2話
戦いに関するアドバイスのするまでも無く、後はもう暴力の嵐だった。
スライムはバックラーで叩き潰され、ウルフは一刀の元に首を落とされる。
ポイズンビーと呼ばれる毒を持つ巨大な蜂型のモンスターは羽音がうるさい為にすぐ気づかれて両断されるし。
身に着けている防具の材料であるレッサーボア至っては突進に合わせて頭蓋に剣を突き込まれて即死であった。
モンスターは基本的に倒されると数十秒程で消えるが、その間にかかった体液等はそのまま残る。
つまり今のメリッサは返り血で血まみれ、このまま帰ったらドン引きされる事間違い無しである。
このダンジョンは一層から4層までしかない。4時間程かかったが既に3層まで踏破して、来る前に購入しておいた大きい麻袋は素材と魔石で半分以上埋まっている、敵が少しでも見えたら態々走っていって狩るせいだ。軽量化の魔法をかけてなんとか持ち運んでいるが魔法がなかったら絶対に無理だっただろう。なんせデイジィが2人入ってもまだ余裕のあるほどの大きさなのだ。
4層に入る前に予め打ち合わせしておく事にした。
デイジィは戦ってる本人より戦利品を拾ってるだけの自分の方が疲れてるのに理不尽さを感じた。
「このダンジョンのボスはトロル呼ばれる人型中型モンスターで
特徴は2mを超える長身、それに見合った腕力、鼻が肥大化していて嗅覚が鋭いので不意打ちは不可能。
弱点は動きが鈍い事、嗅覚の代わりに視覚が退化してる事。」
入り口の番所でもらった冊子をメリッサの代わりに読みながらデイジィは続ける。
「踏破証明素材はトロルの鼻、珍味として有名、買取価格・・・銀貨1枚・・・」
ガタッ!
刃毀れしつつあるサーベルを光に翳していたメリッサは銀貨1枚に大きく反応した。
銀貨1枚、大金である。つまり40体狩れば大盾と斧槍が買えるではないか。
そんな安易な発想に興奮したメリッサはデイジィを促して4層にすぐ降りた。
3層に比べてモンスターが少ない、レッサーボアを蹴散らして曲がり角を曲がると居た、デイジィから見て大柄なメリッサよりさらに大きいトロルだ。
のっしのっしと近づいてくる敵、動きは確かに遅い。
する事は変わらない、近づいて切りかかるだけ。
人型の弱点である首は身長差で狙いにくい、ので振り下ろされた腕を一旦回避してから腿に狙いをつけてサーベルを叩きつける様に振り下ろした。
するとバキリ、と嫌な音が二重になって聞こえた。
片方はトロルの腿の骨が砕けた音、もう片方は・・・
左足の支えを失って膝をつくトロルを横目で確認しながら慌てて剣を引き抜いて確認するとサーベルの半ば、丁度骨とあたった部分が大きく刃毀れしていた。
これは当然の結果である。
モンスターに限らず骨とは硬い物であり、基本的に剣で斬ろうとしてはいけないものなのだ、剣士にとっては極々当然の事なのだが数日前までずぶの素人だった彼は知らずにウルフの首を落とし。ボアの頭蓋に剣を突き入れる等の暴挙を何度も行ってきた。ここまでもったのはサーベルが頑丈に作られていただけであって、金属疲労を起こし脆くなった状態で人体の中でも特に頑丈な腿の骨を断ち切ろうとしたので刃が割れてしまった、当然である。
少なからずショックを受けたのも一瞬、そんな事はどうでもいいと言わんばかりに膝を付き首筋を晒したトロルの首を切り上げた。
首を失ったトロルの死体から血がシャワーのように噴出し間近にいたメリッサは更に血塗れになる。
すると自分の役目を果たしたとばかりに刃毀れした部分から折れ、地面に突き刺さった。
トロルの巨体が消え一際濃い魔素が体に取り込まれた。
折れたサーベルを見つめてから、どうしようとばかりにデイジィに視線を向ける。
もしデイジィに剣士の心得があったならばここに来るまでに指南できただろう、だが彼女の専門は魔法であって剣に関してはド素人である、そんな彼女にどうしよう、と向けられても本当にどうしようもない。
「とにかくトロルの鼻と魔石拾って出口へ急ご」
慌てて魔石と鼻を麻袋に放り込んでから来た道を戻ろうとするとのそり、と2匹目のトロルが姿を現した。
咄嗟にメリッサはデイジィを庇う位置に動く、が勘違いしてはいけない、彼女の本来の役目はこの未熟な冒険者の保護者なのだ、だが折れた剣で守ろうとする彼の思いは嬉しく、同時に良い所を見せたいな、と思った。
「めりーくん、退いて」
幸い相手は鈍重だ、中級魔法程度の詠唱を完了するまでは十分に時間がある。自分の魔力媒体である本を抜き、ページを開く。
僅かに黒い燐光が漏れるのを確認するとメリッサは慌てて横へ飛びのいた。
「<召還> <骨の杭>」
パタリと本を閉じると効果は劇的だった。
地面が割れると凄まじい勢いで飛び出た骨の杭がこちらへ手を伸ばそうとしていたトロルの腹を貫く、数秒間貫かれたままもがいたトロルだったが諦めたように力尽きた、後に残ったのはトロルの鼻と魔石、血塗れの骨の杭だけである。
「帰還<リコール>」
デイジィが手を翳し、唱えると血塗れの杭も、割れた地面も何事も無かったかのように掻き消えた。
くるりと振り向いてデイジィは微笑んだ
「帰ろ」