勇者的日常(3)
「うーん。なかなかみんなを纏めるのって難しいねー」
更に翌日。恒例となった深夜零時のログインを果たした俺は美咲と共にダリア村の水車付近で途方にくれていた。
「何が難しいって、みんなやりたい事がそれぞれ違う事だよね。JJも遠藤さんもシロウも……アンヘルはどうだかわかんないけど……みんな多分、何かしらの目的があるんだよ。シロウはわかりやすいからいいんだけど……特に遠藤さんは何をどうしたいのかな……」
腕を組んで独り言を呟いていた美咲。と、そこでふいに俺の顔を覗きこんだ。
「ねえ礼司君、聞いてる?」
「え? あ、うん……聞いてるよ」
「なんか元気ないね。何か辛い事でもあった? えーと、現実とかで」
「いや、そういうわけじゃないんだけど……」
相変わらず美咲はくりくりした目で俺を見ている。無邪気な視線だ。なんとなくそこから逃れたくなって、それとなく身体の向きをずらした。
「ここ数日、あいつらと話をしてみて思ったんだけどさ。やっぱり……美咲の言う通り、纏めるのは難しいと思うんだ」
「えー! そんな事ないよ! 確かにみんなちょっと変わってるっていうか、声をかけづらいところはあるよ。でも、話してみればみんないい子なんだって!」
「ああ、うん。正にその通りでさ。だからつまり……俺がリーダーっていうのは無理だって話。やっぱりさ、美咲がリーダーに相応しいと思う」
それはずっと感じていた事だった。
美咲は確かに直情的で、お人好しで、要領が悪い感じだ。だけど誰に対しても真っ直ぐで、先入観なく純粋な気持ちで向き合おうとしている。
一緒に居たのは一週間ちょっとだけど、それくらいの事はわかるんだ。美咲は人を惹きつける魅力がある。実際、自分がそれにやられている自覚くらいはあるのだ。
いつでも相手の目を見て、近くに寄って、一つだって言葉を聞き逃さないように、相手の気持ちを無為にしてしまわないように、彼女は全力で接しようとしている。
そんな美咲だからこそあのJJやシロウでさえあんなに気を許しているのだ。
「まだ俺がリーダー云々って話は誰にもしてない。今なら引き返せるだろ?」
「それは……そうだけど……。でも、私は……リーダーとはか無理なんだよ」
「第一さ。どうして美咲は俺をリーダーになんて言い出したんだ? そもそも俺達にリーダーは本当に必要なのか? 今となってはそれすら危ういんじゃないか?」
振り返り美咲の目を見る。一度も目を逸らさなかった彼女が視線を逸らした事に、俺は否応なく気付いてしまった。
「美咲はさ……」
あの日引っ掛かっていた事が鎌首を擡げたのは、その瞳に迷いがあったからだ。
「リーダーをやるっていう事に……」
何か、思うところがあるんじゃないのか?
そう。つまり美咲は、過去に何かのリーダーだったんじゃないのか――?
「よお! 探しちまったぜ、ミサキ……と……あー……餅うさぎの奴!」
その時背後から声が聞こえた。二人同時に振り返ると、そこにはシロウとアンヘルの姿があった。
「私の記憶が正しければ、彼の名前はレイジさんであったかと思いますが」
「あー、レイジか! まあなんでもいいだろ。二人とも、ちょっと付き合わねーか?」
まさか向こうから声をかけてくるとは願ったり叶ったりだ。しかし予期せぬ乱入のお陰ですっかり問い質すような雰囲気ではなくなってしまった。
「うん、いいよ! 礼司君もいいよね?」
「あ、ああ。もちろん付き合うよ……って、何に付き合わされるの?」
「そんな事決まってんだろ? 俺はなぁ、もう森の魔物は狩り飽きちまったんだよ。最初のエリアの雑魚を狩りつくした場合、RPGではどうするか……相場は決まってんだろ?」
どや顔のシロウに連れ出された俺達はダリア村を出た。といっても、普段出入りに使っている南側の出入り口ではなく、俺達が勝手に裏口と読んでいる北東にある出入り口からの出発であった。
この道が続いている先は森林地帯ではなく山岳地帯である。即ち、まだシロウがあまり足を踏み入れていないエリアであった。
「こっちの方の敵はまだ狩りつくしてないからな。森に比べると強力な奴が多いって村の奴に聞いてよ」
「へー、そうなんだ。そういえば村の人達、山の魔物は凶暴だから全然山に入れないって困ってたね。鉱石とか採れるんでしょ、ここ?」
相変わらずシロウと美咲が並んで前を行き、俺がアンヘルと共にその後ろにつくフォーメーションである。というか……何気にこいつらちゃんとRPGしてるな……。
「勿論新しい魔物と戦うってのも理由だが、目的はもう一つある。ミサキがさっき言ってた鉱石ってのがそうだ」
話によると、シロウの目当てはこの山で採取できる鉱石だという。
元々この山は鉱山として栄えていたらしい。といっても栄えていたのはもう随分と昔の話で、ここ数十年は全く手付かずの状態になっているらしいのだが。
「村の人たちもここの鉱山をなんとか利用したいらしいんだけど……魔物がいたり、ずーっとほったらかしで荒れ果ててるから入るに入れないんだってさ」
三咲の話を聞きながら、俺はなんとなく村の人たちの事、そして姫様の事を思い出していた。
俺達の中では姫様で通っているNPC。確か名前はオリヴィアとか言ったか。そういえば彼女が俺達にお願いをしてきたのは最初の一回きりで、それ以降俺達に何かをしろと言ってきた事は一度もない。
その内容も、魔物から村をお守り下さいという非常にアバウトな物であった。
ダリア村に魔物がやってくる頻度は低い。森はシロウの狩場だったのでともかく、この鉱山地帯の魔物は野放しなわけだから、村にやってきたっておかしくはない。しかし実際、この鉱山地帯の魔物がダリア村まで下りてきたという話は聞いた事がない。まあ、RPGといえばそんなものかもしれないが……。
それにしたって、もし鉱山に大量の鉱石が残っているとしたらそれは村の大きな収入源になるはずだ。どうして何十年も放置していたのだろうとか、どうして男集は山道を整備しないんだろうとか、色々気になるけど……ゲームだから突っ込んじゃいけないのかな。
「レイジさん。足元にお気をつけください。ぼんやりしていると危険でございます」
「え? あ、はい。ていうかアンヘル、敬語使わなくていいよ? 多分俺の方が年下だし」
「敬語……?」
無表情ながらも若干の驚きを含め、アンヘルは応えた。まるで敬語という言葉は一度も聞いた事がありませんと、そう言いたげな様子だ。
「あ、いや……だから、名前とか呼び捨てでいいっていうか……」
「そうでございましたか。ではレイジとお呼びさせていただきます」
なんかそうなんだけどそうじゃないっていうか……いや、この人本当になんなの? 外人だから日本語が苦手なんですか?
あ。余計な事考えてたらシロウの話を聞き逃してしまった。ま、まあいいか……。
それにしても、シロウと美咲は一緒に歩いていると絵になる。美咲は美人だし、シロウはなんだかんだでイケメンなのだ。言動がちょっとバカっぽいが、実際の所別にヤンキーでもないのだろう。少し子供っぽいが、俺よりは年上だろうし。
なんとなく……本当になんとなく、俺は美咲の横にいていい人間なのかどうか、そんな事を考えた。けれどそれが意味のない自問自答だと知り、直ぐに思考を中断した。
ちなみに俺とアンヘルは……いわずもがな。こいつマジで何人なの?
「とあっ! なんで立ち止まってんの……って」
「おう。お客さんだぜ、レイジ」
突然立ち止まったシロウの背中に追突する。慌てて前方を確認すると、巨大な影が地面から伸びるようにして出現しようとしていた。
「魔物……!」
「あいつらああやって地面から沸くんだよな」
腕を振るいながら笑うシロウ。赤い光が瞬き、その腕に一瞬で精霊が装着される。
ぐねぐねとうねり形を固定されていなかった影が落ち着く。ごつごつとした外見は岩を思わせる。二足に二腕の怪物で、全長は五メートルほどか。森で見た魔物と比べてもかなり大型だと言える。
「おー。熊よりでけえな。こりゃNPCじゃぶっ潰されて終了だろうぜ」
俺達が居るのは岩肌が露出した山道だ。川沿いにお世辞程度に作られた道幅四メートルほどのスペースで、ほぼ崖っぷちと言ってしまって良い。落下すればそのまま数十メートルから川へ落下する事になる。
相手は大柄。しかも間違いなくパワータイプ。腕を振り回されるだけでも突き落とされかねないわけだが、かといって逃げ場も少ない。あまり戦闘に向いている状況ではなさそうだ。
「シロウ、ここでやるつもりなの? ちょっと場所が悪いよ!」
「知った事かよ! 多少の危険はアトラクションだと思え!」
そんな日本語で大丈夫か?
「ありゃりゃ……シロウは人の話を聞かないからなー」
「はい。仕方の無い事でございます」
見れば美咲とアンヘルもそれぞれ杖と刀を取り出している。二人とも戦う気らしい。
「ちょ、ちょっと……?」
「すぐ片付けちゃうから、礼司君は下がってて!」
笑顔で告げて駆け出す美咲。だが俺は……その言葉がやけに胸に突き刺さる感じがした。
「魔物連中は必ず身体のどこかに中心部がある! そこを破壊すれば一発で片付く!」
シロウの声ではっとする。観察してみると、なるほど。魔物の胴体の中心部には赤く発光する部分がある。何かの結晶のようなそれだけがはっきりとした実体に見え、魔物の肉体そのものはまるで影のようである事を考えると、要はあれがコアなのだろう。
「勿論、身体の部位をボコっても倒せるけどな。まあ手っ取り早く行くならあそこだ」
「了解! それじゃ、ちゃちゃっとやっつけようか!」
刀を鞘から抜いて笑う美咲。魔物はゆっくりと前進してくるが、誰も怖じる様子はない。
最初に飛び出したのはやはりシロウだ。身体を屈め、正面に腕でガードを固めつつ突撃する。その様相はさながらボクサーか何かのようだ。
魔物が大きく腕を振り上げ叩き付ける。しかしシロウの動きは素早く、明らかに攻撃が追い付いていない。それにあれだけ大振りではテレフォンパンチにも程がある。
「んだこいつ、図体だけかよ!」
回避と同時に懐に飛び込んだシロウは炎を纏った拳で魔物のコアを殴りつける。森の魔物を一撃で吹き飛ばした拳だ。しかし……。
「お! かってえな……まさか一撃で倒せない奴が居るとはうれしいね……っと!」
腕を左右に伸ばしたまま上体を回転させる魔物。広範囲の薙ぎ払いは山道の壁を破砕し、俺の足元にまで破片を飛ばしてきた。
「おいおい……なんだあれ。当たったら死ぬんじゃないの……」
しかし青ざめているのは俺だけで、他の三人はけろりとしている。まさかとは思うけど、他の魔物もあれくらいの攻撃力なわけ? 慣れてるって事ですか?
「うひょー! すげえすげえ! さすが第二のエリアだけはあるぜ!」
「シロウ、片腕引き受けるよ! 隙が出来たら攻撃よろしく!」
「指図するんじゃねえよ、ミサキ!」
驚いたのは美咲の動きだ。大型の刀と化したヤタローを下段に構えたまま駆け出したのだが、その足取りがちょっと尋常ではなかった。
一歩の踏み込みでまるで地べたを滑るように高速で接近し、刀の間合いにまで魔物を入れてしまった。当然ながらその動きは現実離れしている。
シロウの動きにも驚いたが、彼はなんというか、元々何か格闘術でも学んでいたのだろうと妙な納得をしていた。それにしたってさっきの回避動作とかはどう考えても普通じゃないのだが……。
とにかく、美咲がまるでゲームのキャラクターのような動きをしたものだから、俺は唖然としてしまっていた。そこで戦っているのは、俺の知らない美咲だったから。
あの魔物の動きはワンパターンだ。こちらが接近するとまた先ほどのように腕を大きく振り上げる予備動作を始めた。美咲はすぐさま跳躍し、振り上げたままの腕を両断してみせる。そのまま魔物を飛び越え……繰り返すが奴は全長五メートルはある……反対側に着地。刃を返し再びダッシュする。
素早く魔物の足を切りつけ戻ってくる美咲。シロウはそれと擦れ違い前に出る。
「後はよろしく!」
「余計な事しやがって……ったく」
舌打ちしつつ飛び込んだシロウ。魔物は先の上半身を回転させる凪払いを放つが、片腕がないので攻撃速度は事実上半減。容易に屈んで回避したシロウはそのままコアに左右の拳を叩き付け、身体を反転させる。
「ぶっ飛べオラァ!」
回転する身体。繰り出したのは回し蹴りであった。踵がコアに減り込むと同時に爆炎が舞い上がり、魔物の上半身が見事に爆ぜて吹き飛んだ。
俺はそれを見て、ああ、シロウはボクサーではなかったんだなーと、そんな事をぼんやりと考えていた。つーかお前ら人間じゃねえ。
「シロウ、おつかれー! ヤタローもありがとね!」
ハイタッチする二人を眺め、俺はようやく歩き出した。魔物は既に霧状になって消え始めている。森では暗くてよく見えなかったが、これが魔物の消滅というものなのだろう。
というか、どういう事なの? 戦えないのってまさか俺だけ? これが当たり前のレベルなのか? いや、冷静に考えてみるとアンヘルも何もしてなかったんだけど……。
「アンヘルてめー、またサボりやがったな」
「いえ。お二人だけで十分だと判断しただけでございます。わたくしの能力が必要な状況にも見えませんでしたから」
「まあそりゃそうなんだけどよ」
「それにしてもシロウは不思議です。手伝うなと言ったかと思えばサボるなと言ったり……実際の所、貴方はわたくしにどうして欲しいのでしょうか?」
「たまに喋ったと思ったらそれか。うぜーなー……」
――ん?
今ふと思ったんだけど。仮にこのゲームに主人公というものがいるとしたら、それは……シロウの事を言うのではなかろうか?
どう見ても俺より美咲ともアンヘルとも信頼関係を築いている。何気にアンヘルのやつ、シロウの事は既に呼び捨てだ。と言う事は先ほどの俺のようなやり取りを以前どこかで済ませているという事だろう。もしかしてそれで敬語という言葉に首を傾げていた割にはさらりと“さん”だけ抜くという対応をしたんだろうか。
そして何より強い。身体能力も精霊の能力も明らかに俺の数倍強力だ。彼の能力があれほどまでに戦闘向きなのは、性格が反映されているからなのだろうか。
「大丈夫? 怪我はなかった? 礼司君」
「え、ああ……うん……」
あれっ? なんだこれ?
どうして俺は美咲に心配されてるんだ? どうして嫌な汗が噴出してくるんだ?
いや、理由はわかっている。わかっているんだ。確かにこういう感覚はこれまでも何度か味わった事がある。ああ、そりゃそうだ。だって俺……。
「何の役にも立ってないじゃん……」
「うん? 何か言った?」
きょとんとした美咲にただ首を横に振ってみせる。
俺は……何をしてたんだ? 三人が戦おうって時に後ろで見ていただけだ。
美咲は安全な所に下がっていろと言った。それこそ真っ先に、である。それは彼女がそれだけ俺の事を気にしていたからなのだが、同時に最初から俺は戦えないと――役に立たないと認識していたという事でもある。
いや、実際俺は何の役にも立たなかった。自分の精霊を出そうという発想すらなかった。ただアホ面でみんなの勇士を後ろから眺めていただけ……笑えるくらい傍観者だった。
「魔物倒したら経験値なりアイテムなり寄越すのが普通なんだけどな。このゲーム幾ら敵を倒しても何も出やしねえし、レベルアップしましたーみたいなアナウンスもねえ」
「レベルって概念がないんじゃないかなー? でも、能力は使えば使うほど強くなってるんでしょ?」
「おう。森の魔物も最初はてこずったが、慣れれば一撃になったわ」
美咲とシロウの会話を聞きながら拳を握り締める。それは自分が戦えないからではない。もっと別の……何か別のところで、不甲斐なさを感じているからだ。
「しかしさっきの奴を見て確信したわ。やっぱさ、装備品は強化した方がいいよな」
「そうだね。鉱石が採れれば村で作ってもらえるんでしょ?」
と、気になる事が聞こえて顔をあげる。
「シロウ、鉱石を採って装備を作るためにここに来たの?」
「おう、さっきから言ってんだろ? お前人の話聞いてなかったのかよ」
「ご、ごめん。装備って、例えば……武器も作れるのかな? 剣とか、槍とかさ」
「多分な。詳しい事は鍛冶屋に聞いてみないとわかんねーけど」
思わずガッツポーズしてしまった。ほんの少しだけだが希望が見えた気がした。
俺が戦えないのは精霊が役立たずと言うのも勿論あるが、丸腰だというのが大きい。なんの武器も持たずにあんな怪物に立ち向かうのは、勇気というより蛮行である。
どうして初期装備すら渡さないんだよとロギアに対し不満と怒りがふつふつと湧き上がってくるが、今はそんな事どうでもいい。
「……よし。鉱石集め俺も手伝うよ、シロウ!」
「あ? 何急にやる気になってんだ? よくわかんねーが、最初から手伝わせるつもりだったから安心しな」
シロウ曰く、別に戦闘は一人でいいのだが、鉱石を持ち帰るとなると人手が必要だと判断したらしい。だからこそ俺達に声をかけたわけだ。
こんな調子で俺達は採掘現場を目指し続けた。
場所についてはシロウが村人から大まかに聞いていたし、地図も持たされていたので検討はついていた。問題は道中に出現する魔物だ。
何度か戦闘を行なったが、実際に敵を蹴散らすのはシロウと美咲の役割であった。戦えば戦うほど実感するのだが、美咲もシロウに負けず劣らずの戦闘力であった。
岩の塊のように見える相手を一刀両断する姿は見惚れてしまうほどで、アンヘルは一応杖を構えてはいるものの、自分が手出しする必要性はないと完全に任せていた。
俺はといえば、ただ出現する敵の事やみんなの戦闘を眺めて解析するくらいしかする事がない。とりあえず武器を得るまではこんな状況が続くだろう。
一応何度かあの不気味な精霊を出してみたのだが、壁に齧りついているだけで一切役に立つ気配がないので早々にご退場願った。
そうこうしている間に採掘場に到着。流石にこの近辺は整備されておりスペースも広い。周囲にはつるはしのような道具が残されていたり、削られた岩が山になっていたりと、採掘途中でほったらかしましたというのが目に見えるようだ。
「やべえ、鉱石を持って帰るのはいいがどれが使える石なのか全然わっかんね」
「えー、それは聞いてきてよー! なんかきらきらしてるのがいいんじゃないかな?」
シロウと美咲は既に石の吟味に入っている。アンヘルもそこに混ざった様子だ。つーかどれを持ち帰ればいいのかはざっとでもいいから聞いとけよ……。
ふと、俺はそれに参加せず周囲を眺めていた。何やらこうやって場所を観察しようとするのは、多分癖なんだろう。
奥には洞窟のようになっている場所がある。あれは坑道といったところか。鉱石の輸送に使っていたらしい台車のような物もあちこちにあるが、時間が経過しているのか壊れている様子だ。木製というのもちょっとまずかったな。
道具に関してもそれは言える。錆や破損は当たり前。どれだけ長い間ここを放置していたのかを物語っているかのようだ。
問題はこの鉱石をどうやって村まで輸送していたのかだ。あんな狭い道を何往復もしていたら危険だと思ったのだが――なるほど。
「あれは裏道だったのか」
俺達が通ってきた道とは別に広い道が村へと続いているのがわかる。岩山から森の中へ入り、そのまま村の近くに続いているようだ。しかし村との間に川がある事を考えると、昔はあそこに大きな橋でもあったのかもしれない。
俺達も橋は渡ったが、村の傍にある割りにはぼろぼろだった。誰も使っていないからなのだろう。考えてみると、よく地図なんて残っていたものだ。
「おいこらレイジ! 手伝うとか言ったくせになにボケーっとしてんだよ!」
「あーっと、ごめん! 使えそうな道具がないかと思って……」
「道具? そんなもん必要ねえだろ? 岩掘るのなんか簡単じゃねえか」
首を傾げるシロウ。だが首を傾げたいのはこっちの方だ。
「お前らちょっと下がってろ。あぶねーから」
「あー……シロウ、またやる気だ」
「ですね」
三人で勝手に納得しているが……ともかく俺達は言われるままに後退した。
「よし。じゃあとりあえず採掘してみっか」
そこでシロウが精霊を出したのを見て、意味を理解した。
「オラア!」
壁を思い切り殴りつけるシロウ。更に爆発が起こり、岩壁が派手に吹き飛んだ。
「ですよねー!?」
「うわうわ、危ない危ない! もうちょっと加減してよ!」
「危険でございます」
ていうかシロウ本人が岩に埋もれてるんだが、あれは生きてるのか?
「どうだ、ざっとこんなもんよ!」
あ、岩を吹っ飛ばして飛び出してきた。あいつやっぱ人間じゃねえわ。
「ていうか何の石を探してるの? 鉄鉱石?」
「確かに聞いたんだが忘れちまった。ジュ……ジャ……なんか聞いた事のねえ石だったな。少なくとも鉄鉱石ではなかったと思うぜ……うえ、口の中がジャリジャリしやがる」
あんな事すれば当たり前だろ……。
まあシロウの事はどうでもいい。聞いた事のない鉱石と言う事は、この世界のオリジナルアイテムか何かなのだろうか。ゲームならありがちだが。
「うーん……とりあえず目ぼしい物を持ち帰ってみて、鍛冶屋に聞いて確認してみるしかないね。それで後日出直すなり考えた方がいいかもしれない」
「そいつは言えてる。んじゃ、ミサキの言うようにキラキラしたやつを持ち帰ってみっか。よりキラキラしてる方が強い気がするしな!」
やばいな。こいつらなんか……アホだ。
夢中でキラキラを集めるシロウと三咲。俺まで同じ物を探しても仕方がないので、幾つか別の色や質感の石を探して見る事にした。
この鉱山でどんな鉱石が採れるのか、正直検討もつかない。今回だけで事を済ませるのは諦めて、次回以降の為に色々な石を持ち帰るのが得策だろう。
「おいおいレイジ、お前の集めた石は全然キラキラしてねーなあ」
「そうだよー礼司君! もっとキラキラしないと!」
お前らはどうしてどや顔なんだよ……そんなにキラキラは偉いのか……。
そうして集められた石を一箇所に集めて小さな山を作ってみた。この時点で結構な時間を食っている。急いで帰らないと時間制限で強制ログアウトを食らう事になりそうだ。
「片道一時間ちょっとかかったからね……帰りは走らないと間に合わないかも」
「問題はこいつをどうやって持ち帰るかだな。レイジ、使えそうな道具はなかったんだろ?」
「そうだね。ただの木の板としてなら使えそうなのもあるけど……持ち運びに優れているとは言えないかな。まあ、何もないよりはマシか」
「だがよ、輸送途中に底が抜けて全部崖から投げちまったら事だぜ」
それも確かにその通りなのだ。さてどうしたものかと悩んでいると、何故か三人は精霊を出しはじめた。
「レイジも精霊出せ。あの餅でも多分効果はある」
「どういう事?」
「あ、礼司君は知らなかったのかな? あのね、精霊を出している間は腕力とかが強くなるの。走る速さとかもね」
即ち身体能力の強化である。なるほど、それならば彼らのあの異常な動きも理解出来る。いや、理解は出来るけど納得はいかないわけだが。
まあとにかく、精霊を出している間は身体能力が強化されるという事だ。確かに戦闘時の速力で帰りを急げば一時間どころか三十分もかからないだろう。
「あいつを出すのは癪だけど……そういう事ならもうちょっと飼い馴らそうかな」
シロウが言うには、精霊出現状態で活動を続けると身体能力強化の効力は徐々に増していくという。要はそれがレベルアップする、という事なのだろう。
仕方がなく念じると餅は順調に姿を現した。そのままその辺に転がしたまま石を手に取ってみると、確かに先ほどまでよりずっと軽く感じられた。
「そ、そうだったのか……。村に居ると力を使うような事なかったしな……」
だけど、多分シロウや美咲は俺よりずっとこの石を軽く感じているのだろう。強化の効果があるとはいえ、俺にあんな人間離れした戦いはちょっとまだ無理だ。
「仕方ねえ、その辺の板に乗せて運ぶか。俺とミサキで運べばいけるだろ」
「なぜ女子にそんな力仕事をさせるんですか! それは男の子の仕事だよ!」
「あ? この中でパワーあんのは俺とミサキだろが。アンヘルにやらせろってか?」
「別にシロウが一人で持てばいいんじゃないかな?」
こいつら……完全に俺を戦力外だと思ってやがる……。
「レイジ、その壊れかけの台車いらんとこ引っぺがして持ってこい。ダッシュで村まで戻るぞ」
シロウが指差したその時だ。俺達の視線は自然とシロウの指先にある傾いた台車に向けられた。つまり全員の注目がそこに集中したわけだ。その瞬間を奴が待っていたとも知らずに……。
一瞬の出来事であった。何か妙な音がしたと思って全員が振り返った。しかしこれといっておかしな事は何もない。
「今なんか音がしたか?」
「うん。俺も何か聞こえ……」
そこで俺だけが全てを理解してしまった――。
この場に起きた変化。それは俺達の中心にあった集めた鉱石の山がなくなっていたという事だ。そしてさっき聞こえた妙な音は……奴が伸び縮みする時に発する伸縮音。
「まさかお前……」
「げぇっぷ」
「やっぱり食いやがったなああああ!」
餅の耳を掴んで持ち上げる。奴は巾着のような身体を揺らして抵抗を試みるが、地力が上がっている事を自覚した今の俺を振りほどける筈もない。
「食ったってなにが……って、あれー! 集めた石がないよ!」
「あ? ああっ? 何が起きた!?」
「はい。恐らく、ミミスケさんが一瞬で丸呑みにしてしまったのかと」
無表情にアンヘルが絶望を告げる。シロウと三咲は一瞬固まった後。
「えーっ!? 折角集めたのにそんなのってないよー! ミミスケー、それはだめだよー……これじゃゼロキラキラだよー……うぅ」
「おいこらレイジ、てめえの精霊だろ! 何とかしやがれコラァ!」
各々らしいリアクションを見せた。そしてシロウは俺の胸倉を掴み上げている。
「そ、そんな事言われたって……こいつは俺にも制御出来ないんだってば!」
「なんでそんな精霊出しやがったんだ!」
「出せっていったのはシロウじゃないかー!」
「ご両人、おひかえなすって……喧嘩はよろしくないのでございます」
「そうだよー、喧嘩はよくないよー……って、今なにかアンヘル凄い喋りだった?」
もうしっちゃかめっちゃかだ。一つ一つツッコんでる暇はない。
「ミミスケー、ぺっ! ぺってしなさい! 石なんか食べたらお腹壊すよ!」
「むっきゅい」
屈んで優しく語り掛ける美咲にもそっぽを向く餅。この野郎、マジでどうしてやろう。
「礼司君からもお願いしてよー! ミミスケが吐き出してくれればいいんだよ!」
「吐き出すって……」
「だってミミちゃんは丸呑みにしたんでしょ? だったらまだそのまま入ってるんじゃないかなあ?」
その言葉を聞いた瞬間、何かがピンと来た。俺は掴んでいた餅を地べたに下ろし、シロウから逃れ餅と向き合う。
「おいこら餅。お前が食ったもんはどこに消えてんだ?」
「むきゅ?」
「すっとぼけるんじゃねえ。お前の体積と鉱石の量を比べればお前に食べ切れない事は明らかなんだよ。まあそれはこれまでもわかっていた事だがな」
ニヤリと笑う。すると餅は何やら小刻みに振動を始めた。
「つまりだ。お前の食ったものはどこかに消えちまってるわけだ。その消えちまったものはどこに行ったんだ?」
「む、むきゅい……」
「言い逃れしようとしても無駄だ! 俺は勘違いしていた。お前は別に人間と同じ“食事”をしているわけではなかった。ただ食って溜め込んでいるだけだ! つまり……」
びしりと指差し餅に歩み寄る。俺の影に入った餅は怯えるように小さくなっている。
「とっとと食ったモン吐き出しやがれえッ!」
思い切り餅を踏みつけてやった。すると餅はぐねぐねと身体を膨らませたり縮んだりを繰り返し、最終的にはその大きな口を開いてみせた。
中から飛び出してきたのは先ほど俺達が集めた鉱石だ。唾液は愚か傷一つない、そっくりそのままの状態である事がわかる。
「あ! ちゃんと吐き出せたんだ! ミミスケ、えらいねー!」
餅を撫で回す美咲。しかしこれでこいつの能力が少し踏み込んだ所まで理解出来た。
「お前さ。あのへんにある石全部食えるだろ?」
「きゅっ?」
首……はないので身体を擡げる餅。俺は笑顔で耳を鷲づかみにし、岩山へと向かった……。
村への帰り道は行きの半分以下の時間で済んだ。それなりに急いで帰った甲斐があったというものだ。
時間に余裕が出来たので俺達はその足で鍛冶屋までやってきた。店は村の外れにあり、お世辞にも繁盛しているようには見えない。まあ鉱山があの様子だったので、繁盛していたらおかしいのだが。
「おい爺さん、約束通り鉱石を持って来たぜ」
「おお、流石は勇者様だぜ。誰もあそこにゃ近づけなかったんだがなあ」
店先の椅子にはスキンヘッドの老人が腰掛けていた。老人といっても肉付きはよく背筋もしゃんとしており、いかにも鍛冶師という感じだ。シロウは彼と約束を取り交わしていたのだろう。
「んで勇者様よお。疑うわけじゃねえんだが、肝心の鉱石はどこにあるんだ?」
「おう。すげえ量があるんだが、どこに出せばいい?」
不思議そうな顔をする店主。とりあえず店の脇を指差したので、俺はミミスケをそこに持って行った。
「ビビんなよジジイ。おいレイジ、やってくれ!」
「了解」
地べたに置いた餅の頭を再び踏みつける。するとまるで空気が抜けるような感触が足の裏から返って来る。しかし実際に奴の口からざらざらと吐き出されているのは、鉱山で採取した大量の鉱石であった。
あれから俺はこいつに片っ端から石を食わせた。伸縮自在の餅は大口を開け、元々山積みにされて残っていた彼方此方の鉱石を丸呑みにしていった。
そうさせたのは、実はこいつが何でも食うと同時に食べた物はなんでも吐き出せるという事を理解したからだ。帰路があっという間だったのは、こいつの耳が非常につかみやすく、そして幾ら食わせたところで重量が増加しなかったお陰である。
「はあ。こいつはたまげたぜ……これも神の力なのかね」
「おう。こいつは俺らの荷物持ちでレイジってんだ」
「俺は既に荷物持ち確定か……。えーと、レイジです。よろしくお願いします。早速で申し訳ないんですけど、何か武器とかって作れませんかね?」
「おうよ。材料さえあれば剣でも槍でも斧でもなんでも好きなもん拵えてやらあ。ただまあ、ちいっとばかし時間を貰うがな」
立ち上がった店主は野ざらしになった鉱石の山を眺め苦笑を浮かべる。
「こいつを店に運び込むのは一苦労だ。それに、使えねぇ石を選別するのもな」
「ですよね……。あの、運ぶの手伝いますよ? こいつ、指定した物だけ吐き出す事も出来ると思うんで、もう一度全部飲ませて使えるものだけ出せばいいと思います」
びくりと震える餅。逃げようとするがすぐに捕獲する。
「なんだあ、便利な生きモンだなあ、精霊ってのはよ」
「ははは……。それで、どの石が使えるんですか?」
「おう。じゃあ見本になるように幾つか集めてみっから、それ見ながらやってくれるかい? それなら素人にもやり易いだろう……っと、勇者様にいけねえな、こんな言い方はよ」
「あーいや、実際素人なんで気にしないでください。気を使われるのも面倒なんで」
「はっは、そうかい? じゃあどんどん行こうかね!」
こうして俺は餅の中に再度鉱石を収め、必要な物だけ作業場に吐き出させるという作業に残りのログイン時間を費やした。
お陰で鍛冶屋のおやじは作業を開始する事が出来るようになり、俺は彼に剣の作成を依頼した。ついでにそれぞれ作ってもらいたい物を注文し、その日はログアウト……という流れで幕を閉じたのであった。