツにスラックス、首にはレフナークの子供達からもらった首飾りとギルドカードが揺れている。


「一回夜にも行きたい酒場があるんだけど、チンピラに絡まれるのが嫌であんまり夜の街へは出なかったんだよね。手加減できるような魔法なんてないし」


だから今日も守ってね。とメリッサの髪を括り終えて言うデイジィ、ならば丸腰は良くない。最近出番の無かった片手剣(シミター)を剣帯ごと腰に付けメリッサとデイジィは夜の街へと繰り出した。




            ~~~



デイジィに案内された酒場はいかにも雰囲気の良い、洒落た店だった。

扉を開けるとカラン、といかにも高価そうなベルが揺れた。

カウンターが五席にテーブルが二つの小さな店だが、どの家具も磨きこまれて鈍い光を放っている。

此方に気付くとコップを磨いていたマスターが口を開いた。


「いらっしゃいませ。おや、デイジィ様。夜に来るのは初めてですね」


「今日は守ってくれる私の騎士(ナイト)様がいるからね」


二人はカウンター席に座るとマスターの正面に来る形になる、メリッサはこういう酒場は初めてだ。おのぼりさんの様に視線をあちらこちらに飛ばしている。


「んー…私は適当に強い奴でこっちの人には度数低いのをお願い、めりーくん、最初の一杯だけ付き合ってね」


畏まりました、とマスターは言うと壁に大量に並べてあるうちから2本を手早く取ってグラスに注ぎ始めた。


「む……まぁ一杯だけなら大丈夫だろう」


コトリ、と二人の前に置かれたグラスの中身は琥珀色が美しい酒だ。

デイジィとメリッサはグラスを手に取ってカン、とグラス同士をぶつけた。


「乾杯」


「ああ、乾杯」


少し呷るとスルリ、と喉を下っていく。初めて飲む高級な酒にメリッサは驚いた。


「何か摘める物をご用意しましょうか」


一息ついたのを見てマスターが口を開いた。


「私はいつのも干し肉をお願い、めりーくんは?」


「む…何を頼めるのか」


「裏のキッチンに嫁が居ますので軽い物でしたら作らせましょう」


「なら蒸かしたジャガイモにバターを塗った物を頼む、好物なのだ」


マスターは少しキョトン、とした後少し笑った。


「失礼しました、実は私も好物なのですがね。お客様に少しミスマッチしていたので」


「こら、私の旦那様にケチをつける気?おかわりお願い」


デイジィの飲むペースは速い、まだ夜は長いのに。


「おお、デイジィ様に良人がいらっしゃったとは、失礼しました」


「メリッサだ。正式な婚姻は結んでないからまだ夫、とは言えないが。彼女と一緒に冒険者をしている。酒には滅法弱いから余り来る事は無いと思うがまた彼女と一緒に来るかもしれない。宜しく頼む」


「これはご丁寧に、私はこの小さな酒場の主人です。皆様からはマスターと呼ばれております。少しお待ちください、嫁に作る様に言って来ます」


何時の間に注いだのだろうか、デイジィの前にコトリとグラスを置いてマスターは裏へと一旦引っ込んだ。


「デイジィは酒が好きなのか?」


「うん。アンジェはあんまり飲まないし、めりーくんはだめだめだから宿ではあんまり飲まないけど、たまにこういう酒場にきて飲んでるよ」


「…弱いのは体質だ、我慢して欲しい。その代わりたまには付き合おう」


「やったね。よーし、今日は潰れるまで飲むぞー。歩けなくなったら運んで帰ってね」


「お安い御用だ」


二人が二度目の乾杯をしているとマスターが戻ってきた、片手には干し肉の乗った皿が載っている。それをデイジィの前に置いた。


「お二人は仲が宜しいのですね」


「らぶらぶだよ。マスター、今日は潰れるまで飲むからあんまり高くない奴ボトルで頂戴」


「僕はアルコールの入ってないのを頼む、僕まで潰れてしまってはデイジィを運ぶ役が居なくなってしまうからな」


畏まりました、と言うマスター。

その後もジャガイモや干し肉を肴に飲みながらマスターを交えて談笑していると時間は矢のように過ぎていく、結局店を出るまで他の客は来なかった。




            ~~~



完全に潰れたデイジィを背負って宿に帰ってきたのは22時を過ぎた頃だった。

帰りを待っていてくれたのか、アンジェは宿のロビーで本を読んでいる。


「おかえり……って凄いお酒の臭いね、デイジィダウンしちゃってるし」


「ああ、ただいま。酒場でとにかく大量に飲んでたからな。とりあえずデイジィを休ませてくる」


部屋に戻り、デイジィを布団に乗せるが首にまわしている手を離してくれない。半分以上寝ている筈なのだが……




「へへ、今日はありがと。大好きだよめりーくん」




とろけた様な笑みを浮かべたデイジィは軽く啄ばむ様なキスをメリッサの頬にして今度こそ完全にダウンした。





 

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