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鈍色のパラディン  作者: チノフ
一章~駆け出し冒険者編~
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30話

呆、と意識が浮上する。相変わらず朝は苦手だ。

たっぷり5分かけてやっと体を起こす。

ああ、夢?なんて思って左手を掲げると、そこには朝日を反射して煌く指輪が嵌っている。

夢じゃない、一気にデイジィの眠気は吹き飛んだ。

そうだ、夢じゃないんだ。嵌った指輪を右手でさすってにへら、とだらしない笑みを浮かべた。


  

             ~~~



ギルドでの出来事の後、一夜明けても未だに夢かと思う。

奥手だと思っていた彼の思わぬサプライズプレゼントだった。時計を見るとまだ早い時間だ、たまには私がアンジェを起こそう、部屋を出て隣の部屋へと向かう。


ドアをノックして返事が無いのを確認してから扉を開けると。


「アン・・・ジェ?」


かつて見たことの無いだらしない笑みで指輪を光に透かしている親友の姿があった。


「アンジェ、ちょっと乙女にあるまじき顔してるよ。」


自分の事を棚に上げて声をかけると肩をびくりと跳ねさせてアンジェがこちらを向いた。


「デ、デイジィ。ノックくらいしてちょうだい。」


「ノックしたよ、反応なかったの。どうせ夢じゃなかった~なんて考えてたんでしょ。」


「なんで分かるのよ。」


「私もそうだから。」


「・・・。」


「・・・。」


「やめよ、一緒にめりーくん起こしにいこ。」


「そうね。」


二人は姉妹同然に育ったが、こんな所まで似るとはお互い思っていなかった。




           ~~~



普段の三割増しで優しくメリッサを起こし、朝食をつつきながら今日の予定について聞くと。


「今日は何の用事かは聞いてないが師匠に呼ばれている。」


「なら私とデイジィは持っていく荷物纏めておくわ。」


年頃の女性はとにかく荷物が多い、必要な物とそうでない物を分けなければならない。要らない物は捨てるかマリーにでも押し付けるかして整理せねばとてもじゃないが馬車に乗る量ではないのだ。

メリッサを送り出してから数日はかかるであろう大荷物に取り掛かる二人であった。




           ~~~





「おう、よく来たな。」


「やあ、メリッサ君。」


約束の時間通りにギルドへ来るとまだ包帯の残るマスターと3ヶ月間修行をつけてもらったレフナークのサヴァンが待っていた。ついこの間別れたばかりなのに随分久しぶりに感じる。


「おはようございます、師匠。サヴァン殿。」


「この馬鹿と君が本気でやり合ったと聞いてね、思わず森から出てきてしまったよ。」


氏族の皆には随分羨ましがられたがね、と言うサヴァン。


「まぁそういうわけで、だ。メリッサも成人した訳だし、3人で酒でも飲みに行こうかと思ってな。」


「まだ真昼間ですが・・・」


「硬ぇ事いうな、そもそも、だ。昼から酒飲んで遊ぶのは冒険者にとっちゃ常識さ。」


また師匠はでたらめを。というと思わぬ所から援護射撃が飛んできた。


「あながち間違いではないのだよ。ダンジョンに潜って数日息を抜いてまたダンジョンに潜るのが最も効率的なんだ。

連続して潜ると事故に会う確立が高くなっていくからね、適度な休息はどの冒険者も取っているよ。」


良識ある方の師匠にそう言われるとぐうのねも出ない。


「て訳で行くぞ、今日は冒険者の息の抜き方って奴を教えてやる。」


「私は街には詳しくないからな、場所はお前に任せよう。」


楽しげに会話する己が師匠たちにとって、自分の意思は既に関係ないのだろう。着いていかざる終えなくなったメリッサの背中は、まるで牧場から市場へ売られていくかわいそうな子牛の様だったと、受付に座っていたニーニャは語る。




向かったのは初めて足を踏み入れる歓楽街の一角にある娼館だ。

慣れた様子で中に入っていくマスターとサヴァン、取り残されたメリッサは焦れたマスターに連れ込まれていった。


「あらマスター、お友達?」


迎えてくれたのは40を少し超えたくらいだろうか、真っ赤な髪の妖艶な美女だ。


「よう、ママ。こっちが昔からの友人のサヴァン、こっちが弟子のメリッサだ。」


「サヴァン・レフナークだ。余り森から出る事の無い田舎者だがよろしく頼むよ。」


今まで経験した事の無い空気に戸惑っているとマスターに肘で小突かれた、自己紹介しとけ。


「はい、師匠。自分はこの街を拠点に活動しているメリッサと申します、宜しくお願いします、ママさん。」


ママは妖艶な笑みを思わず消してキョトン、としている。一間置いてマスターが大爆笑した。


「この街を、拠点に、活動!お願いします、だってよ!」


ぐわははは!と大口を開けて笑うマスターに苛立ったメリッサはその頭を鷲掴みした。万力のような力を持って徐々に締め上げる。


「まって、まってくれメリッサ、悪かった、俺が悪かった。謝るから!ちょっと待て!割れる!頭割れる!」


反省したようなので離した、こめかみにはしっかりと指の跡がついている。

すると上品な笑い声でママが、無理やり抑えた風にサヴァンが笑い出す。


「こんなマスターはじめて見た!おかしいったらないわ!」


一頻り笑った後メリッサに話しかける。


「かわいそうなお弟子さん、何も知らされずに連れて来られたのね?

薄情なお師匠様に代わって私が教えてあげる、とりあえず席に座りましょ。フィーラ!リンコ!マスターとサヴァンさんのお相手お願い!」




            ~~~



「確かにここは夜は娼館だけど昼は酒場でもあるのよ。

勿論女の子と遊ぶ事も出来るけどね。

疲れた冒険者さん達を癒してあげるのが私達の仕事。」


「申し訳ない。初めての経験で緊張していたようです。」


「だぁめ、敬語なんて使ってると肩こっちゃうから無し。」


「・・・分かった。お言葉に甘えさせてもらう。」


「そっちの方が断然素敵よ。じゃあ改めて自己紹介、私はハンナ。この館のオーナーをしているわ。」


「メリッサだ、先程も言ったが冒険者で、あの二人に師事していた。」


「お弟子さんって事はあのマスターに勝ったんですってね。こっちにも噂が流れてきてたわよ。お酒、何か希望ある?」


「あまり度数の高い奴じゃない奴で頼む、まだ成人したばかりで酒を飲むのは2回目なんだ。」


「へえ、失礼だけど成人したてには見えないわ。歴戦の勇士って感じ。お酒、適当に持ってくるわね。」



一人残されたメリッサは思う、どうしてこんな事になっているのだ。




            ~~~



ちびりちびりと舐めるように飲んでいた筈が2杯目で既に頭がフラつく。いつのまにか隣にはハンナの他に女性が一人増えていた。マスターとサヴァンは向こうで楽しそうに会話している。マスターはともかく真面目なサヴァンがこういう場所を楽しめるのは意外だった。


「ちょっと、ラン。貴方今日は休んでるって言ってたじゃない。」


「だってママ、この子凄く好みなんだもん。窓から見えてビビっときちゃった。」


ラン、と呼ばれた茶髪の小奇麗な女性はメリッサの腿に手を乗せて言う。


「ねね、メリッサ君だっけ。盗み聞きしちゃったけど。君かっこいいね、包容力がありそうで凄く好み。」


「む・・・ああ、すまない。聞いていなかった。どうも酒とは相性がよくないらしい。」


「酔っちゃったのね、じゃあ休んでいく?お姉さんと楽しい事しちゃう?」


ピクリ、とメリッサの方眉が上がる、酔いが一気に冷めた気分だ。


「いや、悪いが将来を約束した女性がいるのだ。その人達を裏切る訳にはいかない。」


左手を翳すと昨日嵌めたばかりの指輪が光っている。

なーんだ、売約済みか。とランは興味を失ったように席を立った。


「ごめんなさいね、あの子人気はあるんだけど気分屋だから・・・。」


気分悪くしちゃった?とハンナが聞いてくるがそうだ、とは言えない。


「いや、気にしなくていい。それより夜は娼館になるんだろう。師匠達は・・・楽しそうなので水を差すのも悪い、僕だけ失礼しよう。会計を頼む。」


「マスターにつけとくから気にしなくていいわよ。よかったらまた来てね。」


「すまないがもうすぐ拠点を王都に移す予定なのだ。だから当分来る機会はないだろう。」


「もう、真面目さんね。私達みたいな商売女には嘘でいいからまたくるよって言っとけばいいのよ。」


メリッサは席を立ち上がり言った。


「僕は相手が誰だろうと嘘はつきたくないと思っている。今日は貴重な経験をさせてもらった、ありがとう。」


少しふらつきながら扉をくぐる大きな背中と大笑いしながら女の子の体を撫でているマスターを見比べてハンナは思った。

なんて似てない師弟なんだろう、と。



             ~~~



「と、いう事が今日あった。」


宿にふらつきながら帰ってきたメリッサは夕食の席で今日あった事を報告した。もうアルコールは抜けている。蒸かしじゃがバタは今日も美味しい。


「・・・この場合はどうなるの。」


「うーん・・・無理やり連れていかれたという事で無罪かしら。」


「でもプロポーズ翌日に別の女の人と遊ぶのは・・・」


「話の中ではきちんと断ってるし・・・」


アンジェとデイジィは食事を一旦中断して二人でボソボソと話している。

3分程で話し終えてメリッサに向き直った。


「判決は有罪。」


「でも今日一緒にお風呂入ってくれたら許します。」






「・・・いつもの事ではないか。」






 

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