17話
「ありがとうございました、あなた方に風と旅人の神の加護があらん事を。」
「ああ、そちらも良き旅を。」
一旦休憩する事にしたメリッサ達に足止めを食らっていた商人達が出発する前の挨拶をして去っていく。
御者が二日かかると思って多めに買い込んだ食糧を口に詰め込みながら、カールはおもむろに口を開いた。
「メリッサ、おかげで助かった。あのままだったら物流が滞って経済に打撃が出ていただろう。」
「たいした事じゃない、それに言ったろう。困った時は力になると。」
「はは、そうだね。……先祖返りの事、勝手に聞いてすまなかった。」
「気に病むような事ではない、言う機会が無かっただけで別に隠したい訳じゃあないからな。ただ他の冒険者と比べるとズルしてるとは思う時がある」
そう言ってメリッサが自身の両手を見つめているとアンジェとデイジィがそれぞれそっと手を添えて言った。
「冒険者なんて生まれ付きの才能で栄達出来るかどうかが決まるものよ、気にするのは他の冒険者に対する侮辱だわ。」
「そうだよ、それにめりーくんは何時だって努力を欠かしてないじゃない、確かに妬む人もいるけど、そういう人に限って努力してないんだから。」
「そうしてるとまるで恋人か夫婦のようだね、僕も婚約者が恋しくなってくるよ。」
カールが茶化すとメリッサは顔を真っ赤にした。アンジェとデイジィは満更でもなさそうに微笑むのでカールは逆に恥ずかしくなってしまった。
一通り談笑した所でカールが懐中時計を開くと針は13時を刺していた、今から出発すれば日は暮れるかもしれないが今日中に到着できるだろう。
「腹も膨れたし出発しよう。メリッサ、いけるかい?」
「無論だとも。」
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夕日に照らされた<グラディウス>の門を守っていた年かさの衛兵は驚いていた。たった3日前に<ベティラード>へ出発したカールがもう帰って来たのもそうであるし、大型馬車を引く人間なんてのは生まれてはじめて見る光景だった。
「お勤めご苦労、ちょっとトラブルがあってね。入っても構わないかい?」
驚きのあまり立ち尽くしている衛兵にカール自ら声をかけると、衛兵は慌てて姿勢を正した。
「勿論であります、カール様。視察、お疲れ様でした!」
衛兵に見送られ門を潜ると大きな通りに魔石灯が等間隔で並べられ、日が暮れているのに人通りは多い。初めて見る都会にメリッサは少し立ち止まって興奮した。
ここから正面に見えるのが<グラディウス>の城になります。という御者の言葉で我に返ったメリッサは慌てて城目指して馬車を転がした。人の注目を集めながら。
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「おお、よく戻ったな。カール」
一旦メリッサ達と別れて一人、帰還の報告をしに来たカールに穏やかな笑顔で声をかけたこの好々爺然とした彼こそ、この<グラディウス領>の最高権力者であるクレメンテ・グラディウスである。
「ただいま戻りました、父上。」
「どうだったかね、一人での視察は。」
「たくさんの得難い経験をしました。父上が常々視察の重要性を説いておられたのを身に染み、実感し。面倒がっていた先週の自分を張り倒してやりたいくらいです。」
ほう、どんな事があった?と問うクレメンテにカールは濃い二日間の事を話した。
到着するなり馬車が横転して馬が駄目になった事。
街の人が助けてくれた事。
メリッサという無愛想だが気のいい友人が出来た事。
彼に案内された街の各所で庶民の生活に触れた事。
スラムに入った事。
大衆浴場に入ると食事が更に美味しくなる事。
メリッサの仲間の魔法使い二人と出会った事。
その二人が同道しているという事。
成人してから初めて誰かと一緒の部屋で寝た事。
メリッサが馬の代わりに馬車を引いてくれた事。
落石で山道が閉鎖されてた事。
メリッサが力技で落石をのかし、商人に感謝された事。
少し興奮して話すカールの姿はまるで子供の頃に戻ったようだった。最近は次期領主たらんとして自分を抑えてたのをクレメンテは知っていたので視察に行かせたのは正解だったなと心の中で呟いた。
「是非そのメリッサ君に会って礼を言わねばなるまいな。彼は今何処にいる?」
「客間で待っててもらっています。この街に居る間は城に泊まって貰おうかと。宜しかったでしょうか?」
「お前の恩人なのだ、好きにするがよい。では会いに行くとしよう。」
「呼んでまいりましょうか?」
「よい、息子の恩人なのだ。直接出向かねば礼を失する事になる、お前もついてきなさい。」
「分かりました、父上。」
客室に向かう道すがら。それにしても、とニヤリと笑ったクレメンテはカールに話しかけた。
「お前も大衆浴場の味を知ったか。」
「父上は利用した事がおありで?」
「若い頃は城を抜け出してしょっちゅう通った物だ。当然先代――お前の祖父には毎回怒られたが、後で聞いた話だとその先代も黙って通っていた頃があったらしい。血筋だな。」
「では今度一緒に参りましょう、私が父上の背中を擦ります。メリッサに擦ってもらったのですが、とても気持ちよかったので。」
「それはいいな。是非今度行くとしよう」
使用人には黙ってな、と茶目っ気たっぷりに言う父の姿はまるで悪戯小僧のようであった。
談笑しているうちに客室に着いたのでカールが扉を叩いて入ってもよいか。
と聞くと鈴を転がしたような、クレメンテにとってどこか聞き覚えのある声で返事が返ってきた。
「いいわよ。」




