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XANADU  作者: 神宮寺飛鳥
【エクストラエピソード】
63/123

番外編 【特に理由のない水着回がレイジを襲う】

「ダリア村の近くにこんな場所があったなんて……知らなかったなあ」


 ダリア村の傍にあった、あの神殿から徒歩十分程度の距離にその場所はあった。森の中に地下へと続く洞窟があり、そこを暫く進んだ先にある地底湖。神殿に使われている材質と同じなのか、全く光から閉ざされた場所にあるにも関わらず、洞窟の中は外から入り込む光で薄っすらと光って見えた。そこへあっちこっちに松明を設置してみれば、見る見るうちに地底湖は明るくなり、幻想的な紫色の光を放ちながらきらきらと輝いていた。


「思っていたより随分と明るいねぇ。いやー、レイジ君とシロウ君が居ればこんなに簡単に松明を設置できるものなんだね」


 腕を組みながら頷く遠藤さん。そう、松明は事前に組み立てておいて、ミミスケから取り出すだけ。あとはシロウが炎を灯せばできあがりというわけだ。


「この湖かなり広くねえか? 半径二百メートルくらいはあるよな。深さはどんなもんなんだ? 魚とかいるのか? 水温は? 水質は?」

「そんなに気になるなら調べてきたら? 仮に魔物がウヨウヨいたとしても、シロウだったら問題ないだろうし。皆の安全を確保する意味でもさ」

「だな! よっし、先ずは準備運動からだ! しっかり身体を動かしておかねーといざって時足が攣ったりして危険だからな! 何やってんだ、レイジもオッサンもやるんだよ!」

「えぇー、僕もかい? まいったなあ……この歳で準備運動する事になるとはね」


 やたらと張り切っているシロウの左右に並び、俺と遠藤さんは彼を真似して準備運動をする。シロウの動きはやたらときびきびしていてまるでテレビに出てくる体操のお兄さんみたいだった。一通り準備運動が終ると少し身体が温まってきた気がする。ここは地下という事もあり、ひんやりと冷たい空気が満ちている。確かに身体を動かさないと危険があったかもしれない。


「っしゃあー! それじゃちょっとばっかし往復してくっから、俺がいいって言うまで入るんじゃねえぞ! 危ないかもしれねえからなーっ!」


 そういい残し、爽やかな笑顔でシロウは湖に飛び込んだ。美しいフォームで漕ぎ出すとあっという間に加速し、その姿はぐんぐん遠くなっていく。


「流石シロウ君、運動能力が凄まじいねえ……ってあれ精霊出してないんだよね?」

「素でもあの速さかあ……。シロウって本当にスポーツ万能だよね」

「実に羨ましいよ。かく言う僕は泳ぎは不得手でね。風呂以外の水に浸かるのは十年来かなあ」


 そう語りながら遠藤さんは大きく身体を伸ばした。その遠藤さんも、泳いでいるシロウも、そして俺もまた水着を着用している。ここは間違いなくファンタジー世界のザナドゥなのだが、着用している水着は随分と現代的というか……現実じみていた。


「女性陣は着替えに随分時間がかかっているようだね」

「水着に着替えるだけなのに、何をしているんでしょうね?」

「そりゃあ、女性には色々と準備が必要なものなのさ。それに何より、男としてはこうやって水着姿の女性を待っている方が楽しいだろう? 男より先に女の子が既にここにずらりと勢ぞろいしていたら、なんかこう、勿体無い気がするじゃないか」

「いや、よくわかんないですけど……真顔でそんな事言われても……」

「どうせなら着替え終わってすぐの、こっちに向かって躊躇いがちに歩いてくる所をじっくり観察したいだろう」


 うーん……まあ、わからなくもない。って言っても、ここってゲームの中だし……あのメンバーだからなあ。水着に着替えたからどうなんだっていう気がしないでもないけど……。




 そもそもなぜこうなったのかというと、数日前にまで遡る。


「あー……ったく、こっちの世界は涼しくていいよなあ。日本の夏は地獄だぜ。ついぞオンボロのエアコンがぶっ壊れやがってよ……扇風機も悲鳴を上げてやがるぜ」

「実は僕の事務所のエアコンも壊れてしまってね。寝苦しくて仕方がないよ」

「遠藤、あんた……事務所で寝泊りしてんの? 家は……?」


 フェーズ3に入った直後、俺達はこれから何をどうするべきかを考えていた。フェーズ2までは直ぐに動く為の目的が決まっていたからよかったが、フェーズ3では大体目先の問題は解決してしまっている。故に俺達はこの世界の事を調べたり、それぞれ特訓したりして時間を潰していた。そんなある日、いつもの様にマトイが作ったお菓子にみんなで群がっていると、ゲーム中は涼しくていいとか、現実は暑くてやってられないなんて話になったのだ。


「僕は事務所が家みたいなもんさ。JJは冷房のある部屋で寝ているんだろう?」

「そりゃね。つーか今時冷房がないなんてあんたらくらいのもんでしょ」

「おい! 低所得労働者ナメんじゃねえぞ!? エアコン一台が死活問題なんだよ!」

「低学歴乙……自業自得でしょ? 悔しかったらこんなゲームしてないで働きなさいよ」

「親に養われてるお前に言われたくねぇええ!」


 相変わらず仲良しなシロウとJJ。マトイはお茶を飲みながら苦笑を浮かべている。


「でも確かに、最近はぐっと暑くなったよね……。どこか涼しいところに行きたいなあ」

「涼しいところかー。うーん……俺の地元は海が遠いしなあ。目だったプールもないし……」

「レイジ君は涼もうと思ったらどこに行くの?」

「とりあえず屋内かな? カラオケとか、ゲーセンとか……デパートのフードコートに何時間も居座ってみたりとか……」

「なにそのまるで学生みたいな時間の使い方……腹立たしい……」

「JJさん!? 俺一応高校生だよ!?」

「リア充は悉く散華しろ……一匹残らずだ」


 パイを食いながらJJが何かボソボソ言っていたが、よく聞こえなかった。まあ別に聞こえなくてもいいようなことだった気がする。


「神の国というのは、そんなに過酷な環境なのですか……。流石は勇者様の世界です……」

「そういえばこの世界には夏という概念がないのかな? オリヴィア君は避暑に行ったりしないのかい?」

「ヒショ……? とは、なんでしょうか?」

「街中に居ると暑くて仕方ないから、一時的に涼しいところに避難しようという考え方さ。高原だとか……って、考えてみるとこのクィリアダリアって国自体が避暑地みたいな気候だったね」


 実際、このゲーム世界に居る間はただじっとしているだけで身体が汗ばんでくるなんて事はない。どんなに気温が高くなっても三十度は超えないし、気温のふり幅も穏やかで過ごしやすい。避暑と言えば、ある意味ログインする事自体が避暑なわけだが。


「あーあ、たまには思いっきり泳ぎてぇよなあ。折角夏なんだしよ。俺としちゃ泳げれば海でもプールでも構わねぇんだが」

「シロウはどこでもいいから泳ぎたいのでございますか?」


 そこで初めてアンヘルが会話に参加してきた。テーブルに頬杖をつきながらだらけているシロウに小首を傾げると、アンヘルは目を閉じて言った。


「泳ぐ場所ならあるのでございます」

「あ? まさかダリア河とか言わないだろうな?」

「もっと涼しくて快適な場所です。ダリア村の神殿の傍に、地底湖があったでしょう?」

「あー? あーあー、あー! あったあった! 確か俺とアンヘルの二人で森を探索してる時に見付けたんだったな! 俺が炎出しながら洞窟を進んでみたが、結局湖しかなくてほったらかしにしたんだったわ」

「ちょっと……それ私初耳なんだけど? どんな些細な情報でも私に報告してくれなきゃ困るんですけど……?」


 眉間に皺を寄せるJJ。シロウはそれを完全に無視して立ち上がった。


「じゃあ泳ぎに行こうぜ! 今から!」

「い、今からは無理だと思いますよ……? ログアウトの時間になっちゃいますし」

「じゃあ明日はどうだ? あの神殿にログインすりゃいいだろ?」

「そうですけど……折角だしオリヴィアちゃんも一緒に連れて行けないでしょうか?」


 マトイの発言に全員の視線がオリヴィアへ向いた。

 俺達勇者だけが纏まって行動するだけならば簡単な事だが、そこにオリヴィアを同席させるとなると途端に面倒くさくなる。俺たちがいつログインするのか、それは俺達にもオリヴィアにもわからない事だし、オリヴィアは俺達みたいにログインワープは使えない。まあダリア村辺りに何日か滞在してもらう必要があるだろう。


「あのー……私は留守番していますから、置いていっても構いませんよ? せっかく皆さんが……ヒショ? をするのに、私が居ては足手纏いではありませんか?」

「確かに手間はかかるけど……でも、折角だしオリヴィアも一緒に行こうよ。勿論、オリヴィア自身が一番時間を食うだろうから、君がそれでいいのならだけど」

「ね? レイジ君もこう言ってるんだし、一緒に行こう!」

「いいのですか? なら、もしご迷惑でなければ……。私もヒショ? に興味がありますし!」


 笑顔で抱き合っているマトイとオリヴィア。そこでJJが溜息混じりに言った。


「つーか、そもそも水着がないじゃない。まさか服着たまま泳げっていうわけ?」

「ああ……そういえばこの世界には水着という概念が存在しないのではないかな? 流石に着衣泳は危険もあるし、どうかと思うねぇ。まあいざとなったら、は……」

「裸で泳げばいいとか言ったらぶっ殺すわよ変態」


 鋭いJJの眼光に肩を竦める遠藤さん。でもまあ、水着の問題は深刻だ。まさか下着で泳ぐわけにもいかないし……やっぱり無理か。そう考えた時だった。


「水着だったらあるのでありんす」

「……え? アンヘル、水着持ってるの?」

「持ってはいませんが、ご用意する事は出来るかと思います」

「ちょっと待ちなさいよ、あんたがどうして水着を用意出来るわけ? NPCに作らせるつもり?」

「だいたいそういう事になりますが、それ故に少々お時間がかかります。次のログインまでに間に合うとは思うのですが」


 なんだかよくわからないが、水着の事ならば任せろとアンヘルはでかい胸を叩きながら無表情に言った。これをどこまで信じられるのかは怪しかったのだが……まあ結果的には彼女に任せて正解だったわけで。

 何はともあれ、こうして俺達は手間隙をかけてこの湖にやってきたわけなのだ。




「しかし、長く水に浸かっていると身体を冷やしそうだね。この辺に焚き火でも作っておこうか」

「そうですね。火はシロウ……は、まだ泳いでるからその辺から持ってこようかな」


 そんな話を遠藤さんと二人でしていた時だ。湖の畔に設置した……これも事前に組み立てた小さな掘っ建て小屋をミミスケに丸呑みさせて持って来た……更衣室から女性陣がやってくるのが見えた。なるほど、言われてみると遠藤さんの仰る通り。準備をして女の子がやってくるのを待っている方が楽しいものだね……って、なんか色々おかしくねぇか?


「JJ……その水着……」

「う、うるさいわね! アンヘルが用意したのが何故かこれだったのよ!」


 顔を真っ赤にしながら叫ぶJJ。くせっ毛を後ろで三つ編みにして、白いワンピースの水着を着用している。問題がこれがただの水着ではなくて、俗に言うスクール水着というやつだという事だ。しかも白。白スクである。ゲームじゃ何度か見た事あるけど、実在したんだな……ってこれもゲームか。胸のところに縫われた名札には“じぇいじぇい”とひらがなで書いてあるのが、またアホっぽさを醸し出している。


「…………それはともかく、なんでJJは結構まんざらでもないような感じなの?」

「ま、まんざらでもないっていうか、これが白スク……実在したのかっていうか、まあ確かにキャラに合致はしているというか……客観的に判断するとグッジョブと言わざるを得ない」


 なんだこいつ? JJってたまに変な事言うよな。


「そんな事より、私じゃなくてアンヘルにツッコむべきじゃないの?」


 アンヘルの水着は凄かった。なんかもう紐だった。殆ど布面積のない水着で、申し訳程度にパレオを身につけているが、だからなんだよってくらい紐だった。まるで外国人のモデルのようなナイスバディに紐ビキニ……。エロティックというかここまで行くとギャグのようだ。


「ア、アンヘル……それどう考えても、その……泳いだら色々ポロリしそうだけど……」

「ポロリ……? 水着を着るのは初めてなのですが、何か問題がありましたか?」

「問題はないけど……いやいや、問題だよ! ねえ、遠藤さん……遠藤さん?」


 振り返ると遠藤さんは何故か自分の精霊を出して居た。怪訝な表情で見ていると、彼は真顔で此方を一瞥する。


「ん? ああ、僕の事は気にしないでくれたまえ。ただ精霊に映像を記録しているだけだから」

「えっ、遠藤さん……そういうのは良くないと思います! へ……変態ですよ!」


 と、突っ込んだのはマトイだ。マトイは普通のビキニを着用している。普通だ。いや普通だけど、脱ぐと凄いのよって感じの体系だった。普段は全然そういう目で見た事がなかったからさっぱり気付かなかったけど、マトイはかなりスタイルがいいみたいだ。夏らしいというか、いつもと違ってポニーテールにしているのもあって少し活動的に見える。メガネも外しているようだけど、あれは伊達だったのかな?


「マトイ、なんか別人みたいだね。凄く似合ってるよ」

「えっ!? あ、う……その……あ、ありがとうございました……」

「な、なんで深々と一礼……!? 遠藤さんはそれやめないと俺もそろそろ怒りますよ?」

「ジョークだよ、ほんのジョーク。それくらい君たちが魅力的だって事さ」

「遠藤さん、それ誰にでも言ってそうですよね」

「あれぇ!? マトイ君それは酷いんじゃないかな!? レイジ君が言うのと僕が言うのとでこんなにも温度差が……うーん、世知辛い世の中だなあ。もっとオッサンも愛してよ」


 とかなんとか零しながら遠藤さんはちゃんと精霊をしまってくれた。よかった。流石にそれくらいの分別は出来る人だったんだな……。


「レイジ様、私も水着というものを着てみたのですが……どうでしょうか!?」


 そこへ飛び込んで来たのはオリヴィアだ。長い髪をツインテールにして、白いワンピースの水着を装備している。元々ある清楚なイメージのまま、可愛らしさを強調した感じだ。


「うんうん、よく似合ってるよ」

「えへへっ、本当ですか!? レイジ様に褒めてもらえてとっても嬉しいです!」


 ほめてほめてオーラを発しているオリヴィアの頭をぐりぐりなでていると、なぜか他の女性陣から冷たい視線? を感じた……。


「いいなあ、オリヴィアちゃんは自分に素直になれて……」

「レイジ……あいつやっぱりロリコンなんじゃないの?」

「この水着は問題だったのでしょうか? なぜ私はなでなでされないのでしょうか?」

「いやっ、あんたはなでなでしないから! 背が高すぎんだろ! どう見てもレイジより年上なのになでなでされてたらちょっと怖いわよ! いや、そういう性癖の女もいるだろうけど」


 なんかJJが張り切ってるけど、どうせどうでもいい事を話してるんだろーなー。と、そんな事を考えていた時だ。ざぱーんと水しぶきが上がり、シロウが湖から飛び出してきた。両腕に精霊器を装備しているところを見ると、この空中を回転しながら落ちてくる動作も納得出来る。いや、シロウだからなんだけどね。


「ぶはーっ、最っ高だぜ! 水は冷たくて気持ちいいし、めちゃくちゃ透明度高いし魚もいねーし余計なもんもねーし……!」

「シロウ、危険はなさそうだった?」

「おう! まあ、中央付近はちっと深度があるな。二十メートルくらいか? 泳げない奴やお子様は波打ち際で遊んでるほうがいいかもしれねぇな」

「そ、そんなに深いんだ……そりゃ溺れたら大変だね」

「ああ。あと流れが強いわけじゃねえが、湖の底に幾つか水路があってな、あちこちに続いてるみてえだ。万が一にも吸い込まれたりしないように、出来るだけ中央には近づくなよ」


 なんだかんだでばっちり把握してくるのがシロウだなあ。頼れる兄貴分。


「んじゃ、ちょっくら俺はもうひと泳ぎしてくっからな! あ、お前らちゃんと準備運動しろよ? 特にJJ」

「なんで名指しなのよ……」

「お前が一番運動苦手そうだから」


 カードの群れに追い掛け回されながら湖に飛び込むシロウ。こうして楽しい避暑? のひと時が幕を開けるのであった。


「うわっ、水は結構冷たいな……! 準備運動ちゃんとしとかないとね」


 サファイアブルーに輝く湖はまるで映画で見るような絶景だった。まるでファンタジーそのもので、足を踏み入れるのにも躊躇ってしまう。浅瀬になっているところから徐々に身体を水の冷たさにならして行き、思い切って水の中に潜ってみた。冷たい感触が全身を包み込み、心地良い浮力を感じる。水の中はどこまでも澄み切っていて、遠くでシロウが泳いでいる影が見えるくらいだった。


「ぷはー! すっごいなこれ! あんまり深いところまで行くのは危険だけど……これはもっと泳いでみたくなるよ! 絶景だよ、絶景!」

「綺麗過ぎて、神秘的過ぎて……なんだか少し怖いくらいですね」


 と、ついてきているのはマトイだけだった。何故か他のメンバーは水辺にいるだけで泳ぎにこようとはしない。一度戻ってみると、JJはイスに腰掛けて……これも俺がミミスケで搬送した……本を読んでいる。まず水に近づく気配がない。アンヘルとオリヴィアは水に足を着けたりしているが、泳ぐ気はないようだ。遠藤さんは……あれ? あのおっさん何処へ消えた?


「JJ……はなんかもう遊ぶ気ゼロみたいだからほっとくとして。オリヴィアとアンヘルは泳がないの?」

「およぐ……というのは、どうやればいいのでしょうか?」

「わたくしは泳いだ事がないので、泳ぎ方がわからないのでございます」


 あー、そういうものなのか。これはまいったな。何か泳げない人達でも楽しめるような遊びを考えないとまずいかな?


「わたくし達はここで待っていますので、お二人は泳いできては?」

「そうですよ! 私、ここで水を見ているだけで楽しいですから!」


 二人は確かに両方ともここでじっとしているだけでも満足と言う感じだった。実際、この湖は見ているだけでも全然飽きる気がしない。とりあえずここはお言葉に甘えて、ざっと泳ぎを満喫してきてしまおうかな。


「俺はちょっと泳いでくるけど、マトイはどうする?」

「あ、じゃあ私も一緒に行きます。一人だと何かあった時大変だし、念の為に」

「そっか。でもマトイ、泳ぎは大丈夫?」

「うん。私、子供の頃はカナヅチだったんだけどね。あんまり泳げなくて体育の授業で毎回めそめそしてたら、お母さんがスイミングスクールに行きなさいって……。今はもうやめちゃったんだけど、クロール、平泳ぎ、背泳ぎ、バタフライ。一通り泳げるんだよ」

「へぇー、そりゃすごいね! じゃあ遠慮せずいけるかな」


 確かにマトイってスタイルもいいし、もしかして結構運動得意なのかな? 最近訓練中にたまにすごい動きをしているから、運動神経はいいのかなーと思っていたけど。

 実際二人で一緒に泳いで見ると、マトイの泳ぎは大した物だった。俺なんかより多分ずっと上手だ。二人で何度か潜水してみて、複雑な形をした洞窟の底のほうに近づいては物珍しさを感じたり、ちょっと怖がってあがったりして楽しい時間を過ごした。

 やはり湖の中央付近になると松明の灯りが遠くなるのか、うっすらと陰りを帯びている。ここへずっと潜っていったら、闇の世界に吸い込まれてしまいそうだった。


「はーっ、すごいね! きれいだなあ……! こんな所日本にはないんだろうね」

「あったとしても、気楽にいける場所じゃないだろうね。うん、とっても素敵だね」

「しかし、立ち泳ぎずっとしてるのは流石に疲れるな。シロウは……なんかずーっと泳いでるけど、なんで疲れないんだろうね」

「シロウさんって……なんだか私達とは違うっていうか……」


 確かに、あいつは凡人では辿り着けないところで生きてるよ。見てみなよあの爽やかな笑顔……一人でただ泳いでいるだけであんなに楽しそうだなんて。すごいよシロウ。

 とりあえず泳ぎつかれてきたのもあり、一度引き返してみる事にする。戻った所では相変わらず涼しげな顔で水に素足を晒しているアンヘルと、おそるおそる震えながら水に近づいているオリヴィアの姿があった。


「お、おぉお……っ! おぉぉぉぉお……っ!」

「オリヴィア、何ぷるぷるしてるの?」

「い、いえ。服を着たまま水に浸かるのが初めてなもので……。な、なんかこう、変な感じと言いますか……」

「それは水着って言って、水の中で着ていてもいい服なんだよ」


 つくづくNPCは本来自分達が知り得るはずのない行いってやつに対して警戒心が高いな。オリヴィアはそんな連中の中でもこうして自分から歩み寄ろうとする好奇心と柔軟さを持っているわけだけど。


「ほら、手を繋いでてあげるから。もうちょっとこっちに来てみなよ」

「は、はい……っ」


 両手を取ってオリヴィアを少しずつ深いところに連れて行く。その間彼女はずっと悲鳴に近い声を上げながらわたわたしていたが、暫くすると慣れて来たのか落ち着いてきた様子で、ついには肩まで水に浸かることが出来た。


「冷たくて気持ちよいですね! これは初めて知りました!」

「そう? もう手を放しても平気かな?」

「あっ、ああっ! ま、まだ手を放してはいけません! いつ何が起こって私が水没してしまうかわかりませんよ!?」

「いやいや、水没って……足着いてるじゃないか……」


 苦笑を浮かべながらこの泣き出しそうなオリヴィアの顔を見ていると、ついつい意地悪をしてみたくなってしまう。なんの前触れもなくふいに両手を離してみると、オリヴィアは目を真ん丸くして両手をばたつかせながら泣き喚いた。


「わあああああっ! 溺れるー溺れてしまうのですよー! レイジ様たすけて! お助けください! このままではオリヴィアは……オリヴィアはーっ!」

「いやいや足ついてるから大丈夫だって……ぷっ、くくく……」

「レッレイジ様!? もう~! これは笑い事ではないのですよ!?」

「ごめんごめん! でも、別に少し息を止めていたからって死ぬわけじゃないだろ? 潜ってみると気持ちいいよ。ほら、俺の真似してやってみなよ」


 目の前で潜ってやると、オリヴィアはおずおずと真似をして潜って見せた。最初は顔を顰めてぎゅっと目を瞑っていたオリヴィアだが、何度もレクチャーを繰り返すと、あっという間に水に慣れてしまった。自由自在に泳ぎ回るとまではいかないが、水中で目を開けて泳ぎを楽しむくらいにはなったようだ。相変わらずすごい成長速度である。


「ぷはあー! はーっ、気持ちの良いものですねー! 水の中がこんなに楽しいとは思ってもみませんでした……でも、まだ手は放さないでくださいね?」

「はいはい、ちゃんと繋いでますよ。今日はあんまり時間がないから無理だけど、今度ゆっくり泳ぎを教えてあげるよ」

「本当ですか!? えへへ……約束ですよ、レイジ様っ!」


 浅瀬で遊べるようになると、マトイと一緒に水をかけあったりしてオリヴィアも楽しみはじめたようだ。俺は少し疲れたので自ら上がろうかと考えていた所、見ればアンヘルはいつの間にか水にも慣れたのか、浅瀬に仰向けに横になっていた。目を瞑り水に漂う様はまるで神聖な儀式の一端のようだ。実際は絶対そんな事はないしアンヘルは何も考えていないのだろうけど。


「アンヘル、楽しんでる?」


 声をかけるとアンヘルは水に浮かんだまま隣の俺に目を向けた。それから上体を起こすようにして浅瀬に腰掛けると、水の滴る紙を指先でずらしながら目を細めた。


「ご覧の通りでございます。レイジさんにはどのように見えるのかはわかりませんが」

「うーん、そうだなあ。結構楽しそうに見えるかな。アンヘルって元々水が好きなんだろ?」

「よくお分かりでございますね」

「そりゃ、ダリア村では川辺にいつもいたし。リア・テイルでも中庭の噴水とか、水路とかをよく眺めてるでしょ?」


 水が好きなんだと自分で言ったが、それはただ涼しくて居心地のいい場所を理屈ではなく見つけ出しているだけなのかもしれない。そっと時間を過ごしていても誰にも咎められることのない、ある意味の聖域。彼女はそういう場所を見つけ出すのが得意なのかもしれない。そう考えてみるとまるで猫みたいだなって思って、ちょっと笑ってしまった。


「……? どうかしたのでございますか?」

「ああ、いやなんでも。うん。まあ、アンヘルは漂ってるくらいが丁度いいよ。あんまり激しく動くと、その水着だと色々やばいだろうしね……」


 あんまりにも色気がありすぎて、肌色すぎてちょっとどこに目を向けたらいいのかわからないくらいだ。自分でこういうのも悲しいけど、女の人の裸なんて見慣れてるわけじゃないし。それがこんな美女とくれば尚の事だ。


「……うん。水も滴るいい女って事か」

「それは、褒め言葉でございますか?」

「一応。まあ、アンヘルは人の評価なんて気にもしないんだろうけどさ」

「そうですね。尤も、わたくしには評価を下すような価値もないのでございますが」

「それはまた随分と凄い物言いだね?」


 真意はわからなかったが、アンヘルは少しだけ楽しげに笑って見せた。もしかしたらジョークか何かだったのかもしれないが、その真相は恐らく永遠に闇の中……だ。


「おや……マトイさんが何かはじめたようでございますね?」


 言われて視線を向けてみると、水の上に浮かんだマトイが精霊器を纏って構えていた。ビキニの上にマントってなんかちょっと変態チックだなとか思いながらぽけーっと眺めていると、マトイは水の中でマントを振るい、波を作り出しているようだった。波は浅瀬にいるオリヴィアに向かっていき、オリヴィアは初めて体験する波に大はしゃぎしているようだ。


「なるほどなあ。“逸らす”力を使って波を作ってるのか」

「この湖の中にも、僅かながらに水流が存在します。その流れを収束し、指向性を持たせて放出しているのでございますね」

「そ、そういう事だね。言われてみると高度な技術だなあ。これも修行の一環なのかも」


 波はこちらにまで届いた。水に下半身を浸けたままのアンヘルは目を閉じ、波を感じているようだった。きっと太陽の下でも彼女は綺麗なんだろうけど、この光の届かない幻想的な湖において、彼女は本当に様になっていた。


「波……というのも、なかなか心地良いものでございますね」

「オリヴィアと一緒に戯れてきたら? あんまり動いちゃダメだけど」

「そうさせて頂きます。それよりレイジさん、JJにも声をかけてあげてください。あれでいて独りぼっちでは寂しいと思っている頃でしょうから」


 優しく微笑むとアンヘルはオリヴィアのほうへ向かっていった。二人して波を感じながら楽しそうにはしゃいでいる。アンヘルはアンヘルなりに小さく、オリヴィアはオリヴィアらしく大げさに。その辺は性格と年齢の違いだから、とやかく言うのはお門違いってもんだろう。


「さてと……JJ、一人でなにやってるのさ?」

「レイジ。丁度よかった。喉が渇いたんだけど、何かない?」


 焚き火の近くで椅子に座って本を読むJJに声をかけてみると、待ってましたといわんばかりに笑みを浮かべた。俺はミミスケからティーセットを取り出し酌んで来た水を焚き火で沸かす事にした。JJはその様子を眺め、片目を瞑りながらシニカルに笑っている。


「その水大丈夫なわけ? 変な寄生虫とかいない?」

「シロウは大丈夫って言ってたよ? 俺もさっきちょっと興味本位で飲んでみたけど、かなり美味しかったよ。とはいえそのままじゃ飲まないだろうと踏んで、煮沸消毒してるわけですよ」

「あら、わかってるじゃない。まあ人が入った水なんて基本的に飲みたいもんじゃないけど」

「それも言うと思って、遠くからとってきましたよ。見てたでしょ?」

「ふん……レイジの癖に考えてるじゃない。まあ、今回はそれでいいわ。どっちみち腹を壊したところですぐログアウトだろうしね」


 一応ミミスケに飲み水もストックしているのだが、ちょっと飲み水を出そうとするとミミスケの口からだばーっと出る感じになるので、ちょっと見た目はどうにもおいしそうじゃないのだ。それも理由の一つと言えばそうなるかな。

 お湯を沸かして茶葉からお茶を煮出して、こしてカップに注ぐ。紅茶みたいな色だけど、少し爽やかなミントのような後味がある。まあ要はハーブティーってことなのかな? JJはこのお茶がいたく気に入ったようで、ミミスケに常備しておけと言ったのも彼女だった。


「はいどうぞ。それでJJは何読んでるの?」

「クィリアダリアの歴史書よ。どうせろくな新発見はないんだろうけど、少しでもこの世界の情報を仕入れておかないとね。もしかしたら世界の謎を解くような手がかりが眠っていないとも言い切れないわけだし」

「ふーん? でも別に今読まなくてもよくない? みんなで遊びに来てるんだしさ」

「私がいつどこで何をしようが私の勝手でしょ? いちいち指図される謂れはないわ」


 カップを傾けながらすまし顔のJJ。俺は溜息を着き、笑いながら言った。


「あのさJJ? 泳げないからって気にしなくていいんだよ? ここには泳げない人が二人もいるんだからさ……」

「なっ、べっ、別に泳げないなんて一言も言ってないでしょ!?」

「じゃあ泳げるの?」

「お、泳げる……わよ?」

「なんで自分でも疑問系なんだよ……」

「うるさいわね……別にいいでしょ、なんだって!」


 まあ十中八九そうだろうとは思っていたが、要するにJJは泳げないのだ。泳げないのを隠す為にこうやって陸の上に避難していましたと、そういうことだろう。


「マトイが波作ってみんなで遊んでるよ? それに近くで見るとすごい絶景なんだよこの湖。JJも下らない事気にしてないで一緒に来てみなよ」

「べ、別に気にしてないし……」

「気にしてないならいいじゃん。はい、本は没収! ほら行くよ!」

「あっ、ちょっと……! ば、ばかっ! なんで私があんたらみたいなのと……!」


 本を取り上げミミスケの口に捻じ込むとJJの手を取って半ば強引に連れ出した。まあちょっとやりすぎかなーとは思うけど、こんな風に皆で遊ぶ事はなかなかないんだ。こういう時くらい、多少恩着せがましくてもJJにも一緒に楽しんでもらいたい。


「あっ、JJ様! こっちですよー! とっても楽しいですよー!」

「JJ……ついに連れ出されてしまったのでございますね」

「う、うっさいバカ共! ……ひゃいっ!? つ、つめたい! 無理! こんな冷たい水に入るなんて心臓が止まってしまったらどうする気よバカ!」

「そりゃずっと焚き火に当たってたからでしょ? ゆっくり入ればいいじゃん」


 最初はぎゃあぎゃあ喚いていたJJだったが、慣れてしまえばすぐなじむもので。アンヘル、オリヴィアと一緒に波打ち際で水をかけあったりしてはしゃいでいた。なんだか微笑ましい光景だ。こうしていればJJもごくごく普通の女の子なんだな。


「うんうん、盛り上がっているようだね」

「あれ? 遠藤さん、どこ行ってたんですか?」

「ちょっと野暮用さ。さて、おじさんも少し泳ごうかな!」


 どこからか姿を見せた遠藤さんが女子たちの中に混じろうとして物凄い勢いで水を引っ掛けられて退散して行くのを、俺は遠巻きに笑いながら眺めていた……。



 それからもまあ、色々あって。みんなで避暑を満喫し、俺達はログアウト時間に少し余裕を持って着替えを済ませて帰る事になった。オリヴィアを最悪でもダリア村に送っていかなければならないからだ。


「今日はとっても楽しかったです! ヒショ! いいものですね!」

「こうやって皆で遊ぶのも、なんだか新鮮だったね」

「まあね……。それにしてもアンヘル、あの水着はどこで手に入れたものなの?」

「JJ……まだそんな事を気にしていたのでございますか。企業秘密、でございます」


 楽しげに会話しつつ歩く女子四人。みんなそれなりに楽しめてリフレッシュできたようでよかった。楽しみ方はちょっと変わっていたような気がしないでもないけど……。しかし、誰よりも楽しんでいたのは間違いなくこいつだろう。


「いやーーーーっ! 最高だったぜ! また来ような、みんな!」

「……シロウ君、ずっと泳いでただけだよね? どうしてそんなに満足気なんだい?」

「あ? 思いっきり泳ぐと気持ちいいじゃねえか! あー、ログアウトしたくねー。戻ったら地獄だぜ……」

「事務所で目覚めると汗だくのオッサンがHMD装備して寝そべってると思うと、なんともやりきれない気持ちになるものさ……」


 男性二人はがっくりと肩を落としている。まあそれも今回のイベントを楽しんだが故……だと思いたい。そうして女子と少し離れて歩いていると、遠藤さんが掌に精霊の子機を取り出した。


「ところで二人とも……今回の彼女たちの水着姿、余す所なく記録したんだけど、見るかい?」

「やっぱり盗撮してたんじゃねえか! 遠藤さんなにやってんすか!」

「まあまあ……。迷彩と子機の能力をフル活用して、かなりきわどいカットも記録してあるよ。我ながら実にいい仕事をしたと思うんだ」

「オッサン……それ……多分犯罪だぜ……?」

「えぇ~? 僕はこの旅の想い出を皆に残してあげようとだね……」

「盗撮がなんだって?」


 振り返るとそこにはわなわなと握り拳を作ったJJの姿が。遠藤さんは笑顔のまま、すーっと姿を消した。こいつ……迷彩使いやがった……。


「こらぁ遠藤! どこいった!?」

「……JJ、遠藤さんは見えなくても魔力サーチで見つかるんじゃない?」

「レイジ……冴えてるわね。その手があったか」


 瞳を見開き輝かせるJJ。それから直ぐにびしりと指差し叫ぶ。


「いたわ! あの樹の後ろよ!」

「もうっ、遠藤さん! 記録を削除してください!」

「わたくしは別に構いませんが……ノリで追いかけるのであります」

「私もよくわかりませんが、追いかけっこが楽しそうなので追いかけますね!」


 逃げる遠藤を追いかける女性陣。俺はシロウと一緒にその様子を呆れながら眺めていた……。

 こうして楽しい時間はあっという間に終ってしまった。こうして全員が揃ってゲーム内で何か楽しい時間を過ごすという事は……恐らく、この先もそうそうないだろう。

 そしてその予想は残念ながら外れる事はなく。この世界は様々な謎を抱えたまま、容赦なく最終フェーズへと動いて行く。だがそれはもう少し先の話。


「冗談だって、冗談! ちょ……アンヘルはやめて! 殴られたらおじさん死んじゃうよ!」


 こんな楽しい時間がもっと続けばいいのに、と思う。

 そして何より……ここにミサキがいてくれたならもっと良かったのに、と。

 もう一度ミサキと出会いたい。そのために戦ってきたというのに。

 その再会があんな形で果たされるだなんて。俺は……この時、想像もしていなかった。




 笑い合うみんながバラバラになってしまうだなんて。

 その時俺は……想像もしていなかったんだ――。

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