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XANADU  作者: 神宮寺飛鳥
【異世界】
74/123

大切な君へ(1)

「おや……? 珍しい客人だね」


 オルヴェンブルムの北に位置するアーク、まどろみの塔。そこはクィリアダリア王が代々知恵と王権を授かる賢者が住む場所であった。部屋の中を歩きながら本を読んでいた賢者の下に客が現れたのは随分と久しぶりの事だ。感覚的には四年ほど前、オリヴィア・ハイデルトークが洗礼の儀を受けに来て以来である。

 賢者ノウン、彼女は客人に覚えがあった……というより、客人もまた賢者ノウンそのもののようなものであった。天使アンヘル……二人の養子は完全に一致している。仮面と装束さえ脱いでしまえば同一人物が顔を合わせているに等しい。ノウンは自らの仮面に手をかけ、ゆっくりとそれを外す。二人の女は全く同じ顔つき、しかしアンヘルはどこか落ち込んだ様子で、ノウンはそんな自分自身の顔にシニカルな笑みを浮かべていた。


「まさかこうして再び顔を合わせる日が来るとは思わなかったよ。茶でもいるかい?」

「いえ……結構です。それよりもノウン、貴女にお願いがあってきたのでございます」

「願い……ね。私に叶えられるものなら」

「世界の記録を閲覧したいのです。この世界でこれまで起きた事を」

「それを知ってどうする? 君の役割はとうに終わっているだろう?」


 まどろみの塔は世界全体を監視するための巨大な記録装置だ。世界中で起きている出来事を多角的な意味で記録し続けている。それは映像であったり音声であったり場合によっては文章に置換される事もあるが、どんな形であれ世界の全ての情報がここに集約される。ノウンはそうした情報を管理し、場合によってはロギアやクロスへと提出するのが役割であった。中には当然世界の秘密に迫る物やGM達の真意を探れるような物もある。それらを外部に流出させるなという指示は当然下されており、ノウンがそれらの資料をプレイヤーに見せる事は決してない。しかし目の前に居るのは自分と同じゲームマスタークラスの人間だ。特別に閲覧要請を断るような理由は見当たらない。だが……。


「君は天使……つまり人間側につき、管理しつつ手助けし監視するという役割を既に終えている。次の“周”が来るとしても君の自意識は残らないだろうし、ロギアは既に君に永久待機を命じているはずだ。ここに出入りしている時点で命令違反じゃないのかい?」


 命令違反――。それは本来彼女達に在り得ない概念だ。

 魔王、天使、監視者。この三つは名前こそ違えど全く同じ存在であると言える。役職に応じてそれぞれに必要な能力……魔王には魔物を統べる力、そして絶対的な戦闘力。天使にはプレイヤーの活躍を阻害しない程度の戦闘力と、彼らを守り守護する力。そして監視者には世界全体を見通す特別な視力と記憶力が与えられているものの、能力を取り除いたゼロの状態の三体は全く同じ存在……であるはずだった。勿論、今は誰がどう見ても違う。ノウンはこの三人が持つ自意識が既にゼロの状態にはない事を理解していたし、アンヘルのこれまでだって監視してきたのだから、彼女が以前とは違う事も重々承知している。それでもこの命令違反という行いは、何もかもを知るノウンにとっても不可解な行動だった。


「私達はただ命令に従う為だけに作られた意識だ。その存在が世界にとって重要な意味を持ってはならない。なぜならば……私達では世界を変えられない事は、既に歴然とした事実として証明されているからだ。私達が活躍したところで結果は何も変わらない。それは繰り返された実験の成果なんだよ」

「ノウンは知っているのでしたね。この世界がゼロの状態であった頃を」

「本当の意味で最初からってわけじゃないけどね。その頃、僕はまだ存在さえしていなかったから。“世界から情報を引き出す力”を持っているから、知識としては知っているけれど」

「私はずっと考えていました。私達はなぜ生まれたのかと。なぜこの世界はこのように歪んだ形になってしまったのかと。役割を終えた今だからこそ強く思うのです。自らの存在がどのような意味を持ち……どれほどの価値を生んだのかと」


 ロギアはもう、アンヘルに興味を持っていなかった。元々三つの役職の中で天使は最も意味が軽い立場にある。監視するだけならノウンだけで事足りるし、ゲームを大きく進行させるのは魔王の役割だ。天使は彼らの側について彼らを支えるが、決して“結果を変える”ような行いをする事は出来ない。あくまでもゲームの進行はプレイヤーが行う物でなければならない以上、何を知っていたとしても、何が出来たとしても、過剰にプレイヤーを手助けすることは出来なかった。

 アンヘルは知らない事だが、ノウンは知っていた。元々天使というポジションは必要だから作られたものだったが、“今は絶対に必要ではない”のだ。その理由をアンヘルは知らない。もしも知っていたのならもう少し心構えも違ったのかもしれないが……ともあれ、彼女は幸か不幸か何も知らずにここまで来てしまった。今は絶対に必要ではないという事がロギアの興味を外し、こうしてふらふらしていても誰にも咎められる事はない。居場所を失って彷徨うアンヘルの姿は、ノウンには迷子の子供のように見えた。そんな感想すら、借り物にすぎないのだが。


「……ま、情報の閲覧は好きにすればいいさ。私と同等の権限を君も持っているわけだからね。プレイヤーに開示するなとは釘を刺されているけれど、仲間にまでとは言われていない」

「ありがとうございます、ノウン」


 本棚に歩いて行くアンヘルを視線で見送り腕を組む。そうしてノウンは言った。


「……アンヘル。君は今、どんな気持ちなんだい?」


 非常に抽象的で、恐らく何の意味すら成さない問い。アンヘルはゆっくりと振り返ると、それから少しだけ考えた後に答えた。


「今私はこうして生きていますが、生きているだけの存在です。私には最早守るべき役割すら存在しません。そういう状況になって初めて、私は私を信じられる。私を理解出来るのではないかと思い至りました。ですからノウン、その質問の答えを知りたいのは私自信なのです。私は私を知りたい。理解したい。だからそのために、世界を知りたいのです」


 そう答えたアンヘルの眼差しを見てノウンは口元が緩んで行く自覚があった。なるほど、これはもしかしたら面白い状況になっているのかもしれない。この退屈な繰り返しの世界が変わろうとしているのかもしれない。これまで通り、過度な期待はしない。好奇心を傷つけないように、そっと胸の鼓動を抑えつつ。女は口元を本で隠し、目を細めるのであった。




「おや? どうしたんだいイオ、こんなところで」


 クロスの声に振り返る少女。イオこと中島葵は世界から隔離された魔王の城の通路の隅に腰掛けていた。膝を抱えているイオにクロスは近づき、その隣にどっかりと腰を下ろす。その態度はまるで距離を感じさせない、同い年の子供のようであった。


「この間の戦いからあんまり元気がないみたいだねぇ。魔力はもう回復したんだろう?」


 クロスの言葉にそっぽを向くイオ。男は腕を組み暫し考えた後、笑顔で言った。


「わかった! おなかがすいてるんじゃない!?」

「ちっげーよ!? なんでそうなるんだよ! あんたアホなのか!?」

「お察しの通りアホだけど、違うならどうしたんだい? 友達の元気がないと、流石にアホの僕でも気になるものさぁ」


 その言葉に眉を潜め、またそっぽを向く。クロスはやれやれと言った様子で肩を竦めると、それから少女の肩をそっと叩いた。


「怖くなったのなら、リタイアしても構わないんだよ?」

「ばっ、べ……別に怖くなんかないし! ただ、あたしは……あたしはなぁ……!」

「レイジ君の本気とぶつかって、初めて君は身の危険を感じたんじゃない? これは確かにゲームだ。だけど遊びってわけじゃない」

「なんだそれ……? どっかで聞いたようなフレーズだな……」

「まあまあ。僕はね、イオ。君を無理に危険に巻き込みたいわけじゃないんだ。大事な友達だからね。このゲームは僕の夢で、僕の希望で、僕の未来だ。僕の人生のすべてと言ってもいい。だから僕はどうしてもこのゲームを成功に導きたい……だけど、その途中で友達を犠牲にしてもいいとは思わないんだぁ」


 胡坐をかいたまま天井を見上げるクロス。その横顔は三十路の男とは思えない程子供っぽく、瞳にはきらきらと星がちりばめられているかのようだった。まだ幼いイオの目から見てもクロスの言動には一貫性がなく、気分屋でテキトーな人間に映る。それでも彼の事を信じられると思うのは、彼が誰に対しても対等な人間だからだ。


「リスクを負ってるのは皆同じじゃんか。別にあたしだけじゃないだろ」

「そうだね。バウンサーの皆も、一生懸命やってもらいたいから相応のリスクは背負ってもらっている。彼らは好き好んでバウンサーで、悪役を買って出た変人たちだ。だけどイオ、君は違うじゃない。君はただ逃げたかっただけだ。あの現実の世界からね」

「……逃げたっていいじゃねえか。そういってくれたのはクロスでしょ」

「そうだね。僕は君の友達だから、君の選択にいちいち口出ししたりしない。僕は友達として君の判断を尊重しているからだ。だからこそ、君が心変わりしたというのなら、現実の世界に戻っても構わないんだよ?」


 眉間に皺を寄せるイオ。現実の世界に戻る……そんな事は頭の片隅にすらおいていなかった。あそこには何一つ希望なんてなかった。現実は常に醜く過酷で、少女の心も身体も苛め抜くだろう。ただ痛みだけが広がり続ける世界を否定して、全くの別人になりたくてこの世界に足を踏み入れた。クロスが救ってくれたのだ。だからこそ、バウンサーである事を誇らしく思う。


「帰る場所なんかないよ。あたしはずっと、独りぼっちなんだから」

「僕はそうは思わないんだけどねぇ。君もその事に早く気付くといいんだけど……っと。じゃ、僕はそろそろ行くよ。氷室と今後の相談があるからねぇ」


 ひょっこり立ち上がると軽快に立ち去って行く背中を見送り少女はまた膝を抱える。そこへ入れ違いにやって来たのは東雲であった。女は煙草を咥えたまま両手をポケットに入れて歩いており、その途中で見つけた少女の姿に足を止めた。


「イオ、ハイネの奴を見なかったか?」

「見てねーよ。ハイネがどっか行っちまうのはいつもの事だろ」

「む……それもそうだがな。ハイネの奴、魔王の力を使いすぎているらしい。精神汚染が進むと危険だからと氷室が忠告しているのだが、一向に聞き入れる気配がなくてな……」

「なんだ? 心配してんの?」

「心配しているぞ。仲間だからな」


 ぶっきらぼうに、しかし真顔で返答する東雲。きょとんとするイオの目の前を通り過ぎる仏頂面の女を見送り、少女はゆっくりと立ち上がった。

 思い返すのはあのレイジの怒りと憎しみに満ちた顔だ。あの絶望にも似た鋭い感情をイオは知っている。自分が嘗て他人に向け、そして他人から向けられた眼差しだ。

 現実を否定しようと感情を昂ぶらせ足掻く時、人は獣に戻る。だが獣のままでは生きていけないからこそ、イオはこの世界に身を投じたのだ。そこで見た自分が否定した筈の現実、悲劇が繰り返されているという事実に軽い眩暈を覚える。


「どこに言っても同じなのかよ……。人間が人間である限りは……」


 “完全な世界”があると、ロギアは言った。

 あらゆる痛みと嘆きから解き放たれた幸福な未来の為に、魔王による滅びは必要不可欠だと。

 何もかもがゼロになってこそ、初めて永遠の楽園が……真のザナドゥが具現化する。イオの戦いは現実逃避の戦い。今ある世界を否定し、新世界を求める戦いだ。だが……。


「それすら……間違いなのか……?」


 帰る場所もなく。逃げる術も、戦う力も持たない子供が。ただ現実に立ち向かい足掻く事ですら、誰かの涙を引き寄せるのならば。それはなんと愚かしく、悲痛な事実だろう。

 ぎゅっと拳を握り締め歩く薄暗い通路。幼い少女はまだ、自らの胸中で渦巻くどす黒い感情を言い表す術を持たなかった。




 ――レイジ達によるダリア村奪還作戦は大成功を収めた。

 ダリア村を占拠していた魔物の軍勢は決して低レベルではなかった。しかしシロウとレイジの力はそれらを殲滅して有り余るだけのものであり、同行したブロンの隊にも被害はなし。マトイと遠藤はNPCの部隊の支援に徹していただけで、戦闘はあっという間に終了してしまった。

 ダリア村の奪還が完了すると、ブロン達は部隊の設置と施設の修理、補強を開始した。だがこれもレイジが事前にミミスケに飲ませていた組み立て済みの物を多用する事であっという間に作業は完了に向かった。敵集団との大立ち回りを終えて尚体力の有り余るシロウと特に何をしたわけでもないのに疲労していた遠藤も作業に参加する事になり、マトイは彼らを脇目に集団から離れ、レイジの姿を探していた。

 夜のダリア村には月明かりが差し込んでいる。マトイは嘗てのダリア村の事をあまりよく覚えていなかったが、アンヘルから聞いた話から水車小屋の傍にレイジがいるだろうと予測を立てるのは難しくなかった。目印となる水車小屋は嘗ての戦闘の影響で半壊していたが、無事に見つける事が出来た。レイジはその水車小屋の傍にある木の下に腰掛けているようだった。


「レイジ君?」


 声をかけながら歩み寄るとレイジの様子がおかしい事に気付いた。外傷はないはずだったが、顔にびっしょりと汗をかいており、息苦しそうに肩を上下させている。慌てて駆け寄り様子を伺っていると、ゆっくりとレイジが目を開いた。


「……ミサキ……?」


 意識が朦朧としているのだろう。少女は自分とは違う人の名前が出て来た事にそれほど驚かなかった。ショックもない。なぜなら彼がいつも誰の事を想っているのか、とっくに理解していたからだ。笑顔を浮かべて首を横に振ると、レイジは改めて名前を呼びなおした。


「マトイか……どうしたの?」

「どうしたのじゃないよ! レイジ君こそどうしたの? ダメージ受けたの? それとも状態異常とか……?」

「いや……最近たまに、こうなるんだ……。なんか急にMPが切れるっていうか……意識が朦朧として、身体が上手く動かなくなって……精霊を出せなくなるんだよね……」


 自らの手を見つめるレイジ。その視線の先にある手は小刻みに震えていた。


「どうして……そんな素振り、全然……」

「皆には言わないで。知ったらきっと、俺を戦わせてくれなくなる。皆、優しいからさ……」

「……何それ!? おかしいよレイジ君! いつからなの!? どうしてなの!?」


 身を乗り出して問いかけてもレイジは目を逸らすだけだった。マトイは歯を食いしばり、きつく目を瞑ったままレイジの手を強く握り締める。


「どうして……一人で抱え込もうとするの? どうして……私達を頼ってくれないの? レイジ君のせいじゃないんだよ? ミユキちゃんの事も、ミサキさんの事も……。ううん。ギドさんの事も……クラガノさんの事だって! レイジ君一人の責任じゃなかったんだよ!?」


 それでもマトイの言葉は届かない。きっと自分が何を言った所でレイジの気持ちを変える事は出来ないのだろう。それは少女にとっては軽い絶望を伴う認識であった。自分は彼にそこまで言えるような立場ではなかったし、彼を慰められるような人間でもなかった。今彼を救えないのは単に自分の努力が不足していたからだ。だからこそ、情けなくて涙が溢れそうになる。


「ありがとう、マトイ。だけど俺は大丈夫だ。これも多分すぐ……っていうかもう収まってきたし……。マトイも見たでしょ? 俺、凄く強くなってきてるんだ。なんだか良く分からないけど、毎日パワーアップしてる感じ。だから……大丈夫だよ」

「大丈夫じゃないよ……全然大丈夫じゃないよ!」


 そっとマトイを押しのけよろけながら立ち上がるレイジ。木に背を預けたまま、水面に映し出された月の光をじっと見つめる。


「ここで前、アンヘルと話したんだ……。アンヘルはぼんやりしていて、俺と取りとめのない話をした。何の意味もなかったように思うけど……今となっては、どうなのかな。アンヘルは俺に何かを伝えようとしていたのかもしれない。彼女なりの手段でね……」

「レイジ君……。その……アンヘルさんは……」

「……わかってる。アンヘルに悪気はないんだ。彼女がNPCだったなら尚更だ。NPCは、自分に仕組まれた“生き方”を変えられない……。頭ではわかってるんだ。だけど……」


 アンヘルを許せないのかと言われれば、それは違う。きっと時間をかければ許して行く事が出来るだろう。そもそも許すだの許さないだのという話ではないのだから。

 それでも今は、アンヘルについて考えたくはなかった。考える余裕がなかったのだ。少しでも振り返れば足が止まって、とたんに倒れてしまいそうな予感があった。


「もう嫌なんだ。これ以上誰も犠牲にしたくないんだ。誰にも危険な目に遭ってほしくないんだ。戦いを急げば危険は増すってわかってる。だけど早く終らせなきゃ……俺が戦えなくなりそうで怖いんだ。ちょっと油断すると弱気になりそうになって、全部投げ出して逃げたくなるんだ。そういう情けない自分が……気を抜くと直ぐに顔を出して……」

「別に……いいじゃない。弱気でも、情けなくても……。だって私達、凄く大変な事に巻き込まれてるんだよ? 逃げたくなったら……逃げたっていいじゃない。ねえ、レイジ君。戦い続ける事って……立ち向かい続ける事って、そんなに大事かな?」


 眉を潜め背を向けるレイジ。立ち去ろうとするその背中に、マトイは手を伸ばした。レイジの手首を掴み、ごくりと生唾を飲み込む。


「……ごめんね。嫌な事言ってるよね。レイジ君が凄く頑張って、一所懸命作ってるその仮面を……覚悟を……私、鈍らせようとしてるよね。嫌な女だよね……だけどね……それでもね……レイジ君に嫌われてもね。言うよ……私……レイジ君が居なくなったら、嫌だから……!」


 上手く舌が回らなかった。誰かに嫌われるのは恐ろしい。誰かに想いを伝える事は恐ろしい。そうやって向き合う事や語り合う事を、本音を晒す事を避けて生きてきたマトイだからこそ。逃げる事に慣れているマトイだからこそ。今、強く感じられる事がある。


「レイジ君は悪くないんだよ。レイジ君は一生懸命やったんだよ。本気でぶつかって、本気で戦って、それでもダメだったなら……それは、しょうがなかったんだよ」

「……しょうがない? ミサキを助けられなかったのも……しょうがないのか?」

「――そうだよ。しょうがなかったんだよ。君はミサキさんを助けられなかった。それを今更後悔して、今更怖がって、一体何の意味があるの?」


 腕を振り払い振り返るレイジ。その悲しみと怒りに満ちた瞳に一瞬気圧され、それでもマトイは一歩踏み込んだ。きっと過去の弱い自分のままならそんな事は出来なかっただろう。だが今はもう違う。弱い自分はとっくにかなぐり捨ててきた。それに何より――これは自分の為の話じゃない。彼を、織原礼司という一人の人間を強く想うからこその行動だ。自分自身の事は今だって好きになれない。だけど――彼を大切に想う気持ちは、決して負けたりしないから。


「いつまで昔の女の人の事を引き摺ってるの? そんなの……かっこ悪いよ!」


 何か言い返そうとするレイジの胸倉を掴み上げ、ぐっと顔を寄せる。そうして真っ直ぐにレイジの目を見つめて叫んだ。


「今っ! レイジ君が誰にも大切に思われて居ないとでも思ってるの!? レイジ君が大切に思っていたミサキさんがいなくなって! 皆の為に犠牲になって! それで苦しんでいるのが自分だけだとでも言うつもり!? 皆苦しくて皆悲しくて皆我慢してる! それでも一生懸命考えてる! レイジ君がやってる事はただの思考放棄だよ! 君は! 自分がミサキさんと同じ過ちを犯そうとしている事にまるで気付いていない!」

「過ち……? ミサキが間違ってたとでも言うのか!?」

「そうだよ、間違いだよ! ミサキさんは間違ったんだ!」


 目を見開き拳を振り上げるレイジ。それでもマトイは目を逸らそうとはしなかった。寸前で僅かな冷静さを取り戻し拳を止めるレイジ。マトイはそのまま言葉を続ける。


「皆の為に戦う。皆の為に犠牲になる。尊い事だと思うよ。誰にでも出来る事じゃない。だけどね……レイジ君。ミサキさんは、間違ってたんだよ! ミサキさんは! 自分が犠牲になった時、悲しむ人が居る……それを考えられなかった、自分勝手な人だ!」

「言うな……それ以上! マトイでも許さないぞ……っ」


 マトイの胸倉を掴みあげるレイジ。マトイは苦しそうにその手を掴みながら、涙を目にいっぱいに溜めながら、それでも語り続ける。


「私は……そんな間違いを犯したミサキさんを許さない! 皆の心に、記憶に傷を残して……レイジ君を苦しめて……同じ過ちに走らせようとしている! 意味ないよそんなの! 誰かが自己犠牲を繰り返すだけの世界なんて、そんなの間違い以外の何者でもないッ!」

「だったらどうすればよかったんだ! ミサキの自業自得でしたって言えばいいのか!? あの人を救おうとしなかったのは俺達だ! 俺達がバカだったから……!」

「違うよ! 皆バカだったんだよ! レイジ君だけが、ミサキさんだけがバカだったわけじゃない! シロウさんもJJも遠藤さんもアンヘルさんも、みんなバカだったんだよ! でもしょうがないんだよ! 人は皆愚かで……悲しい事もあるけど……それでも現実を否定する事は誰にも出来ないっ! どんなに目を逸らして誤魔化そうとしても……逃げ出そうとしても! 決して過去は変わらないんだからっ!」

「なんで……なんでそんな事言うんだよ。どうして……」

「レイジ君が……好きだからだよ」


 思わず呆然と立ち尽くす。そんなレイジの目の前でマトイは涙を流しながらレイジを見つめ続けていた。その瞬間、あの日……この村の外れで双頭の竜と戦った時の事を思い出した。

 レイジはミサキの事が好きだった。彼女の事が本当に好きだったのだ。共に過ごした時間は僅かだった。それでも暗澹としたレイジの人生を切り裂き、眩い光を与えてくれた人だった。こんな風に生きたかった。こんな風に、強くなりたかった。そんな憧れを見せて、まだそれが間に合うのだと。今からでも変われるのだと、教えてくれた人だった。


「レイジ君は……間違えたんだよ。ミサキさんの事を本当に想うのなら……君は、ミサキさんを止めるべきだった。その結果ミサキさんに嫌われたとしても……失望され、もう二度と言葉を交わせなくなったとしても。それでも君は、彼女を止めるべきだったんだ」


 手を放し、ゆっくりと後退する。そうして身体中から力が抜けて倒れこむと、マトイはそんなレイジの目の前に泣きながら膝を着いた。


「……私は、君をそんな風に一人にしない。それは君が教えてくれた事だよ。人は変われるって。人は学べるって。だから私は君の間違いを経て、君を救いたいんだ。私は君に嫌われても構わない。だから君を……どんな手を使ってでも、止めてみせるから」


 あの時、遠ざかって行くミサキの背中に何が出来ただろう?

 共に戦えなかった事を、今日この日まで悔い続けてきた。だがあの時、共に逃げる事も現実的な選択肢としてあったのではないか?

 それを考えなかったのは、考えられなかったのは――。結局の所、ミサキの為と言いながら、綺麗ごとを口にしながらも、ミサキに嫌われる事を恐れていたからだ。

 嫌われるのも嫌。立ち向かうのも嫌。だからあそこに立ち尽くしているだけだった。そんな自分を認めてしまったら何もかもが壊れてしまいそうだった。頭を抱え、声にならない呻き声を上げながら震えるレイジ。マトイはそんなレイジの身体を抱き締めた。


「同じ間違いを繰り返さないで。同じ過ちを……私達に繰り返させないで。皆が君の事を大切に思ってる。君の事、大好きだって思ってる。だから……そんな大切な人を、目の前で失わせるような、そんな絶望的なこと……もう、味わわせないで……」


 何度もレイジの頭を撫で、頬を寄せながら目を瞑る。涙を流しながら、それでも優しい声で。まるで幼い子供に言い聞かせるように、少女は微笑んだ。


「……大丈夫、きっと大丈夫だよ。出来るよね? レイジ君は……優しい人だから……」


 そんな二人の姿を見守るのは月明かりだけではなく。遠巻きに肩を並べていたシロウと遠藤は顔を見合わせると同時に肩を竦めた。場合によっては割って入るべきかとも考えたが、この様子ではどうやら出番はなさそうだった。


「レイジのやつ、これで少しは冷静になるかね。ったく、心配かけやがって」

「どうかな? ま、基本的に男にとって女性の存在は偉大さ。安らぎであり、帰るべき場所であり、守るべき存在があるという事が男を強くするのさ」

「オッサンに言われても信憑性ゼロっつーか……良くそんな恥ずかしいセリフ言えるなオイ」


 これ以上居合わせるのは野暮と見て小声で言い合いながら遠ざかる二人。こうしてダリア村奪還が完了し、そして……。

~とびこめ! XANADU劇場~


姫「久しぶりの更新プラス劇場スペースですね! ってあれ? どうしたんですか、ミサキ様?」

ミ「ミサキちゃんは今、憤怒しています……」

姫「そうなんですか……」

ミ「理由を聞いてください」

姫「え? どうして憤怒しているんですか?」

ミ「なんかメインヒロインの座が奪われかかってるのと、なんか私が諸悪の根源みたいな扱いをされているからだよ! 不服だよ! 遺憾の意だよ!」

マトイ「でも、大体私の言っている通りじゃないですか?」

ミ「で、でたな邪悪の権化! レイジ君をたぶらかしおって!」

マ「それはこっちのセリフです! ミサキさんの所為でレイジ君の人格がおかしな方向に歪んでしまったんじゃないですか!」

ミ「それは私のせいじゃないよ。脚本が悪いんですよ」

マ「そういう事言われると、じゃあ全部脚本が悪いんだってなりますけど……」

ミ「っていうかマトイちゃん、そんなにフラグバリバリにちりばめて大丈夫なの?」

マ「え? どういう事ですか?」

ミ「作者の過去の傾向から見ると、中盤で主人公とくっつきそうになるサブヒロインは大抵ろくな目に遭わないんだよ? ていうか実際私もレイジ君とフラグが成立した瞬間殺されたからね!」

マ「私は大丈夫ですよ。ミサキさんみたいに無謀じゃありませんから」

ミ「むかー! 今に見てろー! 腕とかちぎれるからな!!」

姫「…………私、最近出番が……」

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なつかしいやつです。
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