18話
「あらクレメンテ老、ご無沙汰しておりますわ。」
10年ぶりの再会をなんでもない風に言うアンジェと黙って頭を下げるデイジィにクレメンテは驚いた。元々クレメンテとアンジェの父親は軍学校の同級生で、彼の家が没落したと聴いて保護しようと動いたのだがさっぱり消息が掴めず、そのままになっていたのだ。
夢遊病患者のように二人の下へと歩いていくクレメンテ。
「おお、おお…二人とも無事だったのか…借金が膨らみ、夜逃げ同然で逃げたと聞いて保護しようとしたのじゃがさっぱり足跡を終えんでな…父上は息災か。」
「市井の生活に馴染めなかったのか、半年程で亡くなりましたわ。母もそれを追うように。その後生活の糧を得る為にデイジィと一緒に冒険者になりましたの。」
「そうか…逝ってしもうたか…悪い奴では無かったんじゃがなぁ…」
「見栄を張って借金に借金を重ねたんですもの。自業自得ですわ」
と、ガチャリと扉が開き、見上げるような大男が部屋に入ってきた、メリッサである。侍女に案内されてお手洗いに行っていたのだ。
「む、どうかなされたか。ご老人」
と、アンジェとデイジィの肩を掴んでいるクレメンテに思わず声をかけた。
するとクレメンテが反応するより先にデイジィの叱責が飛んだ。
「不敬だよ。この方がカールのお父上で現<グラディウス領>領主、クレメンテ・グラディウス様。」
「失礼しました、無知故の無礼な振る舞い。何卒ご容赦くださいませ。自分は<ベティラード>を拠点に冒険者をしております、メリッサといいます。」
と、驚いたメリッサはすぐさま片膝を付いて頭を垂れた。無知、とは言うがその動きに淀みはない、アンジェとデイジィの教育の賜物だ。
「おお、君がメリッサ君か。構わん、立ってくれたまえ。カールが世話になったそうだな。ひとりの父親として礼を言わせてもらうよ。」
礼を述べつつクレメンテは青年・・・いやカールの言を信じるならまだ15の少年を頭の先からつま先まで眺めた。
恐ろしく鍛えられた肉体なのは一目で分かる、灰色の髪に此方を見つめる黄金の瞳はどこか気品さえ感じさせる。
メリッサの傍まで寄りその逞しい腕を叩いてクレメンテは言った。
「これからもカールと仲良くしてやってくれ、こやつには同年代の友人がおらんでな、本来はもっと社交界に出すべきなんじゃが・・・まぁそれはいい。ワシは政務があるので一旦失礼させてもらうよ。食事はもう終えたかね?まだか、カール。コックに作らせなさい。料理が出来上がるまで風呂に入るといい。浴室は一つしかないが…3人一緒に入るかね?」
茶目っ気を出してクレメンテが言うとメリッサは慌てて断ろうとしたがすぐ様アイコンタクトを取ったアンジェとデイジィに制された。
「せっかくのご好意ですし一緒に入らせてもらいますわ。」
ちょっとした冗談のつもりだったクレメンテは少し目を丸くしたが、昔の少女ではなく女の顔をしたアンジェとデイジィを見て一人納得し。無理はせんようにの。と言って去っていった。
「あ、あー。浴室に案内させよう、着替えもこちらで用意させるからゆっくりしてくるといい。」
微妙に空気を読もうとしたカールは慌てて侍女に指示を出し、自室へと逃げていった。
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「未婚の女性が安易に異性に肌を晒すべきではないと教えてくれたのは二人ではないか。」
脱衣所に着くなりアンジェの<沈黙>魔法から開放されたメリッサが若干声を荒げた。
その言葉を聞き流しながら服を脱ぎ始めるアンジェとデイジィに思わずメリッサは背を向ける。
「普段修行で忙しいしね、ここらで私達の関係をはっきりさせておこうと思って。」
「めりーくん、とりあえず服脱いではいろ。私達タオル巻いてるからこっち見て大丈夫だよ。」
釈然としないがここで逃げても事態が良くなるわけではあるまい、腹を決めて服を脱いだメリッサは二人に促されるまま浴室に入っていった。
一旦湯で汗と埃を流し、湯船につかるとアンジェが切り出した。
「最初はね、母性みたいなものだったり、保護欲だったりしたんだけどさ。この3ヶ月。私達の為って言いながらあんなに必死に修行してるの見てたらなんていうか、胸があったかくなってさ。」
「うん、これがきっと恋するって事なんだと思う、短い期間だけど一生懸命になってるめりーくんの事見てたら胸がぎゅってなってね、それともめりーくんは私達の事嫌い?」
しばらく黙り込んでいたが両脇を固められて逃げ場の無いメリッサはとうとう諦めた。
「僕も・・・僕も最初は二人を母親のような存在だと思って接してきた。だが最近分からなくなる時がある、二人ともっとふれあいたいと思ったり。無償に抱きしめたくなる事がある。これを恋だというのなら、きっと僕は二人を愛してるんだろう。」
返事を聞いた二人は手を叩いて喜び合った後メリッサの両腕に抱きついた。
「そ、はっきりしない返事だけどそれ聞いて安心したわ。」
「やった」
タオル1枚ごしの柔らかい感触に身を硬くするメリッサにアンジェが畳み掛ける。
「お互いの気持ちを確認できた所で現実的な話をしましょう。」
「そうだね、めりーくんはまだ未成年、婚姻を結ぶには幾つか乗り越えなきゃいけない壁がある。」
「待ってくれ、こういうのは清く正しい恋愛から始める物だろう。」
これだから若い人は…と二人は嘆息する。
「いい?まだメリィには教えてない事だからしょうがないけど、王国の平均平均結婚年齢は18歳よ。」
「アンジェは22歳、私に至っては24歳。エルフでも結婚する年齢は人間と変わらない。つまり私達は嫁き遅れ、冒険者家業なんてやってたせいでまともな出会いなんてほとんどなかった。」
「現実的な話、これから先メリィ以上の男が出てきて、かつ私達が好意を持った上で、更に相手がこちらに好意を持つなんて可能性なんてどれだけの確立なのやら。」
それ以前にメリィ以外とそんな関係になるなんて嫌よ。とアンジェはそっぽを向いた。耳まで真っ赤だ。
「分かった、二人が結婚を急ぐのも分かるし、そこまで想ってくれるのは嬉しく想う。だが壁、とはなんだ。」
「まずめりーくんが16歳になって成人の儀を迎える事。当たり前だね、法は守らないと。」
「次は家よ。二人纏めて娶る以上、有力者になるかお金を溜めて家名を買わなきゃいけないわ。家名無しの男の重婚も法で禁止されてるからね。」
「もう一つは名だね、必須って訳じゃないけどある程度の名声を得ておかないと無駄なトラブルの元になるから。」
「最後に富。最初は宿屋でいいとしても<ハイペリオン>を拠点にするならそれ相応の額が欲しいし、何よりお金は身を守る手段にもなるからよ。
どちらにせよ成人するまでは伏せておきましょう。せっかくやっかみが下火になってきたのに再燃焼するとよくないわ。」
「ま、いくつ壁があろうとぶち破ってくれてるって信じてるわよ、未来の旦那さん」




