2話
鎧下を着込み、メイルを頭からかぶり腋の下の留め具を締めていく。
次にプレートベルトと呼ばれる腰部分を巻き、腰のベルトをしっかり締めて、上のメイルから垂れ下がっている留め具に外れない様固定する。
厚手の靴下の上からグリーヴを履き、腿の部分でプレートベルトと連結させる。内側にずれ難い様に柔らかめの皮を詰めてあるガントレットを手伝ってもらいながら嵌めて、最後に後頭部に馬の尻尾のような飾りのついた兜を被り、腰に弓と剣、矢が20本程入れてある矢筒を提げ、左手には大盾を固定し、背中には先端部分に革の鞘を嵌めてある斧槍と投槍を引っ掛けてやっと準備完了だ。
全身鎧は装備するだけで重労働だな、アンジェとデイジィに手伝って貰ってやっと装備し終えたメリッサはそう思った。
誤差を修正してもらった鎧を受け取って必要な日用雑貨を揃えたのが昨日、今日は予定通りダンジョンに潜る日だ。三人の初めての連携でどこまで通用するか、未知数ではあるが試してみなければ分からない。
先に朝食を食べてから鎧を着込み、三人は出発した。
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「おお……」
ギルドに一旦寄って、ダンジョンに潜る旨を伝えてから東近くの開けた場所にある馬車の乗合所に着くと、そこはダンジョンに向かう冒険者と馬車でごった返していた。初めて見る光景に思わずメリッサは声を漏らす。
<ベティラード>より遥かに冒険者人口の多い王都では馬車が大量にダンジョンと王都を行き来している。
三人は目的のダンジョンに向かう馬車に乗り込んだ。
馬車の椅子に座れない為、一旦盾と槍を外したメリッサはこれから向かうダンジョンについて書いてある冊子を両手で広げた。
出てくるモンスターと傾向が大雑把に書かれている。
オーク、人型のモンスター。大柄の成人男性程度の体長で力が強い
剣、弓、杖を持った種類が存在する。
……以上。
「アンジェ、今から行くダンジョンにはオークしかいないのか?」
「そうよ、とにかくオーク、オーク、オークで飛びぬけて強く無い代わり、数が凄いわ」
「稼ぎ場としては優秀」
「そうか」
冊子を閉じて元あった場所に戻した。
なんてシンプルなダンジョンなのだろう。
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到着すると一旦番所にギルドカードを見せ、潜る。
今までの迷路のようなダンジョンではない。視界は開けている、天井は高く、人工物であったであろう割れた石畳、簡素ではあるが建物のような物まで見える。
元々此処は何の遺跡だったのだろうか、しかしそんな考察をさせてもらえる時間はもらえない。
前方から剣を持ったオークが二匹、こちらに向かって疾走してくる。兜のバイザーを下ろすと臨戦態勢に入った。
動きが予想より速い、二人を庇える位置に動き、スパイクを突き立て自身を地面に固定する。
直後、オークの体当たりが大盾越しに響いた、力も強い。今まで潜ったダンジョンとは違うのだ、意識を改めねば。
盾で押し出し槍斧を振るう、今までであればこれで終わる、しかしオークは飛びのいて避けるではないか。
涎を散らして此方を哂っているのだろうか、分からない言葉を発している。
「メリィ!下がりなさい! 水よ 地よ <沼となれ>!」
下がったのを確認してアンジェがオークの足元を沼に変える、ありがたい。
動きの鈍ったオーク目掛けて斧槍を頭上より振り下ろす、が、手に持った剣を曲げながらも逸らされる、ソロの時の癖が抜けていない、咄嗟に自分で倒そうとしてしまう。今はパーティだから機動力を奪うだけでいいのだ。
意識を切り替えた後は早かった、オークの顔面向かって突きを放つ、避けられるのは想定内だ、引き際に斧の部分を首裏に引っ掛け引っ張る、つんのめったオークの左膝にグリーヴの踵で正面から蹴りを入れる、ゴキリと骨の砕ける音がした。
これでこちらのオークはいい、もう一匹のオークに視線を向けると沼を抜け出していた。視線は既にアンジェの方を向いている。
駆け出そうとした二匹目のオークの足元目掛けて独特の歩法で槍斧をくるりと遠心力を加えて叩きつけた、腰布が翻る。さすがに力を余分に込めて振るった甲斐はあった。片足は切断され、完全に突っ伏したオークの姿がある。
「<召喚> <血の槍>!」
デイジィの魔法が発動すると先に機動力を奪ったオークが太い、真っ赤な槍に貫かれて絶命する所だった。
「炎よ 炎よ <燃え尽きろ>!」
こちらはアンジェの魔法だ、炎の固まりが飛び、着弾したオークは火達磨になりながらもがいていたものの、数秒後沈黙した。
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「すまない」
魔石とオークの牙を麻袋にほおりこんでメリッサは二人に謝った。
自身の慢心のせいで二人を危険に晒す所だったからだ。
「最初であれだけできれば十分よ、でも今までと違うって分かったんじゃない?」
「少し有頂天になっていたようだ。以後気をつける」
「んじゃ先にすすも」
「ああ」
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それからは連戦に次ぐ連戦だった。
出番はないかと思っていた投槍と弓であったが十二分に役に立った。
メリッサにとって一番の破壊力を誇る投槍は投擲までに時間がかかるが、不意をついて打ち込めば確実に一匹は戦闘不能に出来たし、魔法使い型のオークは首を射抜いてやると何も出来なくなる。勿論毎回上手くいくわけではないがそれでも矢が尽きるまでしっかり仕事はしてくれた。
今度は大所帯だ、合計五匹のオークがこちらに向かってきている。
途中で盾のスパイクも武器になる事が分かった、地面に突き立てるときにオークの粗末な靴で覆われた足の甲を貫く、至近距離で剣を振るわれるが鎧で受け流す、鎧の恩恵は大きい。
奥を見るとオークの魔法使いが詠唱を完了しようとしている、単純な魔法なのか、彼ら独自の魔法だからなのかは分からないが基本的に敵の魔法のほうが早い。足ごと貫いていたスパイクを引き抜き、魔法使いオークと後衛二人の射線に自身を割り込ませる。
直後、炎の魔法が大盾に直撃するが大した事はない。その後もこちらを狙ってくる矢が飛ぶが盾と鎧で弾く。数秒後、詠唱が終わったアンジェとデイジィの魔法が炸裂し、五匹のオークは灰燼に帰した。
今日の一番の収穫は距離だ。最初は一番前で受け止める事を考えていたが、実際は一番前から後衛二人の位置までの間に足を止めればいいのだ。
機動力さえ奪ってしまえば自分単体でも殺傷は十分可能だ、無論纏めて魔法で殲滅した方が早いのは当然であるが。
「やっぱり前衛が安定してると楽でいいわぁ」
日が暮れかけている。帰りの馬車の中でアンジェは呟いた。
「今日は粗末な動きを晒してしまった、すまない」
「めりーくんは前衛のいない魔法使いがどれだけつらいか知らないから言える」
「近づかれたら駄目、弓矢で射られても駄目、勿論魔法が直撃なんてしたら……考えたくもないわね」
居てくれるだけで十分助かるのよ。というアンジェにメリッサは安堵した。
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ギルドに帰還報告と清算をして宿に戻った頃にはもう外は暗くなっていた。
「おお、おかえり。飯はできてるぜ」
相変わらず毛むくじゃらの主人が迎えてくれる。
部屋に戻り、初めて実践で使った鎧を冊子の通り手入れしてプライベートボックスに仕舞った後食事をして風呂に入り、ベッドに横になった。
目を瞑ってメリッサは今日の戦闘について思い出す。当分あのダンジョンの世話になるだろう。一日のダンジョンで随分と多くの事を教えられた。
師匠は戦い方を教えてくれたがパーティーでの動き方は教えてくれなかった、というか教えれなかったのだろう。あの人はほとんどソロで潜っていたのだから。
これから実践で慣れていけば良い。そう思い眠りの闇に落ちていった。




