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XANADU  作者: 神宮寺飛鳥
【虚ろなる者たち】
88/123

代償(2)

 イオが両肩から放ったレーザーに対し、ミユキは正面に氷の壁を出現させる事で防御する。結晶の表面を滑るように光が散らされる間に矢を構え直し、物陰から飛び出すと同時に放った。矢は光の速さでイオの肩をを貫き、爆発する氷がイオの身体を空間に磔にする。


『ぐ……う、動けねぇ!? やっぱりただの氷じゃねぇぞ!?』


 目を細め止めの追撃を狙うミユキ、その側面から遠藤が駆け寄る。拳銃を乱射する動きをけん制するようにターゲットを変え放たれた矢は、しかし遠藤には命中しない。軌道に残るように空間を凍結させる氷の上に飛び乗り、遠藤はミユキの頭上を通過しながら二丁拳銃を連射する。


「イオ、腕をパージしなさい! ミユキの氷は受けたらもうアウトだ! 彼女の相手は僕がする! 君は遠距離から援護に集中するんだ!」

『……クソッ! 指図するんじゃねぇよ!』


 右腕を肩から切り離し、ブースターを展開して空に舞い上がるイオ。ミユキはそちらを目の端で捉えつつ遠藤の銃弾を全て停止させ、更に矢を放つ。

 着地を狙った凍結を背後に跳び、更に大地に手をついて二度跳躍し、遠藤かくるりと空中を回転し氷の壁の裏に着地した。透かさず二丁の拳銃を手元で再構築し、サブマシンガンを作ると物陰から腕だけを出しミユキめがけて掃射する。


「お互い遠距離攻撃タイプ……一撃の威力は圧倒的にこちらが上ですが、手数では劣る」

「その威力を補う為にイオがいるんだろう?」


 上空に目をやるミユキ。そこには胸部を展開し、エナジーフィールドを収束させるイオの姿があった。緑色の光が胸元で球体を作り、放たれた光の弾丸がミユキめがけて落下する。慌てて跳んで回避するミユキだが、巻き起こった大爆発は全て停止させる事が出来ない。自分の周囲を全て停止させてしまえば身動きが取れなくなってしまうからだ。止む無く吹き飛ばされながら受け身を取るが、そこへ遠藤が駆け寄ってくる。マシンガンの弾丸を何とか止めたが、脇腹に蹴りを受け、勢いよく別方向へと吹き飛んだ。が、空中で自らを一度停止させることで制動し、ミユキは難なく着地する。


『なんだあの女……能力を完璧に使いこなしてやがる……!?』

「だがそれも永遠じゃない。精霊器の能力を使うにはMPが必要だ。ミユキは既にここに至るまでに大量のMPを消費しているからね。このまま攻撃を続ければ無力化する事は容易いよ」


 それは図星であった。ただザコの魔物が沸いてくるだけならば頃合いを見て突破し、レイジを探し出してパンデモニウムから飛び降りればよいだけの話だった。だがこうしてバウンサーに張り付かれてしまってはそうもいかない。残りのMPを考えながら、せめて脱出に必要な僅かな分だけでも保持しておく必要がある。

 尤もこれは想定外のケースではなかった。その為に機動力の高いファングと飛行能力を持つアンヘルを連れて来たのだ。二人のどちらかがレイジを発見するまで、ただそれまでの辛抱である。だが……。


「僕が敵に回った以上、君達勇者にはお互いの状況を連絡し合う手段がない。仮にレイジ君を発見した仲間がいたとしても即座に戦闘中止というわけにはいかないのが辛いところだね」


 それも遠藤の指摘通り。だからもう、今現在既にレイジが発見され救出されているとしても。仲間がレイジを前に困難に立たされているとしても、助けに向かう事も離脱する事も出来ない。連絡を取り合う事が出来ないという状況がミユキの精神に圧力をかけ、集中力を削ぎ落していく。だからこそ、別に勝てなくても良いのだ。


「ただ張り付いて足止めしているだけで君は自滅する。さて、この状況をどうやって突破するのかな? 篠原深雪君?」


 それはミユキも承知の上。逆に言えば、自分がここで戦い続けている限りは二人のバウンサーを足止め出来ると言う事でもある。どちらにしたって何も問題はない。少女はゆっくりと構えを時、一度深く呼吸を行った。それだけで肩の力は抜け、冷静さが蘇ってくる。


「策を講じなければならないのはそちらの方です。そちらが時間稼ぎに動き出すというのならこちらは最初から全力で行くだけの事。こちらの力を使い切る前に、完膚なきまでに押し通してあげましょう」


 ニヤリと笑みを浮かべ、全身から魔力を解き放つ。青白い光が足元から吹き上がり、ミユキの長い髪を舞い上がらせる。光を宿した少女の瞳は勝気に揺れている。遠藤はそれに苦笑を一つ。


「素晴らしい精神力だな。流石、幼い頃から苦労してきただけはあるよ。イオも彼女くらい落ち着きを持ったらどうだい? 境遇は似たようなものだろう?」

『うっせえバカ! それよりあいつの言う通り、一気に決めにかかられると厄介だぜ!?』

「本気を出すならこちらも本気で応じるだけだ。短期決戦になればそれはそれで望むところだよ」


 そう、結局の所出方を窺ったところで意味はない。相手がどう動くにせよ、何をたくらんでいるにせよ、最終的にこの場所に立っていさえすればそれでいいのだから。

 ミユキは掌に複数の矢を出現させ、それを一つに収束させる。ミユキの矢は物理的な存在ではなく魔力で編み出される物だ。より多くの魔力を使えば威力はそれだけ上昇するし、複雑な操作も可能になる。束ねた矢を手にミユキは跳躍し、上空からさかさまに大地に向かって矢を放った。それは無数の光の雨となり大地へ降り注ぐ。しかもそれらはただ直線に大地を穿ったわけではない。空中でそれぞれが軌道を変化させ、イオと遠藤それぞれを追尾するように接近してくる。


『ホーミングレーザーかよ!?』


 次々に爆裂する氷の魔力が大地を染め上げていく。イオは全速力で空中を飛び回り矢を回避しようとするがままならず、矢にレーザーを打ち込んで相殺する。が、それでも爆発した氷に装甲を引き裂かれてしまった。


『くそっ!? 一撃の威力が高すぎる!』


 耳元で鳴り響く精霊器のアラートの中、イオは汗を散らしながら振り返る。地上では遠藤が矢に対し精霊、クリア・フォーカスを出現させて防御しているところであった。

 クリア・フォーカスは巨大な蜘蛛の精霊で、精霊形態と精霊器形態が同時顕現可能な特殊ケース。遠藤は自らの精霊を盾にして防御したのだ。そしてその精霊はすぐに消してしまえば空間に囚われる事もない。咲き乱れる氷の森の中、遠藤は銃をライフルに変えてミユキへ駆け寄る。ミユキは空中でくるりと回転しつつ大地に向かって斜めに矢を放ち、空中に出現した氷のレールの上に着地する。そのまま高速で滑走しつつ、遠藤めがけて矢を放った。


「ミユキ君……君の能力はなんでもありかい?」

「貴方達と違って能力を研究する時間はたっぷりありましたから」


 蒼い閃光が遠藤の胸を貫く。イオが叫び声を上げようとしたその瞬間、何故かミユキの身体がレールから脱線していた。衝撃に意味が分からず目を見開くミユキの視界の端、たった今姿を現したらしい遠藤が蹴りを放った姿勢のままこちらに銃を向けていた。

 意味がわからなかった。たった今遠藤を射抜いたはず。だが明らかに先ほどまでとは違う位置に、しかも高速移動中のレールに沿って飛び込んでくるなんて、そんな悠長に構えなければ出来ないような事――。

 油断が防御を一瞬遅らせた。レールから飛び降りながらライフルを連射する遠藤の攻撃に片手を翳して停止させようとするミユキだが、全ての銃弾を止める事は出来なかった。結果、一発の弾丸が停止領域を飛び越え、ミユキの脇腹を貫通する事となった。

 痛みに目を白黒させながら、それでもミユキは大地に片手をつき、飛び跳ねるように着地を取る。見れば遠藤は既に姿を消し始めており、その姿を目視する事は出来ない。


「やられた……ッ」


 遠藤の迷彩能力は理解していた。当然警戒もしていたから、その姿からなるべく目を離さないようにしていた。これまでもずっとイオと遠藤、その二人を同時に捉えるようにしていた。だがそれが裏目に出た。先ほど遠藤へ攻撃がヒットしたと手ごたえを感じた瞬間、隙が生じてしまったのだ。この時点でミユキは気づく。先に倒した遠藤は“幻影”にすぎなかったのだと。

 遠藤の能力は迷彩と伝達。姿を遠くに投影する事が出来てもなんらおかしな事はない。とすれば入れ替わったのは先のクリア・フォーカスで防御を行った際か。あそこで幻影を作り出し、自らはクリア・フォーカスの陰に隠れたまま姿を隠したのだ。そして幻影を囮に使い、その間に自分は消えたままミユキへと接近、奇襲を仕掛けた――。


「消える能力を……意識、しすぎた……!」

『隙だらけだぜ氷女ァアアア――ッ!!』


 空中で脚部に装備したミサイルを全弾発射するイオ。更に肩と胸からレーザー、更に残った左腕で手持ちのガトリング砲を掃射する。すさまじい弾幕を前に停止した空間を作り防御するが、爆発の炎と衝撃で吹き飛ばされる。そうして大地を引きずられた先、突然また横から伸びて来た遠藤の腕に掠め取られ、受け止められると同時に大地に組み伏せられてしまった。しまったと思う間もなく、遠藤のライフルが後頭部へ押し当てられる感触を確かめる。


「チェックメイトだよ、氷の女王様」

「遠藤……!」

「能力を使おうとしたら即座に撃つ。君が能力を発動するのと僕が引き金を引くのとどちらが早いのか、西部劇ごっこをしてみるのも悪くはないけどね。命は大事にした方がいいと思うよ」


 うつ伏せに倒れ、腕を背後にひねりあげられた状態で荒く息を繰り返すミユキ。地べたに頬を付けたままでも決して屈しない、鋭い眼差しを浴びても遠藤は平然としていた。


「うーん、傷ついた美少女のそのきつい視線……中々そそるねぇ」

「……変態」


 いつもと何ら変わらぬ笑みを浮かべる遠藤の背後、ゆっくりとイオが着陸する。どうにかしようにももうミユキの魔力は枯渇寸前。少しでも脱出の為に余力は残しておかねばならなかった。




「どこへ行くんだぁ? レェイジィィ……!?」


 パンデモニウムの外周を包み込む螺旋回廊を急ぐレイジ、その行く手を阻むように飛来した鎌が突き刺さる。驚き足を止めるレイジの目の前、鎌の上に立つように落下してきたのはハイネであった。


「ハイ……ネ……? だけど、それは……?」


 軋むように笑うハイネ。その姿は以前とは明らかに様変わりしていた。

 体の右半身を黒い闇が覆い、腕はまるで魔物のように歪な形状に変化している。鎧のようにも見えるその怪物の装甲は顔にまで浸食し、ハイネの顔の右半分は黒い靄に覆われていた。


「あぁ? 見てわかんねーのか? パワーアップだよ、パワーアップゥ! よりバウンサーとして、魔物としての能力を強化したんだァ! ひひ、ひひひひっ!!」


 足で鎌を弾き、大地に落ちると同時に回転する獲物を手に取り笑うハイネ。その眼は血走り、口元からは涎が垂れている。今のレイジにハイネから発せられる魔物の力を感じ取る術はない。だがそれでもひしひしと肌で感じられるほど強烈な殺意を浴びているのはわかった。思わず後ずさり、自由にならない両腕を睨む。


「くそっ、こんな時に……!?」

「なあレイジ……? 認めるよ。お前はスゲェ強いって。これまで戦ってきて分かったんだ。お前は弱者なんかじゃない。俺達からすべてを奪っていく……強者だったんだ。お前は努力と決意でその強さを手に入れた。スゲェよ。ホント、スゲェよ……」


 悲しそうな表情でぽつりぽつりと語り、ゆっくりと顔を上げる。そうして片手を広げ、レイジを見つめるハイネ。その視線には確かな尊敬が念じられていた。だがそれを塗りつぶして余りある程の憎悪の感情は、レイジの背筋を冷たくさせる。


「お前言ったよな。俺なんか殺すに値しないってよ……。そらそうだよなぁ。お前は主人公だもんなぁ。この世界の神に、“世界”そのものに選ばれた救世主だもんなぁ!! お前は……お前はいいよなぁ。お前は全部持ってる。俺が持ってねぇもん……全部よぉ……」


 左手で顔を覆い、ギリギリと歯軋りする。そうしてゆっくりと、一歩一歩、レイジへの距離を詰めていく。


「なんでだ……? なんでどいつもこいつも、レイジ、レイジレイジレイジ……! っんでテメェなんだ!? テメェは俺から何もかも奪い去る敵だ! 敵は殺さなくっちゃなぁ! 俺は! 俺を傷つけ踏みつけにする連中を全部、全部全部全部、ぜんっぶ! ぶっ殺して見返してやらなきゃならねぇんだよ、レイジィイイイイッ!!」


 全身から魔物特有の黒い魔力を放つハイネ。その力は先日の対決よりも更に増している。だがハイネがおかしくなり始めているのは明白で、レイジは冷や汗を流し、憐れむように語り掛ける。


「……ハイネ……。どうしてお前はそうなんだ。お前だって……違う。誰だって自分の人生の主人公だろ!? 俺も、お前も……マトイだって! 皆自分自身が主人公なんだ! 誰かを羨んでも憎んでもなんにもならない! 超えるしかないんだよ、自分の力で!」

「うるせぇえええええええ! 喋るんじゃねェ! その目で……またその目で俺を見る! 憐れむんじゃねぇ! 見下すんじゃねぇ! 俺はっ! 俺はぁああ……っ!!」


 肩を震わせ涙を流すハイネ。しかし一瞬で無表情に変わり、またすぐさま狂気じみた笑みに変わる。

 精霊器は心で動かすものだ。その精霊器の力を引き出せば引き出すだけ勇者は己の感情にあてられる事になる。バウンサー化する事で魔物の侵食を受けたクリティカルは、一切の情け容赦なく持ち主の心をかき乱す。


「勝てるまで何度でもテメエを殺すぜレイジ! 俺はもう、テメェを殺せさえすればあとのこたぁどうだっていい! お前を殺すなというアスラもロギアも……もう関係ねぇ! 立ち塞がるなら全部敵だ! 敵、敵、敵ぃいいい! 殺す、殺す殺す、殺すぅっ!」


 噴き出した憎悪は目に見える魔力として、そしてその力は物理的な衝撃波となってレイジを吹き飛ばした。ただ風が吹くだけで吹き飛んでしまう今のレイジにとってこのハイネは絶対に勝ち目のない相手だ。しかし進も引くも、ハイネならば阻止するは容易いだろう。精霊器を持つ者とそうでない者の力の差とはそういうものだ。


「お前は今能力を封印されていて使えないんだよなぁ? 知ってるぜぇ。安心しろよ、一撃で殺したりしねぇからよ。じっくりじわじわいたぶってから殺してやるからよぉ!!」


 鎌を振るい、全力で薙ぎ払う。最早言っている事とやっている事が一致していない。斬撃は屈めば回避できると分かっていたレイジだが、余波までは無力化出来ない。踏ん張りが効かずに通路の上を滑り、転倒した先は通路の淵。慌てて姿勢を立て直そうとするが、両足が空中に投げ出されてしまう。


「っつ……あぁっ、くそ!?」

「あぁ!? 何落下しそうになってんだテメェ!? 勝手に死ぬんじゃねぇよ、俺に殺させろ、俺によぉおおおっ!!」


 足元に広がった影から無数の触手が伸びる。それらが矢のように一斉に降り注ぐ景色を瞳に映し――レイジが選んだのは空中へと逃れる事であった。それ以外に逃げ場などまったくなかったし、今ハイネから逃れる為に、一秒でも長く生き延びる為には必要な決断だった。例えその後にただ単純に落下した結果、遥か彼方の大地に叩き付けられるとわかっていても――。


「う……わあああああああっ!?」


 これまで一度も感じた頃がない程の強烈な浮遊感に全身の感覚が逆立つ。レイジは今、完全に無防備な状態で落下を始めていた。ハイネが何か叫んでいるが最早耳にも届かない。このままただ落ちれば死ぬだけだが、今のレイジには何をどうする事も出来なかった。


「くそおおおおおおっ! こんな所で死ねるかよぉおおおおおおおッ!!」


 両腕を縛る鎖を何とか外そうともがくが、そんな事はこれまで散々試したことだ。頭ではもう無理だと分かっているが、身体はそれでも絶望を拒絶し続けていた。

 それが織原礼司という少年の強さ。絶対に諦めないと誓ったその心は、自分を守って散っていったあの少女のものだから。それだけは絶対に。絶対に――手放してはならない。


「奇跡でもなんでもいい! 神でも世界でもなんでもいい!! 俺を……俺を……! 俺が救世主だっていうのなら! 俺を助けろ、“運命”――――――ッ!!!!」


 絶叫の後、手を空に伸ばした。あの城の遥か彼方に陰る太陽へ。時がゆっくりと刻まれる。それでもまだ信じ続ける。自分をここまで生かし続けたこの幸運に運命と名をつけて。そしてその奇跡は、容易く訪れた。

 雲が太陽を隠し、それがまた晴れた瞬間。眩い光を背にして誰かの手がレイジの手を掴んだ。その手を伸ばさなければ、奇跡をよこせと絶叫しなければ手繰り寄せられなかった偶然。ただ死を待つだけだったレイジを救ったのは、光の翼を拡げた天使であった。


「マスターーーーッ!!」

「アン……ヘル……!?」


 落下しながらレイジを抱き寄せ、強く強く抱きしめるアンヘル。二人のシルエットは重なり合い、真っ逆さまに落下しながら雲を突き抜ける。


「マスター……よくぞご無事で……っ」

「ア、アンヘルさん? 胸に思い切り顔が……むぐぐ……っ」

「良かった……。このまま地上へ脱出しましょう。私の飛行能力なら着地できる筈です。それでマスターの奪還作戦は成功ですから」

「いや、駄目だ! まだあそこにミユキが残ってる! 戻ってくれ、アンヘル! 彼女を置いて逃げるわけにはいかない!」

「しかし……マスター、その鎖は……」


 アンヘルの目から見ても今のレイジは遥かに弱弱しい。封印が解除されない限り戻ったところで足手まといになるだけだろう。レイジのログアウトとその能力を封印しているその鎖の本質は“関係性の切除”。それが厄介なものであるとアンヘルは直感する。


「今の俺じゃ何もできないかもしれない。それでも――それでも、絶対に逃げない! 俺がいても足手まといかもしれない! 邪魔なだけかもしれない! だけど、もうっ! 大切な仲間を…………女の子を置いて、逃げたりしないっ!」

「マスター……」

「お願いだ、アンヘル……もう一度俺に……俺に、チャンスをくれ……!」


 切実な視線で懇願されてはアンヘルも断れない。主のわがままに複雑な笑みを浮かべ、優しく頷きを返した。そして天使は翼を翻し反転。再び空に浮かぶ城へと舞い上がる。


「わたくしはあなた様を信じると決めました。わたくしの全てはレイジ、あなたと共にある。それに……勝算がないわけではありませんから」


 ぎゅっと強くレイジの身体を抱きしめる。そうして雲を突き抜け空の上へ。そこではハイネが二人の復帰を待っていた。


「ほらなぁ、やっぱり生きてやがった! ずりぃよなあ、レイジ……お前ほんとずりぃよ! でもよお……そうでなくっちゃなああああっ!!」


 飛行するアンヘルへ鎌による衝撃波が迫る。レイジを抱えている分その機動力は大幅にダウンしている。何とか回避し、続く触手による攻撃を避けきれず足を貫かれ、そのまま職種に引き寄せられる形で螺旋回廊に二人は叩き付けられた。その間もずっとアンヘルはレイジを守ろうと抱きしめ、障壁を展開し続けた。


「ぐあっ!?」

「マスター!」


 大地の上を転がるレイジとアンヘル。そこへ片手で鎌を引きずりながら猛然とハイネが駆け寄る。アンヘルはリピーダを構え障壁を全力で展開するが、ハイネの振り下ろした鎌の一撃はアンヘルの防御能力を遥かに超越している。一撃で衝撃は砕かれ、鎌を受け止めるも刃が深くアンヘルの肩口に食い込み血しぶきを上げた。


「アンヘルッ!」

「わたくしは……守る……! グリゼルダが……あの“わたくし”がそうであったように! わたくしは守るべきものを見つけた! だから……っ!!」


 感情いっぱいに叫びをあげて。想いを乗せ、魔力を絞り出す。精霊の力が、魔力の力が、この“世界”の力が心から生み出されるものなら。今のアンヘルは以前のアンヘルとは違う。

 眩い輝きを放ったリピーダが強烈な障壁を展開し、ハイネの身体を吹き飛ばした。それだけで実力差を考えれば奇跡のような事である。しかし力を使いすぎたアンヘルは膝をつき、それ以上もう動く事が出来そうになかった。


「アンヘル! 回復の能力は!?」

「……それは……わたくし自身には使えないのです……」

「え……えぇっ!? ならどうして俺を庇って……!?」

「大切な人の為に……大好きな人の為に……。その身を挺して戦いたいと願うのは……愚かな……事、でしょうか……?」


 寂しげに、それでも確かに笑ったアンヘルの横顔にレイジは瞳を見開く。胸の内側にはざわざわと魔力が渦巻いているのにそれを形にすることが出来ない。こんなにも強く願っているのに。闘いたいと。仲間を救いたいと――。


「レイジを直ぐ殺すのは勿体ねぇからなぁ。まずはお前からだ。仲間を目の前でズタズタに引き裂いて、お前の前にハラワタ引きずり出してやるよ、レイジィ!」


 甲高い笑い声をあげながら駆け寄るハイネ。再びアンヘルが杖を構えたその時、突然強風がハイネを襲った。否、それはただの風ではない。明確な攻撃の意志を持ってハイネの脚を切り付けた鎌鼬は、落下してくる新たな仲間が放った物だ。


「レイジィイイイイーーーーッ!!」

「…………JJ!? それに……ケイオス!」


 片腕でJJを抱きかかえたまま落ちてくるケイオスの動きは単純な自由落下ではない。何らかの力による制御を受け、早く、しかし正確にレイジの傍へ落ちてくる。ハイネは舌打ちを一つ、鎌を手に駆け寄ってくるが、ケイオスは指輪の精霊器をはめた片手をかざしてそれを制止する。


「輝け、リング・オブ・イノセンス!」


 指輪が光を放った瞬間、ハイネの身体に自由が利かなくなった。それが一体どのような理屈なのか、どのような感覚なのかも理解が及ばない。ただ身体が重く、異常なまでに増大したその重さはハイネの膝を着かせ、顔を持ち上げる事も苦痛に変えている。


「ぐ……がああっ!? んだ、この力!? 風を操る能力じゃ、ねぇ……!?」

「折角の感動の再会なんだ。水を差すのは野暮ってものだよ」


 余裕の笑みで着地するケイオス。その腕から飛び出したJJが足を縺れさせながらレイジへと駆け寄り、そのまま飛びついた。弱弱しい力で、しかし精いっぱいにレイジの存在を確かめるように抱きしめ頬をこすりつける。


「レイジ……よかった……生きてた! やっぱり私の推測は正しかった……でも……でも……ほんとに……ほんとうに、良かった……っ!!」

「じぇ、JJさん……? なんでみんな飛びついてくんの……?」

「君を心配していたんだよ、レイジ君。僕も、彼女らも……“彼ら”もね」




 ミユキの背後に乗り拘束していた遠藤。その身体が突然の衝撃で吹っ飛んだ。見ればそこには一瞬で駆けつけたファングの姿がある。ファングはミユキを助け起こすと、背に庇うようにして構えた。


『大丈夫か?』

「ファング……今は、私の事よりもレイジを……」

『いや、もう大丈夫だ。“合図”が見えなかったのか?』


 目を見開くミユキ。その表情が明らかに安堵に緩んだのを遠藤は見逃さなかった。次の瞬間、何かを察知したイオが遠藤を浚うように低空飛行で突き抜ける。すると先ほどまで遠藤が立っていた場所に遥か上空から何かが高速で落下。大地を粉砕し陥没させ、砂煙を巻き上げながら立ち上がろうとしていた。


「な、なにが降ってきたんだい!?」

『あいつは……くそっ、あいつらそういう事かよ!』


 なにかを察したようにごちるイオ。砂煙の中から現れた大きな腕がそれを薙ぎ払い、ゆっくりと巨漢が姿を現す。それは勇者連盟と呼ばれた集団を纏め上げていた長。たった一人でボスクラスの魔物を叩きのめすと言われた、もう一人の“救世主候補”。


「ふぃ~。予定通りとはいえ、空のド真ん中に出現した時はビビったぜ。んで、大丈夫か? ミユキちゃんに、ファングよぉ?」

「……ええ、カイゼル。お蔭さまで何とか」


 顎鬚を弄りながら笑みを浮かべるカイゼル。その腕を覆う巨大な盾は換気口から大量の蒸気を吹き上げてうなりを上げている。男はどっしりと一歩前に出ると、イオと遠藤の二人を前ににらみを効かせた。


「さぁて、色々と若い連中に無茶をさせしまったからなぁ。大人としちゃあここいらで一つ、キッチリ責任を取らなきゃなるめぇよ。さあ……どっからでもかかってきな?」


 ふらつく身体を背後のファングに預け小さく息を吐くミユキ。

 そう、全ては最初から段取りの決まっていた事。JJが提案したレイジ奪還作戦。それは今、完全に事を成そうとしていた。

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なつかしいやつです。
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