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XANADU  作者: 神宮寺飛鳥
【異世界】
79/123

ハウリング(3)

「織原礼司……やっぱり彼はすごいなあ。あれじゃあまるで主人公じゃないかぁ」


 世界と世界の狭間とも呼ぶべき空白の間。そこで黒須惣介は帰還した主役の立ち回りを眺めていた。

 通常のプレイヤーを遥かに上回る戦闘力を持つバウンサー、それを三人同時に相手にして尚彼の動きには余裕があった。最早狩る者と狩られる者の立場は逆転しつつある。そう、この世界に立ち込めていた暗澹とした霧が今、たった一人の凡庸な少年の目覚めによって切り裂かれようとしているのだ。


「“惣介おじさん”は最初から彼に目をつけていたんでしょう? 彼とそれ以外のプレイヤーを隔てている物……それが僕にはいまいちよくわからない。おじさんは彼に何か特別な仕掛けでもしたの?」


 神に許された者以外立ち入る事を禁じられたその場所に降り立つ一人の少年の姿があった。振り返った黒須は当たり前のように彼……ケイオスの存在を認め、受け入れている。


「彼の持つ精霊は特殊だ。確かにとてつもなく特殊だねぇ。ケイオス、君は彼の能力……その本質に気が付いているかい?」

「……相手の能力を奪う精霊。その際に相手の“魔力容量”も奪い取る。だから彼は食べれば食べるほどに魔力を爆発的に強化する事が出来る」

「それだけじゃないんだなぁ。彼はね、ケイオス。食べた相手の“意志”と“経験”を取り込む事が出来るのさ。そうでなければあんな状態には決してなりえないだろう?」


 ――握り締めた一振りの剣は、見た目通りの存在ではない。

 ただそこにあるだけで圧倒的な存在感を魅せ付ける、“究極の精霊器”。そのベースとなるのは笹坂美咲の精霊、ヤタローである。

 レイジはずぶの素人だ。戦い方など知らない。仮に全く同じ性能の剣を彼が握ったとしても、レイジとミサキの間にある技術の差は雲泥ほど。剣のレプリカが劣化品である事を差し引いても、レイジがミサキと同等の戦いを繰り広げる事は不可能である。

 だが彼はやがてそれを成した。彼の中に取り込まれた笹坂美咲の存在と記憶が彼の胃袋の中で消化され、同化され、昇華される。やがて彼はまるで呼吸するかのごとく笹坂美咲の再現を可能とした。思考を必要としない、タイムラグがゼロの戦術模倣。それはやがてオリジナルに匹敵する。


「彼は最強を屠り、その力と技術を得た。だからこそこれまで戦ってくる事が出来たわけさ。そして同時に彼はミサキを取り込んだ時点で、彼女の“願望”の奴隷となった。即ち……」

「……“世界を救う”事を義務付けられてしまった」


 笹坂美咲が誰かの救済を願うその想いには一切の淀みなどなかった。ただ美しく純粋であり、だからこそ愚かしく、そして最後には彼女自身の終焉を招く事になってしまった。

 その願いはただ美しく真っ直ぐなまま、レイジの中に“寄生”する事になる。あの戦いを経てレイジは間違いなく人格を汚染されていた。その変化は決してただ彼の心境が齎したものではなく、まるで呪いの様に彼の内側から発せられていたものだったのだ。


「という事は、今の彼はどうなっているの? 彼はこれまでにクラガノ、ギド、そしてマトイ……ミサキを含めて四人の人間を取り込んでいる事になる。それってつまり、そういう事だよね?」

「ああ。もうとっくに彼は――“織原礼司”ではなくなっているのかもしれないねぇ」


 取り込んだ四人の能力と魔力、そして“願望”。それは間違いなくレイジの人格に影響を及ぼし、強制的な変化を促してきた。

 クラガノを食らう事で彼は人が抱える心の闇を理解し、ギドを取り込む事で激しい絶望と怒りを理解した。そしてマトイを食らう事で今、彼は強烈な決意の中に身を置いている。


「マトイが齎した物、それは諦めない力……」


 過酷な状況に直面した時、マトイは自身の中にある真の力に気づいた。

 対策を考え、応用を利かせ、手持ちの術を全て使い切り、最後まで戦い抜く力。

 本当はただ何も諦めたくないと、ただ己に与えられたステージの上で踊り続けたいと願った大人しい少女の決意と覚悟。それがレイジの中に新たな変化となり、この新しい力を産み落とした。


「アレはもう殆ど最強の精霊器と言っていいだろうねぇ。神の力に匹敵することすら夢ではない。正に彼の願望、“神殺し”を是とする絶対無敵の力。主人公だからこそ振る事を許されたドチート能力!」

「けれどもその代償に、彼は……人格を崩壊させていく……」


 神殺しの剣はまだ未完成だ。世界の理不尽を、法を突き破るにはまだまだ足りない。あの魔王と呼ばれる怪物を屠るにはまだまだ不足している。ならば彼はきっと、これからも何かを殺め、何かを奪い、そしてその重さを背負い続ける事だろう。

 複数の人格が全く別方向の願望ベクトルを向き、身体の内側で暴れまわっている。それが増えれば増えるほど、元々存在したはずの織原礼司は死に向かって突き進んで行く。やがて最後には織原礼司は消えて果てて、彼に良く似たバケモノが残るだろう。


「彼の能力はね、ケイオス。確かに特別だった。なぜなら彼の願望が特別だったからねぇ」


 ――平凡で無力な自分を嫌い、何かに、誰かになりたいと願った少年は。

 誰かに成る為に、自らの何もかもを切り売りして、燃料にしながら前へと突き進む。


「それは自分以外の誰かを受け入れる優しさと、それを飲み干す大きな器を要する」


 彼が自らに下した評価はとても小さなものだったけれど。


「彼は間違いなく――王の器なのさ」




「くそッ! なんなんだよこいつはよォ……ッ!?」


 大鎌を振るい衝撃波を放つハイネ。その一撃をレイジは前に跳ぶようにして屈んで回避し、地べたに手を着いて空を舞う。その挙動は明らかに通常の物理法則を無視している。前に跳んで手を着いたらそのまま前に跳ぶものだが、レイジはその際明らかに急加速を加えている。地べたすれすれを回転しながら急接近し繰り出される斬撃を受けながら、ハイネは歯軋りした。


「その動き……まさか、マトイの能力を応用してるのか……!?」

「そうだよ。マトイの能力は力の方向性を制御する。この世界に満ちている力のすべてが俺の武器であり手足だ。お前ならわかるだろ? その意味が……!」


 レイジの剣にこめられた圧力はこれまでとは比べ物にならない。一撃で吹っ飛ばされたハイネの側面から入れ替わりにイオが右腕にエネルギーを収束し、光の弾丸を投擲する。レイジはこれを剣で両断すると、素早く鞘に収めて構えを作った。


「くそっ、遠距離攻撃は一つも通じねぇぞあいつ! 全部逸らしやがる!」

「――イオ、下がれ! 何か仕掛けて来る!」


 危険を察した東雲の叫びにイオが反応するより早く、レイジは鞘に収めた剣を抜き放った。そこから溢れたのはイオが先ほど放った青白い光――。呆気に取られている間に閃光に貫かれ、機械の鎧は右腕の付け根からもぎ取られてしまう。


「んなあああああっ!?」

「……逸らして散らした能力を刃の周囲に集めたまま、“鞘に収めて性質を変化”……クラガノの能力とマトイの能力を併用して作った力か……」

「東雲ェ、冷静に分析してる場合じゃねえぞ!」

「わかっている。ハイネ、挟撃するぞ!」


 黒髪を揺らしながら素早く接近する東雲。その反対側に回り込んだハイネと共に左右から同時に攻撃を繰り出す。しかしそれはレイジの足元から立ち上った黒い茨の障壁で同時に防がれてしまった。


「ギドの茨……くっ!」


 レイジが腕を振るうと同時に茨は無数の槍となって二人に襲い掛かる。何とか回避に成功したものの、また大きく距離を取られてしまった。遠距離攻撃は基本的にレイジには通用しない。近距離攻撃もまともに防がれれば逸らされるし、その前に茨の障壁を越えなければ一撃を与える事すらままならない。


「マトイの能力が厄介すぎる……あいつは魔力の容量が低いから持て余していたが、奴はマトイの何十倍もの魔力がありやがる……クソッ、ギドから奪った力か」

「拙いな……これは……。普通にやっていては勝てそうにもない」


 既に三人のバウンサーは傷付き疲弊しているというのに、レイジはかすり傷の一つも負っていない。圧倒的な力の差を前に唖然としているのは敵ではなく味方もであり、シロウとミユキは最早どこから手を出せばいいのかもわからず、援護さえも出来ずにいた。


「おいおい……? レイジの奴……一体この短期間で何があったんだ?」

「わかりません。わかりませんが……なんでしょう、この感じ。何か凄く……嫌な感じです」


 胸騒ぎを抑えるように胸に手をやるミユキ。レイジの戦う姿は頼もしく、この上なく美しかった。彼がそこで自分たちに背を向けているだけで得られる安心感は圧倒的で、最早この戦いの勝敗は決したかのように思えた。それでもなぜかミユキの中には“嫌な予感”が強く残留している。その原因に想いを馳せ、少女ははたと思い当たった。


「そっか。この感じ……姉さんの……」


 笑顔で困難に立ち向かった姉は、自らが傷つく事を恐れぬ性質だった。だから放って置くとどこまでも行ってしまいそうで、どこまでも傷付いてしまいそうで、ぼろぼろになっていてもそれを隠していそうで不安だった。あの優しさに対する恐怖と同じ物、それが今ミユキの胸に去来している不安の正体であった。


「……さてと。もう俺には勝てないって事がわかってもらえたと思うけど、まだやる?」


 無邪気な笑顔を浮かべながらそんな事を言うレイジにハイネは口をあんぐりと開けたまま固まった。それから俯き、わなわなと拳を震わせ血走った瞳でレイジを睨む。


「何見下してやがるんだ……あぁッ!? テメエ如きが……レイジ如きがよォォオオッ!」

「俺は人殺しになりたいわけじゃない。ただ全てを取り戻したいだけだ。これ以上俺の邪魔をするなよハイネ。どうせならお前だって死ぬより生きていたいだろう?」


 打って変わって鋭く冷たい眼差しを向けるレイジ。そこにはあのクラガノと同じ強さが感じられた。今の彼は自らの手を汚す事を恐れない。目的のためならば本当に命すら奪うだろう。倫理や常識よりも願望を優先する力……それに憧れたハイネだからこそわかる。そしてだからこそ、逆らわずには居られない。


「ふざけんじゃねえええええっ! 俺の方が強ぇえ! 俺の方が上なんだよ!」

「上とか下とか言ってるからお前は弱いんだよ、ハイネ。自分以外を全て下に置こうとするから気付けないんだ。俺のように、“並列”の奴には決して敵わないのだと」


 雄叫びを上げながら全身にバウンサーの力を行き渡らせる。軽く振るった鎌の圧力で大地が割れ風が吹き抜けた。その暴力を一点、ただレイジにぶつけようと真っ直ぐに近づく。これをレイジはカーミラの力を使わず、真正面から鞘に収めた剣で受け止めた。激しく衝突する二人の魔力は光の奔流となって散り、周囲に亀裂を生じさせる。それでもレイジは微動だにせず、真っ直ぐにハイネの瞳を見つめていた。


「なんだその目は……! 気にいらねぇ! その目が! テメェの目がずっとよォ!」


 あの時もそうだった。あんなにも絶望的な状況下にありながら、完全にハイネにその身体をずたずたにされながら、それでも血を流しながら立ち上がったこの少年の事が。


「気に入らねぇえええんだよぉおおおおッ!!」


 ――怖いものは怖い。弱いものは弱くて。強いものは強い。

 当たり前にある優劣や力の差は決して覆らない。努力じゃどうにも出来ないこの世界に元から存在している格差。それがハイネという少年を常に苦しめてきた。

 いつしか努力する事を諦め、弱い自分にも慣れてしまった時、何かを誤魔化しながら逃げ回るようにして生きていた日々、それを終らせくれたのがクラガノだった。

 何よりも打ち克つ力を欲したからこそこの鎌を手に入れた。彼は事実この世界において強力な力の持ち主だった。そしてあの時、レイジは決して強者ではなかった。

 世界にはどうしようもない格差がある。だから奪う側になりたかった。強者になりたかった。なのにこいつはどうして何度でも立ち上がり、何度でも諦めずに歯向かってくるのか。あっという間に強くなって、また同じ真っ直ぐな瞳で自分を見てくる。


「見下すんじゃねぇよ、レイジッ!」

「……哀れだな、ハイネ。自分を過小評価しているのは――お前の方だろ?」


 鞘に収めた剣で鎌を弾き、すかさず蹴りを入れる。よろけたハイネの懐に飛び込みながら剣の柄を腹に打ち込み、下がった顎を鞘で打ち上げ、低い姿勢から抜刀の構えを取る。


「自分を信じられないから――誰かの評価が気になるから! ビビって吼えてるだけだろ! そんなんだから何も見えない! 俺みたいな雑魚すら――殺せない!」


 刃の煌きがハイネの瞳にちらついた次の瞬間、一閃はハイネの身体を鋭く斬り付けていた。防げるような速度でも威力でもなかった。ただの一撃で血が噴出し、レイジは返り血を浴びながら片目を瞑り、そっと刃を鞘に収める。


「……なぜ……殺さねぇ……?」


 よろめきながら後退するハイネ。瀕死の状態ではあるが彼にはわかった。レイジが加減をして命まで奪わないようにしたのだと。血が流れ出す傷口を押さえながら問う男に対し、少年は優しく……しかし残酷な眼差しで次げた。


「殺すに、値しないから」


 白目を剥き倒れるハイネを横から飛んできたイオが回収する。そのまま東雲がイオに飛び乗ると、三人は戦場から離脱を開始する。レイジはそれを決して追撃しようとはせず、遠巻きに見送るだけであった。


「すっげ。マジであいつ、一人でバウンサー三人をどうにかしやがったぜ」


 腕を組んだまま呆けるシロウの横から飛び出すミユキ。レイジには色々と聞きたい事が山積みで、かけたい言葉が山積みで、混乱した気持ちを落ち着かせる為に彼の顔を見たかったのに、その間に割り込むようにして頭上から何者かが舞い降りた。それは背中に白い光の翼を生やしたアンヘルで、レイジに寄り添うようにして立つとミユキの足を止めた。


「アンヘル……? どうして……というか、どうなってるの……?」

「しばらく姿を見てなかったが……どうも俺達の知らない所で何かあったみてぇだな。ま、とりあえずカルラ要塞の防衛には成功したと見ていいのかね」


 撤退していく魔物の軍勢を横目に近づくシロウ。振り返ったレイジはアンヘルに目を向け頷くと、それから精霊器を収めいつも通りの様子で頭を下げた。


「みんな……ごめん。みんなに話さなきゃいけない事が沢山あるんだけど……まず謝らせて。俺、一回皆の事を見捨てて、全部投げ出して逃げようとしたんだ。だから……」


 ミユキがどう声をかけようか迷っている間にシロウがレイジの肩を叩いた。


「よくわかんねーがよ、お前はちゃんと戻って来て俺のピンチを救ってくれた。それだけで十分だし、それが答えじゃねえのか?」

「……シロウ……」

「いいんだよ、逃げたい時は逃げちまってもよ。ちゃんと戻って来て、ケツがふけたら一人前だ。強くなったな、レイジ。戻ってくると信じてたぜ。つーか、誰一人としてお前が戻ってこないなんて思ってる奴はいなかったけどな!」


 あっけらかんと笑いながら語るシロウにレイジはなんとも言えない穏やかな表情を浮かべた。そんな二人のやり取りにミユキは割り込む事が出来ず、少しだけ距離を置いた場所で背中で手を組んで俯いていた。


「ところでよ、さっきお前の戦いを見ていて思ったんだが……まさかお前……マトイを?」

「……うん。あの日、俺達がいなくなった日……俺達はハイネと遭遇したんだ。それで戦いになって……俺はマトイを守れなくて……」

「……やっぱそういう事だったのか。まあでも、そんな事もあるだろ」

「そんな事もある……じゃ、済まないんだよ、シロウ。俺たちは……」


 首を傾げるシロウから目を逸らし、アンヘルを見る。アンヘルの背中にはこれまで存在しなかった筈の光の翼があり、アンヘル自身から感じられる力もこれまでとは異なるようだった。


「アンヘル、その羽は?」

「ないよりはあった方が便利かと考え、限定を解除したのでございます。最早わたくしは力を抑える必要性もありませんので、今はこの身の全てを賭してマスターにお遣えするだけでございます」

「……マスター? おいレイジ、アンヘルとも何があったんだ?」

「それを説明すると長くなるから……とりあえず、JJやオリヴィアと合流しよう。それからすごく大事な話をしなきゃいけないんだ。俺達のこれからを決める、大事な話をね……」


 静寂に包まれていく戦場の中、レイジは風を受けながら寂しげに呟いた。その時は誰一人彼の言葉の意味を理解はしていなかったが、ただ一人、ミユキだけはよくない予感に駆られていた。その不安を掻き消すように、少女は強く拳を握り締めるのであった。

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