21話
翌朝、クレメンテの好意で用意された馬車に荷物を積みながらカールとの別れの挨拶をしていた。
「短い間だったが楽しい時間をありがとう、何かあったら文を出すよ。」
「ああ、困った事があったらいつでも呼んでくれ。出来る限り力になろう。」
「クレメンテ老によろしくたのむわね。」
「カールも病気に気をつけて。」
荷物が積み終わったので手を振りながら乗り込んでいく。全員が乗り込むと御者が馬を走らせ始めた。どんどん小さくなっていく。
馬車が見えなくなるとカールは名残惜しげに城の中へと戻っていった。
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行きと違い、帰りは然したる障害も無く馬車は進んでいく。御者を二人つけてくれたおかげで道中の不寝番は心配しなくても良かった。
メリッサは修行用の<おもし>を付け直し、時折馬車と並走したくらいで特筆すべき事は特に無く、二日後の昼には無事<ベティラード>へと到着した。
荷物を降ろし終えた後とんぼ返りする御者二人に礼を言い、一旦宿へと向かった。
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「皆さんおかえりなさい!ご無事で何よりですう!」
宿に着くなり表で掃き掃除をしていたマリーが3人の帰還を喜びながら言った。
「ただいま、マリー。後でお土産があるから期待しといて頂戴。」
山のような荷物は全てメリッサが持っている、一旦各人の部屋へと運び込んだ後女将とマリーへのお土産を持って食堂に集まった。土産を買い忘れたメリッサにアンジェとデイジィがそうだろうと思って連名にしてある。と言ったのはご愛嬌。
「マリーには洋服、女将には向こうのお酒と調味料ね。」
こちらでは売ってない洒落た洋服に興奮するマリーと、同じくこちらではあまり手に入らない調味料をもらってご満悦の女将。
「ありがとうございます!絶対大事にしますね!」
「いやぁ悪いね。今晩の料理は期待しといておくれ。」
<グラディウス>での事を楽しそうに話す女4人を置いてメリッサはギルドマスターへ帰還の挨拶へと向かった、無論土産の酒瓶の束を片手に。
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「なんだ、もう帰って来たのか」
冒険者の少ない昼の冒険者ギルドに入るなり珍しく事務仕事をしていたギルドマスターに言われた。
「はい、ただいま戻りました。これ、向こうで買ってきた酒です。師匠と職員の皆で分けてください。」
「おう、気が利くじゃねえか、お勤めご苦労。」
では、と用が済んだらさっさと帰ろうとするメリッサをマスターが引き止めた。
「そろそろ斧槍と大盾の習熟も大分進んだからな、この時間から修行再開するのも面倒だしこの際転職してこい。終わったらなんぼか教えとく事があるからもっかいここに帰って来る事。いいな。」
転職に必要な魔素は先月の分で貯まっていたのだが、未熟を理由に引き伸ばされていたのだ。しかし、転職である。市民権の獲得と言っていい。念願だったそれの許可が出たのだ。喜び勇んだメリッサは返事もせずに宿へ駆けていった。
宿に戻ると丁度談笑が終わったのか、食堂にはアンジェとデイジィしかいなかった。
「アンジェ、デイジィ。転職の許可が出た。立ち会って欲しい。」
おお、と二人は喜ぶ。前衛としての第一歩が踏み出せるからだ。
それに市民権を得る事で利用できるギルドの施設等も多い、無論税が発生するが今はそれは置いておこう。
我が事のように喜ぶ二人を連れて早速<神殿>へ向かった。
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「おや、メリッサさん。お久しぶりです。転職の御用ですか?」
神殿の女性※1 は相変わらず柔和な笑みで対応する。
「はい、師匠の許可が下りたのでお願いします。」
ではこちらへ、と奥へと促され前回と同じように祭壇に横になった。
一度転職すれば他の職へはなれない事、一次職のみ自分で選べるが2次職以降は最も適性のある職へと祭壇が判定する事を告げて女性は問うた。
「以上を踏まえた上で、メリッサさんの希望する職はなんでしょう?」
「<ガード>でお願いします。」
かしこまりました。の言葉の後一呼吸おいて女性は謳いあげる。
祭壇が薄く光り、メリッサに累積されていた大量の黒い魔素が一斉に吹き出し、少しずつ色を変え、体へと吸い込まれていく。
<ノービス>の時とは明らかに違う祝詞、速度である。前回が3分程だったのに比べて今回は10分程だったであろうか。
「終わりました。<ガード>への転職、おめでとうございます。」
前回同様平衡感覚に違和感を感じながら立ち上がると改めて自身を巡る力の奔流を感じる。人としての位階を上げたメリッサは女性に礼を言うとギルドカードが更新された事を確認し、アンジェとデイジィを伴ってギルド本部へと向かった。
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ギルドマスターは会議室でお待ちです。名を知らぬ職員に通され、中に入ると、さっそく土産の酒をちびちび飲んでいるマスターがいた。嬢ちゃん達も一緒か、まぁ座れや。というマスターの言葉に従い適当に席に着く
「転職は無事済んだか、市民権の発行手続きは話が終わったら受付でやってもらえ、で教えとく事っつうのは座学だな。これから覚えていくであろう武技についてだ。
そもそも武技ってもんは魔法と違って燃費の悪い代物だ。
気力を消費して放つんだから当然だわな、気力ってのは言わば体力みたいなもんだ。
んで武技がどんなもんかっつーと<行動>(アクション)に気力を乗せた物の総称を言う。
ぶん殴りも気力を乗せれば<強打>(バッシュ)になるし、声に乗せれば<咆哮>(ハウル)って按配に<行動>が昇華されていくわけだな。
慣れて無い<行動>の武技を使おうとすると気力を余分に消費するし、その職業が覚えない武技を使おうとしても無駄だ、発動しない。
覚えた武技は魔法と同じように反復習熟する事によって消費する気力の量を減らせるから明日からは訓練に混ぜていくぞ。質問はあるか?」
「はい、師匠。武器固有のスキルがあると聞きましたがその職はその武器以外使えないのでしょうか。」
「そんな事はねぇ。<ソードマン>だって鈍器で戦う事が出来るし<マジシャン>がナイフを持って戦う事も出来る、が意味は薄いな。
<ソードマン>は鈍器系列の武技を覚えれるわけでもないし<マジシャン>はそもそも武技を覚える事はない。
お前さんの<ガード>はそもそも武器による武技はあまり覚えないから他の武器を練習する意味は十二分にある、俺も大斧だと懐に入られると面倒くせえから剣の扱いもそれなりだ、これも訓練に混ぜていくからな、まずは剣か鈍器あたりの小回りが効く武器を習熟して次に遠距離武器も使えるようにする予定だ。無論メインの斧槍も続けて訓練するから覚悟しておけ。」
明日からはもっと厳しいぞ、というマスターにメリッサは大きく頷いた。
話が終わると受付で市民権申請の手続きをし、宿に戻り夕食、勉強を済ませると早々にベッドに横になって眠りに落ちていった。
※1 神殿に仕える人は一旦名を捨て、無私となる事で仕える事を許される。




