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XANADU  作者: 神宮寺飛鳥
【異世界】
75/123

大切な君へ(2)

 ダリア村奪還後、レイジは直ぐに次の戦場を目指す事にした。

 オルヴェンブルムの守りを堅牢なものとする為に必要なのは、中央大陸全土の奪還である。この世界は浮遊する幾つかの大陸が限られたルートでのみ接続された全体図を持つ。ならば大陸全土を支配し、限られたルートを塞ぐように戦力を配置すれば、それだけである程度敵の進攻を防ぎやすくなる。守りと攻めをバランスよく進めるのであれば、ちまちまと中央大陸内で戦っていても仕方がない。一気に中央大陸を奪い返し、守りを磐石にしてから攻めに転じる。それがレイジ達の作戦であった。


「……って、これオリヴィアが考えたの?」

「いいえ? この案を私に託したのはJJ様です。私は直接レイジ様にお伝えした方が良いのではないかとお訊ねしたのですが……」


 リア・テイル城内に幾つかある会議室の中の一つでレイジ達は図面を眺めていた。そこに策士であるJJの姿は見当たらない。例の一件以降、JJはレイジとの接触を避けているようだった。それにしてはこんな作戦を提案してくるのだから、何とも素直ではない。


「JJだってレイジ君の事を心配してるんだよ」


 マトイの一声に頬を掻くレイジ。彼もまた、JJの事を案じていた。JJは自分の為を思ってあんな話をしてくれたのだ。それを思い切り突っぱねてしまったのは、どう考えたって大人げのない行動だ。戦いに消極的なJJの態度は今でも腑に落ちない部分があるものの、年下の少女相手にあんな態度を取っているようでは話にならない。


「……まあ、JJには後で礼を言うとして……。改めて作戦を説明するよ。まず……えーと、エリア制圧班と陽動班の二つに分かれる。制圧班は俺とマトイ、陽動班はシロウと遠藤さんにお願いするよ。NPCの部隊にも当然参加してもらうけど、NPCはエリア制圧に必要不可欠な存在だから、基本的に俺の制圧班に所属してもらう事になる。陽動班は少数精鋭であくまでもシロウと遠藤さんの援護と言う事で」

「陽動っつーのは具体的に何をすりゃいいんだ?」

「西大陸にある、魔王制圧下にある都市に攻撃を仕掛けてもらう。奪い返さなくてもいいけど、一応そのつもりでやってもらいたい。シロウが出てくれば並の魔物じゃ止められないだろうから、ボスクラスかバウンサーが出ると思う。そしたら適当な所で逃げおおせると」

「ほー。でも別に倒しちまってもいいんだろ?」

「いいけど……無理はしないでよ?」


 まるで当たり前の事のように笑みを浮かべて訊いて来るシロウに苦笑を浮かべる一行。これが冗談ではなくて、シロウならば本当にボスクラスを打倒した上でバウンサーさえも撃退してしまいそうなのだから笑えない。だがそんなシロウが暴れてくれれば敵の目はそちらに集中するだろう。


「ただ、陽動が完全に成功するかどうかはわからないんだ。魔王側は恐らくこの世界全体を見通すような権限か、能力を持っているらしい。少なくとも先の氷室達が急にこのオルヴェンブルムに現れた事から瞬間移動のようなものが使えるのは間違いない。片道だけっぽいけど」

「あー、そういや連中帰りは地力で戻ってたからな。片道だけワープが使えるっていうのは俺達も似たようなもんだけどよ」

「ログインワープはログインの時にしか使えないし、状況を把握した上で後出しは出来ない。そういう意味では敵側の瞬間移動の方が遥かに高性能だと言えるだろうね」


 遠藤の言う通り、どちらかと言えばこの戦いはバウンサー側が有利なように作られている。無論、彼らプレイヤーには理解出来ないような様々な制限をバウンサーは背負わされているが、表層的なルールだけで見ればバウンサーに特権が与えられているのも事実だ。


「しかし、彼らも片道しかワープが使えないというのであれば、陽動は十分に意味を持つだろうね。要は僕とシロウ君のところに敵が出現すれば、少なくともその部隊は制圧班から遠ざける事が出来る」

「遠藤さんの言う通りです。というわけで、準備が完了し次第出発してください。陽動班の指揮は遠藤さんとツァーリに任せます。こっちは俺とブロンで指示を」


 中央大陸から西大陸までは、勇者の全力でも三時間では到底到達不可能だ。NPCであれば当然その何倍もかかるし、それもどちらにせよ強行軍になってしまう。戦場に到着した後戦闘を行い、撤退も考えればあまりペースは急ぎすぎても仕方がない。派兵の指示を出してからザナドゥの中で作戦実行まで数日、最低でも時間経過が必要だった。

 陽動班の事はシロウと遠藤に任せておけば問題ないだろう。NPCの兵士にしてもツァーリと彼女が選んだ精鋭はどれも覚醒兵だ。並の兵士の何倍も動けたし、考える頭も持っている。レイジはそちらの心配を切り上げ、自分たちの作戦に集中する事にした。


「レイジ、こっちの出発準備はとっくに終わってる。まずはどこに向かうんだ?」

「……ああ。とりあえず南ダリアから落ち着かせようと思ってるから、俺達はまずダリア村を目指して、そこを活動拠点にするつもり。あっちの方は人類側の重要拠点もないから、敵の目も離れているだろうしね」

「ああ。なら俺達は南門の前に兵を集めておく。お前も直ぐに来てくれ」


 頷き、鎧を鳴らしながら立ち去るブロンを見送る。そうして地図を丸めた所で足を止め、レイジは周囲を見渡してからマトイに声をかけた。


「……あのさ。この間は……その、ありがとう」

「えっ?」

「ダリア村での事……。マトイのお陰で……なんていうか……そう。ようやく自分の中で引っ掛かっていた事が解けたって言うか……。自分の弱さとか、浅ましさに気付けたっていうか……。上手く言えないけど……少しだけスッキリした気がするんだ。だから……お礼」


 微妙な表情でそんな事を言うレイジにマトイは苦笑を浮かべた。それから背後で手を組み微笑む。


「私、結構酷い事言っちゃったから……嫌われただろうなーって思ってた」

「そんなに簡単に誰かを嫌いになれたら苦労しないよ。それに……誰かに嫌われてまで、その誰かの為に一生懸命になれるって事は、凄い事だと思う。俺には……出来なかった事だから」


 自分は嫌われる事を恐れ、相手の為ではなく自分の為を選んでしまった。だからこそ思う。人を嫌いになる事も、人に嫌われる事も、等しく恐ろしく……そして勇気を要する事だと。その勇気がなかったからこそ自分は今こうして迷っている。少なくともそれを理解出来たから。


「ただ……あれは言いすぎだと思うけどね」

「う、うん……そうだね。ごめんね……?」


 目を瞑り首を横に振るレイジ。それから穏やかな表情を浮かべ、窓の向こうに目を向ける。


「もう少し……考えてみるよ。直ぐに何もかも変われる程俺は利口じゃないから。もう少しだけ時間をかけて……向き合ってみる。そしたらJJにもミユキにも謝らないとね……」

「……うん、それがいいよ。きっとわかってくれるから」


 笑顔でレイジの隣に立ち、手を取って微笑む。


「大丈夫、取り返しのつかない過去なんてないよ。もし二人が許してくれなかったら一緒に謝ってあげるから。だから……元気出して。ねっ?」


 ゆっくりと頷くレイジ。そんな二人の間にひょっこりとオリヴィアが顔を出すと、二人は慌ててお互いの手を放し、両手をあらぬ方向に振り回した挙句、暫しその場で地団太を踏んだ。きょとんとしているオリヴィアの前で二人そろって咳払いをすると、いつも通りの姿に戻る事が出来た。


「あのー、お二人で何をしていらしたんですか? 何か楽しそうでしたけど……ダンス?」

「いや、ダンスでない事だけは確かだね……」

「私も準備は終わりました。ブロン達が待っていますから、そろそろ行きましょう」


 笑顔のオリヴィアに続き二人は南門へと向かった。南門では既に部隊が待機しており、馬に乗った騎士達と共にレイジとマトイも出発した。マトイとオリヴィアは馬車に乗り込み、レイジはブースト状態で先頭を走る。ダリア村までは既に制圧が完了している為、道中に魔物が出現する可能性はない。しかしそれも魔物が道中に“沸く”事がないだけであり、領地外から進軍してくる事は可能なのだ。警戒は怠らず、騎士達の隊列は進んで行く。

 その道中レイジは一人で風を切りながらこれまでの出来事を思い返していた。その記憶は確かに辛い事もあったが、少なくともこのフェーズ4までは順調だったように思う。

 傷付いたり傷つけられたりしながら、それでも何とかここまで絆を深めながら突き進んできたのだ。とても一人ではこんなに戦い続ける事は出来なかっただろう。自分はいつも誰かに支えられていて、だからこそ誰かを助けたいと願った。その祈りは決して不純ではなかったと思う。そう思わなければ、足が止まってしまいそうだった。

 けれどそれはきっと本当の勇気ではなかったのだろう。過去と向き合う為の前向きさではなく、未来に向かって逃げる為の強行軍。本当の事はどこにあって、間違いは何で、どこまでが偽りでどこからが真実なのか……何もわからない今だからこそ、確かな自分が求められている。


「こんな時……ミサキならどうしたかな……」


 それは彼にとって一つの指針であった。だが今はそれだけではいけないという事も理解している。

 結局の所、それは自分の決断を人任せにしているだけだ。他人の所為にしているだけだ。わかっていた事。とうに理解していた事。だからこそ今、向き合わねばならない。本当の自分の弱さと、本当に自分が願う事。その為に何が必要なのか……。




 現実世界の時間で翌日。ゲーム内では二日後に作戦は実行された。シロウと遠藤は西大陸へ続くカルラ大橋から西大陸へ進軍。それとほぼ同時にレイジ達はダリア村から出発し南へ移動していた。

 中央大陸は南と西の二箇所が他大陸と物理的に通じている。西はカルラ大橋、そして南にはメリアノ結晶樹林と呼ばれる接続地帯が広がっている。メリアノ結晶樹林は言葉の通り結晶のような鉱物で構成された植物が犇く密林で、南大陸から空に向かって伸びるその結晶の大樹たちが中央大陸を掴むようにして作られた空へ続く道である。


「ここがメリアノ結晶樹林か……」

「この結晶の木って、まどろみの塔の周りにあったのと同じだよね? 色は違うけど」


 まどろみの塔の周辺にあったのは青白い結晶だが、ここにあるのはやや赤みを帯びた透明な植物である。触ってみると意外と強度があり、人間が上に乗っても問題ないようだった。結晶樹林に近づくにつれ草原は荒野に、そして荒野は結晶の大地へと変わっている。レイジは結晶樹林の入り口のやや手前、荒野の足場を確認しミミスケを取り出した。


「それじゃあ出すよ! みんな危ないから離れてて!」


 次の瞬間ミミスケは大口を開いた。しかしそれは大口という程度のものではない。縦に、そして横に小さな身体を伸ばし、口の中から何か巨大な物体を取り出そうとしている。やがて奇妙な呻き声と共にミミスケが吐き出したのは小さな物見櫓であった。

 レイジはNPC達と共に櫓を固定する作業に入る。それからさっさとクィリアダリアの国旗を立ててしまえば、小さな基地があっという間に完成だ。


「これでここまではクィリアダリアの領土という事になるのですよね?」

「うん。俺たちが戦ってる間にJJがクロスに確認したらしいから間違いないよ」


 人類側の拠点、そこから内側が人類の領土になる。その拠点は別に大きな城や砦である必要性はない。人類側の建造物であり、そこに人間の兵士が駐留してさえ居れば条件は満たされるのだ。


「しかし、こんな小さな櫓では直ぐに破壊されてしまうのではありませんか?」

「だからこの櫓を南ダリアに立てまくるんだ。ストックは七本あるから、四本程度で前線を作る。その前線の柱が破壊されても直ぐに敵の領土がダリア村近辺まで及ばないように、間に櫓を立てて緩衝地帯を作ればいい。駐留する兵士は交代性にして、何かあったら戦わずに速攻で逃げ出す。手前の櫓に危機を知らせさせすれば対応は可能だからね……って、これ全部JJの案だけど……」


 急ごしらえの領土確保に過ぎないが、それでも一先ず敵の出現位置を絞る事が最優先……それがJJの考えであった。大陸をきっちり押さえてしまえば、敵が進軍してくるのはカルラ大橋かこのメリアノ結晶樹林のどちらかしかない。ならばその二点にのみ戦力を集中させれば防衛もやりやすくなるだろう。


「ブロンはここに残す兵士を二人くらい選抜して、それから念の為結晶樹林から敵が来た場合に対応する為に残ってくれ。建造中に教われないとも限らないからね。残りのメンバーは全員俺に続いてくれ。建造が終了し次第、同じ手順で領地を拡大する」


 レイジを先頭に馬に乗った部隊が続く。こうして櫓の建造と兵士の設置はスムーズに行われた。いちいちここに一つずつ櫓を建造していては魔物の格好の的だったろうが、櫓は安全なオルヴェンブルムの城壁の内側で事前に作成出来た。ミミスケの能力がなければこんな歪な電撃戦は実現不可能だっただろう。


「レイジ君の能力って、やっぱりすごいよね。なんか、なんでもありっていうか……」

「誰にも言ってないけど、ふざけてオルヴェンブルム城下町全部飲み込めって命令した事あるんだけど……こいつ、人間がいるから飲み込めないみたいな感じだったんだよな……」

「え……人間いなければいけたのかな……」

「わかんないけど、多分……。こいつ……一体なんなんだろうな……」


 今は刀の形状でレイジの手の中に収まっているミミスケだが、よくよく考えてみると謎の多い精霊である。レイジの急激なパワーアップは間違いなくこの精霊の恩恵なのだが、その原理は未だに何もわかっていなかった。

 そもそも、こうしてこのゲームを続けてきた今だからこそ思う。ミミスケの能力は他の勇者のどの能力よりも異色だ。最初はただ飲み込んで吐き出すだけの能力だと思っていたが、そのただ飲み込んで吐き出すという事が凄まじい使い勝手の良さを発揮している。その上食らった相手の能力を奪うという性質も、この段階まで来れば明らかに総合力はオリジナルよりも上だろう。複数の能力を使い分ける難しさはあるが、そこをこなしてしまえばこの上なく強力な特殊能力だと言えた。


「ま、こいつの事はどうでもいいや……」


 レイジにとってミミスケは所詮小憎たらしい餅巾着に過ぎない。特に考える事はせず、そのまま予定通りに櫓と兵士を設置していく。


「これで三本……あと一箇所設置すれば、大体南側の土地は制圧できるはずだ」

「急ぎましょう。そろそろこちらの意図にバウンサーが気付くかもしれません」


 馬上からのオリヴィアの声に頷き移動するレイジ達。そうして最後の四箇所目に到着し、レイジがミミスケから櫓を取り出そうとした正にその時である。一行の目の前に魔法陣が出現し、そこから二人のバウンサーが出現してしまった。現れたのは白銀の装甲を纏ったイオ……そして、赤黒い大鎌を携えたハイネであった。二人は周囲の状況を確認すると一行の中にレイジの姿を捉え別々の表情を浮かべた。


「ギリギリ間に合ったみてぇだな……ったく、氷室の奴モタモタしやがって。もう少し遅かったら完全に中央大陸から閉め出される所だったじゃねえか……なあ、レイジ?」


 にやりと笑みを浮かべるハイネ。レイジは直ぐに足を止め腕を広げて続く兵士達を制した。


「全員反転、作戦中止! ダリア村に集まって防衛戦の準備だ、急げ!」

「しかしレイジ様、相手はバウンサーです!」

「バウンサーは俺が何とかする。安全が確保出来たら呼びに行くから、オリヴィアはそれまで後ろで待っててくれ」


 刀を抜きながら微笑むレイジの背中に迷いながらも頷くオリヴィア。直ぐに指揮を取り兵士を纏めると撤退を開始した。その鮮やかな引き際にハイネは肩を竦めて笑う。


「NPCは速攻で退散か……わかってるじゃねえか。バウンサー相手の戦いで奴らは何の役にも立たねぇお荷物だって事をよぉ。ザコを庇って戦うのは大変だなぁ、レイジ?」

「彼らも昔よりは強くなってるよ。真っ向勝負で勝つのは無理だけど、場所と装備を整えればどうかな? ただ力任せに突っ込んで来るバカ一人くらいは倒せるんじゃない?」

「あぁ? 言うようになったじゃねぇか……ヘタレの分際でよォ!」


 口元を裂くように笑いながら鎌を振るうハイネ。その刃から放たれた回転する三日月状の闇が大地を切り裂きながらレイジに迫る。その一撃をレイジは刀で薙ぎ払い目を細めた。


「マトイ、君も下がるんだ。ハイネはバウンサー化の影響で強くなってるらしい。シロウが防戦一方だったんだから君には無理だ」

「だったらレイジ君一人で戦うのだって無茶だよ!?」

「君を守って戦える自信がない……だから……頼む」


 振り返りもせずに呟くレイジの口調の重さにマトイは渋々後退した。そんな二人の様子を交互に眺め、ハイネは鎌を肩に乗せて笑う。


「なんだぁ? お前らデキてんのか? クラガノが死んだからってレイジに鞍替えとは、お前も見た目の割には軽い女だよなぁ。新しい居場所……新しい男の心地はどうだよ、マトイ」

「ハイネ……どうしてバウンサーなんかに……」

「どうしてもクソもあっかよ俺は最初っからこっち側だったんだ! 俺はなあ……お前らみたいに馴れ合ってなきゃ生きていけねえようなザコとは違うんだ。俺は一人でも十分強い! 俺は狩る側! お前らは狩られる側! それが初めっから決まってた摂理! なのにテメェらは余計な事しやがって……忘れてねぇだろうなあ、テメエらザコが俺様に何をしてくれやがったのかよぉ……っ!」

「あれはただの自業自得でしょ!? レイジ君も他の皆も悪くない! 悪かったのはあなたとクラガノさんの方なんだから!」

「なぁに自分だけは最初っからこっち側でしたみてぇな顔してんがクソアマ! テメェだって俺達と同じだろうが。テメェがいなきゃあもうちょっとレイジだって俺達を警戒しただろうぜ。あん時レイジがボロッボロにされたのはテメェのせいだろがよ!」


 それはある意味で真実である。言い返せずに拳を握り締めるマトイ。レイジは楽しそうに語るハイネに向かい刃を振るった。切っ先から放たれた光の斬撃がハイネのすぐ傍を通過し大地を吹き飛ばす。


「ごちゃごちゃ言ってないで来いよ。時間がねぇんだから」

「……あ? 誰に向かってケンカ売ってんだ? 勝てるとでも思ってんのかよ?」

「誰が、誰に勝てないって?」


 睨みを利かせたまま歩み寄るレイジ。全身に黒い雷を纏ったその姿はハイネが知る過去のレイジとは全く異なっている。ひしひしと感じるこの大気が軋むような感覚は膨大な魔力がゆらいでいる証拠だ。ハイネは一瞬だけ表情を引き締め、それからコキリと首を鳴らした。


「……イオ、てめえは手を出すな。こいつは俺とアイツの問題だ」

『……はあ? 別にいいけど……あたしは元々来たくなかったし……』


 シロウたちによる陽動はばっちり上手く決まっていたのだ。お陰で待機中のバウンサーはこの場の二人を除き全員が向こうに出撃している。この場に現れたハイネとイオは、氷室の要請に応じずに“出撃をサボった”メンツなのだ。しかし大陸の制圧図があっという間に塗り替えられている異常事態に仕方なく借り出され、仕方なくここにやってきたのだ。そんなイオに元々やる気があるはずもなく。マトイが大人しく下がったように彼女も巨体を背後に弾ませた。


「少し見ねぇ間に随分格好つけるようになったじゃねえかよ、あぁ?」

「……うるせえな。俺も最近色々あってむしゃくしゃしてるんだ。いちいち下らない挑発仕掛けてる暇があったらさっさと来いよ。来ないなら……こっちから行くぞ!」


 地を蹴ると同時に雷鳴が轟く。レイジの身体は光の速度に達し、瞬時に大地を突き抜けハイネの背後の姿を見せた。完全な視覚から繰り出された鋭い斬撃……しかしハイネはそれを振り返らないままで受け止めていた。見ればハイネの鎌は以前とは形状が変化しており、刃の中央部分に眼球の様な部位が出現している。その瞳がぎょろりと蠢きレイジを捉えたかと思うと、ハイネは振り返ると同時に刃でレイジを打ち払う。


「俺の精霊器をお前らのと同じだと思うなよ? 俺の精霊器“クリティカル”は! バウンサーの力を得て以前より遥かに強力に進化しているんだからなぁ!」


 次の瞬間、ハイネの全身から赤黒い光が放出された。それは物理的な衝撃を伴い周囲に拡散していく。弾き飛ばされたレイジが着地と同時に顔を上げると、その視線の先でハイネは身体に闇を纏っていた。シャツの胸元を引き裂くとそこには魔王と同じく赤い結晶――魔物のコアが顔を見せる。そこから身体中に広がるように紋章が伸び、鎌から逆流する黒い影がハイネの半身を包み込んで行く。その様相はまるで半身が魔物と化したかのようだった。


「いひゃあああっははぁ! すげぇ……すげぇパワーだぜ! 願えば願った分だけ力が漲ってきやがる……きひ、きひひひひっ! ひははーっ!!」


 片手で巨大な鎌をくるりと回しハイネは駆け出した。まるで矢のように、弾丸のように大地をすっ飛んでレイジへと襲い掛かる。振り下ろされた一撃はレイジでは受け止める事もままならず、容赦なく後方へと吹き飛ばされる。


「レイジ君……!?」

「んな簡単にイチイチぶっとぶなよめんどくせぇなぁ! 戻って来いって、レイジィイイ!」


 ハイネが腕を伸ばすと同時、足元の影から無数の黒い腕が出現する。それらは吹っ飛ぶレイジに一瞬で追いつくとその身体を拘束し強引に引き戻した。逆方向に吹っ飛んでくるレイジに対しハイネは鎌を叩き付けるが、その一撃を空中でレイジは刀で受け止める。全身から雷撃を放って拘束を薙ぎ払うと、そのまま空中を回転し袈裟に斬りかかった。


「あんた……本当に人間をやめちまったのか、ハイネ……!」

「あぁ? なんか言ったかぁ!?」

「バウンサーになるって事は……そういう事なのか? 魔物側に着くっていう事は……自らもバケモノになるっていう事なのかよ!」


 黒い雷と赤い闇が弾ける。周囲に衝撃波を放ちながら二人は距離を取った。レイジは既に肩で息をしているがハイネのほうは全く消耗した様子がない。以前より遥かに実力を増したレイジでさえ、今のハイネと比べれば力が足りていなかった。


「俺の命、俺の意志だ! それをどういう風に使おうが俺の勝手ってもんだろぉ!? この力があれば俺はスゲェんだ。全然負ける気がしねぇ! 頭ン中から恐怖も! 迷いも! 何もかもぶっ飛んじまう! 余計な感情があるから負けるんだ。人間らしいから敗北する。だったら俺は人間じゃないほうがいいね! 百万倍快適だねぇーッ!!」

「何が自分の意志だ……操られてるだろ、明らかに……っ」

「発言する時は大きな声で元気良くしてくださいィイイイイイイイイ――ッ!!」


 再び影の腕による攻撃。レイジはかわしきれぬと踏んで精霊器を持ち変える。掌の中に本を出現させると同時、無数の荊を放って腕にぶつけて相殺していく。


「知ってるぜレイジィ……! テメェと俺は似た者同士だ! 俺もお前も、人間であるが故に弱さを克服できず、迷い続ける! だから本来の力を発揮する事ができねぇんだ!」

「俺を……お前と一緒にするな!」

「わかんねェ奴だな……テメェはもうとっくに他の奴らとは違うんだよ! テメェは自らの迷いの解決法を敵にぶつける事に見出した! その時点で俺と一緒なんだよ!」

「違うッ!!」


 蔓で腕を掴み、逆にハイネを持ち上げると振り回すようにして放り投げた。すかさず短剣に持ち替え身体に突き刺すと、限界までブーストの性能を引き上げる。すぐさま刀に切り替え、歯を食いしばり全身の中で暴れまわる力を切っ先に収束、一気に地を蹴り飛び出した。

 大地を吹き飛ばしながら鬼気迫る表情で刃を叩き付けるレイジ。その一撃で雷撃が迸り、ハイネの周囲に亀裂を走らせる。それでもハイネは余裕のある様子で攻撃を受け止め笑っていた。


「俺はお前とは違う! お前のやっている事は何の意味もないただのガキの我侭だ!」

「へぇ、我侭ねぇ……? でもそれはお前も一緒だろ? 自分の失敗を取り返したくて必死になって頑張っちゃってるわけだろぉ? もう取り戻せない物を何とか取り戻したくて暴れまわってるだけだろうが!」

「だとしても……取り戻す! そう誓ったんだ!」

「無理なんだよだからぁ! お前のやってる事は全部最初っから無意味なんですぅ!」

「どういう……意味だ……?」

「あ? 笹坂美咲は、とっくの昔にくたばって肉体も精神も滅んでるって意味だけど?」


 目を見開き、その瞬間レイジは動きを止めてしまった。その隙をハイネが見逃す筈はなく、繰り出された鎌の一撃をレイジが防げる筈もなかった。

 刀を持っていたはずの利き腕がはるか上空に舞い上がり、レイジは遅れて自らの異常に思い当たった。レイジの右腕は付け根から切断され、腕は気付きに遅れて大地に転がり落ちた。大量の血が噴出し自らの顔を赤く染め上げる事よりも、レイジはハイネの言葉が気になって仕方がなかった。


「今……お前……なんて……」

「あ? だからぁ、笹坂美咲はフェーズ1の時点で死んでるんだって。何? 知らなかったの?」

「は…………?」

「だーかーらーっ! お前のやって来た事は全部無駄なんだっつの! もう最初っからお前がどんなに努力した所で何一つ戻らないんだって! わっかんないかなぁ! ぜーんぶこれまでの戦い、一つ残らず無駄でしたって事ですよォ――ッ!!」


 笑いながら蹴り飛ばされ、レイジは大地を一度弾んでから倒れこんだ。そのままない腕で立ち上がろうとするが成せず、残された腕を突いて状態を起こした。そこへ既に追いついていたハイネはレイジの髪を掴み、強引に顔を持ち上げる。


「なぁ、今どんな気分?」

「嘘だ……」

「今どんな気分って聞いてんだけど」

「嘘……だ……」


 きょとんと小首を傾げた後俯き、ハイネは狂ったように笑い出した。涙を流しながら腹を抱えて笑う“敵”が目の前に居るというのにレイジはもう敵の事を見て居なかった。ハイネは心底楽しそうに笑い仰け反った後、レイジを軽く放り投げた。


「最~~~~っ高だなぁ! そうだよそれだよその顔が見たかったんだよ! お前のその顔が見たくてこれまで黙って我慢してた甲斐があったぜ! サービスついでに教えてやるよ!」

『お……おいっ、ハイネ……』

「うるっせぇなあ! 今いい所なんだからゴチャゴチャ言うんじゃねえよカスが! おいレイジ君! よぉ~く耳かっぽじって聞きなぁ! なんで笹坂美咲がもう戻ってこないかっていうとなぁ……! これがゲームじゃなくて、現実だからだ!」


 その言葉にレイジ、マトイだけではなくイオまでもが凍り付いていた。それはバウンサーの第一級の秘匿事項である。氷室もクロスもロギアも、それだけは絶対にプレイヤーに言ってはいけないと決めていた事だ。それをあっさりとこのバカは破ってしまった。


「ここはなぁ、レイジ君。ゲームの中じゃねぇんだ。ちゃあんと命が息吹いている、列記とした一つの世界……そう、“異世界”なんだよ」


 落ち着いた様子でそう呟くとハイネは鎌を振り上げた。膝を着いたレイジに抵抗の意志はなく、振り下ろされた刃は真っ直ぐにレイジの首を落とそうと狙いを定めていた――。

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