26話
ピャアアアアアアアア
「1年間、よくがんばった。」
森での3ヶ月間の修行が終わってレフナークの人達と涙ながらに別れて帰ってきた。
するとどうだろう師匠のまさかの賞賛の言葉にメリッサは内心驚いた。
傍若無人を絵に描いたようなこの人が吐く台詞とは思えなかったからだ。
「なんだ、その顔は。思ってた以上に成長したから褒めてんじゃねえか。」
「いえ、一年間ありがとうございました、師匠。」
「いーや、まだ終わってねえ。最後の試験が残ってるからな。」
最後の試験、と言うマスターの顔は今まで見たことの無い真剣さだ。
「試験の内容は明日伝える、明日10時、ギルド本部に来い、嬢ちゃん達二人も一緒にな。」
今日は一旦帰っていいぞ、というので一旦受付で二人には黙って特殊なパーティ申請をした後、宿へと戻った。
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「メリィ、一年間よくがんばったわね!」
「めりーくん、一年間お疲れ様」
「メリッサちゃん、記念に今日はご馳走だからね」
「メリッサさんの好きな蒸かしじゃがバタも山盛りありますよ!」
宿の扉をくぐるなり宿にいる全員に一斉に声をかけられた。
アンジェ達が来てから他の冒険者が泊る事は無くなったが元々一人二人泊まってくれれば黒字なのだ、女将は気にしていない。
そうか、修行が終わったと言う事は今日は僕の――
「「「「誕生日、おめでとう!」」」」
スラムから出てきたあの日、アンジェに名づけてもらった日を新しい己の誕生と定めて、それから丁度1年、今日で16歳だ。
生まれて初めて誕生日を祝われたメリッサは、珍しく微笑んで
「ありがとう」
万感の思いを込めて言った。
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次々運ばれてくる料理は女将が最初に言ったとおり、ご馳走ばかりだ。
好物のじゃがいもを蒸かしてバターを塗っただけの簡素な好物だけが浮いている。
大海老の中身をくりぬいて、以前土産に渡した調味料で炒めて殻に盛り合わせたそれは見た目も舌も楽しませてくれる。
鉄板に乗せられたシンプルな味付けのステーキは素材の味がそのまま伝わってくる絶品だ。
鶏を丸々焼いてあるそれを女将が切り分けてくれたので口に運ぶと皮パリッ中身ふわっっといった感じで、旨さが鼻を突き抜けていく。
他にも魚のすり身を甘辛く味付けしたものやチーズたっぷりのグラタン。
好物の蒸かしじゃがバタも何時もより美味しく感じた。
成人したので女将がとっておきの酒を振舞った。初めての酒の味はほろ苦く、身に染みた。これが酒の味か、と調子に乗って飲んでいるとぐるり、視界が反転して意識のブレーカーが落ちた。
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あらら、主役はもうダウンかい。という女将と協力して、なんとかその巨体を長椅子に横たわらせた。目を瞑り、眠ったように気を失っているメリッサの髪をいじりながらアンジェとデイジィは思う、この一年間、メリッサは死に物狂いで修行に打ち込んだ。無論自身の為もあるだろう、だが根を上げないのは二人のおかげだと常々言っていた。嬉しく思う、今までの人生の中で誰が自分達のためにここまで必死になってくれたというのだ。これから先、3人は長い時間を共に過ごすだろう、喧嘩をする事もあるかもしれない。冒険者としてリタイアせざる終えない事もあるかもしれない。
だが死が三人を分かつまで、一緒に居たいと思う。
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目が覚めると、アンジェとデイジィが微笑みながらメリッサの顔を覗きこんでいる所だった。ああ、僕は酒を飲んで・・・。起き上がろうとすると、グラリと視界が揺らぐ、慌ててアンジェとデイジィが支えてくれたおかげで転倒は免れたがまともに歩けそうに無い。二人はメリッサに肩を貸しながら言う。
「メリィ、このままお風呂に入りましょ。」
「今日は3人で、ね?」
決して広くない浴室は3人入るとぎゅうぎゅうだ。
いつもは気恥ずかしいので直視しないが、アルコールが脳を侵食している今のメリッサは呆、としながら一糸纏わぬアンジェを見る。
まっすぐに下ろされた銀髪は水気を含み、宝石のように輝いている。勝気な赤い瞳はまるでルビーのようだ。エルフの種族的な特徴故、肉付きは薄い、なだらかな胸元、僅かにくびれた腰、つるりと自己主張するお尻。腕と足は自分の何分の一の太さも無いだろう。守ってあげなければ、と思わせる。メリィはスケベね。と言われたので目を逸らし、デイジィの方を見る。
普段と変わらないストレートの髪は少し湿気を含み、濡れ羽色、とでも言えばいいのだろうか。深い深い黒は夜の闇を連想させる。少し目じりが下がっている蒼い瞳はサファイアの如く澄んでいて。アンジェと同様、肉付きは薄いが、デイジィの方が少しスタイルがいい。保護欲を掻き立てられると同時に華奢なはずなのに不思議と包容力も感じさせる。めりーくんのえっち。と言われるが、狭い浴室なのだ。視線のやり場がない。
酒が入った状態で湯に浸かるのは体によくない、と言われたので頭からお湯を被り、一足先に外へ出た。もうアルコールは大分抜けかかっている。
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狭いベッドに3人は無理やり横になった。アルコールのせいか、何時もより睡魔が強い。ああ、だが伝えなければ。
「明日、師匠が最終試験をするそうだ。それに二人も来るように言っていた。」
「分かったから、ほら無理せず寝なさい。もう目蓋が落ちかかってるじゃない。」
「ふふ、トロンとしためりーくんかわいい。今日もおつかれさま、おやすみ」
「ああ・・・アンジェ、デイジィ。おやすみ。」
言うと同時にスッと眠りの闇に落ちていった。




