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XANADU  作者: 神宮寺飛鳥
【異世界】
78/123

ハウリング(2)

「――どうやら、アンヘルは無事に接触を果たしたようだねぇ」


 そこは真っ白な空間だった。何もない虚無の中にいるはずなのに、足取りはしっかりしていた。男の声に振り返ると、そこには俺と同じく虚無の中に立つ黒須惣介の姿があった。

 アンヘルは俺に話を伝えると直ぐに消えてしまった。俺はそれから飯食って風呂入って、皆にこの事をどのように伝えるべきかを考えていた。結局妙案が思いつく間もなく深夜十二時を迎え、早速ログインしようとした時だ。オルヴェンブルムに降り立つ筈の俺は見覚えのない空間で、何故か黒須と二人きりにされていた。


「黒須惣介……」

「僕って意外と有名人なんですかねぇ? 仮面がないと速攻身バレしちゃって困るんだぁ……っと、ここでは精霊の力は使えないよ? だから僕に何かしようとしても無駄さ」


 刀を出そうとしている事を感づかれ思わず表情が強張る。しかし黒須はこちらの動揺などお構いなしに歩み寄り、両手をポケットに入れたまま微笑んでいる。


「ここはどこだ? どうして俺を呼んだ?」

「ん。まあ、少し真面目な話をしておこうと思ってね。この世界と君に関する話さ。まず……アンヘルに神の権能を使わせ、逆召喚を手伝ったのは何を隠そうこの僕なんだねぇ」


 それは少なからず衝撃だった。そもそも黒須はGM側……この世界が異世界であるという事を知られてはならない立場の人間のはずだ。それがアンヘルを遣わしたとなれば、道理が狂ってしまう。そんな俺の思考をお見通しと言わんばかりに彼は話を続けた。


「なぜそんな事をするのか理解出来ないって顔だね。まあそりゃそうだろうねぇ。ただ一つ言える事は、僕とロギアは必ずしも全ての行動において一致しているわけではないという事さぁ。ロギアと僕はただの協力関係に過ぎない。その最終目的は異なっているからね……」

「異世界に人間を召喚し、そこで何をさせたいんだ? 俺にはあんたらの言う目的ってやつがさっぱり見えてこない」

「僕の目的はシンプルさぁ。究極のゲーム……仮想の現実の追及。XANADUは良く出来たゲームだろぉ? 完璧に近いゲームは、完璧に近づけば近づく程現実と見分けがつかなくなっていく……そういうものさぁ」

「違う。あの世界は本物なら、あの世界で生きる命もすべて本物だ」

「僕に言わせれば、既存概念でいう所のゲームだって同じ事なんだぁ。ファイナルストーリー7でエリアーズが死んだ時、ボロ泣きしたよぉ。だってもう彼女は死んでしまって、二度を会う事は出来ない……それがデータか現実かの違い。それだけじゃないかぁ……」


 今ならなんとなくこいつの言っている事がわからなくもない。もしかしたら人の命の重さなんて、考え方次第で変わってしまう程度のものなのかもしれない。

 それをただのデータと考えるのか、一つの命と考えるのか……それだけの違いだ。今の俺の中にある変化はただそれだけの事だ。もう俺はあの世界をゲームだとは思わない。あそこで生きる命を、失われても良いものだなんて思わない。


「ゲームなのか、現実なのか……それは人の主観次第さぁ。だからこの事を論じてもあまり意味はないんだ。宗教、主義主張、思想……歴史……経験。人の命の価値なんて一定じゃないし、ころっころ変わって然るべきものなんだからねぇ」

「御託はいいから本題を話してくれない? そんな下らない問答をしにきたわけじゃない」


 男はせっかちだなと言わんばかりに肩を竦めた。それから少しだけ真面目な表情になる。


「ザナドゥに下りた君は、真実を皆に伝えるだろう。だがそれをロギアはよしとはしない」

「……だったらどうなる? 俺は消されるのか?」

「いんやぁ。神といえども消す事は出来ないんだ。“消す事が出来ないからこんな回りくどいやり方になってしまう”わけだしね……。神と一言に言っても、実は完全なる万能ではない。彼女の能力は作り出す事に特化した権能だからね……壊すのは苦手なんだ」


 その話は正直よくわからなかった。そもそも黒須もわかるようには話していないのだろう。だから細かい事は考えず聞き流す事にする。


「君が真実を知らしめる事で、このフェーズ4にはこれまでの実験では起こり得なかった急激な変動が起こるだろう。世界変動値が振り切った時、世界が何をどう判断するのか……僕はそれが見られれば満足なんだぁ。要するに僕は君を応援してるって事。勿論立場上表だってというわけにはいかないが……常に見守っているよ」

「……どういう事なんだ? あんた俺の敵なのか? それとも味方なのか?」


 男は腕を組みながら無邪気に笑って見せた。それから俺の胸辺りを指差す。


「一つ、君にヒントを与えよう。もしも君が世界を変える事を望むのなら、まずは自らの内なる力の本質に気付くべきだ。そして……その本質を支配しろ。そう難しい事ではないよ。願いはより純粋であればあるほど良い。ハイネのようにね」

「願い……?」


 そういえばハイネもそんなような事を言っていたが……願いがなんだっていうんだ? 本質と言われても、俺はこれまでこの能力を“ゲームだから存在するもの”だと思っていた。“俺自身は関係ない”と。だがこれがもし、俺自身の何かに関わる事なのだとしたら……。


「僕は直接君を助ける事は出来ないけれど、これからは何かあればアンヘルに伝えさせよう……あ、そうそう! アンヘルだけど、もうロギアもいらないっていうから君にあげることにしたから。色々制限も解除しておいたから、かわいがってやってね」

「……あ。そういえば俺の事マスターとかなんとか言い出したんですけど、あれは……」

「そのまんまの意味だよ? “主”に……“神”になると決めたんでしょ?」


 黒須の笑みに思わず冷や汗が流れる。ああ、なると決めたさ。上等だ。今更怖気づいたり逃げ出したりなんかしない。希望がまだ残されているのなら……いや、違うな。


「ああ。俺が希望になってみせる」

「ははは、まるで主人公みたいだね! さあ、もう行くといい。中間地点でストップしたせいでゲーム内とも現実世界とも時差が生じてしまっている。ログイン先はオルヴェンブルムよりもカルラ要塞にすべきだね。勝手に召喚先は変えておいたから。あ、お礼はいらないよぉ? 僕がそうしたいからしただけだからね……」


 黒須の声が遠ざかり聞き取れなくなる。それと同時に彼の姿も水面に映った影の如く、揺らめいて徐々にその存在を曖昧にしていく。俺の意識は白い光の中に落ちてゆき……その最中で俺は封じられていた力が戻ってくるのを自覚した。目を閉じ、手の中に力を具現化させる。ミサキの残した太刀を握り締め大地に降り立つと、そこは既に戦場の真っ只中だった。

 カルラ要塞の隔壁は閉ざされ、配備された無数の大砲とヴァリスタが橋を渡ろうとする魔物を迎撃している。カルラ大橋はひどい乱戦状態だった。NPC……否、人間の兵士と小型の魔物がそこかしらで刃を交えている。だが敵の本隊はもっと奥……カルラ大橋の西大陸側だ。大型の魔物が何かと争っているのが見えた。恐らくは俺以外の勇者だろう。


「戻って来た……」


 軽く深呼吸を一つ、戦場を走り出す。身体が軽い。以前よりもずっと動きがスムーズだ。刃を鞘から抜き去りながら擦れ違い様、兵士と戦っている魔物を横から両断する。刃は冴えている。触れる物全てを切り裂ける気がする。いや……違う。“切り裂けると思い込め”。

 マトイが教えてくれた。能力は一つじゃないし、限界なんかない。それは自分の考え方次第。力を生かすも殺すも俺の想い一つ。ならば愚直に信じよう。この力と、刃の煌きの美しさを。

 目に付く敵を片っ端から切り裂きながら駆け抜ける。もう味方の声も敵の声も気にしない。能力もセーブしたりしない。全部出し切ると決めたのだ。もう目に付く全てを守って見せると誓ったのだ。だから俺は……もう誰も見殺しにしたりしない――。




「報告します! 城門前の最終防衛ラインまで敵が押し寄せつつあります! 大型の魔物は先行する勇者様の部隊が食い止めていますが、小型の魔物まで全て処理しきれません!」


 カルラ要塞の第一城壁の上、JJはオリヴィアと共に全体へ指示を出して居た。連日繰り返される魔物の軍勢による襲撃ですっかり人類側は疲弊しきっている。レイジという非常に便利な能力者を失った時間は長く、事実上機能停止した勇者連盟の事もあり、JJが扱える駒は極端に少なくなってしまった。かつ、NPCの存在は“有限”であり、最早使い捨てに出来るようなものではない。常に損失を抑えながら持ち堪える必要があったが、そうするには敵の数が多すぎた。


「とにかく、無駄に戦う必要はないわ! 敵を倒す事より押さえ込む事を優先して! 魔物を倒すのは勇者がすればいいから、時間だけ稼げばいいの! どうしてどいつもこいつも無理して死にに行くのよ!」

「……仕方ないのです、JJ様。この戦いは我々の戦いであり、我々もまた、勇者様にすべてを任せるのではなく、自分たちの力で勝利を勝ち取りたいのです。そう誰もが願っているからこそ……勇者様を思うからこそ、戦わずにはいられないのでしょう」

「今はそういうの邪魔なだけなんだけど……!」

「ご報告申し上げます! 前線部隊がバウンサーの出現を確認! “ハイネ”、“イオ”、“東雲”の三名です!」


 背後からの兵士の声にがっくりと肩を落とすJJ。バウンサー一人を相手にするだけでシロウを当てなければ持ち堪えられないというのに、それが同時に三体も現れたらどうすればいいのか。いくらJJが考えても戦力不足は明らかで、こんな混乱した状況ではまともな策を練ることもままならない。


「あーもーっ、こんな時に来ない奴等は何やってんのよ!? シロウ一人だけで全部相手に出来るわけないでしょうにっ!」


 頭を抱えて叫ぶJJ。そこへ背後から駆け寄るミユキの姿があった、ミユキは二人の傍から橋の戦況を眺めると、険しい表情でJJと向き合う。


「JJ、私も出ます。このままではNPCの損害が広がりすぎる」

「そりゃそうなんだけど、ミユキ……あんた自分の立場わかってんの?」

「理解しているつもりですが、このまま彼らが死ぬのを黙って見ているわけにはいきません。それに私の能力なら、城壁の上から十分に彼らを支援可能です」


 弓の精霊器を手に取り走り出すミユキ。JJはそれを見送りながら小さく溜息を零した。


「変わったわね、あいつ……」

「こちらの世界での暮らしが長引いていますからね」

「……仕方ないか。ミユキを出すわ。オリヴィア、橋の連中に……オリヴィア?」


 見ればオリヴィアはJJを無視して橋の様子を見ていた。首を擡げながら隣に並んで状況を確認し、そこでようやくJJも気付いた。混戦状態だった橋上の戦いが、人類側有利になりつつあるのを。そして橋を駆け抜けながら敵と戦っているレイジの後姿があるのを……。


「……まさか、レイジ!? あいつ、どうしてこのタイミングで……!?」

「レイジ様です! 間違いなくレイジ様ですよ! やはり戻って来てくださったのですね!」

「そりゃ戻ってくるだろーとは思ってたけど……なんなのよもう……!」


 橋上で戦う小型の魔物はレイジの相手にならない。一撃で次々に撃破されて行くのを見てJJは少しだけ安堵の表情を浮かべた。だがこの状況すべてが覆されたわけではないし、レイジには色々と聞かねばならない事があった。


「あの野郎、ずっと私のメールも着信も無視しやがって……戻ってきたらとっちめてやる。全部隊に通達! ザコはレイジとミユキに任せて体勢を立て直せ! 防御陣形を敷き、勇者部隊を攻撃に集中させなければ勝利はないわよ!」


 JJが指示を出すのとほぼ同時、ミユキもレイジの姿を捉え城壁から飛び降りていた。前転しつつ着地を終えると直ぐに弓を構え、とりあえず目に付いた魔物三体を矢で射抜いた。凍結し粉々になる魔物の陰を目で追う事もせず、一目散に橋を駆け出す。


「レイジさん……」


 レイジには色々といいたいことがあった。言いたい事がそれはもうあった。あったはずなのだが、こういざ戻ってくるのを見ると何を言いたかったのか忘れてしまった。そもそもどうせレイジは戻ってくるだろうと、なぜか無根拠に信じていたのだからどうしようもない。

 レイジが攻撃しようとしている敵を矢で撃破し、レイジと並走する。彼は驚いた様子でミユキを見たが、ミユキの批判的な視線を確認するとなんとも言えない表情を浮かべた。


「レイジさん、戻って来たんですね」

「ハイ……本当にすいませんでした……あとで土下座します……」

「そ、そこまでしなくても構いませんけど……」

「え……怒ってないの?」

「怒っていないというか……まあ、どうせ戻ってくるだろうと思っていましたから。JJもオリヴィアもそう言っていました。むしろ……あなたの身に何か起きたのではないかと。誰もがそちらの方を案じていましたよ」

「そ……っか。うん……ごめん。信頼を裏切るような真似をして……ごめん」

「……何があったんですか? 私達の知らない間に」

「それは……っと」


 飛び掛る魔物の一撃を軽く交わし、側面から蹴っ飛ばして橋から落とす。続く別の魔物の接近を刀で両断し対処、残りはミユキが射抜いて撃破する。


「長話は後だ。今は前へ進むぞ!」

「……ついてくるなとはもう言わないんですね」

「あー、うん。その話は……えーと……それもあとで説明するよ。今は力を貸してほしい」

「仕方ありませんね。まあ……最初からそのつもりですから」


 頷き合い、一気に残りを走破する二人。即席ながらも息の合ったコンビネーションで立ち塞がる敵を物ともせずに薙ぎ払って行く。二人が通過した後に魔物の姿はなく、その間にNPCの部隊は再編成を終え、防御陣形を構築しつつあった。

 橋を抜けた二人の目の前、既に撃破された大型魔物の残骸が転がっている。撃破したのはシロウで、その亡骸の傍で既にバウンサー三人との戦いを開始していた。しかしバウンサーを三人同時に相手にするというのはどう考えても困難であり、そもそも彼はここに至るまでに既に複数の大型魔物を単独で撃破していた。既に体力も何もすっからかんの状態……そこへミユキが矢を放ち、レイジが滑り込んでハイネの一撃を受け止める。


「……な……ってめえ、レイジ……!?」

「また会ったなハイネ……借りを……返しにきたぞッ!」


 力任せに火花を散らしながら打ち返し、シロウと背中合わせに立つ。既にシロウはぼろぼろで、身体中に作った傷から血を流し……ているわりに表情は平然としていた。


「レイジじゃねえか!? こんなタイミングで来るたぁナイスな奴だぜ、相棒!」

「っていうか……なんでシロウ一人なの? 他の勇者は?」

「あー、勇者連盟はありゃだめだわ。あと遠藤のおっさんは今日ログインしてねぇ」

「……相変わらずマイペースな人だなぁ……。それよりシロウ、後は俺がなんとかするから少し休んでて。ボロボロじゃないか」

「なんとかするって……なんとか出来んのか?」

「……たぶんね」


 見ればなぜかレイジを確認した三人のバウンサーは手を出さず様子を伺っているようだった。特にハイネとイオの警戒心は強い。“あんな事”があったのだから、二人がレイジを恐れるのは当然である。そしてその報告は東雲も既に受けている。


「あれが例の……最後のカテゴリーSか。見た所普通の勇者のようだが……」

「くそっ、くそっ! 東雲……あいつは俺がやる。俺がやらなきゃならねぇんだ……!」


 鎌を握り締めレイジと対峙するハイネ。二人の様子は以前とは明らかに異なる。レイジは以前より遥かに落ち着きを増しているし、感じる魔力も桁外れに上がっている。だがハイネはあの出来事に対する恐怖が残ったままであり、その恐怖を消したいが為にレイジを倒したいと願っている。二人の立場は完全に逆転しつつあった。


「ハイネ……お前はこの世界での命の重さを知っていてマトイを殺したんだよな。そして俺も殺そうとした……大した奴だよ。正直俺は今、自分が怖くて仕方ない。もしかしたら人の命を奪ってしまうかもしれない……それも、誰かを守る事を願ったミサキの剣で。そう思うと怖くて怖くて仕方がない……そんな気持ち、お前には理解出来ないのかもしれないな」

「うるせぇ! ザコがごちゃごちゃ抜かしてんじゃねぇ! テメエと話すことなんか一つもねぇんだよ! オラァアアアアア! 最初から全開で行くぞォオオオ!!」


 恐怖を吹き飛ばす為にはバウンサー化するしかなかった。バウンサーの力に精神を汚染されている間は恐怖も絶望も感じずに済む。ハイネの“願い”は恐怖に打ち勝つ事。ならばその力を使えば使うほど、彼の中の迷いは消えて行く事だろう。そして恐怖に打ち勝つ事願えば願うほど、戦う為の力も増幅されていく。その激しい願望は黒い光となってハイネの周囲を照らし、風を巻き起こしていた。元々ハイネの鎌、精霊器は風を操る能力。ならばこの闇も、この風も、余す事無く彼の力そのものである。

 それに対しレイジは落ち着いた様子で刀を見つめていた。激しく吹き荒れる風に髪を靡かせながら目を瞑る。そうしてアンヘルの、そして黒須の言葉を思い返してみる。


「俺の本質……願い……」


 精霊器は世界に願い祈る為の道具。ならばその願いは純粋でなければならないし、祈る内容を知らねば祈る事すらままならないだろう。だから少年は考える。自らが何を願い、なぜこのような力を持つ事になったのか。

 ハイネが恐怖を打ち破る事を強く願うのなら、同じくレイジにも願いがあるはずだった。それはもうじっくり考えてからログインしたのだから、今更迷う事はない。


「――俺は、誰かになりたかったんだ」


 強く強く想い憧れた笹坂美咲の背中。太陽のような彼女の笑顔。願ったのはそれを手に入れて、自分が彼女のようになる事だった。

 子供の時からずっと普通の人生が嫌で、きらきらした特別な人達に憧れていた。何の価値もない自分を嫌い、疎み、誰かに成り代わりたくて仕方がなかった。


「だけどわかったんだ。俺は俺以外になる事は出来ないんだって。だから俺は俺のままで――誰かの想いを受け継いで行く。だからこれは、“誰かになる”為の力じゃない。だったら俺は何にでもなれるし、何者でもなくていい。だから――この力に、“決まった形”なんかない」

「ゴチャゴチャ言ってんじゃねえよ、カスがッ!」


 鎌を振り上げ襲い掛かるハイネ。その一撃をレイジは左手に出現させたマトイの精霊器、カーミラを使って弾き飛ばした。“同時”に、右手に握り締めたミサキの精霊器、ヤタローでハイネを斬りつける。その一撃は魔物化した鎌に受け止められたが、ハイネを退けるには十分だった。


「……ん? レイジの奴……」

「精霊器が……二つ……!?」


 シロウとミユキが驚くのも無理はない。なぜならば一人の勇者に精霊器は一つ、それが大原則だからである。それはバウンサーであっても例外ではない。右の刀、左のマント。それは誰が見ても明らかに勇者のルールを逸脱してしまっていた。


「ミサキが俺にくれた力だよ。そしてマトイが遣い方を教えてくれたんだ。能力の形に限界なんかない。だから別に、こういう形だって不可能じゃない」


 二つ精霊器が出ていると思うからいけないのだ。どうせレイジにとってどの精霊器も既に自分の物。だったら“二つに分離している”と思えばいい。考え方一つで形が変わるのなら、どんな事だって出来る。自らの中にある願いに、背かない限りは――。


「俺の力は、経験し受け入れて、成長する力。俺の力は、皆に貰った願いを形にする力」


 右手の精霊器と左手の精霊器を重ね合わせる。今まで手に入れた全ての願いを重ね合わせ一つにして行く。刃は形を変える。全ての精霊器を一体化させたそれは最早ミサキの刀ではなかった。淡い光を帯びたその美しく長大な太刀を握り直し、レイジは小さく息を吐く。


「俺は強くなる。誰かの死を乗り越える度に、その願いを重ねる度に。だから俺は一人じゃない。一人じゃないって事は、皆の力がずっと俺の中にあるって事だ。いつか彼らにそれを返す為に……今は、誰かの力に縋ってでも、勝ち残ってみせる」

「……ハイネ」

「わーってるよ! あいつの魔力が……バウンサーよりも遥かに上だって事も! あの精霊器がやべーって俺の精霊器クリティカルが訴えかけてるのも! だけどなぁ……それでも! 負けを認めるわけにはいかねぇええんだよ!」


 冷や汗を流す東雲の言葉を無視し、数多の闇の槍を放つハイネ。それをレイジは太刀から伸びる無数の影のイバラで薙ぎ払う。ただその太刀を握り締めているだけで、レイジの身体能力はグングン上昇していく。傷も体力もただ持っているだけで回復し続けるし、ありとあらゆる攻撃を“逸らす”事が出来るし、他人を操り支配する事も、雷の力で一刀両断にする事も出来る。“出来る”と思えば出来る。だから――不可能なんて存在しない。


「ハイネ。お前は誰かの命を奪う事を覚悟して戦いに挑んだんだよな。だったら――誰かに命を奪われる覚悟も、とっくに決まってるんだろうな?」


 刃を突きつけるレイジの鋭い眼光に息を呑むハイネ。レイジは最早ハイネの知る優しく気の弱い少年ではなかった。恐ろしく鋭い何かに、“成長”してしまった。


「悪いが手を出すぞ、ハイネ。こいつは三人がかりで挑まなければ危険だ。イオ、行くぞ!」

『わかってるよ……クソッ! 化物が……!』


 バウンサー三人に囲まれるレイジ。少年は太刀を軽く振るい、余裕の表情で手招きを返した。

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