28話
メリッサとマスターの激闘は終わってからが大変だった、両方とも巨漢である。運ぶだけでも数人掛かりとなる上に二人とも大怪我しているのだ、慎重に運ばなければならない。こっそり覗いていた冒険者や職員、一丸となって冒険者ギルドの一角に存在する、普段はほとんど使われない医務室に運び込めたのは闘いが終わって1時間以上経った後であった。
運び終えたら次は治療である、メリッサにしがみついて泣く二人は哀れにも非力故に簡単に剥がされて野次馬の最前列まで押しやられた。
金属鎧はあちらこちらが陥没していて正規の手順で外す事ができないので接続部を切断し、剥がして行く。地面に転がったそれを見て野次馬は慄いた、仮にも重鎧に分類されるそれが拳の形に陥没しているのだ。一体どれ程の力を込めて殴られたのか。
装備を剥がされた二人の体は裂傷と骨折、打撲痕だらけである。裂傷は度数の強い酒で消毒した後、<ビショップ>――<アコライト>系2次職、瞬間回復と支援に長ける――の女性が癒していく。骨折や打撲痕は<アコライト>系の回復魔法では障害が残る可能性がある為<ドルイド>の男性と交代した。自然と人体のスペシャリストである彼らは対象の骨の状態、血管が詰っていないか等。念入りにチェックした後添え木をし、包帯を巻き、人体を活性化させる回復魔法で自然治癒力を高めていく。
「2週間程度安静にする必要がありますが、とりあえずの処置は終えました。」
そう言った<ドルイド>の男性と先に処置を終え、待っていた<ビショップ>の女性にアンジェとデイジィは頭を何度も下げた。
野次馬はその言葉を聞き、安堵してギルドロビーへ向かう。二人の闘いを讃える為だ。そもそもなんで闘ってたのか、俺も斧使ってみようか。お前じゃ無理だよ。なんて、無駄話をしながら彼らは去っていく。
残されたのはアンジェとデイジィ、見るからに痛々しい姿のメリッサとマスターだけだ。
時折ロビーの方から笑い声が聞こえてくる先ほどの闘いに関して話しているのだろう、二人とも命に別状が無くて本当によかった。
「ああ、いてえ。やっぱ巨人族のパワーってのは半端じゃねえな。」
先に目が覚めたのはマスターだった。<狂化>している間、理性は失われるが記憶は残るので自分が先に倒れた所までは覚えている。
体を起こそうとして悶絶した。大人しく横になっている事にする。
アンジェとデイジィにボロカスに言われながら、それでもと口を開く。
「必要だったんだよ、これからメリッサは冒険者と大成していくだろう。俺が言うんだから間違いない。だからこそ、自分の土俵では誰にも負けないって自信が必要だったんだ、俺を力でねじ伏せねえ限りは一生メリッサの影に俺が付きまとう事になる。そうなったら無意識に自分の成長を止めちまうだろう。」
それだけは絶対に避けなきゃいけねえ、と続ける。
「俺ぁな、引退した後後進を育てようと思ったよ。だが誰も俺の訓練についてこれなかった、挙句の果ては老害扱いだ。ここに飛ばされてきた時にはどうしようもなく腐ってた、それが、だ。クソ真面目に俺の訓練を実行してよお、俺を乗り超えていく若者がいるんだ。嬉しかった、俺の人生が無駄ではなかった事をメリッサは証明してくれたんだ。」
後半はもう涙声である。
この人は人生の大半を戦いに費やしてきた、サポーターはいたとしても職業の特性上ずっとダンジョンに潜るのは一人だっただろう。周りに自分を肯定してくれる人がいない環境、というのは支えあってきた二人には分からない。だが辛かっただろう、寂しかっただろう。それがメリッサに負ける事で全て報われたのだ。
今日の闘いはメリッサの自信の為と同時に、マスターの冒険者人生の証明の為でもあったのだ。
「・・・僕は師匠に師事出来た事、生涯忘れません。」
何時から目を覚ましていたか分からない、天井を見つめながらメリッサが口を開いた。
「理不尽だと思う訓練はいくつもありました、ですが訓練を語る師匠の眼はいつも真剣だった。だからこそついてくる事ができた。卑しい生まれの僕を蔑むことも無く、一人の人間として真摯に向き合ってくれた師匠の存在は一生僕の影を付きまとうでしょう、無論いい意味で。
自分の為、アンジェとデイジィの為、そしてギルドマスターの為に僕は栄達する事を約束します。この街に響いてくるくらいの名声を集め、ギルドマスターが僕の師匠であった事を誇れるくらいに。」
おお、おおと言葉にならない声を上げ、涙を流すマスターを見てアンジェとデイジィは部屋を後にした、男同士の語らいを邪魔してはいけない。だが少し妬ける、師匠と弟子の絆が羨ましくなった二人だった。




