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XANADU  作者: 神宮寺飛鳥
【異世界】
82/123

ごめんなさい(3)

「魔王を倒し、いずれは神をも倒し自らが神となり世界を救う……なるほどね。それがレイジ君の考えた、この状況をひっくり返す打開策ってわけ」

 会議室に戻るレイジ達に同行し、一通り話を聞いたクピドは腕を組みながら目を瞑った。それから暫し考えた後、ゆっくりとした口調で語り出す。

「でもね、レイジ君。それは口にする程容易くはないし……何よりこんなゲームを仕組んだゲームマスターが言った事でしょう? 本当に信用出来るのかしら?」

「そもそも……神とは何だ? そんな曖昧で抽象的な言葉に……“奇跡”のような言葉にお前達は縋るのか? それは本当に……お前が望む希望なのか?」


 続くファングからの質問にレイジは迷わず首を縦に振った。それから丁度いい機会だからと前置きをした上で、仲間たちにも分かるようにアンヘルの隣に並んで言う。


「勿論、GMの言う事が本当に信じられるかどうかはわからないし、俺だってそれだけで判断したわけじゃない。俺は……今のアンヘルは嘘をついていないと思う。というか、今の……じゃなくて、これまでもアンヘルは嘘そのものは吐いた事がなかったよね。ただ黙っていただけだ。だけど今はこうして俺に手を貸してくれている」

「神という存在に関しても、ある程度はご説明出来るのであります。要は世界の管理者という存在ですから……それほど途方もないわけでもなければ、逸脱した存在でもありません。なぜならばあれは、皆さんとなんら変わりない人間そのものなのですから」

「……わかったわ。どっちにしたってここからは命懸けの戦い、命懸けの選択……なら他人にとやかく言われた事よりも自分の信じた道を行くべきだわ。誰にも責任はとれないんだもの。私だって、レイジ君を止める事は出来ないわ」


 苦笑と共に肩を竦めるクピド。しかし直ぐに男は真剣な眼差しに変わる。


「だけどね……勇者連盟……だった勇者たちは、貴方達に協力しないと思うわ。当然だけど、殆どのプレイヤーがこのゲームを下りる事になると思う。それだけならまだしも、この世界そのものへ憎しみを向けて破壊を望んでいるような勇者が結構な数いるわ。さっきの揉め事を起こした連中はそのごく一部に過ぎないって訳ね」

「ウチのボスはそういう連中を何とか抑えようとしているようだが、中々手が回りきらん。リアルで直接訪問して話をするような活動もしているようだが……如何せん元々はネットだけの繋がり。その動向をすべて把握する事は俺達にも不可能だ……」

「それでは私達はこれから仲間であったはずの勇者に対しても警戒し配慮しなければならないわけですか……。全く、四面楚歌もいいところですね」

「しかも彼らの憎しみはこの世界……つまりNPCと呼ばれていた者達に向けられているわ。レイジ君の力が凄まじい事になっているのはわかったけど、彼一人で全ての勇者からあらゆる人の命を守る事は不可能でしょうね」


 顰め面を並べながら考え込む一同。ミユキも勇者の中では相当な実力者だが、今この世界を救おうと本気で動いているのはレイジとミユキのたった二人だけ。たとえ二人が圧倒的な力を持つ勇者だとしても、その二人だけで何もかも全ての問題に対処できるはずもない。


「……とまあ、状況をざっくり話し合ったところで、これからの事だけど……。まず、私は情報を取り纏めて、死亡したプレイヤーとこのザナドゥの開発に携わったと思われる黒須惣介。この二人の調査をしてみるわ。勿論、警察組織に通報もさせてもらう」

「警察に通報……ですか。止める事は今となっては非人道的でしょうね。そうなると私の父にも事情が知れて面倒な事になるかもしれませんが……」

「ミユキちゃんの意思は尊重するけど、最早親族にとっても他人事とは言えない状況なんだし……必要とあらば説明すべきだと思うわ。その辺については協力できると思う。既に死亡したプレイヤーに関してもうやむやにはするべきではないし、黒須はその裁きを受けるべきだわ」

「しかし……この世界と黒須に関連性はあるんでしょうか? そもそも黒須はただのゲームクリエイターのはずで、今のこの状況と黒須が作っていたザナドゥというゲームには特に関係がないような気がするのですが」

「その辺も黒須本人をとっ捕まえて話を訊くのが手っ取り早いんじゃないかしら? まあ、肉体ごと此方に世界に引き篭もっているのだとすると、捕まえる事はほぼ不可能でしょうけど」


 そもそも黒須がここでリタイヤした場合、レイジを神にする云々の話がどうなるのか。改めて先行きがまったくの暗闇そのものであることを痛感している時、ゆっくりとファングが立ち上がった。それから長い前髪の合間からレイジを見つめて頷いてみせる。


「……お前達のやろうとしている事はわかった。俺の力でどこまでやれるかはわからんが、手を貸そう。俺はファングという一プレイヤーとして、これからもゲームを継続するつもりだ」

「……えっ、本当ですか!? でもこのゲームは命懸けの……」

「承知の上だ。尤も、俺も命は惜しい……無茶をするつもりはない。ただ、この世界において死に辛い身体と戦える力は持っているつもりだ。状況は冷静に理解している。それに俺は……このまま引き下がるなんてのは出来ん性質でな。神とやらに、そして黒須惣介に……くたばった仲間の分、一発ぶち込んでやらんと気がすまねぇ……」


 ぎゅっと強く拳を握り締めるファング。その表情には僅かな変化しかなかったが、強い怒りを滲ませているのはわかった。ファングはその握り締めた拳を解き、そっとレイジに差し出す。


「俺の力ではバウンサー一人二人を相手にするのが精一杯だ。神を殺すならお前の力が必要になる……。レイジ……俺はお前に賭けてみる事にした」

「ファングさん……。はいっ! 絶対に後悔はさせません! 宜しくお願いします!」


 ファングの手を両手で握り締め上下にぶんぶん振り回すレイジ。周囲は苦笑を浮かべていたが、これで勇者が一人加わり計三人。相当な能力者であるファングの参戦は今この状況に置いて非常に明るい知らせであった。


「私も引き続き参加するつもりだけど、とりあえずはリアルの問題の解決に当たらせてもらうわ。何か進展があれば連絡するから、そっちも困ったことがあったら気軽に連絡頂戴ね」


 そんな話を終えるとクピドとファングは問題を起こした先の勇者達と話をしたいからと、彼らを引き取って城を後にした。残されたレイジ達は一息ついた後、頃合を見計らったようにオリヴィアが口を開いた。


「あの……レイジ様。その……実は一つ、折り入ってお話したいことがあるのですが……」

「え? 何、改まって?」


 きょとんとした様子で首を傾げるレイジ。オリヴィアは意を決したように何度か小さく頷くと、ようやく話を切り出そうと……したその時。


「いやー、久しぶりに来てみたらなにやら凄い事になっていたようだね」


 久々に聞く声に同時に振り返る一同。するとそこには扉を開いて顔を覗かせている遠藤の姿があった。男はズボンに片手を突っ込んだままふらっと歩いてくると、そのまま片手を挙げてウィンクしてみせる。


「やあ、お久しぶりだね」

「え……遠藤さん!? 今まで何してたんですか!?」

「いやぁ、おじさんにも色々と事情があってね。本業の方が忙しかったのもあり……。ろくに連絡も出来なかったのは非常に申し訳ない」

「まあ別にいいですけど……既に今の状況はメールしてありますよね? 見た上で戻って来たんですか?」

「そりゃ勿論さ。僕、一応大人だしねぇ……君達若い子が無茶して命を落とさないように見張らなきゃいけないし……なにより僕にはこの世界でまだやるべき事が残されているからね」


 そこでレイジは以前遠藤と京都に行く途中でした話を思い出した。失踪中の中島葵がこの世界でバウンサーとして活動している事。彼は中島葵を取り戻す為に戦っていた事。それらを鑑みれば、命懸けのゲームという状況だからこそ、遠藤はこちらの世界に残らざるを得ない。確かに筋の通った話である。


「というわけで、引き続き参加希望なんだけど……こんなおじさんでも歓迎してくれるかな?」

「勿論ですよ。今は猫の手も借りたい状況ですから」


 これでファング、クピドに加えて遠藤が参戦する事になった。勇者の戦力はたった五名と少ないものだったが、それでもレイジとミユキの二人だけよりはずっと心強い。


「……っと、そういえばオリヴィア、なにか俺に話があったんじゃないの?」

「ああっ、いえその……えっと……やっぱり、後でで大丈夫……です」


 両手を小さく振りながら一歩身を引くオリヴィア。その笑顔に違和感を覚えたミユキだが、それをあえて指摘する事はしなかった。そうしている間に遠藤は手を叩き、レイジを手招きする。


「じゃあお姫様の代わりにおじさんとデートしない? 実はほら、例の件でレイジ君にお話したいことがあってね」

「あー……そういえば僕も彼女については話しておきたい事が……」


 二度も遭遇しておいて遠藤が探しているという話を伝え損ねている手前、レイジもこれからどのように対処すべきかは考えどころであった。丁度良いと言う事で同意すると、遠藤はレイジを連れて会議室を後にする。


「それじゃあレイジ君借りてくよ。ちゃんと何もしないで帰って来るからね」


 そんな事を言い残して去っていく遠藤を見送り、ミユキは頬を掻きながら目を細める。


「相変わらず胡散臭い人ですね……彼は。それにしてもオリヴィア、良かったんですか?」

「えっ? ああ、えーと……そうですね。じゃあ、先にミユキに相談しておきましょうか。私もどういう風にレイジ様に切り出せばよいのか悩んでいたので……何かアドバイスを貰えると嬉しいのですが」


 目を丸くするミユキ。それから少し照れくさそうに頷く。これはなんというか、かなり友達っぽい会話である。これまでろくに友達がいなかったミユキにとって、悩みの相談をされるというシチュエーション自体がちょっと嬉しい感じであった。


「そ、そうですか……ええ、私で良ければ構いませんよ。それで、相談とは?」

「はい。ミユキなら当然のようにご存知の事だと思うので、今更こんな事を質問するのもあれなのですが……その、笑わないで聞いてくださいね?」

「笑いませんよ、友達の悩みですから」


 爽やかに微笑みながらマグカップに手を伸ばすミユキ。オリヴィアはぱあっと明るい笑顔を作り、それからミユキの手を握り締めて言った。


「ありがとう、ミユキ! それでは遠慮なく。ミユキ……“せっくす”って、なんですか?」


 盛大に紅茶を噴き出し、そのすべてが余す所なくオリヴィアの顔面に直撃した。茶を浴びせられたオリヴィアと理解不能な質問をされたミユキ、二人の少女はしばらくその格好のまま固まり続けていた……。




「それで、話ってなんですか?」


 城から出たレイジと遠藤は人気のない墓地の片隅で向き合っていた。遠藤は両手をズボンのポケットに入れたまま神妙な面持ちで微笑むと、後ろで束ねた髪を風に揺らしながら空を見上げた。


「この世界は僕たちにとってやはり幻に過ぎないけれど、それでもどこか現実の地続きであり、この場所での命は本物である……その真実には少なからず驚いたよ。人は生きている限りいつかは死ぬし、その終わりに約束なんてない。もしも命を落とすとしても、それがここなのか、それとも現実なのかという違いでしかないのかもしれない。それでも君達若者が命を賭して世界を救いたいというのだから、やはりその願いは尊いものなのだろうね……」


 目を瞑り、それから改めてレイジと向き合う。そしていつになく真面目な表情を作り。


「中島葵は、恐らく肉体ごとこちらの世界に転移している。つまり現実を幾ら探し回ったところで見つかる筈もないという事さ。なら僕のすべき事は一つだ。葵を説得し、必要ならばバウンサーという鎖から彼女を解放する。そして彼女を連れて現実世界へ生還する……例え強引な手を使う事になったとしても、ね」

「説得、ですか……。バウンサーは命の危険を理解した上で戦っています。それを説得する事は難しいかもしれませんね」

「その時は力ずくさ。そうなったら是非レイジ君の力を借りたいんだ。君くらいの力があれば、どんな無茶も無理も打開していける事だろう。僕に出来る事があるとすれば、君のその願いが成就する為に、大人として視点からアドバイスして行く事くらいだろうね」

「戦うのはそれなりに自信ありますけど、説得出来るかどうかは……そうですね、遠藤さんの力を借りたいところです。出来れば俺はバウンサーも全員生還させてやりたいと思っています。もしも裁きを受ける必要があったとしても、それはこの世界ではなく、俺達のあるべき世界で受けるべきだと思いますから」

「……そうだね。まったく、君くらいの年頃の少年と言うのは本当に短期間で劇的な成長を遂げるものだね。最初に出会った時の君に、ここまでの可能性は感じていなかったというのに」

「もしも俺が成長できたとしたら、それはみんなのお陰です。ミサキや、みんながいてくれたからこそ俺は……ここまで来る事が出来た」


 遠藤に背を向け並んだ人々の墓標を眺めるレイジ。その一つ一つが直接の関係はなかったとしてもレイジを支えてきたものであり、この世界が変化してきたという証でもある。


「だから、全部無駄にしない為に……やると決めたんです。貫き通すと、決めたんです」

「……そうか。すまないね、君にばかり色々な事を押し付けてしまって……」


 苦笑を浮かべながら振り返ったレイジの表情が一変する。その視線の先にはなぜか銃を構えている遠藤の姿があったからだ。疑問を言葉にするよりも早く引き金は引かれ、銃弾はレイジの左胸を容赦なく貫いた。

 衝撃によろけながら胸を押さえるレイジ。攻撃そのものは決して高度ではなかった。普段のレイジならば、精霊器を手にしていなかった状態だとしても、銃を構えた状態を見てから十分に回避出来る程度のものであった。それでも避けられなかった……いや、まったく避けようとしなかったのは、それが悪い冗談のようにしか思えなかったからだ。


「……ど、どうして……。遠藤……さ……ん……」


 がくりと膝を着いて崩れ落ちるレイジ。遠藤は銃を降ろすと少年の傍に片膝を着いた。


「すまないね、レイジ君……。そして……ありがとう。僕を信じてくれて」


 俯いた遠藤の表情は影に覆われてうかがい知る事は出来なかった。そんな男の背後に魔法陣が浮かび上がり、光と共にロギアが姿を現す。女は白いドレスを風に揺らしながら、倒れたレイジを見下ろしつつ口元を歪めるのであった。




『ねぇ――聞こえる? ねぇ――聞こえてる?』


 時折、そんな雑音が脳裏を過ぎった。それは見知らぬ誰かの声。プログラムには存在しない筈のノイズ。一日の大半を眠りについて過ごす魔の王アスラは、金色の鎧を身に纏い腰掛けた玉座の上で、転寝の最中にまた同じ夢を垣間見る。

 そこは見知らぬ世界。見知らぬ町。見知らぬ誰か。見知らぬ過去。

 完全に消えてなくなったはずの誰かの想いの残滓がそこにまだあって、アスラの頭の中で呼声が響く。虚ろなる王は夢の中、夕焼けに染まった空の下に佇んでいた。


『ねぇ――聞こえる? ねぇ――聞こえてる?』

「……聞こえている。何度も煩わしい声だ。それが自分と同じ声となれば、余計にな」

『あ、やっぱり聞こえてたんだ。いやー、何度呼びかけても無視してるからもしかしたら聞こえてないんじゃないかと思って一生懸命になっちゃったよ』

「魔王アスラは世界再誕にあわせて過去をリセットしている。継承するものは知識だけであり、記憶は一切合切消去されたはず。であれば、私の頭の中で囀る貴様はなんだ?」

『なんだというのは失礼だなあ。そんなのは見ればわかる事でしょ?』


 光の中で向き合う二人。影から作られたそのシルエットは笑みを作りながら手を差し伸べている。魔王は不可解なその幻に眉を潜めつつ、手にした剣を突きつける。


「――誰だ、お前は」

『戦うつもりはないよ。ただずっと、お話してみたかったんだ。あなたの事を聞かせてほしいな。戦うためではなく、分かり合う為に――お友達になる為に――!』


 理解不能な言葉にゆっくりと剣を降ろすアスラ。影の中で微笑む誰かは、そんなアスラの手の上に自らの手を重ね、優しく語り掛けるのであった。

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