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XANADU  作者: 神宮寺飛鳥
【虚ろなる者たち】
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虚ろなる者たち(2)

 パンデモニウム正面側に広がる庭園では上空から降下して辿り着いた勇者たちと城を守るバウンサーとの戦いが繰り広げられていた。

 JJ率いる降下部隊はカイゼル、ファング、そしてタカネの三名で構成される。クピドは元々直接戦闘力が低い事から参戦しない流れだったが、そこにケイオスの姿が無い事はJJにも予想外だった。


「あのヘラ男、この土壇場ですっぽかすなんて……いったいどういう神経してんのよ!?」


 氷室の召喚する偽造された魔物の群れに包囲される中、JJが地団太を踏みながら叫ぶ。一斉に飛びかかる魔物達、それに対しカイゼルは盾の精霊機アーケロンの力を発動する。

 緑色の光が淡く周囲に拡散し、障壁となって仲間を守る。そして風となって爆ぜ、衝撃で数多の魔物を一瞬で消滅させた。


「アーケロンの障壁、流石ね」

「まあ、ケイオスがこねぇのは俺は予感してたがね。あいつはひょんなことでいなくなったりする奴だったからなあ」

「……仕方ないわね。なんでか向こうの迎撃もいまいちやる気ない感じだし、帳尻は合わせていくしかないわ」


 防衛に出張ってきたのは氷室、ハイネ、東雲の三名だが、ハイネはレイジがいないとわかると隅っこに座り込んで何やらブツブツと言っているだけで全く襲ってこない。氷室は一応魔物で応戦してくるが、大物を出す気配はまだ見られない。いわば少し手抜きな様子だ。そして東雲は腕を組んだまま遠巻きにこちらを眺めている。


「ったく、最終決戦だってのに調子狂うわね」

「やる事は何も変わらねぇ……このまま乗り込んでぶっ潰すだけだ」


 怪物の姿へ変身を遂げたファングが一気に距離を詰め氷室本体を狙う。その前に立ちふさがったのは上空から降下してきたイオの姿だ。

 イオはすでに全身を精霊機の装甲で覆い、そしてその肩には遠藤を乗せている。ファングの爪をイオが受けると、遠藤はすかさず引き金を引いて反撃する。

 しかし銃弾がファングを襲うことはなかった。タカネの槍が回転し攻撃を弾き飛ばす。氷室はそれを見て新たな魔物を召喚する。それはこれまでのような小物とはわけが違う。

 庭全体からせりあがるように出現したのは巨大な森だ。それに勇者連盟のメンバーは覚えがあった。


「こいつは……“蠢く森”かい!?」


 フェーズ1で撃破したボスの再登場に目を丸くするタカネ。さらに氷室は森を突き抜け鋭く切り裂く白い獣、“白き牙爪”を召喚する。

 森の木々は己の意思を持つかのように自在に蔓を伸ばし襲いかかり、白き獣は一息に距離を詰め、その巨大な前足の爪で襲いかかってくる。

 しかしそれらのあらゆる攻撃を問答無用にカイゼルは受け止め、盾の一振りで薙ぎ払った。光が爆ぜると同時に衝撃で森が割れ、獣の爪が砕け散る。


「今更こんなもん引っ張り出してきたところで、何の意味もねぇんだよ!」


 盾が変形しパイルバンカー機構が唸りを上げる。低く繰り返されるエンジンの音、そして吐き出された緑に光る蒸気が収まった刹那、杭は高速で獣目がけ射出される。

 その発射の衝撃は音を超え、大地をえぐり木々を吹き飛ばす。近くにいたJJもくるくると空を飛んだがタカネが槍の先端に引っかけた。

 最強の一撃は重く、そして単純でまっすぐだ。反動で自らも大地をえぐりながら後退しつつ、カイゼルが再び蒸気を発した時には巨大なトンネルが森の中に。そして獣のどてっ腹に出現していた。


「単純な物理攻撃力がめちゃくちゃね……シロウと同じタイプだわ、このおっさん……」


 あきれ気味に呟くJJ。だがそこに粉塵を突き抜けて駆け寄る影があった。先ほどまで様子を見ていた東雲だ。


「カイゼル、そいつの能力だけはいまだにわけがわからないわ! 警戒して!」

「おう、わかってるけどよ。俺の防御障壁は……」


 問題なく発動していた。そしてその緑の光の結界は防御だけでなく、接触した相手にエネルギーを送り込み爆発させる攻性防壁でもある。接触すれば最後、武器ならば武器が、拳ならばその身が砕け散る……筈だった。

 次の瞬間、東雲はまるで何事もなかったかのように光の結界を“素通り”し、そのままカイゼルの腹に拳をめり込ませた。カイゼルは精霊の能力だけではなく、単純な身体能力強化でも防御力を引き上げている。生半可な弾丸や刀剣の類では傷一つつけることができない頑強さだ。しかし東雲の拳は深くめり込み、カイゼルは口から血を吐きだした。


「う、嘘っ!? あいつの能力、いったいなんなの!?」


 ふうっと口に咥えた煙草から煙を吐き、膝をついたカイゼルから離れる為に背後に取った。その挙動は確かに勇者として人間離れしているが、ほかの勇者と比べて特別優秀なようには見えない。ならば間違いなく何らかの特殊能力によりこの状況を作り出しているのだが、JJにもそれは推理できなかった。

 その理由の一つとして、東雲はここぞというタイミングでしか仕掛けてこないというものがあげられる。交戦時間も回数も短く、東雲の行動から能力を推測するための情報が大幅に不足しているのだ。


「俺様に膝をつかせるたぁ、あのお嬢ちゃんやるじゃねぇか……たはは」

「旦那、笑ってる場合かい!?」

「確かにダメージは受けたが問題ねぇ。このくらいは根性で治癒できるレベルだ」

「そういう問題じゃあないだろう。旦那に少しでも手傷を負わせられるっていうのが問題なんだ!」


 タカネの言う通り、カイゼルの防御は絶対防御の名にふさわしい。精霊の能力も、彼自身の性能も、すべてにおいて彼が無敵であることを物語っている。

 だがあの東雲だけは例外だ。本来ならばプレイヤーを一撃で葬るほどの力を持ったボスクラスの攻撃でさえ容易く防ぎきるカイゼルでさえ受け止める事が出来ない。


「……カイゼルは東雲の相手をお願い。ファングとタカネは氷室の魔物を処理しつつカイゼルの支援を! 私は……遠藤とイオの相手をするわ」


 JJの指示に従って三人が動き出すと、JJもまた両手を上着のポケットに突っこんだまま遠藤とイオの二人へと歩み出す。吹き飛んだ森の残骸が散らばる中、JJはまっすぐに遠藤と向かい合った。


「まさか君が一人でバウンサーと対峙するとはね。それは予想外だったな」

「お生憎様……あんた達はそもそもまだバウンサーですらないでしょ。バウンサーとしての、“魔物”としての力を使っていないのなら、ただのPvPにすぎないわ」


 少女の指摘通り、遠藤もイオもバウンサーをバウンサー足らしめる魔物の力を使っていない。その力を完全に発動してバウンサーは本来の実力を発揮できるのだが。


「使いたくないんでしょ? ハイネのように、魔物に取り込まれる事を恐れているから」


 魔王から分け与えられた魔物を操る力、それを精霊器に組み合わせることでバウンサー化は果たされる。しかしそれには精神浸食が伴い、下手をすれば元々の自我を見失う場合もあるだろう。

 遠藤もイオもその力をもちろん与えられている。だがそれは結晶の形で彼らの手元に残されていた。いざとなればバウンサー化することは可能だ。しかしできればそれに頼らないほうがよいに決まっている。


「だとしても僕たちは強いよ。支援系能力がメインの僕とは違って、イオは純粋な戦闘系能力者だ。それも早い段階から修練を積んでいる、ね」

「そうね。だけどあんたが戦えるんだから、私が戦えないこともないでしょう?」


 目を細め、JJは手の中にカードデッキを召喚する。しかしイオにはどうしても理解できなかった。

 JJの事は知っている。それを調べるのも自分の仕事だったからだ。だが記憶にある限りJJの戦闘力は限りなく低かったはず。おそらくは遠藤と一対一でやりあっても敗北を喫することだろう。


「てめぇ正気か? 今更そんなカードで何ができるってんだよ?」

「“なんでも”よお嬢さん。あんた達のようなお馬鹿さんには理解出来ないでしょうけどね。この力は……精霊器は私たちの願望を写す鏡。本当の願いを世界が具現化したものよ」


 考える時間は幾らでもあった。ヒントになったのはレイジから聞いたマトイの話だ。

 それまでJJは、精霊器の能力はもともと存在している力から大きく逸脱して成長することはできないと、そう考えていた。しかしその予想はマトイの手で覆されたのだ。

 マトイは己の願いを“曲解”し、その更に奥にある願いに気づいた。“心願”とも言うべき精霊器の覚醒状態。それは誰にでも実現できる物ではない。


「この力は弱さの仮面。私たちが叶えたいと願い、しかし諦めていた未来。精霊器はその表層に過ぎない。真の願いは、心の奥底から湧き出す祈りは、こんなもんじゃないわ」


 レイジは己の内にある願いと向き合い、己の弱さと惑いを受け入れる事で精霊器の力を根底から覆す事に成功した。

 進化した力、“心願精霊器”。それをレイジやマトイが実現できたというのなら――それをこの天才少女ができないわけがない。“そう思い込めばいい”。


「私はもう迷わない。自分の意思で仲間を……大切な友達を守り抜いて見せる。私はそのためにここに来た。今更ゴチャゴチャいらない事を考える必要なんてない!」


 手にしたデッキを空に放り投げる。そして自らの左の拳を顔の前にかざすと、そこに光の装甲を編み出していく。

 大規模な変更ではない。これは精霊器“エンゲージ”のデッキホルダー部分が形を変えただけ。何もおかしくはない。そう思い込め。

 手の甲に落ちたカードの束が装甲に包まれ取り込まれる。腕の鎧は展開し、弧を描く剣のような形状となり、腕の側面に伸びた。JJは目をつむり、左腕に取り込まれたデッキ、その一番上のカードに手を当てる。


「見せてあげるわ。エンゲージの心願を」


 引き抜いたカードが光を放つ。そこに浮かび上がった絵柄はこれまでのような“占い”ではない。

 あれは一人遊びの為に作った仮面の力。でもこれは違う。誰かと分かり合う為に、誰かと競い合う為に、“戦う為”に作り替えた力――。


「……“ドロー”!」


 そう宣言した瞬間、遠藤とイオの背筋にぞくりと悪寒が走った。何か今、まずいことが起ころうとしている。二人の精霊器は機敏に反応している。目の前の、異様な精霊器の力に。


「……イオ!」


「わかってる! なんだかよくわからねぇが、何かされる前にぶっ潰す!」


 全身の銃口をJJへと向け、ミサイルやレーザーも交え掃射するイオ。その激しい弾幕に対しJJは何ら回避動作を見せなかった。

 攻撃は全弾命中。あまりの威力に森の残骸も舞い上がり、爆炎の熱が遠藤にまで届く。しかし炎の中に立つJJのシルエットは揺らぎもしていない。


「遠藤……あんたが何を思ってレイジを裏切ったのかはわからない。あいつは本当の事を何も言わないから。きっとあんたをかばっているからよ。だけどね、私だってお人よしじゃない。いつまでもあんたらの男の友情を尊重してやるつもりなんて、これっぽっちもないんだから」


 腕を振るい、炎を薙ぎ払って。少女はその姿を露わにした。

 左腕にはデッキホルダーを、そして右腕にはカイゼルの精霊器、アーケロンを纏い。少女は強いまなざしで二人の前に躍り出た。


「アーケロン!? おい、どういう事だ!? まさかレイジと同じ、他人の精霊器を奪う能力なのか!?」

「違う。アーケロンはまだちゃんとカイゼルの腕にある。だとすれば、あれは……」

「“念写”したのよ。他人の能力を。この“カード”にね」


 JJの精霊器、エンゲージはもともと他人の能力を推し量り、それらの力をカードに焼き付ける能力を持っていた。

 解析し、演算し、ならばそこに再現する事を付け加えるのは無理な流れだろうか? いや、どちらでも構わない。この力はもともとそういうものだった。ただそれだけの事だから。


「んな強ぇ能力無条件で発動できるわけがねぇ!」

「そうよ。だから……さっさと終わらせましょう。どっちみち、私もそう長くは持たないから」


 大地を蹴って一気に距離を詰めるその動作もこれまでのJJからは考えられない。間違いない。あのアーケロンはそっくりそのまま本物と同じ。能力も、性能も、持ち主の身体能力を強化する度合いさえ全く同等なのだ。

 矢の様に迫るJJの盾を構えた突進でイオの巨体がはじき出される。遠藤は銃撃で応援するが、アーケロンの周囲を幾重にも取り巻く光の結界が銃弾を通さない。


「無駄だって……知ってるでしょ!」


 正面に右腕の盾を構え、盾を展開。杭による砲撃体制に入ったJJに遠藤は冷や汗を流す。あれがもし本当にそっくりそのままオリジナルの威力だとしたら、直撃すれば即死は免れられない。


「逃げろイオ!」


 叫ぶと同時に発射された重量のある弾丸が大地をえぐりながらイオに迫る。イオはとっさに回避を試みるが、右腕を肩からもぎ取られてしまう。痛みに絶叫するイオへ走るJJだが、その右腕に携えていたアーケロンは唐突に消滅してしまった。


「……次! “ドロー!”」


 走りながらカードを引き、左腕のデッキホルダーに装着する。もともとセットされていたアーケロンのカードは黒く変色していたが、新たに置かれたタカネの精霊器、“ステップビート”のカードが赤く光を帯びた。

 虚空から槍を引き抜いたJJは一気に加速し距離を詰める。本人さながらの動きで槍を回し、跳躍すると真上から加速しつつ強襲を仕掛けた。


「ちょ、ちょちょちょ……こんなの聞いてないなあ!」

「遠藤……! ちょこまか逃げんなごらぁっ!!」


 投擲された矢がまるで赤い雷のように大地を穿つ。めくれあがった岩肌に巻き込まれ吹っ飛ぶ遠藤をイオは残った左腕で受け止める。


「遠藤……あれはどういう能力なんだ?」

「一つ確かなのは、タロット占いからトレーディングカードに方向性が変わったという事かな。あの子はデッキから引き出したカードの能力を、おそらくそのまま使うことができる。期間限定でね」


 効果時間が切れたのか、タカネの槍もまたJJの手の中からは消滅した。しかしすでに次のカードを引き抜いている。


「言っておくけどね、遠藤。死にたくなかったらさっさと投降しなさい。そして洗いざらい説明するの。なぜレイジを裏切ったのか」

「……私を裏切ったのか、とは言わないんだね」

「大人の裏切りなんか慣れてるわ。だから別に私はいい。許せないのはね……大事な友達を騙して、そいつに嘘をつかせてまであんたがまだそこに立ってるって事よ!!」


 新たにセットしたカードが光を放ち、JJの指に光る指輪が現れる。リング・オブ・イノセンス――その力は自然を操る力。

 本来の持ち主であるケイオスがそうしたように、重力を制御し二人の周囲に過剰な圧力を投げかける。大地が軋み、身動きもとれず二人のバウンサーは膝をついた。


「ちったぁ反省しろ……遠藤――ッ!!」


 腕を振るうと同時、猛烈な嵐の塊が二人を襲った。暴風は爆弾のように炸裂し、二人の体はまるで木端の様に空を舞った……。




 魔王が片手で振るう大剣の一撃は容易くミユキの体を切断するだろう。

 だからこそ、距離をキープしたまま戦う必要があった。可能な限り背後に跳び、距離を稼ぎ、遠距離から凍結の矢を放つ。

 ため込んだ魔力を一気に解放し、放たれた無数の閃光。青白い光の雨が一斉に魔王へと着弾すると、その全身を停止の凍結が覆った。

 身動きが取れずわずかに首をもたげる魔王。ミユキは透かさずありったけの力を一本の矢に込め、弓矢を引絞る。

 放たれた一撃は空中を凍結させ、残像を残しながら一気に魔王の額を貫こうと突き抜ける。だが次の瞬間アスラは全身から炎を巻き上げ、ミユキの氷を粉砕してしまった。


「そんな……空間凍結が……!?」

「私との相性をよく考えろ、ミユキ。貴様が動きを止めることに優れるように、私はあらゆる物を動かすことに優れているのだから」


 矢を剣で打ち払った瞬間、込められた魔力が爆発し魔王の背後に荒々しい氷の領域を作り出した。部屋の半分を一撃で結晶化させるほどの威力、それを魔王は剣で薙いだのだ。


「我が力は熱。あらゆるものを突き動かし、先へ進ませる力。この力は世界の歴史を加速させ……そして、未来を勝ち取る為に存在していた」

「なんの……話?」

「貴様には最早関係のない話……だな」


 さびしげに笑い、そして魔王は駆け出した。ぐんと、まるで引き寄せられるように、大地の上を滑るように近づいてくる。それもとてつもなく早い。

 黄金の鎧を身にまとい、巨大な剣を引きずっているとは思えない。あわてて逃れようとするミユキの腕をつかみ、矢を首だけでかわし、魔王はミユキの腹に膝をめり込ませた。

 とたんに口から大量の血が溢れ出す。痛い、というよりはただ熱かった。内臓がぐしゃりと捻りつぶされ、あらぬ方向に拉げた肋骨が更にシェイクする。目から光を失いかけたミユキの頭をつかみ、魔王は軽いそぶりで放り投げる。それだけでミユキの体は何度も大地を跳ね、壁に激突すると同時に後頭部から血が飛び散った。


「あ……う……」


 ずるりと大理石の上に崩れるミユキ。うつむいた額を血が真っ赤に染めていく。

 何が起きたのかよくわからなかった。普通に正面から突っ込んできて、膝打ち、それから投げ飛ばされただけ。ただそれだけで、なんでもう死にかけているのか。

 気が遠くなる意識をなんとか繋ぎ止め、少女は大地に手をついた。その指先が血だまりを作っても、ふらつく足腰に活を入れ……立ち上がるのを待つほど魔王は悠長ではなかった。

 遠距離から放たれた火炎弾が黒く渦巻きながら迫る。両腕を前に構え、停止の障壁を作る。空間ごと炎を閉じ込めてしまえばいい。それだけなのに――。

 閉じ込めきれない。あふれ出る炎が膨張し続ける。先ほどミユキが放った矢と同じだ。サイズは小さく見えても、その実込められた魔力は膨大。何十、何百、何千と放たれるはずだった小さな炎が次から次へと空間の中で誘爆し、やがて硝子が砕け散るような音と共に吹き出し、少女の体を包み込んだ。

 炎はミユキを焼くだけでは飽き足らず、彼女がもたれかかっていた壁を吹き飛ばし回廊へミユキを放り投げる。両腕の関節があらぬ方向を向いたままミユキは口からも鼻からも耳からも血を流し、微動だにせず倒れこみ天井を見上げていた。

 魔王が近づいてくる。ゆっくりと歩きながら。まるで立ち上がることを期待しているみたいだ。

 あれのどこが弱っているというのだろうか。否、弱ってはいる。きっと先ほどの攻撃とて渾身だったのだ。その証拠に息を切らし、剣を引きずり、ふらふらと近づいてくるではないか。

 そう、勝ち目はある。絶望なんかしない。ここで死ぬ事だってしない。何があっても生き延びてみせる。


「う……あ……うぅううああああああああっ!!」


 血を吐きながら絶叫を絞り出し、必死で立ち上がろうと試みる。魔王がくる。足を引きずり、泣き出しそうな顔をして。

 ああ、どうして。どうしてそんな顔をしているのだろう。今にも消え入りそうなまなざしで、あんなにも力強かったはずなのに。


「うぅ……ああっ! あああ……っ!」


 なぜこんな戦いをしているのだろう? わからない。痛くて苦しくて熱くて、何もかもが消えてしまいそうなのに。

 どうしてこんなにも思い出す。こんなにも、こんなにも……あの人の事を。


「どう……して……」


 似ている。あまりにも似すぎている。違う、そうじゃない。あれは姉そのものだ。姉の肉体そのものだったのだ。

 わかりあえなかったあの人の。こんなにも大切に思っていたあの人の。もうそこにはいないあの人の、躰。

 歯を食いしばり目を見開いて立ち上がる。腕がおかしい。それでも立って、ふらつきながらも前へ。前へ……。


「か……つ。ここで……勝って……帰る、んだ……。レイジさんと、いっしょに……」


 そして今度こそ三人で。大切なあの二人と一緒に、本当の世界で出会いたい。

 正々堂々と、向き合って。辛いことも苦しいことももう逃げ出したりしない。正直に、自分の醜さも受け入れて……。


「レイジさん……レイジ、さん……」


 あの人の願いを叶えてあげたい。もう一度すべてを最初からやり直す。そのためには、ここで終わらせなければならない。


「どうした……その程度か? 貴様の願い……貴様の想い……所詮、紛い物の私に砕かれて散る程度の物なのか……?」


 剣を振り上げるのが見えた。立っている。よし、立っているのなら反撃できる。

 両腕を見下ろす。手がめちゃくちゃになっている。指がしっちゃかめっちゃかで、方向がおかしい。それでもなんとか矢を引いて……。

 振り上げられた剣が少女の体を切り裂いた。それでもまだあきらめていない。自分の体から暖かい血が流れ、急激に冷たさが全身に染み渡る。震えが止まらない。でも、まだ倒れない。


「……あ……」


 たくさんの思い出が脳裏を過る。

 どうしてこんなにも取りこぼすばかりなのだろう。

 大切な事も……大切な人に、何も伝えられないままで。

 視界が真っ暗になると同時、ミユキの体は芯がぽっきりと折れたように倒れこんだ。


「ねえ……さ……」


 魔王は自らの頬をぬぐう。そこには返り血に紛れ、覚えのない滴が伝っていた。

 剣に移りこんだ自らの顔を見て魔王は初めてしった。自分がどんな顔をしているのか。その瞳からあふれ出るものがなんなのか。

 その答えを府に落とす前に、アスラは刃を“妹”へと振り下ろした。

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なつかしいやつです。
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