8話
「分かった、立て。嬢ちゃん達もこっち来い、なんぼか聞きたい事がある、正直に答えろ」
メリッサを立たせてマスターと視線を合わす。
2mは優にあるだろう。メリッサからしても見上げる形になる。
「わしの訓練は厳しいぞ、覚悟はあるか」
「はい、どんな事があっても根を上げません。」
「わしから訓練を受けるって事ぁやっかみを受ける事になるぞ」
「構いません、それで強くなれるなら。」
「命を投げ打ってでも守りたい者があるか。」
「アンジェとデイジィ、二人は命に代えても。」
アンジェとデイジィは思わず顔を染めた、まるでプロポーズではないか。
まだ出会って間もないしもうちょっと段階を踏んでから……
そんな二人を見てギルドマスターはニタリと口元を吊り上げた。
と、アンジェとデイジィの髪がふわりと揺れた。
目の前には大きな拳がある、何時振るわれた?
瞬きをしたまさに一瞬の出来事だ、咄嗟に後ろに下がると全貌が見えた。
ギルドマスターが両拳で二人の顔面を捉えようとし、メリッサが寸前でマスターの腕を掴み止めたのだ。止めて貰わなければザクロが二つ出来上がってたかもしれない、メリッサの十指に力が入る。
「反応速度はいいもんもってやが・・・ちょっとまて、謝る、謝るから離してくれ、洒落にならん。千切れる!おい!やめてくれ!」
慌ててアンジェとデイジィがメリッサの腕を引っ張るとやっと離した。
ギルドマスターの腕にははっきりと十指が食い込んだ跡がついていた。
メリッサは怒りの表情である、その怒りに応える様に全身の筋肉がミシリ、ミシリと膨張する音が聞こえる。
「いや、今のはだな、覚悟を図る為であって寸止めするつもりだったんだって。ちょ、落ち着いて、堪忍してくれ!」
「メリィ、落ち着いて。私達はなんともないわ。」
「めりーくん、話が進まないから今は落ち着いて、ね?」
二人に宥められて怒りを納めたメリッサは、すいません。と一言謝り話の続きを促した。
「あー、すまんかった。話の続きだが、二人はこいつに投資する気なんだな?」
「勿論、デイジィと話し合って決めた事よ」
「そりゃ結構、投資が無駄になる可能性は勿論理解してるよな、どんだけ投資するつもりだ?」
「デイジィは貯金いくらある?「金貨18枚」そ、私は今12枚だからきっかり金貨30枚。とりあえず今はそれだけ出す用意があるわ。」
今度はギルドマスターとメリッサが面食らった。
金貨とは1枚で銀貨100枚分の価値で、銀貨は1枚で銅貨100枚分の価値であるから大金だ、少なくとも駆け出しに掛けていい金額ではない。
「本気か?」
「本気よ、なんなら今銀行から引き出してきて渡せばいいかしら?」
「いや、いい。覚悟は分かった。俺も覚悟を決めよう。時間はどれだけある?」
「いくらでも、ただし妥協はしないで欲しいわ。」
「あい分かった。なら半年・・・いや一年もらおう。幸いにして坊主はよくわからん授かり物をしてる、俺が責任を持って最高の前衛に仕上げてやろう。」
ドッズは震えた、大将が自分の事を<わし>ではなく<俺>と呼んだ、メリッサを育てる意義を見出した大将の精神面は腐る前に戻っている。
これがドッズが必死になって頭を下げていた理由だった。彼も辛かったのだ、自分が慕った偉大な冒険者が片田舎で腐っていくのを見るのが。
ドッズは大将のやる気を引き出してくれた3人に感謝した。
「今は酒が抜けてねえ、明日までには抜いとくからまた明日来てくれ。
明日はどの程度できるか確認する、心配だったら嬢ちゃん二人も来て良い。」
3人が頷くとギルドマスターは自室へと戻っていった。
ドッズは鼻をぐずらせながら3人の手をそれぞれ握ってありがとう。と言って
訓練所の方へ戻っていった。
残された3人はしばらく立ち尽くしていたが、デイジィが一旦かえろ、と言ったので横に置いてた荷物を持って宿屋に帰った。
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宿屋に戻るとまだ3時だったので夕食まで時間がある。
一旦部屋着に着替えてからアンジェリカとデイジィはメリッサに足りてない一般教養や文字を叩き込む事にした。
夕食を挟んでからも勉強は続いたが、明日に備えて早く寝る事になった。
自分の名前の綴りを覚えただけでも随分な進歩だろう。
明日から本格的な訓練が始まる。
布団に潜り込んだメリッサは期待と不安を胸に眠りに落ちていった。




