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XANADU  作者: 神宮寺飛鳥
【勇者召喚】
9/123

悪夢(2)

「――単刀直入にぶっちゃけると、こいつは多分ボスね」


 村で起きた異常事態は、俺達プレイヤーにとって無視出来ない物であった。

 それぞれがどこで話を聞きつけてきたのか、自然と集まったのは例の神殿。そこで始まりのあの日と同じ様に俺達は卓を囲んでいた。


「預言書に書かれている魔物の襲来は今回の件を指してるんだと思うわ。何せ挿絵にあるのが双頭の竜なんだから、無関係って事はないでしょ」


 JJは以前からこの事態を予測していた。俺も勿論そうだ。いつかはこういう状況になるかもしれない……そういう心構えは済ませておいたつもりだ。


「双頭の竜か……おもしれえ、そいつはつえーのか? どんな力を持ってる?」

「その証言を得る為に、姫様とじいやを呼びつけておいたわ」


 JJが退くと彼女の背後に立っていた二人の姿が見える。しかしまあ、呼びつけたというよりは……彼女らが勝手にここにやってきたというのが正しいのだが……。

 アレスという兵士から竜の襲撃を知った村人達は、必要最低限の物資だけを持ち出し次々にこの神殿へと向かっていた。

 JJは何時の間にやら確認していたそうだが、ここは村人達の避難場所なのだという。というのも、この地だけは神の力で守護されており、魔物も容易には立ち入れない……と信じられているのだとか。

 その神の力云々というのはともかく、森の中にあるここでJJはまだ一度も魔物に遭遇していないというのだから、一応それに近い効果はあるのだろう。

 今この神殿には殆どの村人が集まりつつあった、広さはそれなりにあるので収容には困らないが、何日も大勢の人間が生活できるような場所ではない。これから起こる様々な事に対する不安からか、神殿の雰囲気はどうにも良くなかった。それは姫とじいやも同じである。


「お姫様、竜については知っていたんでしょ?」

「はい……。あれは何年も前からこの国を根城にしている魔物です。他の魔物に比べても圧倒的な力を持ち、たった一体で人間の町を簡単に滅ぼします。その名の通り二つの頭を持つ竜で、それぞれの口から炎を吐き出すとか……」

「おー、ボスっぽいじゃねえか! いいねいいね、盛り上がってきやがったぜ!」


 テンションが上がっているのはシロウだけで、他の面子は微妙な表情だ。それもその筈、このゲームが開始して以来のボス敵で、しかもこのゲームはリトライ不可能の一発勝負……。無闇やたらと戦いを挑んで、敗北すればそこで終わってしまうのだ。対応に関しては否応なく慎重さを求められるというもの。


「この辺の雑魚じゃもう相手にならなくなってきてたところだ。丁度よかったぜ」

「随分自信があるみたいね、シロウ」

「当然だろ? 最早山道の魔物も楽勝だ。ここに閉じこもってたお前は知らなくても無理はねーが、俺達はあれから何倍も強くなってんだよ」

「何倍も……ねえ」


 目を瞑り、肩を竦めながら笑うJJ。シロウはその様子に眉を潜める。


「あ? なんだてめえ、その態度はよ」

「別に。ただかわいそうだと思って。自分は強いだなんて思い上がってるお猿さんがね」

「わーわー! もう、なんでいきなり喧嘩開始してるの! 今は作戦会議中でしょ!」


 美咲が割って入ると二人はお互いを一瞥して口を閉じた。

 まあなんというか……この二人に関して言えば性格が水と油なのだ。そりゃ、セットにして運用すればこう言う事になるのは目に見えていた。


「今私達が決めるべきなのは、このボスにどうやって勝つかでしょ!」

「ふむ? それは果たしてどうだろうね?」


 口を開いたのは遠藤さんだ。頭の背後で手を組みながら俺達の様子を眺めている。


「まず僕らが協議すべきなのは勝つ方法ではない。戦うか否か……そうだろう? JJ」


 視線は自然にJJへ向けられた。彼女はゆっくりと席を立ち、告げる。


「私は、戦闘を回避すべきだと思う」


 突然の提案に驚く一同……否、驚いたのは姫とじいや、そして美咲とシロウの四人だけだ。俺は……その可能性も視野に入れるべきだと、ここに来る前から考えていた。


「おいチビ、そいつはどういう意味だ?」

「そんな単純な事もわからないの? 何でもかんでも質問すれば当たり前に答えが帰って来ると思わないでくれる?」

「こんのクッソガキ、人が優しく話しかけてやってりゃ図に乗りやがって!」

「まーまーまー! シロウはちょっと落ち着いて! ねえJJ、私も知りたいな。どうして戦闘を回避するべきだって思ったのかな?」


 今にも跳びかかりそうなシロウを羽交い絞めにしつつ質問する美咲。やはり美咲に対しては態度が和らぐのか、JJは溜息を一つ置いてから語り始めた。


「単純な話よ。相手の力量がわからない以上、本格的な戦闘は回避すべきでしょ。仮に戦うとしても事前に偵察して相手の性能を把握し、それに対処する為の策を十分に練ってから仕掛けるべきだわ」

「はっ。何を言い出すかと思えば……ビビってるだけじゃねえか」

「ビビってるんじゃない、入念に準備をしてから挑むべきだって言ってるの。あんた、この中でまともに戦闘が出来るプレイヤーが何人いるか把握してるの?」

「俺と美咲、それからアンヘルと……」


 シロウが目を向けたのは遠藤さんだ。そういえば遠藤さんの精霊はまだ見た事がない。必然、彼の戦闘における性能も把握していないわけだが……。


「いんやあ。僕はあんまり直接戦うタイプじゃないんだよねえ」


 苦笑を浮かべる遠藤さん。やはり答えは期待に沿うようなものではなかった。


「直接戦闘に向いているのはあんたとミサキの二人だけ。アンヘルの力は戦闘向けじゃないでしょ? その辺の雑魚ならともかく、ボスに太刀打ちできるとは思えないわ」

「何でてめえにそんな事がわかるんだよ?」

「あんた達の能力も力量も私にはお見通しなのよ。そういう能力だって忘れたの?」


 そう、JJの精霊は他人の力を見通す能力を持っていたはずだ。だからこそ彼女の判断は、言葉は、容易に無視すべきではない。


「JJには俺達の力……つまり、強さみたいなものがわかるのか?」


 頷くJJ。俺は続けて質問する。


「だったら教えてくれ。俺は今、どれくらいの強さなんだ?」


 この質問をするのにはかなりの勇気が必要だった。何せ俺はつい数日前まで全く戦闘が出来ないプレイヤーだったのだから。

 あれから鍛冶屋の爺さんに剣を作ってもらい武器こそなんとか確保したものの、まともな戦闘は一度も経験していない。精霊を出している間は身体能力が向上するとは言え、それだけでどの程度戦う事が出来るのか……その指標が欲しかったのだ。


「あんた達の戦闘力は既にこのカードに念写してあるわ」


 ホルダーからカードを取り出すJJ。彼女が念じると、カードは光を帯びて宙に浮かび上がった。


「馬鹿にもわかるように能力を大雑把に限定して数値化してみたわ。ステータスは二つ。

“パワー”と“MP”よ」

「パワーは直接戦闘力だとして、MPっていうのは?」

「あんたたち、一度のログインで何度も何度も能力を使用した経験はある?」


 首を横に振る俺と美咲。しかしシロウは違った。既にMPの意味を把握したようだ。


「能力を連続で使用すると疲労感が襲ってくる。身体が疲れるというよりはこう、頭がぼんやりするっつーか……思考がまとまらなくなってくるんだよ」

「MPというのは能力の使用限界の事。この数値が大きければ大きい程、能力の大規模行使、連続使用が可能になると考えてくれればいいわ」

「……わかった。じゃあ、手っ取り早く教えてくれ。俺と……そうだな。シロウの能力がいい。この中で一番強いのは、シロウだろうから」

「一番強い、ね……。まあいいわ。見たければ好きにすれば」


 浮いていたカードを二枚手に取り俺に投げ渡すJJ。光を帯びたカードは紙とは思えない速度で飛来し、しかし手に取る直前でぴったりと停止したように見えた。恐らくJJが操作したのだろう。


「おいレイジ、どうだったんだ? 俺にも見せろよ!」

「ちょっと、勝手に見ないでくれる? あんたに見せるとは言ってないでしょ!」

「いいだろが別に減るもんでもねえし!」


 JJとシロウが言い争いをしている間、俺は二枚のカードを何度も見比べていた。その結果は……ある意味、予想通りのものであった。

 俺の“パワー”は“3”。“MP”は“4”。

 そしてシロウのパワーは“20”。“MP”は……“8”と書かれていた。


「結論だけ言えば……レイジ。あんたにボス戦は無理よ。その辺の雑魚なら、頑張ればなんとか倒せるかもしれないけどね」


 確かに……そうだろうな、とは思っていた。だけどここまで差があるとは……正直、受け入れるにはきつい現実だ。

 無言でカードを投げ返すとJJはそれをデッキの中に収めた。なんとも言えない無力感に支配されたまま、俺はゆっくりと椅子に腰掛けた。


「その様子から推測するに、レイジ君は戦闘ではあまり頼れないようだね」

「ちょ、ちょっと……遠藤さん!」

「言い方が直接的過ぎたかな? すまない。けれど事実だ。僕らは各々の力量と相談し、この困難に対する勝率を冷静に弾き出す必要性がある……違うかな?」


 美咲はまだ食い下がろうとしたが、俺は首を横に降った。


「いいよ美咲。遠藤さんの言う通りだから」

「礼司君……。だ、大丈夫だよ! 礼司君の分まで私が頑張るから!」


 美咲に悪気はない……それは理解している。けれど、そんなに一生懸命に言われても……俺は嬉しくない。むしろ……虚しくなるだけだ。


「言うまでも無く、私の能力も戦闘向きじゃない。カードを飛ばして攻撃は出来るかもしれないけど……多分威力はないでしょうね。所詮紙だし」


 だとすれば、直接戦闘が可能なのはシロウと美咲の二人だけ。しかもシロウはどう考えても作戦を練って相手と戦うようなタイプではない。シロウが一人で突っ込んで死ぬのはまあ勝手だとしても、それでは美咲が一人で戦うような状況を生んでしまう。


「俺も……JJに賛成だ。今の俺達が迂闊に手出しをするのは危険だと思う」

「なんだレイジ、お前までそのクソガキの味方すんのかよ?」

「ごめんシロウ……でも、俺は戦えない。皆がシロウみたいに強いわけじゃないんだよ」


 腕を組んだ姿勢のままシロウは不機嫌そうに鼻を鳴らした。まるであの初日の時のようだ。俺達の間を流れる空気は、完全に淀んでしまっていた。


「ねえ……仮に私達が今回は戦わないとして……そしたら、この世界はどうなるの?」


 そんな時だ。美咲は俺達全員を順番に見つめながらそう言った。


「ダリア村のみんなは? 私達でも勝てないとしたら、村人にどうにかするなんて無理だよね? 村は燃やされちゃって、人も死ぬかもしれない……そうだよね?」

「ミサキ。幸い村人は避難しているわ。奴が村を攻撃するというのなら、それはそれで攻撃手段について知るチャンスだと思う」

「そんな! それじゃあ村の人達が困るよ! ズールさんも、じいやさんも、お姫様だって……帰る場所がなくなっちゃう!」


 机を叩いて必死に訴えかける美咲。しかしそれは……それは確かにそうだ。彼女の言う通りだ。全く持って正論……しかし、皆の視線は冷ややかだった。


「確かに村は燃えるかもしれないけどさ……でも、これはゲームじゃないか。別に村が燃えたらそれはそれで建て直せば済むだろ?」

「レイジの言う通りよ。悪いけど、そこまでNPC如きの面倒を見てやる筋合いはないわ」


 俺とJJの言葉を受け、美咲は本当に悲しそうな顔をした。何か言い返そうとしたが、恐らく言葉にならなかったのだろう。開きかけた口を閉じ、姫様の元へと走った。


「みんな見て! これが本当にNPCだと思う? ただの機械仕掛けのプログラムだと思う?」


 姫様の背後に立ち、その両肩に手を載せる美咲。姫はどうしたらいいのかわからずオドオドとしている。


「皆本当は思ってるんでしょ? NPCにしては人間らしいなーって! 確かにこの世界はゲームなのかもしれない! でもっ、この世界で生きる人達にとって……これは間違いなく現実なんだよっ!」


 それは……俺だってわかってる。

 ズール爺さんだって、ネルおばさんだって、お姫様だってじいやだって……なんでだかはわからない。けれど、ばかに人間くさいんだ。

 まるで誰かが操っていて、俺達と同じプレイヤーなんじゃないかと錯覚するくらい。だけどそうじゃないって事は、既に遠藤さんと一緒に検証が済んでしまっている。

 彼女たちはやはりNPCなのだ。人間ではない。限りなく人間のような挙動をする、けれどその本質はプログラムに囚われているだけの偶像にすぎないのだ。


「私達がこのゲームで遊んだのはたったの二週間くらいだけど……もう他人じゃない! 知り合っちゃったんだから、もう知らん振りなんか出来ないよ! 私は戦いたい! みんなを守りたい! みんなが笑顔で居る為に、やれるだけの事はしたい!」

「ミサキ……」

「JJは頭がいいよね。だったらそれを逃げる事じゃなくて、みんなを助ける事に使おうよ? 遠藤さんも。皆を冷静に判断する力があるなら、JJを支えてあげて。私たちにもっとアドバイスしてください。シロウもそう! シロウにはすごい力があるよ。強くてみんな頼りにしてる。だからシロウも私達を頼って欲しいんだ」


 声をかけられた三人はなんとも言えない表情を浮かべている。けれど間違いなくほんの少しだけ……ほんのちょっぴりだけ、心を動かされていた。


「お姫様! 私達、何とかあなた達を守りたいんです! だからどうか私達に力を貸してくれませんか? みんなで力を合わせて、一緒にあの怪物をやっつけるんです!」


 笑顔で姫の手を握り締める美咲。しかし――拒絶は最も予想外の所からやってきた。


「えっと、あの、その……私……こんな時、どうしたらいいのか……じいや?」


 助けを請うようにじいやを見る姫。老人は咳払いを一つ、美咲に問いかけた。


「勇者様。力を貸すというのは、いったいどのような……?」

「えっ?」

「我々は、その……困惑しております。勇者様は……神の使いであらせられるのでしょう? それが我々ただの人間の力を借りるというのは……少々、その……意味が……」

「勇者様は魔物を倒し、我々を救ってくださるのですよね?」


 少し……雲行きが怪しくなってきた。美咲も呆然としたまま、ゆっくりと姫から手を離しつつあった。


「村の者は皆、勇者様が魔物を倒してくださると……ただそう信じて待っています。その……皆さんがどのように魔物を倒してくださるのかは、我々には知る由もない事ですが……大丈夫、なのですよね?」

「も、もちろんだよ。だからその為に、お姫様たちも力を貸して欲しいんだけど……」


 まただ。二人はまるで時間が停止したみたいに固まって、ゆっくりと顔を見合わせている。そうして姫様は本当に不思議そうに、全く理解出来ないと言わんばかりに呟いた。


「なぜ……ですか?」


 黙りこむ美咲。その肩をJJが叩いた。


「そいつらに何か期待しても無駄よ。当たり前でしょ? NPCがプレイヤーの代わりにボスを倒してくれるRPGなんかない。そいつらは最初から何もかも私達に丸投げで、自分達で何か能動的に行動しようって気は一切ないのよ」


 美咲は何も言えなくなってしまった。それはそうだ。JJの言う事を認めてしまえば、先ほどの熱弁がまるで意味を成さなくなってしまう。だがそれを否定できるほど彼女は愚かではなく……ただ、項垂れる事しか出来なかったのだ。


「とにかく、部外者は頼れない。この問題は私達だけで解決……」

「アホくせえ。付き合ってられっかっつの」


 JJの言葉を遮り席を立つシロウ。後頭部を掻きながら出口へ向かっていく。


「ちょっと、シロウ?」

「これまで通りお前らはお前らでやればいいだろ。俺は俺のやりたいようにする……そんだけだ。主義主張があわねえのに無理して一緒にいる必要はねーだろ。所詮、こいつは全部ゲームなんだからよ」

「あんた一人で突っ込んで勝てるような相手じゃないわよ?」

「そん時は死ぬだけだろ。別に実際に死ぬわけじゃねえんだ。それもアリだろーぜ」


 軽く手を振りながら立ち去るシロウ。JJは深い溜息でそれを見送った。


「こうなった以上、様子見ね。ミサキだけで勝てるような相手じゃないと思うし」


 JJのその言葉はこれでお開きと言っているようで、なんとなく全員がこの場から離れていきそうな、またバラバラになってしまうような、そんな気がした。


「礼司君!」


 ゆっくりと立ち上がろうとした俺に美咲が声をかける。その声はやけに大きくて、全員の動きを停止させるに十分な注目度を誇っていた。

 美咲は……真っ直ぐに俺を見ていた。なんとなく何を言おうとしているのかはわかる。だけど……本当に残念なんだけど……俺は彼女の期待に応えられそうもなかった。


「なんだかみんなバラバラだよ……。礼司君、これでいいの? 本当にいいの?」

「それは……」

「皆で一緒に考えて、皆で一緒に頑張って……そうしなきゃ勝てないんだよね? 一人じゃ無理だって、そう言ってたよね?」


 何も応えられなかった。ただ黙り込んだまま俯いて、時間が過ぎるのを待っていた。


「何とか言ってよ……礼司君……」


 たぶん今この瞬間も、美咲は俺を真っ直ぐに見ているのだろう。俺はと言えば何とか逃れようと思って、何とかやり過ごそうと考えて、そんな事にばかり必死になっている。

 なんだかそんな自分が馬鹿馬鹿しく思えた。そして同時に……哀れにも感じられた。別に俺は何も悪い事はしていない。むしろ……被害者じゃないか。


「……みんな、ちょっと聞いて欲しいんだけど」


 気付けばそう口にしていた。何故か笑いが込み上げてきて、口調と共に投げかける。


「美咲は俺をリーダーにして、みんなで一致団結しようって言うんだけど……みんなはどう思うかな?」


 沈黙が訪れた。美咲は多分、驚いている。アンヘルは……さっきからいるんだかいないんだかよくわからん。そしてJJは困惑した様子で、遠藤さんは苦笑いである。


「あんたがリーダー? あんたみたいに何も出来なさそうなのが?」

「うーん……いやあ、どうだろうねえ……」


 二人の反応に対し美咲が何か言おうとしたので、俺はそれを遮るように矢継ぎ早に言葉を紡いだ。


「俺は、美咲がリーダーになるのがいいと思うんだ」

「……礼司君?」

「さっきの演説も中々堂に入ってたしね。確かに今後、リーダーは必要だと思うし……」

「待ってよ礼司君! 私はね、礼司君が……!」

「――俺にそんな事出来るわけないだろ! そんなに言うならあんたがやれよ!」


 言ってからはっとした。まさかそんなに大きな声が出るとは思って居なかったからだ。

 正真正銘怒鳴りつけた形になってしまった。慌てて美咲に目を向けると……別に美咲は悲しそうでも苦しそうでもなかった。ただ驚いた様子で、少しだけ申し訳無さそうに笑って見せたのだ。すると急にこっちが悪い事をしたような気になり、慌てて首を降った。


「ご、ごめん。怒鳴るつもりはなかったんだ……」

「ううん。私の方こそごめんね。怒らせるつもりはなかったんだけど……だめだなあ。やっぱり私、自分勝手だったよね。ほんとごめんね、礼司君」


 目を逸らしながら笑う美咲。そうして自分の頬を叩き、努めて明るく言った。


「よし! 私はちょっと頭を冷やしてきます! でもまだ諦めたわけじゃないから、そこのところは勘違いしないよーに! それでは!」


 呼び止める間もなく美咲は神殿を飛び出していった。俺は……追いかけようとした足も、伸ばそうとした腕も、結局思った通りには動かせず……ただこれまでと同じ様に、黙って見送る事しか出来なかった……。




「礼司、もう遅いんだしそろそろ寝たら?」


 自宅のリビングで垂れ流されている深夜のバラエティ番組を眺めつつ、俺は母の言葉に生返事を返した。

 時刻はとっくに深夜零時を回っている。さっきから何度も時計を確認しているのだからそれは間違いない。それでも俺はソファの上から動けずにいた。


「最近は部屋に閉じこもってるからちゃんと勉強してるのかと思ったのに……急に不機嫌になっちゃって。この年頃の男の子って本当によくわからないわ」


 俺が振り返ると同時、母はまるで逃げ出すようにそそくさとリビングを後にする。


「おやすみなさい礼司。ちゃんと朝起きるのよ」

「わかってるよ……おやすみ」


 パジャマ姿の母を見送り、溜息混じりにテレビのリモコンに手を伸ばした。

 昨日あんな事があったせいで、今日は本当に悲惨な一日だった。なにせ目が覚めた瞬間から今この時まで、ずっと陰鬱な空気が胸の中に居座っていたのだから。

 我ながら一体何にあんなキレ方をしたのか不思議である。理由は……まあ、考えれば幾つか見当たる。けれどそれは多分、どれも身勝手で子供っぽい理屈でしか成り立たない。

 自分では親に子ども扱いするな……なんて言っているくせに、実際の所はただのガキそのものじゃないか。なんだってこんなに自分の感情の制御が利かなくなるなんて事があるんだ……?

 面白くもない芸人の声を遮る為にスイッチを押した。残されたのは薄暗いリビングの静寂と、そこに響き渡る時計の針の音だけ。やけに耳に残るように聞こえてくるのは、それだけ俺が時間を気にしているからだろう。


「なにやってんだよ礼司君。別に普通に謝ればいいだけの事じゃないか」


 向こうはどうせ気にしてすらいないだろう。そりゃそうさ。俺なんて別に……。


「別に……居ても居なくても同じなんだから……」


 ――そうだ。俺はとっくに弁えている。

 自分には特別な才能なんかないって。ただの凡人に過ぎなくて、冴えなくて、全然輝いてなんかいない人生。それがこれから死ぬまでずっと続くんだ……って。

 俺はヒーローにはなれない。そんな事は、随分前に自覚していた事じゃないか。

 それなのに俺は……ああ、そうだ。結局俺は楽しかったんだ。あのゲームの中で、まるで自分自身が変われるような気がしていたんだ。

 ゲームだってのはわかってる。そんな事は誰に言われるまでもなく。けれどあれは普通のゲームではなかった。まるで本物の……自分自身が体験しているかのような世界。だからこそ感情移入もしたし、幻想だって抱いてしまった。

 現実じゃないのなら。それでもまるで現実の続きのようなら。そんな場所でなら、特別な世界でなら、俺も何か……今の何もない自分から変われるのではないか、と……。

 今思えば馬鹿げた話だ。たかがゲームに何を熱くなっているの? だ。

 別にいいじゃないか。役立たずで特に何の魅力もない自分。世界を変えられないと諦め、斜に構えて時間をやり過ごそうとしている自分。いつだってそうだ。何も変わらない。

 愛想笑いばかり上手くなって、まるで自分もみんなの一部なんだって思い込みたくて、必死になって足掻いている自分……それで、いいじゃないか。


「……くそっ」


 だったらなんで美咲にキレたりしたんだ? 何を今もイラついてるんだ?

 わかってる。本当はわかってるんだ。かっこ悪い自分が嫌で、情けない自分が嫌で、なんとかしたいってずっと……ずっと思っていたのに。

 嫌いな自分から目を逸らして、時間が過ぎて……もう手の打ち様がなくなるのを、どうしようもなかったんだって、言い訳が出来る時が来るのを待っている。


「……ちくしょう。高二病どころじゃないぞ。これじゃあ中二病以下じゃないか」


 意を決し立ち上がった。時間は黙っていても流れてしまう。どうにかする為の時間が短いという事は、今の俺にとっては背中を押してくれる要素だった。

 リビングを飛び出し自分の部屋に向かう。後ろ手で鍵を閉め、直ぐにPCの電源を入れた。


「XANADUが胡散臭いゲームだからとか……不平等だからとか、システムがどうとかそういう問題じゃねえ……!」


 あんなの、ただ俺がガキで、バカで、みっともなくてかっこ悪かっただけだ。

 やろう。考える前にやってしまおう。一人でゴチャゴチャ考え込むのは俺の悪い癖だ。

 逃げる理由を考えている暇があるなら。投げ出す免罪符を模索している暇があるなら。とりあえずやれるだけの事をやっちまえ――。




「美咲!」


 神殿にログインしたのは、既に村には人気がなくなっているだろうと予測したからだ。直ぐに名前を呼んでみるが、俺の目の前には目を丸くしたJJが立っていた。


「ちょっ、いきなり目の前に現れないでくれる? びっくりするでしょ……」

「それは仕様。そんな事より美咲知らない?」

「彼女ならダリア村じゃない? まだあの村を救う方法を考えてるみたいだったから」


 なんという事でしょう。美咲もこっちに来てJJあたりと相談していると思ったのに。


「出来る事がまだあるはずだって。それを探してみるなんて言ってたけど……一人になりたかったんじゃないかしら。昨日誰かさんと喧嘩してたし」

「うぐっ。あれは喧嘩……じゃないよ。ただ俺が一方的にバカだっただけさ……」


 肩を落として溜息を一つ。するとJJは少し意外そうに言った。


「へえ。昨日の今日でそんなに冷静になれるんだ。少し見直したかな」

「俺の評価は余程低かったと見えるな」

「褒めてるんだから素直に受け取りなさいよ。それより美咲の所に行くんでしょ? あんまり今日は時間残ってないから急いだ方がいいわ。残り一時間二十分って所かしら」

「わかってる。それじゃまた!」


 JJに手を振って代わりにあの餅を取り出す。身体に光を帯び、強化された身体能力でスタートダッシュを決めた……その時である。


「あのっ、勇者様!」


 神殿を出た直後に声をかけられた。慌ててブレーキをかけるが、体勢を崩して転びそうになってしまう。


「おわっと……!」

「あっ、ああ……急に呼び止めてしまってごめんなさい!」


 振り返るとこちらに駆け寄ってくる姫様の姿が見えた。神殿からこちらまで走ってきた姫様は肩を上下させながら俺を見つめている。


「ちょっと急いでてね。どうかした?」

「はい。あの……その……本当に申し訳ありません! 一つだけ宜しいでしょうか!」


 あまりに一生懸命なもので、勢いに押され頷いてしまう。すると彼女は今にも泣き出しそうな顔で呟くように言った。


「私達は……何かが……何かが、間違っていたのでしょうか……?」

「え……っと。それは、どういう……?」

「先日……ミサキさんが言っていた事の意味を、私なりに考えてみたんです。その、みんなで力を合わせる……という……」


 ああ。そんな事を言っていたっけ。だが彼女達は所詮NPCに過ぎない。美咲の要請は、結局の所そんな彼女らの機械的な面を明らかにしただけだったが……。


「その……こんな事をお訊ねするのは、大変失礼だとは思うのですが……! その、勇者様達は……もしや、勇者様ではないのですか?」


 質問は滅茶苦茶だったが、言わんとする事は俺にも伝わった。


「つまり俺達が神の使者ではないかもしれないと、そういう事だね?」

「ごめんなさい、ごめんなさいっ! こんな事を……神に疑いを持つだなんて!」


 必死に頭を下げる姫様。そこから読み取れる事は二つだ。

 一つは……俺がどんな答えをするかわからないから、わざわざ一人で抜け出し俺を呼び止めたという事。そしてもう一つは……彼女達がそれこそ一切の曇りなく、神の存在を信じているという事だ。

 なるほど。そんな彼女らの信仰心からすれば、神の使徒を疑うだなんて事は本来有り得ない事なのだろう。姫という立場であればなおさらだ。


「ああ……私……私は今、とても恐ろしい事を口にしてしまいました。どんな罰でもお受けします。どうか……どうかお許しを……」

「お許し、ねえ……」


 一歩歩み寄るとそれだけで姫の背中はびくりと震えた。随分と縮こまって目まできつく瞑っているのだから、まるで俺がいじめているみたいだ。


「姫様はさ。どうして俺達が勇者じゃないかも、なんて思ったの?」

「それは……」

「いいから言ってみてよ。俺は怒らないからさ」


 逡巡した後、姫は意を決したように口を開いた。


「皆さんのやり取りを見ていて……その……まるで、人間のようだと……」


 それは随分と面白いセリフだった。まるで人間のようだ……それはこちらが彼女達に抱いていたものと全く同じ感想なのだから。


「特に、ミサキさんを見ているとそう思うんです。うまくは言えないのですが……」

「確かに彼女は、随分と君らに感情移入してるというか……歩み寄ってるみたいだからね」

「昨日のあれは……その、勇者様同士のあの……なんともいえない嫌な感じは……もしや、私の態度になにか問題があったのではないかと……」


 あれっていうのは……まあ、俺らの言い争いみたいな状態の事か。

 喧嘩という言葉を知らないのだろうか? 姫はまるで幾つかのセリフを縛られているようで、思いを上手に表現出来ずにいるようだった。


「……俺達は確かに勇者だよ。君達とは違う。特別な力も持ってる。だけど決して完璧じゃないんだ。神様とは違う。そういう意味では君達とあんまり変わらないんだよ」


 不安げに俺を見る姫。その不安は恐らく……今の状況がどうとか、俺達がどうとか、そういう表面的なものではないのだろう。

 彼女がずっと信じ続けてきた勇者という幻想の神話。そこに芽生えてしまった一握の不安を受け入れられないからこそ、心が不安定になっているのだろう。

 自分の右手を見つめ、それをそのまま姫の頭の上に乗せる。震えながら俯いている姫に対し、出来る限りの優しさを込めて頭を撫でてみた。


「今の俺は君の疑問に答えるだけの力がないと思う。何せ色々な事から目を逸らして逃げまくってる最中だからね。だから脅えないで。今の話は、是非美咲にしてやってほしいんだ。彼女、きっとすごく喜ぶだろうから」

「どういう意味ですか?」

「自分で言っててよくわかんないけど……でも、人間の感情ってそんなもんじゃないかな」


 一歩身を引く。姫はもう震えてはいなかった。どうやら少しは落ち着いたようだ。


「それじゃ、俺は行くよ。美咲に言わなきゃいけない事が色々あるからさ」

「……はい。呼び止めてしまってごめんなさい。私……ここでお二人が戻ってくるのを待っています。ミサキさんに、宜しくお伝え下さい」


 頷いて走り出す。今度こそ足を止める事はない。このまま一気にダリア村まで駆け抜ける。今の脚力なら、十分とかからないだろう――。

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